セカンド ガーデン。

1日目01-召喚。

第89話 私は母さんと私を裏切ったダメオヤジを許す気はない。

8月21日

頭にくる。

今日は朝から嫌なことが多い。

夏休みの登校日だったのだが、通学路ではスマホを操作しながら運転の自転車に邪魔だと言われて舌打ちをされたし、途中の公園では子供が泣いているのに無視して談笑を楽しむ母親を見たりした。

そして学校に着くなり私を目の敵にしている同級生が話しかけてきた。

もうその瞬間から嫌な予感がしてそれは見事に的中をする。


その子は馬鹿にした表情で「千歳ちゃん、昨日有名なラーメン店で千歳ちゃんのお父さんを見たよ。なんかお店の人に「簡単でいいから」って頭下げてレシピを聞いててビックリしちゃった。千歳ちゃんのお父さんってあの「ガーデン」を販売してるゲーム会社に勤めてるんだよね?何でラーメン屋さんで頭下げてるの?」と言って話しかけてきた。


あのダメオヤジの事は正直私にもわからない。

肩書きは超有名ゲーム「ガーデン」の開発部で副部長の肩書きを持っている。

あまり親の経済事情には踏み込みたくないので聞かないが、有名ゲームを販売している会社の副部長さんと言うおかげでウチの家計はそこそこ潤っているようだった。



だが何をしているのかわからない。


その一言に尽きる。

ゲーム会社のイメージとしてはソフトを作る人売る人等に分かれるとは思うのだが、ウチのダメオヤジはゲームを作るはずの開発部なのに日に数時間は外に出てラーメン屋のレシピを聞いていたり、有名なスイーツ店でレシピを聞いたり、有名家具屋に家具の寸法を記したデータが欲しいと頭を下げて回っているらしい。

意味がわからない。



だが、私も14歳。

そんな事でいちいち父親を「ダメオヤジ」等と呼んだりはしない。

ダメオヤジと呼ぶ理由があるのだ。


去年の夏にたまたまリビングでダメオヤジの後ろを通った時にスマホに届いていた一枚の写真を見てしまった。


その写真はどこか外国だと思う。

山の中で、ニュースで見たようなどこかの国の民族衣装を着た男の子がポーズを取っている一枚の写真。


男の子は私より年上の高校生か大学生くらいに見える。

ただそれだけで驚いたりはしない。


その男の子はダメオヤジに似ていたのだ。


え?浮気してるの?

こんなに大きな子供がいるの?


一瞬でそう思ってしまった。

私もすぐに疑う程子供ではないが、伊加利家の親戚付き合いは希薄で、叔母さんの御代さんは39歳で子供はまだ6歳だ。

私は御代さん以外の親戚をロクに見たことがない。

どう考えてもあの男の子が親戚の子供という線は希望的観測が強過ぎる。


結局、私は自身の頭の中に浮かんできた「父親は浮気をしていて他所に子供がいる説」を否定できなかったのだ。


それ以来、母さんの前では「アイツ」本人の前でも「ねえ」としか呼ばなくなった。


朝からダメオヤジの話題を振られて苛立った私はクラスメイトには「仕事で使うみたいよ。でも開発段階の秘密だから答えられないんだって」と数年前に聞いた時に教えられたテンプレートの回答でやり過ごす。


多分この子は「父親がラーメン屋さんで頭を下げていた」事で何とか私をみんなの笑い者にしたいのだろう。

だが甘い。

いちいち反応なんてしてやるか。


私は母さんと私を裏切ったダメオヤジを許す気はない。


登校日の朝から始まる下らない会話。

本当に嫌になる。


帰ってから何かイライラを吹き飛ばすモノを考えないとダメだと思った。

夏休みも残り10日。

何とか笑顔で夏休みを終わらせたい。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


帰宅するとお母さんはお昼ご飯の支度をしてくれていた。

伊加利 千明、私のお母さん。

お母さんとアイツは職場結婚でお母さんがアイツに惚れ込んで交際と結婚を申し込んだと聞いた時には驚いた。

何と言うか、お母さんの方がモテそうでアイツは普通なのだ。

お母さんは特別非常勤と言うよくわからない立場で会社に籍は残っている。

毎月少額だがお給料も支払われていて私が学校に行っている間び数時間だが毎日ではなくたまに仕事に行くと言っていた。

何をしているのかは、これまた開発上の秘密と言うことで教えてもらえなかった。


「千歳、お母さん…今日はお仕事に行かなきゃいけない日なの、午後2時間くらい家を空けるから」

「うん、おっけー、気にしないで。宿題の残りでもやっておくよ」


お母さんの作ってくれた冷やし中華を食べながらそんな会話をする。

夏は夏の物を食べるに限るし、午後の宿題に関して考えて居るとお母さんが「ねえ千歳」と話しかけてきた。

ちなみにウチは食事中にテレビは観ないので会話を無視する事はない。


「何?」と聞き返す私に「お父さんの事、何か誤解していないかしら?」と突然お母さんがそんな事を聞き始めた。


黙っている私にお母さんは「去年の夏頃からよね?お父さんの事をアイツって呼ぶようになったの…、ただの反抗期には思えないのよ」と言って私の顔を覗き込んでくる。


お母さんはあの事を知ったら何て思うんだろう?

ショックで寝込むかな?

離婚を考えるかな?

今の生活はどうなるんだろう?

私、高校生になれるのかな?


そんな事ばかりを考えてしまう。


そんな時、返事に困る私にお母さんは「お父さんはとても素晴らしい人なのよ?いつも私達のことを考えてくれるし、仕事では世界中の人の事を考えてくれている」と言った。


思わず「…っ!」と声が出てしまうくらい苛立った。


そんな事ない!

素晴らしくなんてない!

世界中?家族?

そんな事を考えている奴が浮気なんかしない!

外に子供を…それも私よりも大きな子供を作ったりなんてしない!!


いい加減我慢が出来なかった。

我ながらよく1年も黙っていたと思う。

私は俯きながら「…お母さんは…」と言っていた。



お母さんが注意深く慎重に私の言葉を聞こうとして「何?千歳?」と聞いてきたとき、私は苛立ちから我慢できずに「お母さんは何もわかってないんだよ!アイツがどれだけの事をしているのか!!」と声を上げた。


爆発した私に「千歳?何を知っているの?」とお母さんが聞き返す。


「アイツには…」


言うべきか?

言ってしまうか?


普段の私ならここで言わない事を選択する。

でも、今日は朝から嫌な事が多すぎた。


今日の私は言ってしまった。



「アイツには私より年上の子供が居るの!!そんな人間素晴らしくも何ともないよ!!」



沈黙。


言ってしまった。

お母さんはきっと泣いてしまう。


これで我が家は離婚かも知れない。


それでもいい。

もう私は限界だ。


だがお母さんの反応は想定外だった。


「…千歳…、あなたツネノリくんの事を知ったのね!?どうやって!?」


驚く私の中では、え?ツネノリ?誰それ?お母さんはアイツが外で子供を作った事を知っていたの?とグルグルとその事ばかりが渦巻いていた。



私は思わずショックで「お母さん?お母さんこそアイツが外に子供を作っていた事を知っているの?」と口走ってしまった。

その時お母さんが見た事ない顔で「千歳!お父さんの事をそんな言い方をしないの!!」と私を怒鳴りつけた。


「お母さん…、なんで?アイツの肩を持つの?アイツはお母さんと私を裏切っていたんじゃないの?」

私は我慢の限界だった。

泣かないように、取り乱さないように必死だった。


「千歳!違うのよ!お父さんは私達を裏切ってない!」

「どうしてそんな事を言えるの!?」


「私はお父さんの全てを知っていて、交際を申し込んで結婚もしてもらったの!だからお父さんは裏切っていないわ」


なんと言う事だ、お母さんは知った上でアイツを選んでいた…

この人も、アイツが既に人のものなのに手を出したのか?

なんて不潔なんだろう…


そして…今私の中には新たな怒りが芽生えていた。


「じゃあ、なんで私は何も知らなかったの?」

「それはまだ千歳には難しい話だからお父さんと千歳が高校生になるまで黙っていようって決めていたのよ」


高校生?

中学生と何が違うの?

多少年を取っただけじゃない。


私は「数年で何が変わるの?意味わかんない!」と言って部屋に駆け出して篭る。

「千歳!?」と言って追いかけてきたお母さんが部屋の前で何回も私を呼ぶ。


だが返事はしたくなかった。


「返事はしなくていいから聞いて。今晩、きちんとお父さんと3人で話をしましょう?その時にお父さんの仕事のことも、ツネノリくんの事も、お母さんがどうしてお父さんと結婚できたのかを説明するから」


私は聞きたくなくて「うるさい!!!」と怒鳴った。

今や両親は不潔だと感じていた。

気持ち悪い。


「千歳…」と言うお母さんの弱々しい声が聞こえた後、しばらくして小さく「行ってきます」と聞こえてドアが閉められ鍵がかかる音が聞こえた。

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