121話

 しかし今更体裁を気にするというのも間抜けたものである。今日まで極力他者と交わらず過ごしてきた俺が何を苦慮する必要があるのかとも思う。俺はずっと社会不適合者であり、寄せられる人目には蔑みの色が濃く滲んでいるだろう。

 それはまさしくその通りで、この時俺が抱いた憂慮は、雨に濡れながら傘の心配をするのと同じく無意味であったが、それでも自ら進んで恥を重ねるなどまともな人間の所業ではなく、俺を含め、多数の大人にとっては避けるべき事柄であるいう認識を共有していると信じてやまない。これは俺の小人根性から生じる希望、願望であるかもしれないけれども、それにしたって、歳の離れた人間を横に置いき「僕のいい人なんだ」などとのたまおうものなら失笑を買う事うけあいだろうから、一時の血迷いでそのつもりになってはならないのである。これが、彼女に対して恋仲となるに支障となる点の一つ目である。


 二つ目に関してはより深刻だった。というのも、これはあくまで俺の記憶と連想能力に依存したものであるが、彼女を前にするとどうしても件の少年の顔が想起されるのだ。

 実は今日も二、三度どころではなく彼の面影が重なるタイミングがあった(正確にいえば逆で、彼の方が彼女の面影を背負っているわけであるがそこは縁の遅速に寄るものである)。一挙手一投足、喋り方から声色、気性、ものの考え方に至るまで、所々類似性を感じ、時には彼の生き霊が乗り移ったのかと錯覚する程の似姿ぶりを発揮した場面もあった。

 俺は既に彼については歳の離れた弟のような親近感を抱いていて、その倒錯、思い違いぶりに内心気味が悪いと怖気る事もあったが、それは彼女が稀ならざる折に見せる、彼との相似性においても感じられるものであった。そんな彼女に対して恋焦がれるというのは難関で、母親に肉欲を向けようとして反吐を催す気持ちと、よく似ていた。いうまでもなくこれが二つ目の支障である。

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