第12話 恋とはどんなものだったかしら

 アスペルガーとADHDについての解説サイトはいくつもあり、それによると、アスペルガーにとってADHDは興味深い対象らしく、大変心ひかれるものらしい。

 Y妻も言っていた。「私たちは選ばれちゃったんだよ」と。


 どこかでB妻は『本能的に女性は男性を救いたいのだ』という文を読んだのを思い出した。

 その文を読んだ時、そういえば相談した誰からか「私が救ってあげなくちゃーとか思ったんじゃないの?」と言われたことがあった。


 もともとB妻は少女漫画が苦手だった。

 だからそんな恋愛的なかけひきなどまったく考えていなかったので、「そんなこと考えたこともない」と答えた。B妻はただ、自分が育った気持ちを隠さなければならなかった家庭ではなくて、誠実な相手と裏表なく語り合えるになりたかっただけなのだ。


 その話をすればY妻も「B妻と同じだ」と話してくれた。


 Y妻も父親のことが苦手で、当時は話しやすかったX夫と結婚した。子供ができるまでは一晩中語り合えるくらいに仲が良かった。Y妻とX夫は、お互いあまり良い家庭環境じゃなかったから、「こういう家庭にしようね」と子供がうまれるまでは仲良く語り合っていたという。


 漫画「旦那さんはアスペルガー」を読んでY妻は言った。

「読んでて思わず泣いちゃったよー。攻撃的でなくてもここまで苦労するんだね」

 B妻もまったく同感だった。

 (あの人たちアスペルガーからしたら、私たちはなんなのだろう?)


 (世にいた天才系のそばにいた家族の人たちは、そうとう苦労していたんだろうな)とB妻は思った。それとも、時代的に家庭から離れて暮らせていたのなら、案外うまくいっていたのだろうか。

 そう、子供から離れてくれさえすればいいのだ。離れて暮らせれば軋轢あつれきが生じないのだから。ただ、現代では別居にもお金がかかるので、よほどうまくしないと別居もできず、傷だけが深まってしまうのだ。


 (漫画「旦那さんはアスペルガー」にしても、主人公である作者が精神的に復活できたのは、別居できたからだろうな)とB妻は勝手に思っている。一緒に暮らしながら、特に怒声を聞きながら復活するのは難しい。例えるなら「いじめがなくならない教室に休み無く通いながら正常を保て」と言うのと同じなのだが、なぜみんなそれを「家族だから」と強要するのだろう。

 だから漫画最後の精神科医の「愛だね」と読めるコメントが、B妻には微妙だった。


 B妻にとって今までのA夫に対する対応は、初めこそ愛あればゆえだったが、今では生活のためになっているように思える。愛情はすでに限界を超えてマイナスに食い込んでいる。ないそではふれないのだ。捧げるだけだと愛は枯渇する。永遠に湧き出る泉じゃない。

 

 

 パパ会なる、父親の子育て会に参加した後、A夫は唐突に言った。

「怒鳴るのは悪いんやな」


 精神的に疲弊して透明の分厚い膜に覆われたような状態になったB妻は、(なにを今更)と思った。

(今まで数えきれないほどA夫にそう伝えてきたじゃないか。汚い言葉でののしらないで。子供の脳に悪いから、自己肯定感が下がるからといった理論的に書かれた本も何冊と渡してきたじゃないか)


 話を聞くと、パパ会と、パパ会とは別で、でも同日に同じ事を言われたのだと言う。

 それ以降、暴力と暴言が激減した。

 

 とにかく怒声を聞かないにこしたことはない。

 B妻は(良かった)と思う反面、(これまで自分が伝えてきたことは少しもA夫に伝わっていなかったのか)とむなしくなった。

 

(こんな私の存在ってなんだろう? 家政婦かベビーシッターかお手伝いさんか。言葉の価値がティッシュ一枚にも劣るから、部屋のすみのホコリかもしれない)


 そのパパ会ですすめられたとかで、自己啓発セミナーに行きたいとA夫が言う。

「あと少しがわからなかったけど、これで変われる気がする」と。


「そこまで言うなら行ったらいいよ」とB妻はA夫を送り出した。


 A夫は劇的に変わった。

 久しぶりに子供ができる前くらいの上機嫌なA夫になった。


 B妻は嬉しかったが、今までの前例があるので、それほど手放しには喜べなかった。

 今までだって、講座の期間中や終了直後は大丈夫なのだ。問題はその後だ。本人も感動しているくらいだから一週間はもつだろうが、一ヶ月以上もつかがわからない。


 A夫はそうとう嬉しかったようで「もっと上のコースもあるから、それも受けたい」と話した。

 セミナー料金は数万円~十数万円と高かったので、「バイトして前払いでならいいよ」と約束した。


 それからA夫がセミナーを受け続ける日々が始まった。

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