58話

 それからまた無言が続き、幾つかの客席が空いて、また埋まって、歓談が耳に入るようになったあたりで、子供はまた、一言ずつ落としていった。



「彼は昔から成績が良くなく 遊んでばかりいました」


「勉強をしている僕を見ては"たまには遊ぼうよ"と声をかけてくれました」


「けれど僕はその誘い乗らずにだいたい断っていました」


「そうすると彼は他の友人を伴って遊技に興じていました」


「でも遊んでばかりいるのは彼ばかりでした」


「彼と遊んでいた友人は皆他の時間を割いて勉強をしていました」


「学校が上がると溜まったツケが回り彼はどんどん落ちこぼれていきました」


「その間にも僕は友達を続けていましたが心の奥では……」




 声が止まった。告白を終えた子供は涙こそ流さなかったが酷く落ち込んでいる様子だった。




「一所懸命に勉強をやってきた君がそうでない人間を下に見てしまうのは仕方がないだろう。君はそれだけの努力をしているんだ」


「しかし、僕は彼が好きなのです。いい奴で、できればずっと友達でいたいのです。でも、今回の事で、それは無理なのかなと」


「どうしてだい」


「もう、対等だと思えない。これからずっと彼を下に見ていると自覚してしまうと思うと、辛いです」


「ならば、視点を変えてみてはどうかな」


「視点ですか」


「そうさ。確かにその友人は遊んでばかりいて、その間君は勉強をしている。学びの立場から見れば当然優れているのは君になる。しかし、どうかな。彼は君にできない真似ができるんじゃないかな」


「……彼は昆虫や植物に詳しく、雑木林に行くといつも、これはこういう名前の虫なんだよと教えてくれます」


「凄いじゃないか」


「はい。この前なんかは蛍のいる場所に連れていってくれて、みんなで蛍火を観察しました。この辺りにあんな川の綺麗な場所があるなんて、思っても見ませんでした」



 子供はいつの間にか身を乗り出して目を輝かせていた。それは俺がまだ見た事がなかった、彼の純粋な子供の部分であった。

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