09 「愛があれば大丈夫」

 子どもと家を飛び出したママ友の一人が、パートナーの親から言われたというのが


「愛があれば大丈夫」


 という、王道というか正論というか、一般的には普通にいい言葉だったそうだ。


 それを聞いた当時の病んでない私は、「その通りだな。このママ友は旦那さんへの愛がなかったんだな」としか思わなかった。


 ところがこれが、今の自分に言われるようになると、「愛があれば大丈夫」という、普通にいい言葉のはずが、悪い意味で「会心の一撃」くらいの言葉になるのだ。


 今の私は、「愛があれば大丈夫」系列の本(月刊誌)を両親からもらい続けている。

 ざっくり内容を説明すると「困ったパートナーを立てたり優遇したりすることで、パートナーとの溝が埋められるよ」という内容だ。


 もしかしたら、それの根本にあるのは心理学的な話なのかもしれない。


 心理学的に、困った状態にいる人の心は、よく「水であふれそうなコップ」に例えられる。


 「水であふれそうなコップ」のように、心がなにかでいっぱいの時は、外部からなにも入れられない。だからまず心に隙間を作る、水を減らす必要があるのだ。そのためには、その人の不満を減らす方法をとる。まず幸せな状態にすれば不満が減る、コップに入る隙間ができて、ようやくこちらの伝えたいことが入る余地がうまれる。最初から正論のゴリ押しでは入らないし、入ったところで水と一緒にあふれて流れ出てしまうだけなので、まずはこちらの伝えたいことが入れられる隙間を作りましょう、というものだ。

   

 それについては、その通りだと思うし納得もしている。


「相手を変えようとしてはいけない。自分が変わらなくてはなにも変わらない」

 それもわかるし、納得できる。


 でも、「相手に愛を捧げればどうにかなる」というのだけは、今の私は少しも納得できない。

 なぜかスピリチュアル系では「愛があればなんとかなる」がまかり通るのだ。


 一時期ヒーラーになりたくて、スピリチュアル系をかじっていた自分にとって、それは馴染みある考え方だし、間違ってはいないとは思う。

 

 ただ、今まさに銃で撃たれそうな瞬間に、狙撃手を愛でどうにかするのは無理だし、今の私が知りたいのは「その愛の余力がない、もしくはマイナスまで落ち込んだ場合はどうしたらいいのか?」なのだ。


「愛があれば大丈夫」

「愛で包めばどうにかなる」

 なるだろうし、それは正しいとは思う。


 だけど人の中にある愛は無限の泉じゃない。


 たとえば、飢餓に苦しんでいる人に「食物を出せ」と求めて、得られるだろうか?

 無いものは出せないし、持っていないのが明確なのだから、まず求めないはずだ。

 

 なぜか愛は、「もう無理」だと言っていても「まだ出せるはずだ」と求められる。


 「優しく説明していればいつか通じる」と信じて頑張っていた私がもう頑張れなくなった。

 だから、最初は「再び頑張れるようになる愛の復活法」みたいな答えが載っているのかと思って、渡される本を読んでいたものの、だんだん読めなくなってきた。そんなことは書いてなかったからだ。

 今は本を受け取るのもしんどい。申し訳ないけど中身を見ることなく破棄している。


 苦労からの成功例が知りたいわけじゃない。

 

 私が知りたいのは「それをやってきたんだけど、限界がきてできなくなった人はどうすればいいか」なのだ。


 本を受け取るたびに、私は「私の言葉なんか全然伝わらないんだ」とガッカリする。


 そういうのを10年間やってきてダメだったと話したよね?

 それでもまだ同じ方法を書かれた本を渡されるということは、私の言葉は欠片も届いていないということだ。

 もしくは暗に、「お前の方法は間違っている」「もっと正しい方法でやればなんとかなる」なのだ。


 別に両親は私に敵対しているわけではない。

 私の味方であると明言してくれているにも関わらずこの状況なのが、本当に不思議でならない。


 最初の発端というか、困った状況になったのは、「子どもができてからパートナーが豹変したこと」だ。

 私は困った状況をどうにかできないか個人で10年頑張ったがどうにもできず、誰かがケガしてからでは遅いと、周囲に相談した。

 するとなぜか、問題が解決するどころか、問題自体が伝わらず、最初の問題であったパートナーと子どもだけではなく、友達にも両親にも周囲にも追い詰められていくようになった。

 この状況はなんなのだろう?


 似た境遇のママ友に「カサンドラじゃないか」と言われて、ググってみた。



(↓Wikipediaより抜粋↓)

カサンドラ症候群、カサンドラ情動剥奪障害……アスペルガー症候群の夫または妻(あるいはパートナー)と情緒的な相互関係が築けないために配偶者やパートナーに生じる、身体的・精神的症状を表す言葉である。


アスペルガー症候群の伴侶を持った配偶者は、コミュニケーションがうまくいかず、わかってもらえないことから自信を失ってしまう。また、世間的には問題なく見えるアスペルガーの伴侶への不満を口にしても、人々から信じてもらえない。その葛藤から精神的、身体的苦痛が生じるという仮説。現在のDSM(精神障害の診断と統計マニュアル)その他には認められていない概念。


夫との情緒的交流がうまくいかない妻は、何が何だか理由はわからないけれど苦しい、周囲は苦しんでいることを理解してくれないという二重の苦しみの状態にある。本人が問題の本質がわからないこと、周囲が問題の存在さえ理解してくれないこと、この二つの要素が現在のカサンドラを巡る問題の本質になっている。

(↑ここまでWikipediaより抜粋↑)


 そういえば「カサンドラ」って、むかし読んだ漫画やギリシャ神話の本にいたような?



カッサンドラー……ギリシャ神話に登場するトロイアの悲劇の予言者(Wikipediaより抜粋)。


アポロンに見初められ関係を迫られるが、恋人になる条件として予言能力をもらったとたん捨てられる未来が見えたのでアポロンを拒絶したところ、怒ったアポロンから誰も予言を信じない呪いをかけられてしまう。


有名エピソードは「トロイの木馬」。

木馬は危険だと予言したけれども誰にも信じてもらえなかった。



 私は、目の前で、子どもが実の親に怒鳴られ叩かれたり蹴られたりするのをおかしいと思うし、つらいと感じる。

 けれども誰かに相談するとスルーされるか、「躾の範囲でしょ」という反応しか返ってこない。

 もしくは、「あなたのやり方が悪いんでしょ」「あなたの家族なんだからあなたがなんとかしなさいよ」と言われる。

 

 できる限りフォローしたとしてもおさまることはなく、子どもがゆがんでいくのを目の前で見続けることしかできない。

 結果的に自分への負担が増えてフォローもできなくなっていく。

 そんな自分を、周囲はもちろん、自分でも責める。 


 もっとしんどい境遇のママ友の目は、動かないというか凍りついた目をしている。

 二次元的にいえば、レイプ目とか、ハイライトのない目だ。

 体は普通っぽく動いているけれども、目が死んでいる。

 表情も、顔なのに仮面のように見えて、最初は不思議に思っていた。


 今ならわかるよ。

 

 普通の感情が残っているとしんどい。少しでも早く今の場所から離れたほうがいいと思う。

 けれども身動きが取れず、なんとか今の場所で動こうとすると、勝手に感情のスイッチが電気のブレイカーが落ちるみたいに、どんどん切れていくのだ。


 おそらく、普通の感覚が残っていたら正気でいられないから、感覚が鈍るのは自分を守るためなんだけど、自分では、落とすスイッチを選ぶことも再び入れることもできない。

 

 そこで例の「愛があれば大丈夫」を言われたらどう思うか。


 みんなが言う『愛』ってなんだろう?

 大丈夫じゃない私が欠陥品なのかな。

 この状況の私がまだ捧げないといけないの? 相手や発言者は私にくれないのに?


 確かに私だって、こうなるまでは「愛があれば大丈夫」を普通にいい言葉だと思っていた。

 だからずっと愛を捧げてきたけれども、相手が満たされることも、私に返されることもなかった。

 せいぜい「余計なことすんな!」と返されるくらいだった。


 「愛があれば大丈夫」のセリフを言える人たちの愛が枯れないのは、誰かから愛を返されているから、もしくはストックが豊富に残っているからか、日常生活が心安らかに過ごせているからだ。

 

 誰も、飢餓状態の人に「食べ物を捧げろ」なんて言わないのに、どうして愛は無限に持っていると思われているんだろう?


 私以外の人にとって「愛は無限に湧き出る万能薬」なのか。

 「今の私には愛を捧げる余力がない」ということが伝わっていないのか。

 「お前は愛も捧げられない欠陥品だ」と思われているのか。


 逆に、愛の枯渇した状態の私に、誰がそんな愛を捧げてくれるのかと思うけれども、「家族だから捧げて当然」のように求められるだけなのだから、今は「愛」や「家族」と聞くと、「搾取されるもの」「搾取する相手」などと連想してしまう自分は、やっぱり病んでいるんだろう。

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