3話

 そんな声色でそんな事を言われたら断ろうにも断れずなすがままに頷くしかなかった。

 手にしたカフェオレを大事そうに持ち、危うげに椅子を引いて俺の対面に座る子供は、笑うでもなく申し訳なさそうにするでもなくペコリと頭を下げる。なんと可愛げのない奴だと思ったが、このくらいの年頃であればこんなものかと得心しコーヒーを一口含んだ。緩くなったブラックは不味い。



「誠にありがとうございます。申し訳ありません。混んでいたものでして」



 子供は落ち着いてからそんな風なセリフを回した。大根役者が演技をするようだった。慣れない言葉を使ったためか不自然さが拭えていないのである。先に感じた可愛げのなさが反転し、吹き出す。




「あ、何か変でしたか?」


「いや」



 なるべく自尊心を傷付けない言葉を返そうとしたが思い付かなかったため断念し一言だけ発する。依然、不思議そうにこちらを覗く子供の目に居心地が悪くなる。



「一人かい?」



 どうにもきまりが悪いために間抜けた事を聞いた。「見れば分かるだろう」と答えられたらそれこそ格好がつかず恥入るばかりだ。人との会話が苦手な俺は子供との会話も苦手であり、そこに付け込まれ、鋭利な刃物で心臓を抉り出すような言葉でもって悪態をつかれたらどうしようかと汗をかく。


 しかし、そんな憂慮はどこ吹く風とばかりに子供は流暢に舌を動かしたのだった。



「一人です。塾まで時間があって、やることもなくて」



 そうか。よかった。

 心底からそう思った。



 一と時の安堵により背もたれに身を預け、ギシリという心許ない悲鳴に酔った。なんと性格の善い奴だろうと俺は手放しで目の前の子供を称賛するするも、彼が持ちかけた次の疑問に再び緊張が促される。



「勉強って、なんのためにするんでしょうかね」

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