第7話

 今までは、きっとなんとかなる、頑張れば伝わると信じていたB妻だったが、A夫に蹴られた瞬間(自分は間違っているのではないか)と感じた。(今までの方法では無理なんだ)と。


 これまでB妻は、相談しても、無料カウンセリングか子育て広場や子育て講座、保健センターでだった。

 つまりB妻一人でなんとかしようとしていた。

 「家の問題はその家で解決するものだ」という思い込みがあったのかもしれない。

 でも、どうやらこの問題は、自分一人では解決できそうにない、というか、頑張る気持ちが途切れてしまったB妻は、次にどうすればいいか、どう頑張ればいいかもわからなくなってしまった。


 突然、立ち上がれないくらい無気力になってしまったのだ。


 それで、学生時代からの友達で子持ちになった女友達2人、ネット上で子育て相談もしているという年上女性の友達に「こういう状況なんだけどどうしたらいいと思う?」とメールで聞いてみた。


 A夫には兄弟がいるので、その妻E妻にも聞いてみた。似たような傾向があるのか、もしあればどう対処しているのか聞きたかったからだ。


 友達と女性は親身に話を聞いてくれ、E妻も話を聞いてくれた。


 女友達1は「自分の子供のかんしゃくも酷い」という話をしてくれた。「そうなるとこっちもイライラするよね」と。

 女友達2は「A夫に対して評価や感謝の念が足りないのでは? メールだけでは状況がよくわからない。どういう時にA夫がイライラするのか教えてほしい」という詳しい状況を求める内容だったので、さらに詳しくメールを送ると、こうしたらいいのではという助言をくれた。


 E妻のパートナーであるD夫は、どちらかというとB妻のような忘れっぽいタイプで、A夫とは全く違っていた。E妻は「とにかく辛抱強く関わるしかないのでは」という返答だった。


 「DV相談室にも相談してみたら」と言われたので、DV相談室に電話相談もしてみた。

 しかし「精神科にかかっているのならそちらに相談してほしい。キレる相手が主に子供なら、児童相談所か家庭育児相談所に相談すれば子供にキレそうな時の具体的な対処法を教われる」という対応だった。


 B妻はあちこちに相談したことで、なんとか立ち上がれるようにはなったけれど、ガッカリしていた。


 (1人目が産まれてから10年間ずっと頑張ってきたけれども、まだ頑張らなくてはならないのか)と。

 もしかしたら心のどこかで、(DV相談室に相談すればすぐにでも解決できる)と期待していたのかもしれない。


 すでに、いわゆる子育て本は色々読んできたし、子育て系の講座も受けられる限りうけてきた。

 一般的に最初に助言されるようなことは、すでにすべて試した後なのだ。

 だからこそ周囲に相談しているのだけど、周囲はそんなことはわからない。のような扱いなのだ。


 毎回のようにまず「夫に対して感謝が足りないのではないか」と言われるが、子供に暴言を吐き、叩いたり蹴ったりする相手に、どう感謝すればいいのか、逆に教えてほしかった。こっちは家出しないで日常を送れるように家を整えているだけで精一杯なのだ。

 でもなぜか、そう訴えると、「妻のやり方が悪いのでは」「妻の話し方が悪いのでは」と言われる。


 良くなるビジョンが見えず、この先も変わらずA夫をたしなめるが聞いてもらえず、傷ついた子供のフォローを続ける生活が続くのかと思うと、B妻は絶望した。

 フォローできていればまだいい。子供の幼少期が大事だと、体験からも知識からもわかりきっているのに、酷い状況を変えられない自分が情けなかった。


 友達1と年上女性は言ってくれた。

「おそらくなんとか家庭を維持するように言われるだろうけど、離婚する道もあるからね」と。


 その言葉がなければB妻は立ち上がれなかったくらいに絶望していた。

 

 でも、この時はまだB妻は、A夫とやり直せると信じていた。

 周囲に相談することで、(自分一人では出せなかった良い解決法があるのではないか)と思っていた。


 今までB妻は、子供の世話は大変でも楽しくできていた。

 運動会などの発表会では子供と一緒にわくわくしていたし、子供の成長にも感動できていた。

 それがさっぱり心が動かなくなった。

 子供のフォローにも身が入らなくなってきた。

 なんでもない会話が減れば、たとえ母親の言うことでも子供はきかなくなる。

 築けていた子供との信頼関係が目の前でゆっくり崩れていくのがわかっても、B妻は以前のようには話せないし動けなかった。


 ここまできてようやくB妻は、(あぁきっとY妻はこんな状態だったんだな)と思った。

 わざと子どもをみないんじゃない。、と。


 その、自分の状況とよく似たY妻にも相談してみた。

 Y妻の方は、あまりにもX夫の怒声と子どもの泣き叫ぶ声が酷いので、近所から警察に通報があったらしく、かけつけた警官から注意されたことでX夫は少しマシになったらしかった。

 「モラハラ発言があればすぐにメモするといいよ」と助言をうけ、(なるべくメモしよう)とB妻は決心した。

 今までもメモしようと思うことはあったが、なにしろ毎日まいにち毎回まいかい数もセリフも多すぎて、どこから暴言なのかB妻の感覚は麻痺しているし、覚えたくもない言葉ばかりなので、いつも聞くそばから記憶せずに消去してしまっていた。


 せめてと思って、2つ目の精神科に行きA夫のそんな状況を相談すると、医師は「そんな風になっているとは知らなかった」と答えた。

 A夫からの自己申告はなかったようだ。B妻から話を聞いた医師は「薬を増やしときますね」と言った。

 2つ目の精神科には、4人目出産前後でB妻が通院できていなかったので、その弊害だった。B妻にとっては、場所は遠いけれども最初に話をしっかり聞いてくれた最初の精神科の方がまだ頼りになるように感じた。

  

 児童育児相談室の人は保健センターの担当者と一緒にきてくれた。

 ざっくり話したものの、パパ育児講座の案内をくれたり、男女の脳の違いを語ったり。それに対してB妻は、「いやそんな『家事を手伝ってくれない』とか『子育てを理解し合えない』とかいう悩みじゃないのだ」と伝えた。

 

 家事を手伝うことに関して言えば、A夫が少し(皿一枚とか月に1回という頻度)でもお皿を洗えば「誰が皿を洗ってると思ってるんや!」と皆にお皿を使わないように強要してくるので、謹んで辞退させてもらった。


 子育てを理解しあえないに関しては、理解しあう以前の問題で、のだ。

 B妻は、話し合いというのは、お互いの主張をそれぞれ述べて、すりあわせていく行為だと思っていたが、なぜかA夫は違う主張を伝えた時点で「それなら俺はもうなにもしない」「関与しないから勝手にすれば」と問題に関わること自体を放棄するのだ。話し合いにならないので子育ての方針うんぬん以前の問題なのだ。

 しかも「関与しない」と言っておきながら、口出ししてくるのだから、問題は最初に戻りループする。「関与しない」宣言したことを1週間も覚えていればいい方で、下手すれば翌日には同じ出来事が繰り返されるのだ。


 結局、「旦那さんは親として我慢するべきことがわかってないのかな」「もしアスペルガーゆえなら本人にはどうしようもないから周囲がフォローするしかないよ」と言われて終わった。


 つまりB妻は、『子供4人プラス大人1人のフォローをしなくてはならないのだ』と。


 あちこちに相談することでB妻はギリギリ自分を保っていた。

 もともとB妻は「声を荒げることは大人げない。いつでも感情をフラットに保てるのが大人だ」と教えられてきた。それでか、すぐに反論することは苦手だった。まずは相手の言うことに「そうですね」とうなずき、どうしても反論するべきときだけ後で反論するが、特に問題がなければ聞き流すようにしてきた。

 A夫の怒声を聞くと、むしろB妻がその声を聞きたくなくて遮るために「うああぁぁーー!!」と叫びたくなるが、(いやいや子供の前でそれはダメだろう)と抑える。

 

 そんな毎日が続いた。

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