52話
「それは苦しいね。罵倒も慰めも揶揄いも全て重荷になるからね」
「分かっていただけますか」
「分かるとも。俺も運動が苦手だったからね」
かつて俺がまだ学生だった頃、野球の時間に投球の仕草を笑われた事があった。球を投げる際、普通ならば肘を前に押し出してから関節を曲げて球を放るらしいのだが、運動の経験が浅いためにそれまで知らず、大いに恥をかいたのである。半ば常識として通用している事柄を把握していないというのは思ったよりも屈辱的だった。また、そんな人間が同じチームにいれば当然穴となり居た堪れなさを感じたもので、この子供の主張は共感できるものがあった。しかし、彼の言葉全てに同意するわけではない。
「でも、学校に行きたくなくなる理由にはならなかったな。学校は嫌いだったけれど、俺の場合、教師連中や学業への忌避意識によるものだったからね」
「そうなんですね。そちら、一緒に体育をする際、申し訳なく思わなかったのですか」
「思わない事はないけれど、どうせ授業だろうと開き直っていたよ。プロフェッショナルを目指すわけでもなし、下手は下手なりに対応しておこうという心境だったよ」
「ははぁ」
感嘆したような子供を前に自己否定が走る。別段素晴らしい価値観でもないのだから、「ふぅん」と相槌を打ってくれるだけでよかった。
「そう感心しないでほしい。要は手を抜いていたんだ。真似はしない方がいいよ」
「けれど、そうした心構えと申しますか、気楽さは必要かなと。僕、どうにも考えすぎてしまう質ですので、体育の授業一つとってもそれが全てのような捉え方をしてしまっているのです。視野の狭窄甚だしいと、改めて思い知りました」
自分で言っている通り考え過ぎのきらいはある。それは、出会ってからの少ない日数で嫌というほど感じている。彼の将来を考えれば、多少柔軟さは必要となるだろう。そこに気づけた点は大きいように思う。
しかし、この会話がきっかけとなりこの子供が怠惰に落ちたら、努力を怠り、サボタージュを嗜むような不良となったら、俺は顔も知らないこの子の両親になんと詫びればいいのやら、悪いのやら。手を抜くのはいいが釘は刺しておかねばならないだろうと、俺は咳払いを始め、出鱈目な理屈を並べて諭す準備をしたのだった。
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