53話
「しかし、"体育なんて適当にすませてもいいや"だなんて考えちゃいけないよ」
お願いだから君は素直なままでいてくれと念じながら教育者のような口をきく。俺は何様なのかと恥じ、嫌悪。
「そうですね。力を抜くのと不真面目なのは似て非なるものだと考えています」
俺が改めて言うまでもなかった。やはり彼は聡明である。
「それにあたって、なにか匙加減のコツといいますか、極意のようなものはございませんでしょうか。いかんせん程々の分配が分からず、どういう心持ちで挑めばいいのか不明瞭でして」
そんなもの俺は知らない。不真面目にやってきた人間に正攻法を聞くなど前提が間違っている。アドバイスの相手として俺程不適切な人間はいないだろうと自画自賛してやりたいくらいで、彼が望むような答えなど到底導き出せる気がしない。けれど、自身で言い出した事から今更「存ぜぬ」とは切り出せないのが人情。浅はかながらにアドバイスめいた教えは伝えたい。
「そうだね。まず……」
そこで止まる。考えがなく、まずもくそもないからだ。
「まずね。いいかい。まずだよ。まずはね」
繰り返し繰り返し考える。煮詰まるように必死になって脳と動かしながら「まず」「まず」ひたすら、ひたすら。
「まずは、一所懸命にやってみる事だよ。理屈と道理を学び、実践を経て初めてできる事とできない事が浮き彫りになる。そうしたら、できる範囲の事を真面目にやればいいんだ」
苦し紛れの月並み。
焦らした割には退屈な一般論を披露してしまった。これはしまった、取るに足らぬ人間である事が露呈してしまったかと恐る恐る子供を見る。
「なるほど。確かに努力していれば最低限の仕事はできるかもしれません」
予想外に得心したかのようなリアクション。助かりはしたが、そんな事でいいのかと少し呆れる。
「それでは、早速明日より野球の研究を始めます。本日はありがとうございました」
「うん」
去り際に投球の素振りをする子供を見て、いつかキャッチボールでも誘ってみるかとくだらない想像をしながら立ち上がり、おしぼりを丸めて袋で縛り、店内にあるゴミ箱へ投げた。即席の球はゴミ箱を掠め、床に転がった。キャッチボールは無理そうだった。
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