24話
人の心というの中々に扱い難く、緩やかに流れる小川で小舟を操舵するように容易く方向を定めるわけにはいかないのである。
「学校で、友達と喧嘩をしてしまいました」
いつもより減るのが遅いカフェオレの理由が分かると俺は少しだけ安心した。先までずっとしょげかえってだんまりを決め込んでいた子供に対しどう接したものかと手をあぐねていたからである。
「そりゃ喧嘩ぐらいはするだろうけれど、どうしたってそんな事になったんだい」
要因を尋ねる。すると、やっとカフェオレを二口、三口啜り子供は喉を慣らした。ひび割れたような咳払いが小さく鳴り、すぅ。と、息を吸い込む。
「将来就きたい職業を発表したら揶揄われてしまって……いつもなら笑って済ませていたのですが、その時ばかりは腹に据えかねて売り言葉に買い言葉となってしまったのです」
「……なるほど」
話を聞いて、俺は後ろめたさを覚えた。
この子供の希望職を子供自身に肯定させたのは(些か傲慢なようだが)俺である。もしあの時、もっと違う物言いをしていれば諍いは起きなかったのではないか。そう考えずにはいられなかったのだ。
「そいつは難儀な事だね」
「はい。大変に困りました」
再度、気まずい風が漂う中で発声が途切れた。
小さく悲嘆する子供をどう奮起させるか、俺はその術を知らない。もしこれが大人であれば、「まぁ酒でも飲みながら話そうか」と言って酒場に連れ出し、降り注ぐ愚痴に一つ一つ相槌を打ってやれば鬱憤も解消されるというもの。解決にはならないが落ち着きはする。そも、大人であればままならない事態も受け入れなければならない。それは喧嘩相手とて同じで、気に入らないなら気に入らないなりに折り合いを付けてどうにかしていかなければならないだろう。それは当然皆承知しているわけだから、慰めの言葉だけで十分なのである(もっとも俺はそんな知り合いなどいないのだが)
一方で子供はというとそんなわけにもいかない。学校という閉鎖された環境の中で未熟な精神を持つもの同士が抜き差しならないやり取りをしているのだから、「うんうんそうだね」とお茶を濁すような対処は意味がないどころか不信を買うばかり。何か、具体的な、アドバイスめいた事を言わねば俺とこの子供との関係はきっと途切れてしまうだろう。何か言わねばならない。しかし、何を。
せめぎ合う感情と思考。子供が次にカフェオレを含む前に、俺は最適な選択肢を選ぶ必要がある。これは難題だ。
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