08 「人型にカビがはえてね」

 子育て広場で出会ったママ友が話してくれた。


布団ふとんをずっとあげられなくて、そうしたら、人型にカビがはえてね」


 それを聞いた時の自分は、まだ、「頑張ったらどうにかできる」気持ちでいたので、単純に「そりゃ夏場に敷きっぱなしだったらカビちゃうよ。どうして布団をあげなかったんだろう?」としか思わなかった。


 今はわかる。

 布団をあげたくてもあげられなかったんだって。


 今までできてた当たり前のことができない。

 そしてそれを誰かに話したら、「なんで布団をあげるくらいできないの?」としか思われない。

 だから誰にも話せないし、自分でも「私はなんでこんなこともできないの!?」と責めてしまう。


 そのママ友は、子どもと一緒に家を飛び出して、今は心安らかに暮らしている。


 「布団をあげられない」ことがどういうことかわかっていなかった当時の私は、「小さい子がいるのになんでそんな苦労する道を選んだんだろう?」としか思えなかった。


 今はわかるよ。


 ギリギリだったからだよね。

 壊れかけていた状態で、よく、そこから脱出できたと思う。

 普通の精神状態でない時に前向きな行動を起こせたことは、本当にスゴいことだ。


 もし今、そのママ友と話せるのなら、そのキッカケになにがあったのか、どうやって脱出できたのか、ことこまかに聞くのに。


 おバカな当時のなんにもわかってなかった私は、「母一人子一人は大変そうだなぁ」としか思わなかった。



 そのママ友とは全然つながりのないママ友2人も、やっぱり子どもを連れて家を飛び出していた。

 それを聞いても当時の私は、「なんで話し合わないんだろう?」「もっと頑張ったら解決したかもしれないのに」としか思わなかった。


 その話をしてくれたママ友はみんな特別熱く語るわけでもなく、さらっと、なんでもないことのないように話すので、飛び出した理由として聞いたエピソードがほんの少しだから、そう思ってしまったのかもしれない。


(え、それくらい我慢したらいいのに)

(他に方法があったんじゃないの?)


 飛び出したママ友からの話を聞いた当時の私は、そう思っていた。

 つまり私は無意識のうちに、そのママ友たちのことを「そんな些細な出来事で家を飛び出しちゃうこらえ性のない女性」だと、のだ。


 実際は、とても決断力があって、しっかりした人たちなのに。

 当時の私は、本当になにもわかっていなかった。


 ただのママ友に詳しい内情を話せない理由。

 話したところで、まったくトンチンカンなアドバイスをされて傷付くことがわかっているから、むしろ話さないってことをわかっていなかった。

 

 さらっと、なんでもないことのように話すのは、私がママ友にとって「話せる相手」ではなくて、「話したところで机上の空論や、一般的な正論しか返さない人」だと思われていたからだ。


 その判断は正しいよ。

 当時の私は、飛び出したママ友たちの気持ちを、ひと欠片も想像できていなかった。

 詳しく話してくれたところで、当時の私は、飛び出したママ友の心に塩をぬりこむ返答しかできなかった。


 話しても無駄に傷付くだけだから、そんな相手に話さないのは正解だ。


 脱出のタイミングを失った今の私は、脱出できた人を心から尊敬する。

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