4話
親でもなければ教育者でもなく、ましてや真っ当な人間でもない俺は子供の疑問になんと言ったものかと頭を悩ませた。子供時分には「将来のため」と、耳にタコができるほど聞かされてきたが、勉強せずとも楽しそうな奴はいるし、勉強した結果鬱屈と過ごしている奴も知っている。地元から出なければ大学へ行かずとも普通にさえしていれば正規雇用に就き、多少の悩みや苦しみを経て人生の幸を味わう事ができるだろう。然るに、将来の可能性や未来の広がりは勉学の有無ではなく本人の資質によるものが大きいように思う。そも、自主的に勉学に励むような人間であればだいたい何でも自分でやるだろう。大切なのは勉学をしっかりとやるのではく、しっかり勉学に取り組めるような性格の方ではないか。そういう意味では将来性という理由で勉学を肯定するのは難しい。
では、「そういうものだから」という理屈はどうだろうか。日本には教育の義務があり、子を持つ親は例外なくその責務を果たさねばならず、それ故に子は受けたくもない授業やしたくもない予習復習に精を出し、文明人として最低限の素養を身につければならないという身も蓋もない言論を持ってすれば綻びなくこの子供に勉学の必要性を説明できるかもしれない。いやしかし、それは大人の理屈ではなかろうか。産まれたくもないのに産まされ、生きたくもないのに生かされる不条理。その中で更に制約によって縛られ、命の不自由を受けているこの現代社会。義務だ責務だと杓子定規な建前を掲げて強制されている旨を伝えるのは極めてナンセンスと思わなくはない。それにこの論でいくと、「そんな規律に賛同した覚えがない」というアナーキーかつ反論のしようがない言葉を投げられる恐れもある。俺はその意見に対して異を唱える事ができないから、「そういうものだから」という乱暴な物言いは控えるべきであろう。とすれば、「何故人は学ばねばならないのか」などという幼稚であるが故に真理を孕む疑問へはなんというアンサーを送ればいいのか。哲学めいた思想を巡らせるもポリシーもビジョンもない俺では到底導けぬ難問である。できる事なら何も言いたくはないが、そういうわけにもいかないから、閃きに頼る。そうして、とうとう口を開く。
「やってりゃ、その答えも見つかるだろう」
人任せの無責任。だが、よく分からないままに断定するよりは余程まともなのではないか。
俺はこの曖昧かつ卑劣な返答に対し、「納得してくれ」と願をかけていた。これ以上は馬鹿の考え休むに似たり。どうしようと発展はないと知っていたし、そもそも疲れる。これ以上付き合うのは御免被りたかったのだ。
しかし願掛けの成就はならなかった。
「じゃあ、答えを知りたくなかったらやらなくてもいいんですかね」
次いでの質問。「そんなもの知るか」と一蹴したくなるもグッと堪え、再び休止と変わらぬ考えに耽る。
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