第8話 止まらない

 A夫は一度B妻にも足を出したからか、それ以降は子どもにも、以前以上に手や足が出やすくなった。

 口調も酷くなり、A夫本人も抑えられないのか「殺しそうやからどっか行け!」というようになった。


 あちこちに相談すればB妻が改善できることを助言されるが、それはすべてだった。

 確かに今の部屋の状態は酷いし、A夫へのB妻の話し方もつっけんどんになっている。(そりゃ部屋を片付けたり、言い方を改善すればいいのだろうけど、じゃあAB1だけの時は今ほど酷くなかったけど、同じように怒鳴っていたのはどうなるのか)とB妻は思う。B妻だって最初から今ほどなにもできなかったわけではない。AB1一人の時は頑張っていたのだ。


 朝10時までに掃除、洗濯、洗い物を終わらせ、AB1を連れて散歩やら子育て広場に行っていた。

 晴れていれば公園に連れて行き、月に2回ほどAB1の友達を家に招いたり、逆にお邪魔しに行ったりしていた。

 雨の日は家で子供と工作をしたり、絵本を読んだり。

 図書館へも頻繁に行き、AB1と借りた絵本は300冊を超えるだろう。

 そしてA夫が帰宅するまでに夕飯を作り、お風呂を沸かし、部屋も片付けていたのだけど、怒鳴られていた。


 そういえばB妻母は、今でも、いつも家をきれいに保ち、自分も美しくあり、話し方も素晴らしいが、B妻の父はそれでも母に対して文句を言うのだ。そのストレスゆえか、B妻の母はガンや筋腫などをわずらった。いずれからも生還しているのは幸いだが、それはB妻母の前向きな考え方のたまものなのかもしれない。


 B妻と似た状況にいるY妻は、もともとハーブや自然食、医食同源への関心が高く、店が開けるのではという食事作りの腕前と、無駄なものなど欠片もない部屋を維持しているが、その旦那であるX夫はA夫よりも苛烈なのだ。

 

 それをふまえると、B妻には、どれだけ自分が片付けや言い方を改善しようとも、結局A夫に怒鳴られる未来しか見えなかった。

 B妻もB妻母の教育のおかげで、できる限り楽観的に物事の良い方をとらえることができるのだが、残念ながら、その力を持ってしても、Y妻やB妻母の現状を知っているだけに、(Y妻やB妻母ほど家事を頑張れない自分は、このままだとストレスが原因の病気で死ぬんじゃないかな)と思った。


 B妻の頑張る気持ちがプツリと切れた日の夜、それでもB妻がA夫と話し合おうとしたところ、「なにも話すことはない」と言われ、翌朝には「注意するのも家ボコボコにするのもしんどいから、今度からは自分ら(B妻や子ども)をボコボコにする」とA夫は宣言した。

(今までA夫が怒りにまかせて壁や棚やドアを蹴ったり殴ったりしているので家のあちこちがボコボコになっている)


 宣言通り、その後は「なになにしたら殴る」「なになにしないと蹴る」などと言い、言うことを聞かない子供たちを蹴る、止めるB妻を押しのけても蹴る。


 食事中は特にA夫はイライラするらしく、子供の誰かが毎回泣く。


 ある食事中の風景。


「いいたいことがあるの。あのね、えっとね……」

 もじもじするAB2に、

「言いたいことはさっさと言えって言ってるやろ! こっちは待ってるねん!」

「いや、今のは私(B妻)に話してるから。ちょっと静かにして。AB2ちゃん、なにかな?」

「あのね、だいこんおろし」

「食われへんのやろ。そんなんわかってるわ! 見てわかることなんでいちいち言うねん!」

「うぅー。抱っこ~」

「その声出すな! 今抱っこできへんのくらいわかるやろ!」

 AB2の横でAB3が口に指を突っ込んでいるのをA夫が見つける。

「指食べるな! 汚いやろ! 出せ!」

 出さないAB3にさらに大声でA夫は怒鳴る。

「聞こえてるんか!! 出せって言ってるやろ!!」

 叩こうとするので、B妻がAB3の指を口から抜く。

「危なかったな。もうちょっとではたくとこやったわ。なんで出せって言うのに出さへんねん!」

 怒鳴り声にAB3が泣き出す。

「うるさいんじゃ! 黙れ!」


 B妻からすれば、子供を泣かせているのはA夫の言動ゆえなのだが、A夫にとってはそうではないらしい。

 そして、そのことを指摘したところで「俺が悪いんか!」と激昂し話にもならない。


 この2ヶ月、覚悟を決めてあちこちに相談してみたものの変わりはなかったので、B妻は、A夫の兄弟の妻E妻が提案してくれた「家族会議をしたらどうか」を実行することにした。


 今までB妻は、A夫B妻どちらの両親にも現状を詳しく話していなかった。

 

 B妻実家に関しては、すでにA夫とB妻実家の仲がこじれているので、B妻両親に話せば「即離婚しろ」と言われそうだったからだ。


 A夫両親に話さなかったのは、A夫に内緒で義両親に話すのは、なんだか申し訳ないかなと思ったからだった。


 それに、どちらの両親にも、一度詳しく話してしまえば、そういう目で見られるようになり、元のようには接することができなくなるだろう。できれば何事もないように仲良く過ごしていたかった。


 でももう、そうも言っていられない状況になっていた。

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