6話

 本来であれば人に尋ねておいてその態度はなんだと叱咤すべきところであるが、こちらの失態を見逃している以上触れないに限るので大目に見るとする。都合の悪い事を蒸し返す必要はないのだ。誤魔化せるところを誤魔化しても差し障りはないし、なにより相手が形だけでも納得しているのであるからこの件はもはや落着。冷めたコーヒーを一口啜って解決の余韻に浸るのも許されるだろう。



「けれど、勉強はたまに退屈です」



 独り言のような所感を述べる子供をチラと覗くと空となったカップをモジモジと触り手持ち無沙汰な様子であった。一口あたりに含むカフェオレの量が多かったためそうなるだろうなとは思っていたが案の定。塾までどのくらいの時間をこのコーヒーチェーンで過ごさなければならないのかは知らないが、飲むものがなければ後は退屈ばかり。不憫なものだ。



 もう一杯飲むか?



 そう声をかけようか迷った。

 コーヒーの一杯くらい別に何でもない金はある。しかし、未成年が過剰にカフェインを摂取してもいいものかどうかという健康面の懸念があったし、もう十分飲んだと言うかもしれない。もし買ってやるよと恩着せがましくしたところ「いらない」などと返されたらしばし立ち直れないだろう。俺は迷った末に言葉を引っ込め、代わりに奴の独り言へ反応してやった。



「退屈なものを塾にまで行ってやっているんだから君は立派だよ」



 それが本心かどうかはさて置いて、ありきたりな、ごく普通で無難な社交辞令であったのは疑いようがない。

 しかし、この子供はどうにも捻ているようで、素直な称賛を受け取らない質のようだった。



「親のお金で、親が言うままに通っているだけなので、そんなに立派でもないです」



 思いがけない返答により傾けたカップが宙で固まり、二の句を告げるのにまた苦心する。

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