2話

 そんな諦観を抱くも、やはりやりきれない部分はある。変わりたいとか、なんとかしたいとか思わないわけでもないが、中年間近では何をするにも遅過ぎる。

 世の中では五十、六十の人間が「仕事ばかりしてきたから」とカルチャーセンターなどへ足繁くかよっているなんて話もよく耳にするが、個人的な見解を述べれば見苦しいの一言に尽きる。老人の使命は隠居して静かに死ぬ事にあるだろう。どこぞに出しゃばり、「まだまだ若いもんで」などと歯抜けた口を開いて笑うのはどうにも気色が悪い。歳を取れば考えも変わるかもしれないが、そうなる前にくたばりたいものだ。しかし、寿命ばかりはなんとも。

 可能性として、自死もない事もないかもしれないわけだが、今、自ら死ぬなどというのはとんと想像できず、また望んでもいない。過去はともかく、金持ちではないにしろ生活できるだけの賃金を頂いていると、生きるにしても死ぬにしても意識が希薄になるようで、どちらについても考えるのが億劫になるのだ。だから俺はコーヒーチェーンで退屈な時間を過ごしているのだろう。部屋に帰るのは嫌だけれど、かといって嫌というほど遊んでやろうという気持ちにもなれない。部屋が死なら外が生。俺がいるコーヒーチェーンの席はその間。何にしろ気力が湧かない。正負いずれかに振り切れてしまえぬあたりに物臭な性分を感じる。俺は何かにつけて気怠く無思想であるが故に、生きるでも死ぬでもなくコーヒーをゆっくり飲むのだった。そこにはやはり、意義も意味もない。



 そこへ異変が生じたのはなんでもない平日でった。


 残業もなく定時でタイムカードを切っていつものコーヒーチェーンでブレンドを頼み椅子に座って長々と漆黒を眺める。一時間程経った頃だろうか。店の自動ドアが開き、「カフェオレ」との注文が聞こえた。子供の声だった。


 夕方に子供一人でこんな場所に来るのかと視線を向けると、小学校高学年と思しき背丈の純朴そうな輩が一人辺りを見渡していた。なるほど席が埋まっている。この時間、残念ながら仕事終わりに仕事をするサラリーマンや夕食までの暇を潰す老人が多い。子供の入れる隙間などないのである。

 不憫だなぁと眺めていると、子供と目が合ってしまった。まずいなと心中で呟き、咄嗟に視線を逸らすも後の祭り。ガヤつく店内の中、はっきりとこちらに向かってくる小さな足音が感じられる。



「相席、いいですか?」



 穢れを知りもしないような、かといって幼いばかりでもない、青い声が俺に向けられた。

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