最終話

 B妻はPCを閉じた。


(言いたかったことは書ききった)


 B妻は以前から(なぜ遺書を黒塗りにするのか)と思っていた。(最期の命をかけた主張さえさせてもらえないなんて、あんまりだ)、と。


 弁護士と話せたときに手記を書いてネットに上げても大丈夫かたずねた。注意点として「特定の個人などを誹謗中傷していると思わせる表現があると、損害賠償を請求される可能性があります」と言われた。


 B妻は(相手の気持ちのまま暴言暴力を受けてきたこちら側が相手を配慮する必要があるのか)と若干、複雑な気持ちになりながらも、納得した。


 B妻は、特定の相手をおとしめたり、誹謗中傷したりしたいわけじゃない。

 ただ、どうやっても伝わらないことがあることを伝えたい、問いかけたいだけだ。そしてその相手は、特定の個人ではなく『世界』なのだ。


(これでもう私が忘れても大丈夫)


 満足感にひたりながらB妻は思う。


 B妻の脳は、しんどい状況をスルーすると決めたようで、記憶力が大幅に低下していた。

 毎日写真を撮るくらい可愛くてたまらなかった子どもの顔すら、今はもうよくわからない。見ても(こんな顔だったかなぁ)と感じるだけだ。


(うっかり殺人をおかしそうな微妙なヒキになっちゃったから、第三者からオチとして望まれるのは、私がネットに『カッサンドラのつぶやき』を遺書として残して殺人して自殺する展開かな。その場合だと、私が夫を刺すか、私が無差別殺人をおかすとつじつまがあうのかな? それで遺書が広まって世界が変われば、ある意味ハッピーエンド? まぁそうなる前に『カッサンドラのつぶやき』は消されるだろうけどね。第三者的に、カタルシスを追求するなら夫で、ホラーっぽいのは無差別か。案外まだ「愛に目覚めて仲良くなる家族」という感動モノを求められるのかもしれないけど、いきなり改心はありえないし、決め手もないから、さすがにないか。最終的に私が妖怪になるファンタジー展開も無理があるし。あと考えられるのは、私が行方不明になって、生きてるか死んでるかわからないまま無差別殺人が始まるパターンかな。個人的には最後の、犯人がわからないまま無差別殺人が続くのがミステリぽくて面白そう)


「まぁどれも『物語として考えたら』で、実際のところは、オチらしいオチなんてつかないし、誰が死のうがなんの解決にもならないんだけど」


 人の脳は優秀なので、少しの道標みちしるべがあれば、勝手に筋道を作って結論まで導き出す。予備知識は結論を導き出す道のりに影響を与える。


(せめて『カッサンドラのつぶやき』をサイトに上げたことで、「あなたが選んだんでしょ」「話し方が悪いんじゃないの」という言葉自体が「カッコ悪い」という空気になるといいな)


 もちろん、書いただけでいきなり世界は変わらないだろうが、変わるきっかけくらいになれたらいいとB妻は思う。


 誰かを刺したところで意味がないとわかったので、B妻はもう誰かを刺す気にはなれなかった。


 自殺には心ひかれるが、B妻には産まれる前に失った子がいる。


 その子を失った当時に読んだ本に『あなたが生きているつらい今日は、昨日死んでしまった誰かが生きたかった明日なのです』というような内容が書かれていて、その通りだと思って必死に生きてきた。

 今のB妻は、死の運命をかわれるものならかわってあげたいとは思うが、うまれなかった子に申し訳ないので、自殺はできない。


(誰かのシナリオにそって生きても文句を言われるんだったら、自分の好きに生きて文句を言われるほうがずっといい)


 今のB妻はできないことが増えたが、一時期のまったく動けない状態ではないし、一番したかった読み書きはできている。一番ができれば十分だ。


(まず自分がしたいことを優先していこう)


 「ちゃんと考えろ、行動しろ」と周囲はいうが、今までだってB妻は真剣に考えてきたし行動してきた。その結果、どうやっても事態を変えられず、どうしようもないことをつき詰めて考えると病むのがわかった。


 B妻は再びなにもできない状態になるのだけは嫌だった。

 だからこれ以上、この問題について今までのように全力で考えるのをやめることに決めた。これまでのことをまとめたのは、卒業論文のような気持ちでもある。


(これからは楽しいことを考えよう。そういえば、昔、教えてもらった『世界の終わり』はいつくるんだろう?)


 若い頃のB妻は遺跡が好きで、世界文化遺産をめぐる世界一周の旅に出るのが夢だった。文明がその土地でどのようにできてどのように滅んだか、その技術の結晶を現地に行って見て肌で直接感じたかった。


 だからスピリチュアルな人と会話ができたとき、宇宙の始まりと終わりについてたずねた。宇宙空間には簡単に行けないから、もし知っているのならぜひとも聞きたかったのだ。


 その時、「『世界の終わり』には立ち会えますよ」と言われた。


 当時は単純に、自分が生きている間に世界が滅んでしまうのか、宇宙が終わってしまうのかと怖かった。


 やがて、地球環境的に人間は一度滅んだほうがいいのでは、と思うようになった。


 でも今は、そういう終わりじゃないのかもしれないと思えてきた。


 概念が変わるのだって「ひとつの世界の終わり」だ。


 カッサンドラな世界線の終わりに立ち会えるのかもしれないし、今までのB妻ではいられなくなった今のB妻の状態そのものが『世界の終わり』なのかもしれないし、はたまた全く意味が違うのかもしれない。


 一時期、占い師にもなりたかったB妻は『世界の終わり』の解釈をあれこれ考える。


 どういうカタチかはわからないが、B妻が生きている間にこの世界は終わるのだ。普通ならよくない意味に感じる『世界の終わり』は、「今のしんどい状況が死ぬまで続くわけではない」という、B妻にとってはなによりの救いの言葉だった。

 今までのB妻の人生の中で出会った人たちの多くが皆なにかしら大変な状況で、その根本には『伝わらない』があった。


 伝わらない世界が終わる。


 それはなんて甘美な響きだろう。

 その瞬間に立ち会えることを支えに、B妻は今日もオチのない人生を生きていく。

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