19話
何を思いそんな質問をしてきたのか分からないが、確かに仕事は大変である。大変かそうでないかは個人の心の持ちようだが一般的には大変であるし、殊、俺などは底辺職などといわれている業務に従事しているため働きの割に見返りが少ない。なんとか暮らしていけるだけの金と十分過ぎるほどの暇こそあれ、やりがいなど存在せず日々の暮らしに飽くばかりなのである。また、それでも俺などはいい方で、世の中には夜も眠れずに働かされたり想像を絶する理不尽を受けるような境遇の者も少なくない。それでも生きるために耐えねばならないのだから大変でないわけがないのだ。是非もなく世知辛く、現実とは不幸の積み重ねである。
「まぁ、大変だね」
俺は子供にそう言ってコーヒーを含んだ。他に返答の仕様がなかったのだ。「そんな事ないさ」と虚偽を述べるのも気が進まなかったし、「お前の想像している以上の苦しみがある」と脅すのも違うと思った。ただ、漠然と「大変である」と伝えるのが最も正しく無難であると判断した。
それを聞き、子供は少し考える風にして小さく唸るも、それがポーズである事を見落とす程俺は間抜けではない。この子供の言いたい事は恐らく既に決まっていて、多分、思慮深いと思われたいがために敢えて焦らす様な真似をしているのだ。あわよくば、「どうしたんだい」と聞かれ、俺が興味をいだいているという認識から生じる承認欲求を満たそうとしているのだろう。愉快なものだ。
「どうしたんだい?」
俺は子供の策略に乗り伺ってみる。すると、少し大きな声で「うぅん」と唸ると様子が可笑しく、つい、息継ぎの合間にふっと吐息を挟んでしまった。
「あ、何か変でしたでしょうか」
「いいや。ただ余りに悩むものだから」
聡く気がつく子供の疑問を誤魔化す。どうにもこの子供は側から見た自分について思案してしまう質のようで、度々「変だったか」というクエスチョンを受けていた。それに対する俺のアンサーはいつも嘘にまみれていたが、それ以外に真摯に答えているつもりである。人を悪く言うのは良くない。方便は大切だ。
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