23話
机に突っ伏してしまった子供を眺めながらコーヒーを一口運ぶ。どうしたものか。
「責任を果たさんとする勇気というのは、生まれた時からその有無が決まっているのでしょうか」
どうだろうか。確かにそうした資質もあるあもしれないが、見極めたり判断する目も経験も、俺にはない。リーダーシップを発揮する人間は知っているが、彼らのその能力が先天的であるか後天的であるかこれまで測ることできなかった(測ろうとも思わなかった)。そも、そんなものどうやって判別するというのか。基準もノウハウの蓄積もない俺にはどうやっても有用なデータを導き出せない。残念であるが、仕方がない。
「そればかりはどうだろうね。割って見るわけにもいかないし」
乾燥した笑いが吐きでた。あしらうような形になってしまい、少し気まずい。
「そうですね。分からないですよね。普通。そうなんです。それが普通。普通なんです」
そんな俺とは対照的に子供は覇気を取り戻し跳ね上がった。突然揚々とし始めた意気に何があったか困惑の念を隠せない。「どうしたんだい」と伺うべきかどうか悩んだが、聞くまでもなく子供は自らの考えを披露したのであった。
「分からないんだからやってみないと。なんたって、やってみなくちゃ分からないんですから」
得心。素直に納得。
トートロジーめいた迷言であるがしかし、その通りである。なにやらわけの分からない、奇々怪々な恐怖に怯えていてはなんともならん。一歩踏み込む決断こそ人に真の理解を与えるのだと、俺は子供が到達した答えから閃き、同時に賞賛したくなった。彼の発想は、眩い精神から発せられた輝かしい魂が顕現したものだと、大分大仰だが、そう思ったからである。
「そうだね。応援するよ」
「ありがとうございます」
礼を述べた子供は席を立とうとする。カフェオレがなくなり久しく、時間も良い塩梅となった。彼はこれから塾へ行き、将来の夢に向かって分からない事をやっていくのである。大変だろうが、是非とも頑張ってほしい。だが。
「待った」
その前に聞いておきたい事があった。
「なんでしょうか」
「君は結局、どんな仕事に就きたいんだい」
無理強いをするつもりはないが、話は着地したのだ。伺ってみるくらいは許されるだろう。さて彼は、なんと答えるのか。
「総理大臣です」
「……」
聞き間違えたのかもしれないと思い、確認してみる。
「……なんて言ったんだい?」
「総理大臣です。僕は、内閣総理大臣になりたいのです」
「あぁ、総理大臣」
間違ってはいなかった。彼は確かに、総理大臣と言ったのだ。
「なれますでしょうか」
「……分からないけれど、この地域で立候補したら投票するよ」
「ありがとうございます。では、さようなら」
「さようなら」
去っていく子供を見送り、唖然。よもや総理大臣を目指しているとは思わず、発想のスケールに圧倒されてしまった。
もし十数年後、俺が生きていて、彼がどこかの党から出馬したら、その時は本当に名前を書いてやろう。そして、総理大臣を決める党選挙では……頑張っていただきたい。
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