ミルクもシュガーもいれないで
白川津 中々
一
1話
フラリーマンなんて情けない言葉もあるが、家族などいなくとも俺は帰宅に対して後ろ向きだった。
寝るだけしかやる事のない六畳一間で過ごすのが何となく嫌で、ここ数年、仕事終わりはコーヒーチェーンに居座っている。一杯二百十円のコーヒーで二時間。本を読むでもなく詩を認める訳でもなく阿呆となって座るばかり。意味も意義もなく、なんなら部屋にいるのと変わらなかったが俺はいつもそうしていた。コーヒーを淹れる店員もすっかり慣れたもので、俺の顔を見るなり「ブレンドでよろしいですか」と紙コップを手にして訪ねる。違うと言ったらその紙コップはどうなるのか細やかな疑問を抱くも結局頼むのは店員の言う通りブレンドなのだから意味のない疑問だ。倍の値段を取るスペシャルブレンドだのエメラルドマウンテンだのを注文しても差し支えないが、味のわからない俺がそんなものを飲んだところで浪費でしかないのだから控えるべきだろう。この時間こそが人生の浪費ではないかと言われればそれはそうとしか返せない。しかし、果たして人生というのはそうまでして大事にすべきものなのか疑問であり、殊、俺に限ってはその人生に、それこそ意味も意義も見出せないのだから浪費もクソもないのである。眠るまで何をしていいか分からずぼんやりと過ごすよりは、コーヒーを飲むという一応の目的がある分まだ店の椅子に座っていた方が建設的であるように思う。もっとも、生きるにあたり意味も意義も欲しいとは思わないのだからどうでもいい事ではあるが。
産まれたから生きる。俺の人生はそれだけだ。粗末なコーヒーチェーンで安いブレンドを飲むだけの、そんな退屈の積み重ねが俺であり、俺の人生に他ならない。それ以外を望むのは身の丈に合わず、憚られる。俺は、コーヒーを飲み続け死ぬだけだ。それだけが俺に許された人生なのだ。
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