51話

「嫌いではないです。どちらかというと楽しく、恥ずかしながら、友達と語らう事に喜びを感じております」


「それはいい事だね。一人でいると、なんともならない馬鹿な考えが浮かんだりするものだからね」



 何度か経験がある。壁に当たったりつまずいたりして塞ぎ込み、誰にも言えずに苦しんでいた事が。思い返すと些細な問題だったがそれも喉元が過ぎただけの話で、当時は大きな絶望だった。この子供がそうした悲嘆のない人生を歩めるのであればそれに越した事はない。諸説あるだろうが、友人は尊いのである。


 ここで終われば他愛無い雑談となるが、肝心なのはこの次。集団学習への疑問(言い換えれば不満)が浮かんだ理由はなんであるかである。彼は何を思って学校への疑義を抱いのだろうか。俺は耳を傾ける。




「ただ、自分で申し上げておいて申し訳ないのでけれど、どうしても集団教育の弊害が、とりわけ実技系統の授業が、個人的に難関であり苦しく、この厄介に感じるのです」


「実技系統とはどのようなものかな」


「有り体にいえば体育です」


「なるほど。運動が苦手なのかい」


「得意ではないです。でも、問題はそこではありません」


「というと」


「団体スポーツなどで足を引っ張ってしまう事がなんとも歯痒く、忸怩たる思いをさせるのです」



 子供はいつものように突っ伏して嘆き、落胆の表情を見せて尚も語る。




「人に迷惑をかけていると感じるのかな」


「その通りです。個人で行う競技、例えば体操とか持久走であれば僕が恥をかくばかりですので然程気にはなりません。いえ、気にはなりますが通り雨のように束の間の憂鬱です。一方で野球や蹴球といった団体競技に関しましては僕の為体が勝敗に直結するため如何ともし難く、また、器用な方と比較されてしまって耐え難い屈辱と挫折を味わうのです。そう考えると、集団での生活が実にままならないもののように感じられてしまって……」



 言い終わると子供は力尽きたように頭を卓に倒した。上体がまるまる投げ出されてしまっており、お世辞にも行儀がいいとはいえないが、彼の心情は察するに余りあり、同情の念が強く浮かんだ。俺も運動が苦手だからである。

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