55話
しばし流れる雑踏の音。子供の声も俺の声も互いの耳に入る事なく他人の笑い声などに呑まれる。
「どうして、そんな風に言われたんだい」
我に帰った俺は努めて優しい声を出す間抜けをしでかした。発音や大きさがチグハグで奇妙この上なく、これでは子供の友人側に立つ人間というのが看破されてしまうのではないかと恐れ、左様な失態を見せてしまったのだった。
「体調に何か異変がおありで」
案の定突いてくる子供に対し「いや」と否定する。「俺も君が羨ましい」などと言えるわけがない。何か腑に落ちかねる子供であったが、ひとまず良しとしたのか息を吸い、吐き出しながら打ち明けた。
「……今日、テストが返却されたのですが……」
彼の口からつらつらと語られた内容は次のようなものである。
テスト返却時、仲の良い人間同士で結果の報告会を行っていたのだが、その内の一人が頑なに発表を拒否していたのだそうだ。
学校という小さな社会。その中の、さらに小さな集団の中の事である。場にそぐわない者にはめっぽう厳しい。周りの者は当然、隠された内容を暴こうと躍起になり、一人が羽交い締めにすると、その隙に他の者が答案用紙を奪って読み上げるという暴挙が平然と行われたのだった。笑い声の中、一人沈む少年。その無力感と羞恥は計り知れない。
それを目の当たりにしていた子供は、加担する事も庇う事もなく黙っていたそうだ。恐らくではあるが、相手がそう気にしているとも思っていなかったのだろう。だからこそ、彼はいつもの事だとでもいう風に静観を決め込んだのだと推察できる。
しかし人の気持ちなどそう推し量れるものでもなく、以前、彼自身が経験したように、側から見れば取るに足らないようなでき事においても時と場合によっては大事となり得るのだ。
一同一様に揶揄い終わり、さて解散となった際、子供は深く落ち込む友人に言うのだった。「そう気にするものでもないよ」と。その言葉に、すかさずもたげていた首を立ち上げ、友人は吐き捨てる。
「君は頭がよくって羨ましいよ」
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