12話
「いないけれど、君はどうなんだい?」
いない。とだけ返しては味気なく会話も広がらないため相手方の事情を伺ってみたのだが、口にしてみてると少し棘が出てしまっているように思えた。「深い仲の異性などいやしないのは確かだけれど、そういう君はどうなんだ」といったような僻みとか妬みを含んだ攻撃的な発言とも捉えられない一言だったような気がして冷や汗を流す。また発声にも問題があり、コーヒーで焼かれた喉はいつもより低い音域となっていて、これも誤解を生じさせる要因となりかねずやきもきとした。人の心の内を覗く術を持たない俺は一挙手一投足が相手に対して不快感を与えていないから疑義に囚われ、どうかこの子供が小さな事柄を一々と気に留めない性格であってくれと願うのだった。
「僕もいません」
はにかんだ笑みが浮かぶ。願いは通じ、いたって普通の、いつも通りの関係でいられるようだった。これでまた平常に倣った会話ができるというわけだ。
「そうかい。今時は十やそこらで惚れた腫れたの関係になるとは聞くけれど、必ずしもそうである必要はないからね」
油断した隙にまた失言を吐いた。今の言葉は慰めのようでもあるが(実際にそのつもりで発言した)嫌味のようにも聞こえる。しかも今度は喉の調子が良いばかりに軽々しく流暢に滑り、ますます軟派で皮肉めいてしまっていただろう。俺は再度、目の前の子供に図太さを求めた。
「そうですね。学級でも、半々といったところです」
顔色も声色も変えずに子供は答えると、俺は自身が抱いた杞憂に溜息を吹きかけ少しニヤついた。どうやら彼は、瑣末なことを問題としない天性の快男児だったのだと都合よく合点したのだ。
「あ、おかしいでしょうか」
「あ、いや、そういうつもりじゃないんだ。すまない」
気の緩みが表情に出てしまって、思わぬところで下手を打った。やはり俺は人付き合いにむいていないようだ。
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