17話

 もし俺がここで「君はの純潔は失われたのかい」と聞こうものならきっとこの子供は失望し軽蔑しきった目で俺を捉え、二度とこのコーヒーチェーン店に姿を表さなくなるだろう。どうにもこのぐらいの歳というのは性に対して潔癖を装う傾向にある。俺が小学校に通っていた時にもいたが、「好きな女とはまぐわいたくない」というような、プラトニックを至上する思想を掲げていても(本音はどうあれ)珍しくはないのだ。わざわざセンシティブな話題を持ち出し不快にさせる必要もない。もっと健全で生産性の高い会話をするべきだろう。




「もし、君の好きな彼女がガールフレンドになったら、何をしたい?」




 そこで俺は子供が輝かしい未来を想像するよう誘導を行なう。

 彼は幼い。好いた女と一緒に過ごす時間を考えると、胸がトキメきもどかしく、ふわりとした夢想に耽り幸福となるだろう。毒にも薬にもならない空想だとしても、それはそれで無駄ではない。是非とも、二人で分かち合う明るい未来を描いていただきたいと、俺は暖かく見守る。



「とくには……僕は彼女の好みも知らないので、何処かへ行くとしても見当が付かず……かといっていずれかの宅ともなると風紀的、体面的、世間的にまずいものですから、せいぜい図書館くらいしか思い浮かびません」


「図書館は私語厳禁だけれども」


「ですので、困っています」



 思ったよりも真面目で理屈っぽい子供であった。この男児が恋人を作り、軽快な口調で愛を囁く日など来るのだろうかと不要な老婆心に駆られる。とはいえ俺ができる事などなにもないのであるから、大人しく、大人らしくコーヒーを含み、「いつか彼女の仔細を把握できるといいね」などと過程も結末も丸投げにするようなエールを送る他なかった。



「そちらも、良い出会いに恵まれると」


「ありがとう。俺もそう願うよ」



 話はここで一段落。子供はいつものように会釈を行い、礼を述べて塾へと向かった。取り残された俺は、先まで子供が座っていた対面を眺め、彼が女児であれば、それこそが良い出会いだったろうにと反吐を催すような血迷いを起こして自己嫌悪に被りを振って店を出た。最低の発想に、叫び声をあげそうだった。


 大人としてのモラルさえなくせば俺は本当に社会の害虫だ。そうはならないよう、心をよく引き締めねばなるまい……

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