第78話 終戦。

ザンネが俺を呼んでいる。

俺にはそう思えた。


アーイやカムカ達はカーイを無事に助けられるだろうか?

俺はそんな事を思いながら礼拝堂の扉を開けるとザンネが「よく来てくれた!嬉しいよ最終王子!」と言いながらこの前と同じ場所まで降りてくる。


「ザンネ!もう戦争は終わる!お前の野望もここまでだ!」

「ああ、この戦争は君達の勝利だ。兵達は皆戦う事を拒否している。悪魔化した感覚が忘れられない。とても怖い。光の剣に斬り刻まれた恐怖が残っていると言っていたよ」


ザンネは「もう、俺には何もない。だが、ここに俺と剣があって君が剣を持っている。それだけで十分だろう?」と剣を抜いた。

その剣を見て俺は驚きを隠せなかった。


「ロングソード?」

「ああ、これか?そうさ。君とアーイが2人の王を連れて消えた日から修練を積んだ。数日だが遠慮は無用。このロングソードで俺は君に勝つ」


「その剣、アーティファクトか?」

「いや、ただのロングソード。君と同じさ。同じ条件で力を出し尽くしたくなった。それだけだ」


俺はその言葉に合わせるように剣を抜く。

剣を見たザンネは「ああ、アーイはカーイの所かな?」と言って東の見張り塔の方を見る。



「あっちには神の使い様が配置した悪魔熊が二頭居る。君達の仲間は強いのだろ?ならアーイは安心だ。そしてここにアーイが来ることもないだろう。さあ2人きりでやり合おう」


アーイの心配をするザンネ。

その顔は何処か優しさを帯びた感覚がした。


ザンネは話し終ると同時に一瞬で間合いを詰めて斬りかかってくる。



「くっ!?」

俺は何とか反応して剣を弾く。


「ふふっ、どうかな?中々の物だろう?」

「本当に持ち始めの奴かよ。なんて剣撃だ。使い慣れて居る奴の剣筋と何も変わらねぇぞ」


俺の言葉にニヤりと笑うザンネは「それは嬉しいね。じゃあ、もっと付き合ってくれよ!!」と言って更に踏み込んできた。


そして再び始まる流れるような剣撃による乱打戦。

くそっ、本当に重くて鋭い!

俺は10年もロングソードを使って居るんだよ!

始めて数日の奴に負けてたまるかよ!


俺は速度を引き上げてザンネに斬りかかる。

「オラァ!」

「ハハハ!」


ザンネの奴が嬉しそうに剣を弾く。

届け!

奴の剣速を超えろ!



くそッ!

2回戦目も見事に相討ちだ。

忌々しい気持ちでザンネを見ると「だから言っただろ?」と言う。


「俺は大抵のことなら何でも出来るってね。そして君の剣筋は散々見たんだ。俺は対応するよ」

そういえばそんな事を言っていた。その気持ちから大したものだと言おうとし、「ああ…大したもん……」と言った所でひとつの事が気になった。



「何?何でお前が俺との会話を覚えている?何で俺の剣筋を知っている?」


何だこの違和感は…

クソっ、考えたいのにザンネの奴が斬り込んできやがる!

俺も負けじと剣を振る。


「この重量の剣をこの速度でずっと振るうなんて君は本当に凄い!血の滲む努力と言うのは本当なのだな」


まただ、コイツは本当にあの日の記憶を持っている!?

俺の疑問を見透かしたザンネは「時を跳んだのだろ?神の使い様が兵士の異変を前にした時にもしやと言っていたよ」と説明をする。


やはりザンネにはあの日の記憶がある!?


「何故だ!キヨロスは言っていた!記憶を跳ばしたのは、俺やアーイの敵ではない世界中の人間だと!」


3回戦目が終わる。


今までの金属音が耳に残って耳鳴りになっている中、ザンネは「だから俺はアーイの敵では無い。そう言う事だろう?」と言って笑った。


そうなのか!?

それなら何故、今俺とザンネは剣を交えている?


「なら何故俺たちは今こうして戦っている!」

「それは男と男の真剣勝負だからだよ!」


ザンネが剣を振るってくる。


「真剣勝負!?」

「ああそうだ!俺は何でもそれとなく出来ていた。だが君に負けた!今度の戦いにアーイは関係ない。俺は君との戦いを求めているんだ!」


ザンネの剣が加速する。


「ちぃっ!」

俺も剣を加速させる。


「本当に凄い力だ!手が痺れてくるよ」


それは俺も同じだ。

この野郎、本当に突剣しか使ってこなかったのか?

俺の剣筋を見て対応しているのか?


「俺が勝つ。そうしたら最終王子!君はアーイを隣に置く資格はないな!!」


アーイ!?


「お前の知ったことかぁぁ!」

俺は持てる力の全てでザンネの剣を狙う。


集中する。

剣の全て同じ位置。

同じ場所を狙い打つ。

ザンネを斬るのはその後だ。

今はこの邪魔をするロングソードをへし折ってやる。


筋肉が悲鳴を上げている。

身体は息を整えたがっている。

だがダメだ。

今は退かない。

前に出る。

奴を押し切る!!


「くっ…」

ザンネの顔つきが厳しいものになる。

奴も限界が近いんだ。


アーイは俺の女だ!

誰がお前なんかに!!


「喰らえ!」

俺のその声と共にザンネの剣が折れた!

よし、このまま剣を振り下ろして勝つ。


そんな俺の前に居るザンネは晴れやかな表情で目を瞑る。


コイツ、死を覚悟しているのか?

振り下ろしていた右腕の剣をザンネから外して俺は回し蹴りを食らわせて「ぐぅっ!?」という声をあげて礼拝堂に転がったザンネの眼前にロングソードを向ける。


「勝負ありだ」

「ああ、君の勝ちだ。だがなぜ殺さない?あの瞬間、君のロングソードは俺の命を捉えていただろう?」


ザンネが不思議そうに俺とロングソードを見て首をかしげる。


「俺が話を聞きたいからだ。ザンネ、お前は何でこんな事をした?」

記憶を持って跳べた。

その事実とあの表情が俺を思い留まらせた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


目の前で剣を構える彼に俺は2度目の敗北を喫した。

数日間の修練で彼のロングソードに勝つには無理があったようだ。

だが満足はしている。


彼は真剣な面持ちで俺を見て「答えろザンネ。お前はアーイの敵ではない。だが何故こんな事をして、今こんな事になっている?」と問いかけてきた。


俺は少し困りながら「言わなきゃダメかな?このまま殺してくれないかな?」と言って心臓を指差して微笑むが「「ダメだ。お前がアーイの敵ではないと言うのなら話せるはずだ」と言って彼は引かなかった。


諦めた俺は「ふふっ、アーイの名を出すのは卑怯だよ最終王子…いや、ガク。この謀反は全てアーイとカーイを守る為のものだった」と言った。



そう…

俺の目的は初めからずっとアーイとカーイを守る事。

目の前でガクが慌てた顔で「もしや…、お前は…」と言っている。


「そうさ、ノース王は戦争を辞めたがっていた。そうなれば神の使い様が次に手をつけるのはアーイとカーイ…。しかもアーイはきっと神の使い様の申し出を拒む。そうすれば良くても支配のアーティファクトでアーイの意思は無くされてしまうし、悪ければ殺される。それだけは避けたかった」


俺の言葉に「あの会談でのアーイを殺すと言う話は!?」と言ってガクはすごく慌てている。


「あの場ではそう言っただけで、あの後はアーイと結婚という形で俺が守り、カーイの事も俺が裏から手を回すと言う事で守る予定だった。とにかく俺がノースの実権を握って、神の使い様の指示通りに世界を征服すればアーイとカーイは無事だと思った」


ガクは色々と合点がいったのだろう、様々な出来事を思い出して「あの結婚も…」と聞いてくる。俺は頷いて「ああ、神の使い様から守る為だよ。まあ俺はアーイを娶ってもいいとは思って居たけどね」と言った。


「ザンネ…」

「だが、俺はアーイの本気を見た」

ガクは俺の言葉に「!!?お前は…あの後も生きていたのか?」と聞く。


そう俺は見ていた。


「私を置いて独りにしないでくれ!!私の答えをお前は聞かないのかガク!!」

最愛の彼の名を叫ぶアーイの姿を見ていた。


「ああ、死の間際だったが、先に事切れた君に語りかけるアーイとそれを見守るサウス王を見ていた」


俺は傍らで折れているロングソードを見てから「だから、戻された俺はロングソードの修練をして君に挑んだ。正々堂々、ロングソード対ロングソードの戦いで君が勝てば笑顔で逝こうと思っていた」と告げた。


ガクは辛そうな顔で「それがザンネの思いか…」と言い、俺は再び心臓を指さして「さあ、話したんだ。殺してくれないかな?」と言って微笑む。


一瞬の沈黙、その直後に「ザンネ!!」と俺の名を呼びながら礼拝堂の扉が勢いよく開かれて、俺が守るべき妹がそこにいた。

正直、こんなに早く戻ってくるとは思って居なかった俺は「アーイ…早いね」と語りかける。


「そんな事より!今の話は本当か?全部私を…私とカーイを守るためにやっていた事なのか?」

「え?」


何でアーイが知っている?

ずっと扉の前で聞いていたのか?


俺の疑問に答えるように「ザンネ、悪い。これだ」と言ってガクが球体を取り出して「通信球、「大地の核」の力で離れた場所の仲間と話が出来る。これで今の会話をアーイに聞かせた」と言う。その言葉に俺は「ははっ、本当にズルいなガクは…」と言って笑うしかなかった。


「ザンネ…今までありがとう。頼む、死ぬなんて言わないでくれ!!」

そう言うとアーイが泣いてしまった。


「アーイ…。泣くなんて君らしくない」

「私、10歳以前の記憶が戻ったんだ。それの影響かもしれない」


記憶が戻った?

それで表情が柔らかいのか?

ガクのお陰だと思っていたが、それ以外の理由もあったんだな。


「そうか、どのアーイも素敵だけど今のアーイが一番素敵だよ」


俺は思ったままを口にしてアーイに微笑むと「あ?口説いてんの?」とガクが睨みを利かせている。


「これはそんなものではない。多分これが兄や父が妹や娘に向ける感情なのだろう。

アーイ、素敵な人を見つけたね。

その人はとても強い。

俺に勝ってしまったんだから。

これで後の事は彼に任せられるよ」

俺の言葉にアーイは「ザンネ…」と俺の名を呼びながら頬には大粒の涙が伝う。


俺の心は変わらない。

「アーイ、幸せになりなさい。戦争の責任は全て俺が取る」


「ザンネ…?」

アーイが理解の追いつかない顔で俺を見る。

泣き顔や困惑した顔は昔から変わらないな。

とても愛おしい妹だ。


良かった、アーイの想い人を殺してしまわなくて。

俺はその気持ちでガクをまっすぐ見て微笑む。


目があって「あ?」と言うガクに「さあ、ガク、もう一度言う。アーイの夫になる君の手で俺を殺してくれないかな?」と言い、2人を見て「全ての責任を俺に。アーイは幸せになりなさい」ともう一度言った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


今日、サウスの城で全面講和が結ばれた。

お父様とウエスト王がサウス王の立ち合いの元で行う事にした。

講和に合わせてノース、サウス、ウエスト、イーストは可能な限り力を尽くしてお互いの国を救う事になった。


今の所、被害が大きいのはウエストの国境の街とイーストだ。

後は、増える魔物、減る人口、産まれてこない子供。

様々な問題に4国で立ち向かう話になった。


今、サウス城に来ているのは

ノースからは私とお父様、

ウエストからはウエスト王とガク。

イーストからはルルとツネツギ。

そしてサウス王に3人の奥様。

後は最大の功労者、カムカとマリオンだ。


ノースの城で静養中のカーイはジョマとザンネに任せてきた。


そう、ザンネは生きている。

戦争責任とザンネは散々言っていたが、ウエスト王にお父様、サウス王から魔女が裏で手を引いていたと宣言をした事で済ませてしまった。


ザンネは降格も昇格もなく、今まで通りの立場で生活をしている。

戦争が無くなったので主にカーイの教育係をしているのだが、まあカーイは病弱なので1日に数時間しか勉強ができないのでザンネは残りの時間でロングソードの修練に励んでいて今度こそガクに勝つと言っている。


ガクが話を聞いて「勘弁してくれ」と言っていた。


今は立食の形で会食が開かれている。

立食なのはサウス王や彼の奥様、後はイーストのツネツギがマナーに自信がないからだった。


しかし食事はどれもとても美味しい。

聞くところによると、サウス王の奥様の1人、赤毛のジチが料理上手で城のコックと一緒に作ったらしい。


アルコールが入ったイーストのツネツギが「何で俺は帰れない!?何がいけないんだ!!」と言って騒いでいる。

何でも、一緒に召喚された妹は「創世の光」と言うアーティファクトを回収した際に元の世界に送り返されたらしく、ツネツギもこの世界に必要とされている何かをこなして元いた世界への帰還を願っているらしい。


ルルが笑いながら「ははは、また駄目だったなぁ。まあ、次がある。きっと何かをすれば帰れる。そう気を落とすな!」と言ってツネツギを慰める。


ブツブツと「くそう、てっきり魔女を倒せば帰れると思ったんだけどなぁ…」と言うツネツギにカムカが「まあ、いいじゃないか。俺達と居るのも悪くないだろ?」と言って肩を組む。



「そう言えば、ちょっといいですか?」と言ってサウス王…キヨロスがお父様とウエスト王に質問をしている。


「食糧問題って大丈夫なんですか?まあ、サウスも言うほど食料は潤沢ではありませんが…、ノースもウエストも戦争状態だったから…」


この言葉にお父様とウエスト王が「おお、お気遣いありがとうございます!」「それでしたらご心配は無用です」と言って箱状の物体を取り出す。


ウエスト王が箱を構えて「これが私のアーティファクト。「大地の恵み」です。戦闘用ではないのですが…【アーティファクト】」と唱えると箱からは沢山の野菜がゴロゴロと出てきた。

お父様も「私も「大地の恵み」でして…出てくるものは若干違うのですが…」と言って箱から水とパンを出す。



サウス王が驚いた目で「え?そんなアーティファクトもあるんですか?」と言って2人を見る。


「ええ、これのおかげで我が国の食料配給は問題がないのです」

「ノースはパンと水だけですが、国民は飢える事なく何とかなっております」

サウス王が「あの、良かったら注意点と問題点を…」と聞くとお父様とウエスト王は声を揃えて「「料理が下手になります」」と言った。


サウス王が「あ、そうですか。ありがとうございます」と言うと、そこにルルがやってきて「面白い話をしているな!私の研究結果も見てくれ!!」と言って小さな箱を出す。


箱は黄色の液体で満たされていた。


近くで見ていたマリオンが「あ、それ小さくしたんだ」と反応をする。

ルルは「ああ、旅で食べる物が石しか無くなった時の為にな。携帯化してみた」と言うと、ポケットから石を出して箱に入れると「お前は肉だ、極上の鹿肉だ」と石に向かって話し始めた。


最初は濁っていた中の黄色い水が透明になると中の石は鹿肉になっていた。

思わず私は驚いて「なんだそれは?」と言ってしまう。


ツネツギが「これがルルの研究の一つ。無機物の有機物化、ああ、わかりやすく言うと石を食べ物に変える研究だ」と言うと肉を調理して、私達に振舞ってくれた。


確かに石なんかではなくて極上の肉だった。


「す…」

おっと、凄いと言ったらいけなかった。

我慢をした私の前でお父様が凄いと言ってしまって大変な事になった。


最終的にはあまり広めたくはないが、食糧問題の一助になればと言ってルルがノースとウエストに売りつけていたがサウス王は猟師の息子としてそう言う方法で獲られた肉は認められないと言って頑として買わなかった。



他の皆と話していたガクが戻ってきて「こっちは何を話しているんだ?」と聞いてきたので私はルルの研究の話をする。


うんうんと頷いたガクが「それがあれば栄養のある食事を民が取れるな」と言うので私も頷いて「そうだな」と返す。


「ところでアーイ」

「何だ?」


「全面講和も結ばれた事だし、そろそろ国境の街に2人で住むところから始めないか?」

「へぇっ?」


突然の申し出に思わず私は素っ頓狂な声を出してしまった。


「今の状況でいきなり妻になってウエスト城に来てくれと言うのも、王族としてまずいかなと思ってな。だから最初は中間地点から始めようかなと…」


ガクの説明にウエスト王が後ろから「何だ、そんな事を気にしているのか?王族だなんてバカバカしい。ウエストに呼びにくければお前がノースでお世話になればいいだろう?」と口を挟む。


私は想定外の連続に「えええぇぇ?ウエスト王?」と聞き返すが、ガクは「いいのか!?」と言って喜び始める。


お父様は「それなら私もカーイもザンネも嬉しいが、ガクは嫌じゃないのかな?」と笑いながら聞くとガクは「あー、まあ、2人きりが良いですけどそれも問題でしょうから」と返す。


この言葉にお父様が「だったら城下町に住めばいいのでは?」とポンポンと提案をする。


「お、お父様?」

「アーイ、しきたりとかそう言うものも大切だ、だが最愛の人との時間も大事なのだ。

だから私は全面的に2人を応援するよ」


私は顔を真っ赤にして「お父様…」と言って俯くとガクが「アーイ、どうかな?」と聞いてくるので私は照れくささを隠すために「…私は家事が得意じゃないぞ」と返す。


「いいじゃないか、一緒に頑張ろう」

「…ああ、よろしく頼む」


この先、何があるかわからない。

だが、今日の日の事、この時の気持ちを大切にして戦争の無い世界をガクと作っていきたい。



第3章 北の王女、西の王子 完。

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