48話
美しく表現すれば柳のように、遠慮なくいえば蛙のように突っ伏して女は溜息を落とした。その仕草は彼女の実弟も度々しており、姉弟の間で伝染したのだろうかとどうでもいい空想が浮かんで少しばかりの呼気が溢れてしまった。
「すみません。自己嫌悪にしてやられ、お見苦しい姿をお見せしてしまいました」
女は姿勢を正し、わざとらしいくらいに胸を張ったため豊かな盛り上がりが露わとなり俺は目を逸らす。実際彼女のチェストはよく目立った。交際相手の男もこの誘惑から逃れられず、易々と男女の仲となるための申請をしたのだろう。女であれば誰でもよかったのかもしれないが、考察するには彼の人間性に関する情報があまりに不足しているため邪推はここまでにしておく。
それにしてもこの女、不純な動機でカップルになったと自白したわけだが、なおもその男と恋人関係を続けるのだろうか。どうでもいいが興味はある。しかし明け透けに聞くのは紳士のマナーに反するのではないかと自答。人として清くあるべきではないかと自制。そうして……
「それはいいとして、今後、どうなさるおつもりでしょうか」
好奇心に負け口に出す。他人事の恋路がこんなにも心くすぐるとは思いもよらなかった。いや、もしかしたら女との会話に胸が弾み、愉快になってしまっているのかもしれない。所詮俺も男。異性がいれば、意識もする。
「今後といいますと」
「野暮な事をお伺いいたしますが、交際をお続けなさいますか」
「……」
女は黙ってコーヒーを啜って一気に飲み干すと、勢いよく卓にカップを叩きつけた。
「交際を止めます」
潔いのいい返答に俺は狼狽し慌てる。
「何もそう即決しなくとも良いでしょう互いに話し合う時間もなく恋仲を解消するなんてそんな急な話は」
難解な文法を一息で捲し立て反対を表明。当然だ。これでは俺が唆したようで罪悪感が生じる。できればよくよく二人で会議を重ねてほしいと伝えようとしたが女は勢いを増し「いいんです」と俺の言葉を押し退けて結論を急くのだった。
「どの道退屈な時間でしたし、焦って虚栄を張っていた自分が馬鹿馬鹿しくなりました。これもお話を聞いていただいたおかげです。ありがとうございます」
「いや、俺は……」
「それでは早速彼に別れ話を持ちかけてきますので、本日は失礼いたします。また、お話をしにこちらへ伺わせていただきますので、その際はよろしくお願いいたします。それでは」
口を挟む間もなく、竜巻のように女は去っていった。これから先、俺は名も知らぬ男から恨まれるのだろうかと思うと、残った温いコーヒーを飲む気になれなかった。
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