35話
しかしこれ程の自己否定は陶酔であるようにも思える。犯した罪を必要以上に悔いた風に見せて、自分が善良であるというアピールではないかとも、申し訳ないが邪推してしまうのだ。
そんな事、心にもないかもしれないのだから一々指摘する気はないけれど、自戒を精神的礎に刻むのであれば今後同様の過ちが起きぬように心すべきで十分。そこまで悩む類のものではない(悩みの大小が個人に依存するのはもっともであるが)。反省を促しつつ、前向きになれるような理屈を並べてやろう。
「君は、まだその子と友達なのかい」
「はい。よく遊びます」
「なるほど。では、君はその子に謝ったのかい」
子供はふるふると頭を震わせて否定した。
「そうか。じゃあ、謝れと言われたかい」
同じく、否定。
「そうか。なら、この件はもう終わっているんじゃないかな」
「確かに時間は経過していますが、罪は罪として忘れてはならないと思います」
「確かにそうだね。君はその子を馬鹿にした。それは間違いない。けれど、その子はきっと、許している。許しているから、君と友達をやっているんじゃないかな」
「……」
「確かに自省や自分の行動を鑑みるのは大切だよ。けれど、たった一つの過ちで全てを否定しなければならないなんて事はない。人間は大なり小なり罪を犯して生きているんだ。取り返しがつかない事なんて、余程じゃない限りないよ」
「しかし、罰を受けなければ禊をした事にならないような気がします」
「君は今苦しんだろう。それが罰の代わりさ」
「……詭弁な気がします」
「そうかもしれない。けれど考えてもみなよ。君が言う罪や罰は、いったい誰が考えたのか。分かるかい」
「……人間ですか」
「そう。紛れもなく、罪深い人間が作り出したシステムなんだ。だから絶対的ではない。良心の呵責や後悔も、ある意味では罰と言ってもいいだろう」
「ますます詭弁なような気がしてきました」
「だけどそんなものだよ。罪と罰も業も、ただ感情をスポイトして組み立てた社会機構の一つに過ぎない。そう、元を正せば感情の話なんだ」
「それはなんとなく腑に落ちます」
「そうだろう。だから、そう自罰的にならなくとも大丈夫だよ。今後似たような事をしないように気をつけよう」
「少し納得はいっていませんが、同時に少し納得できました」
「君自身がいつか納得できる答えが導けるといいね」
「……そうですね。そうです。そうなんです。答えが出ていないから、妙に気になってしまっていた気がします」
なるほど。分からないから自分が悪いように感じてしまう。そういう事もあるか。
分かるような分からないような子供の理屈に俺は軽く頷き空になったコーヒーカップを傾けた。いつの間にか飲み干してしまっていたようだが、まったく記憶にない。
「そろそろ行きます。今日はありがとうございます」
「いや、こちらこそいい時間だったよ」
「そう言っていただけると嬉しいです、あぁ後、一つだけお伝えしたい事が」
「なんだい」
「眼鏡姿を揶揄った人間を、僕はまだ許せていません。彼らに、然るべき罰が下る事を願っています」
子供は「では」と言って店を後にした。存外陰湿だなと思った。
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