第10話 考えてみた

 B妻の予想通り、やはりB妻父がもたず、一ヶ月で別居は終了せざるを得なかった。

 その間、何度かA夫とB妻が話し合う機会を持てた。


 A夫は、「反省している。わかれるのは寂しいから別れたくない」と言う。

 「薬が多いのが辛い」ということで、最初の精神科医に戻ると、「これはしんどかったでしょう。強すぎます」と薬を減らしてもらえるようになった。


 (一ヶ月離れていたし、少しは変わったかもしれない)とB妻は期待した。

 しかし怒鳴るのは相変わらず続いていたし、回数は減ったが、子供達に手や足は出る。

 

 (別居しても変わらないのか)とB妻はガッカリした。


 記録を残すためにも、B妻は、友達2とE妻に、報告メールとしてA夫の言動をメールで定期的に送っていた。

 すると一度、B妻宅に子供達や家の様子を見に来たE妻から「子供達の躾がなってないからうるさいんじゃない?」と指摘された。


 ちょうど前々から受けたかったこともあり、B妻は「ペアレントトレーニング」を受講することにした。発達障害児に対して親の対応を学ぶ講座だ。

 すでに色々実行しているY妻が詳しかったので話を聞いたことはあったのだけど、受講場所が遠かったり、受講期間に幼稚園の行事が重なったりで、B妻は今まで受けられなかったが、今回はちょうどタイミングが合ったので受けられることになった。


 講師はADHDやアスペルガーにも詳しく、それぞれの特徴についても解説してくれた。

 それと前後して、ひとつめの精神科医が開く発達障害についての講演会をA夫が「聞きたい」と言ってくれ、発達障害について理解を深めることができた。


 講演会のおかげで、やっとA夫は「自分はアスペルガーかもしれない」と受け入れ始めた。


 しかしそれは「アスペルガーだから無理」と言いだすきっかけにもなった。「俺はこういう性質だからそんなことはできない」と。


 (なにを言っているのか)とB妻は思う。

 A夫は有名高校を出て大学卒業後に普通に就職した、日常生活が送れるアスペルガーだ。

 同じくB妻も、有名高校を出て大学卒業後に普通に就職した、日常生活が送れるADHDなのだ。

 ADHDからしたら、物の整理や毎日の決まった作業である家事はかなりの苦痛だ。それでも子供2人まで荷物の整理は時間をかけてできる限りこなしてきたし、今や子供4人プラス大人2人の持ち物の管理と食事の用意でオーバーワークだけど、それを無理だとは言わない。できる限りやるしかないのだ。

 (「アスペルガーだから無理」などと言っていいのは、もっと特徴的な人だけだろう)とB妻は思った。


 講演会などで、アスペルガーはスマホのアプリに例えられる。

 ひとつのアプリはひとつのことしかできない。アスペルガーも、ひとつのケースから他のケースを応用して考えるのが難しいと知ったので、B妻は、A夫と子供がもめた後にメールで「この場合はこれがそうしたからああなったから、次はこうしたらいいよ」というメールを送るようにした。

 しかしこれは途方もないことだった。

 子育てというのは同じようで違う。自分の子供4人にしても4人とも性格が違う。それを毎回まいかいケースごとにメールしなくてはならない。

 (いったい自分はいつまでこのメールを送らなくてはならないのか)とB妻は思った。

 

 何冊かケース事に良い言い方悪い言い方が書いてある本が出ていたので、購入してA夫に渡したものの、一向に効果がない。

 教育現場にいる友達2に相談したところ「『今回はここだよ』と当てはまるページに付箋して渡さないとわからないと思う」と言われた。(そこまでしなくてはならないのか)とB妻は思った。


 Y妻から「暴言はメモをとるべき」と言われてからはできる限りメモするようにもしていたが、メモをとるのは苦痛だった。子供が理不尽に責められている酷い状態を、後から思い返してセリフを書き出すには、その状態を覚えるために脳のリソースを割かなくてはならない。

 B妻の脳の8割はA夫と子供達の酷いことを覚えること、書き出すこと、改善メールを送ることに使われ、残り2割で家事をしている感じだった。もっと要領が良ければ自分のためにも使えるのかもしれないが、B妻はADHDなのだ。一度に扱える量が少ない。むしろADHD特有の忘れっぽさで勝手にリソースが空いてそこそこ使えていたのが、A夫に関することを覚えることに割かれている今では、ほとんど余裕がない。


 (子ども達を守るためには仕方がないのかもしれないけれども、自分はA夫のマネージャーかなにかなんだろうか)とB妻の生きる気力は薄れていった。 


 B妻の気持ちが離婚にかたむいているのを知ったE妻が、「離婚したらすべてがうまくいくと思っている人へ」というサイトをよく読むようにと教えてくれた。

 ざっくり言うと「直面している問題は、本当に離婚するだけで解決するのか、離婚する前によく考えよう」という内容だった。


 B妻は離婚のメリットとデメリットを考えてみた。

 A夫がいてくれて助かるのは、お金を稼いでくれること、子供をお風呂に入れること。たまにゴミ捨て、壊れたものの修理。どうしても人数が足りないときの要員だった。

 A夫がいて困るのは、子供達の存在を否定する言葉を浴びせること、子供達のトラウマになりそうなこと、子供達の人格がゆがみそうなこと、それを改善できずに見続けるB妻がしんどいこと。


 (つまり、お金さえ稼げればA夫と離れた方がいいんじゃないか)とB妻は思った。

(A夫と別れれば、自分の心の大半を占めているしんどいことが一気になくなる。どうせ悩むのなら、どんな仕事をしようとか、もっと前向きなことで悩みたい)


 詳しい状況をメールで受け止め続けてくれていた友達2は、最近は「またこのパターンなんだ」とA夫の行動パターンを読めるようになっていた。その上で「子ども達を第一に考えるなら、もう別れた方がいいんじゃない?」と返すようになった。


 そこで、1人目を産んでしばらくしてから最初に離婚を考えたときと同じように、B妻は就職先を探し始めた。


 しかしなぜか、B妻実家とA夫はB妻が働くことに賛成しなかった。

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