20話

 子供は納得したのかしてないのか、変わらぬ調子で言葉を続けた。



「作文を書かなきゃいけないんです」


「何を書くんだい」


「将来就きたい仕事」



 俺は「ははぁ」と唸り、子供をまじまじと見た。小学生の頃から働く事について思案しなければならないとはと恐れ入ったのである。そういえば、今日では職業体験的な遊戯をする施設もあると聞いた事がある。早いうちから仕事へ意識を向けさせるとは、年寄りは次世代の担い手の成長促進に余念がないようだ。思わず、「立派なものだね」と称賛を送るが、子供はうかない。



「けれど、書けないんです」



 辛気臭くそう落とすと、子供はみるみると萎んでいった。



「仕事をしたくないのかい」


「いえ、働かねばならないとは考えているのですが、調べてみるとどうにも仕事というのは苦労を伴うもののように思えてしまって、僕に務まるかどうか不安なのです」



 いやに現実的な悩みにこちらまで途方に暮れてしまいそうになった。その歳から労働に対して憂慮を持つとはさぞ気苦労の多い人生を送る事だろう。成人を迎える頃には胃痛や神経痛に悩まされる事必至。同情を禁じ得ない。



「とはいえ、悪い事ばかりじゃないだろう。やっていれば慣れるかもしれないし、ここは思い切って、やりたい仕事について正直に認めるのが正解なのではないかな」



 極めて当たり障りない意見をあげるも子供の顔色は変わらない。いや、それどころか悪化した気配さえあった。どうしたというのか、内心狼狽える。



「調べていくうちに、憧れも消えてしまいました」



 カフェオレのカップを握り悲嘆の籠った声をあげる子供。気の毒な事だ。しかし何をどう調べたらそうまで苦心するのか俺にはさっぱり分からず、考えすぎではないかと軽んじる一方、今の時代に生きる子供は夢さえ見れないのだろうかとも思い、難儀な世の中になったものだと他人事のように憐れんだ。

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