31話

 多少の難はあっただろうが不備なく話を終えられて一息。実は今の今までたまに思い出してはしかめ面となるでき事であったが、人に聞かせてみると驚くほど穏やかとなった。なんでも吐き出してみるものだ。


 それよりも、この話を聞いて子供が何を思うかが気になるところである。率直な感想を忌憚なく述べていただきたいものだが、見てみるとなんともムヘッとしていて感情が読めない。いったい何を言いたいのだろうか。



「一つよろしいでしょうか」


「なんだい」


「牛蒡がないと分かった時にすぐ言えば済んだ話ではないかと浅慮するのですけれど、いかがでしょう」


「……」


「僕が間違っていますでしょうか」


「間違ってなどいない。まさしくその通り。ぐうの音も出ない程の正論だよ」



「でしたら、この問題はご自分が悪いという事となりませんでしょうか」


「そうかもしれない。しかし、不手際を起こしたのは店側であるからして、俺を一方的に責める事はできまい」


「それはそうかもしれませんが……」



 続けようとする子供を「それに」と言って制す。このままでは俺がとんでもない惰弱となりかねないのだから、申し開きはすべきだろう。


「先にも言ったけれど、もしクレームを入れて今後の態度が変わったらと思うと、声が出なかったんだよ。君になら分かるんじゃないかな。気を遣われて感じる心苦しさが」



 そう。そもそもがそこなのだ。言う言わないというより、その後の煩わしさが問題なのだ。

 俺は今後もあの店でうどんを注文したいのだが、従業員がどこか緊張してうどんを持ってくるようになってしまったらと思うと言いたい事も引っ込むのである。時間があれば一歩踏み出せたかもしれないが、朝の忙しい時間であったし、考える間もなく来客が次から次へと。もはや手立てなく、俺が黙る以外になかったのである。仮にあの女が無礼であったら俺も少しは腹の中を明かして気持ちを表明していただろう。けれど実際に女は気弱そうで、居た堪れず、だからこうなってしまった。当然の帰結である。



「とはいえ、次にそのうどん屋に行って、また牛蒡が出てこなかったら如何なさるおつもりですか?」



「その時は……」



 その時は。

 


「……次からは、牛蒡も頂戴と事前に言うかな」


「……なんだか間抜けですね」



 言い返せず「うん」と頷くと、子供は塾へ向かった。結局のところ、俺が話す事に意味があったのかどうかは分からずじまいである。

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