11話

 まず、恋とは如何なるものかを俺は知らない。ドラマや漫画のような色恋沙汰など言わずもがな、一般的な恋愛というのも経験がなく、語る語らない以前の問題だった。想いを寄せていた人間がいないわけでもないのだが、どうしても恥ずかしさが先行してしまって打ち明けることもなく離別。記憶の海に流され今では名前も覚えていない。また、どうしても面倒が勝るというのもあった。家族でもない人間と時間を共有するとなると機微を察して心情を汲む必要が生じる。元来からの唐変木で愚鈍を体現したような俺にとってその難度はかなりのものに違いないだろう。仮に上手く運んで交際の契約を結べたとしても、恥を飛び越えた先に尚立ちはだかるこの壁に激突すれば漏れなく俺は死ぬだろう。死を覚悟すれば突破できなくもないかもしれないが、そこまでして克服すべき事柄なのか疑問であり、また、こうしてコーヒーを啜れる時間がなくなってしまうのではないかという懸念もあって消極的にならざるを得なかった。コーヒーチェーンで過ごす事については好きでやっているわけではないしなんなら苦痛ですらあるが、この無益に内包されている自由は得難い宝物であるため手放すのは憚られた。如何に退屈で持て余しているとしても人間が持つ自由意志を阻害されるというのは我慢ならない。故に俺は恋だの愛だのといった概念からは縁遠く、一人でコーヒーを飲みながら暇をしているのである。だがこの行為と思考は矛盾しているといえよう。退屈で寂しい部屋に帰るのが嫌でコーヒーチェーンに居座っていながら、それもまた良しと受け入れているのだ。支離滅裂で破綻した心身の不一致は俺自身も認めるところで、行動原理と情念の背反をどう理屈付けていくべきか悩みはしている。どれだけ論理的に解を出しても、屁理屈の領域を出ないような気もするが。



 まぁ俺の事はどうでもよいのだ。考えるべきは、この子供に如何なる話題を提供すべきであろうかという一点に尽きる。わざわざ恋人の有無について聞いてきたが、単なる興味本位か、それとも関連した話を求めているのか。まずはそこから探らねばならなかった。

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