第90話 セカンドガーデンって危ない所なの?
お母さんが出かけた後、リビングに行ってテレビを見ても、録画を見てもパソコンで動画を見ても5分もしないで嫌になったし気分は少しも晴れなかった。
頭の中にはずっと汚らしい親と私の兄かも知れない男の事が住み着いていた。
「兄か…」
そう呟いた私は同級生が歳の離れた兄が優しいと自慢していた事。
その兄を見た別の同級生が恋をしてしまった事なんかを思い出した。
私の頭の中にいる。この兄は私の事を知っているのであろうか?
知っていたらきっとダメオヤジの事を不潔で許せないと思っていると思う。
そう思うと、この兄も被害者なのだろう。
去年見たあの写真を思い出す。
よくよく考えてみると不思議な写真だった。
景色も服もあまり見た事無いものだったし、男の子は紫色の髪で目も紫色に見えた。
そんな事を思っていると「ピンポーン」と家のチャイムが鳴る。
一瞬煩わしさから居留守を使う事も考えた。
だが、再配達を頼むのも気が引けるしこれ幸いと「荷物、受け取ってくれればよかったのに」とお母さんから話しかけられるのも困るので受け取ることにした。
荷物は結構な大きさで宛先は私だった。
この暑い中、大荷物を運んでくれたのは女性の人でつい「暑い中ありがとうございます」と言ってしまった。
大きな箱を見て「何この荷物?」と独り言を言いながら中を見たらVRの端末が入っていた。
何でこんな物が?
更に中には1枚の紙が入っていた。
大きめのフォントで「モニターご当選おめでとうございます」の文字。
下には「この度アンケートにお応えいただきましてありがとうございました。厳正なる審査の結果、伊加利 千歳様がご当選されましたので、「セカンドガーデン」のVR端末をお送りさせて頂きます」と続いていた。
何これ?
私アンケートになんて答えてない。
普段ならこう言うものは相手に電話をして送り返すのだが、相手はダメオヤジが関わっている「ガーデン」なのでVR端末の箱を開けてみる事にした。
「仮に問題が発生してもあの不潔夫婦がなんとかするでしょ?」と独り言を言いながら中を見ていくとログインIDとパスワードとメモ書き。
「モニター版なので基本設定は必要御座いません。モニター版の為、当初アンケートにお答え頂いた通り8月21日の午後2時~3時の間にログインが可能な方に限定をさせて頂きました。必ず指定時間にログインをお済ませになってください」
そしてログインしなかった場合には虚偽の申告をしたとして損害賠償請求される事と、VR端末の代金を支払わねばならない事が書いてあった。
「何よこれ、今日の3時がタイムリミットなのに今届くの?今は1時半だよ…、これ再配達してたらアウトじゃない。これ、ログインしなかったって言ってお金請求する詐欺かも…」
普段なら本当にやらないのだ。
だが、ムシャクシャしている。
もしこれで高額請求が家に届いても困るのは私よりもアイツらだ。
放っておいてのもいいのだが伊加利家は無駄遣いを嫌っているので仕方ないやるかと思った私はVR端末を手に取っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ゲームソフト「ガーデン」が人気になった理由くらいは知っている。
小学生の頃に作文で「うちの親」と言うお題の文章を書かされた時にダメオヤジが懇切丁寧に説明をしてくれたからだ。
なんでも「ガーデン」の中に居るキャラクター達はダメオヤジの上司にあたる部長さんが門外不出の方法で作ったAIで、まるで生きているみたいに考えて話してくるらしく、従来のゲームのような同じ会話にならず、何回も同じ事を聞けば相手は不満を訴えるし、自分に合わせて分かりやすく解説をしてくれる。
しかも、会話は基本的に直接会話でまるで本当に画面の向こうに居る人間と話している風に錯覚すると言っていた。
あの頃は親子3人とも仲が良かった。
平日は忙しい日もあるがキチンと土日の殆どは家に居る父親。平日の夕方には必ず家に居て家事をしてくれる母親。大きな休みには必ず大小色々あったが家族で外出をした。
そんな事を思い出して感傷的になってしまう。
後は「ガーデン」が売れた理由としては専用端末を買ってPCに接続する事で動くゲームで完全に端末がゲームを動かしてPCはあくまで補助的な役割でPCの性能に依存しなかった事、全てのプレイヤーが一律で同じゲーム環境を用意されてプレイできることにもあるとダメオヤジは言っていた。
話に聞いていた「ガーデン」は俯瞰で自分の代わりになるキャラクターを動かして「ガーデン」と呼ばれる世界を自由に動き回る事がメインで、農業や釣り、漁業、狩猟を楽しんだり、世界中を旅して観光名所を訪れる事をそれぞれの人が思い思いに楽しむ事ができるゲームだと言っていた。
そして端末から聞こえる声にマイクで答える。
それが大ヒットに繋がった。
そう言えば学校でクラスの男子が「セカンドガーデンで今度VRが実装されるんだって!よりリアルなガーデンを楽しめるらしいぞ!」と騒いでいたのを思い出した。
「その為のモニターアンケートか…。それにしても誰が私の名前を語ったんだろう?」
そう言いながら私はリビングのPCにVR端末のUSBを接続した。
端末からPCにソフトがインストールされる仕組みではなく、PCがソフトを立ち上げると言うよりPCが端末にソフトを読み込みに行って画面に出している感じなのは前に聞いた通りなのだろう。
PCの画面に「準備完了です。VR端末を装着してください」と表示されたので私は表示通りに端末を被る。
目の前に広がる景色を見ていると自分自身がよく分からなくなる。
その数秒後、私の目の前にあり得ないくらいの絶景が広がった。
地平線と水平線そして星空。
なんて美しいんだろう。
そこを延々と落下する中、私は思わず「これがガーデン…、アイツが作った世界…」と呟いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
地平線と水平線そして星空を見た私は一つの部屋に降りてきていた。
目の前の椅子には女の人が座っている。
私に気付いた女の人は「いらっしゃい。ちょっと早い時間の到着ですね。モニター当選おめでとう。そしてテストプレイしてくれてありがとう」と挨拶をしてくれる。
急に話しかけられた私は「え…あ…」と言って返事に困ってしまうと女の人は「私はチュートリアル用のスタッフって所かしら?」と言った
私は、AIだろうか?まるで人間みたいだと思いながら「スタッフ?」と聞き返すと女の人は「そう、名前はそうね、「ジョマ」ってよんでね」と言う。
「ジョマ…」
「ええそうよ」
そう言うジョマはニコニコと笑って「さて、千歳さん」と話しかけてきた。
「え?名前?」
「だってログインしたIDとパスワードは個人個人で違うもの、ちゃんとわかっているわよ」
ああ、そうか…。
ジョマは「あなたは今からこのセカンドガーデンを体験して貰います。そして体験終了したらアンケートにもう一度答えて貰います。そうしたら端末もIDとパスワードもあなたのものよ。この端末、普通に買うと5万円近くするし、多分生産が追いつかなくて当分手に入らないんだから」と言って笑う。
5万円…14歳の私には途方もない金額でそれだけで驚き、事の重大さが気になってたまらず「私、アンケートなんて書いた覚えがないの」と打ち明ける。
ジョマは驚いた顔で「あら、そうなの?」と言うと笑顔になって「でもログインしてくれて助かったわ。運営にはこちらからその旨を伝えるから安心して、損害賠償請求なんて起きないから」と言ってくれた。
良かった。
怒っていて家に来る損害なんて最初は気にしなかったはずなのに、今は安心してしまっている。
変だ…。星空で心が洗われてしまったのかもしれない。
ジョマはそのまま「まあ、テストプレイを3時にしたのは、こちらでイベントが始まるのがこっちの時間で12/1の午後10時くらいなの。今は大体、午後5時から6時の間って所ね、後3時間くらいあるから自由にしていて」と言って部屋にあった時計を指差す。
「え?そんなに待つの?」
「大丈夫、セカンドガーデンの中では時間なんてあっという間に過ぎるわ。初心者向けに用意したガーデンの成り立ちとか読んでもいいし、お風呂に入ってもご飯を食べてもいいわよ」
「そんなことまで出来るの?」
「ええ、そこら辺は今回のセカンドガーデンのVR化に伴って一番開発が力を入れた所かしらね。千歳さんも一度食事をしてみるといいわ。大丈夫、こっちの世界で食べすぎても現実のあなたは太らないわよ。うふふふふ」
そう言ってジョマは仕事があるからと言って去っていった。
開始前になったら呼びに来ると言っていた。
私はとりあえずガーデンの成り立ちについて読んでみる事にした。
凄いのは目の前に実際の本棚がある事。
成り立ちの本以外の他の本は洋服のカタログなんかだった。
初期に発売されたガーデンのゲーム性、フリーライフゲームと言うジャンルがとにかく流行って売れた。
ゲーム中、世界中をほぼ無制限で旅できる快感。数多くの綺麗な景色。そして世界の人々との交流が賞賛された事。
ただ、段々にユーザーの興味が、フリーライフを楽しむゲームからゲーム中に冒険していて出てくる一部の魔物等との戦闘に焦点を当てられていき、ユーザーアンケートやSNSで見かける声でも「もっと魔物を倒したい」「もっと強い魔物と戦いたい」と言う声が多く聞こえるようになってきた。
そして3年前に新しく、ガーデンのシステムを流用した「セカンドガーデン」が発売された。
セカンドガーデンではユーザーの声が多数反映されて、大型の魔物と仲間を集めて退治するゲームとして爆発的なヒットを巻き起こした。
そして今回、大型アップデートの一環としてVR機能を追加して専用端末を使用してのゲームプレイが可能になったと言う。
え?
成り立ちを見ていて私は愕然としてしまい「セカンドガーデンって危ない所なの?」と口に出てしまっていた。
てっきり花が咲き乱れる場所を見るとか、そのくらいの事をして花の美しさとかをアンケートに書けばよいと思ったのだが、どうも雲行きが怪しい。
そして不思議なことなのだが喉が渇いた気がした。
私は部屋の中を見るとジョマが部屋を出る際に教えてくれていた食事のメニューと呼び鈴を見つけた。
そんなにお腹は減っていなかったので飲み物だけと思いながらメニューを見てみると案外種類が豊富で、私は好物の「キャラメル カフェオレ」があった事に気を良くして頼んでみる事にした。
呼び鈴を鳴らすと可愛らしいメイドさんが来てくれたのでキャラメル カフェオレを注文すると、後おススメはモンブランと教えて貰ったのでそれも頼む事にした。
…今、普通に会話をしてしまっていた。
ジョマの時にも思ったが相手がとてもAIとは思えなかった。
こんな所もリアルだと思ったが、少し待たされてキャラメル カフェオレとモンブランが出てきた。
普通、ゲームなのだからパッパと出てきてもいいと思うのだが、開発者のこだわりの強さがうかがえる…ってダメオヤジか…。
思わず「やりそうだな」と呟いて笑ってしまった。
今は不潔だが、父は真面目だ。
そこが変わっていなかったことに私は何となく嬉しくなった。
そして驚いたのは食べたものも飲んだものも味がキチンとわかった事。
そして私の好きな近所の喫茶店のキャラメル カフェオレの味と、お母さんが好きなスイーツ店のモンブランの味に近い事にも驚いた。
私はメニューを見ながら、「これ、いくら食べても太らないって凄くない?」と言って食べたいものをついつい探してしまった。
後はお風呂を見てみよう。
私は呼び鈴でメイドさんを呼んでお風呂に案内してもらう。
お風呂は豪華ホテルの大浴場と言った感じで物凄く大きくて物凄く綺麗だった。
お風呂のお湯も本当に暖かいし、しばらく入って居ると汗も出てきた。
お風呂を後にした私は部屋に戻ってみるとある事に気が付いた。
家具が実際に大型家具店で見たことがあるものだった。
「何だろ?ユーザーへの配慮なのかな?」
そうして再び飲み物を注文した私は時間までのんびり過ごす。
開始時間30分前と言った所でメイドさんが服を持ってきてくれた。
それは民族衣装のような、ゲームやアニメの中で見たことのあるようなファンタジーな冒険者が着るような服だった。
「こちらにお着換えください」と言われた私は「はい」と答えて着替える。
半袖のシャツに短パン、そして赤いジャケットに着替えると嫌でも気分が乗ってきてしまう。
だが、ここで一つ不安になった。
「あー、この世界って魔物と戦わされるんだっけ?怖いなぁ…」
それを聞いていたメイドさんは微笑みながら「大丈夫ですよ、気楽に構えてくださいね」と言ってくれた。
どこまで気遣いが出来るんだこのAIは…
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