第77話 優しい世界。

キヨロス達が帰った翌日から俺たちはノースに向けて進行を始めた。

本当に戦おうとする兵士はごく僅かで、戦おうとした兵士にはアーイが光の剣…キヨロスの話や悪魔化の話をすると皆戦いをやめた。


「もう争わないでいいんだ。

ノースはウエストと和平を結ぶ。

大丈夫。

みんなで大切な人の元に帰ろう」


アーイがまた一つの部隊を説得している。

俺たちは国境を越えて1日の場所にいる。


こんなにすんなり来られたことに驚いてしまっていると「ガク!」とアーイが俺を呼ぶ。


そこには見知った10人、前の時間で俺たちと戦った兵士達がいた。

その中の3人は顔を真っ青にしていた。


俺が前に出て「どうした?」と聞くと兵士の1人が「あ…、夢じゃなかったんだな。また会えた。俺たちは先行してあの神の使いに選ばれて「龍の顎」を装備して居たんだ」と言って暗い表情をする。


「何!?」

「俺たちも、急に着けた頃に戻ってきたからすぐに外そうとしたんだよ。でも外れなくてさ…、極力アーティファクトは使っていないんだ。でもこのままだといずれ…またあの悪魔になってしまう…」


そう言った兵士は右腕を見せながら項垂れた。


右腕には鉄色の腕輪のようなものが巻き付いていて端の方は皮膚と同化し始めているのかつなぎ目が見えない。

てっきり「龍の顎」と言うくらいなのだからうろこ状の物をイメージしていたが、一枚板が張り付いている感じだ。


ここで話を聞いていたルルが「ふむ」と言いながら前に出てきて腕を見る。


「これがあの女の作った人工アーティファクト「龍の顎」か…。ほほぅ。よく出来ておる」


まじまじと「龍の顎」を見るルルにアーイが「何かわかるのか!?」と聞いている。

アーイはノース兵の為に必死だ。


ルルが「ああ、私を誰だと思っている。天才アーティファクト使いだぞ」と言うと兵士に向かって話しかける。


「お前、致し方ない事も世の中にはある。「龍の顎」の除去は可能だが腕に傷は残る。それは覚悟をしてくれ」


兵達はそれでも外せるのならとルルに懇願をした。


ルルは頷くと「モノフ、傷が残っても良いと言質を取った。あとは頼む」と言ってモノフと代わるとモノフは「任された。ようやく私がいる意義がありますな!」と言って「暴食の刀」を抜いて「龍の顎」をつついて見る。



その瞬間「龍の顎」は霧散した。

ルルが「んな!?」と言って驚くとモノフは「味はまずまずですが、何かこう…脆いですな」と感想を述べる。


ここでカムカが「ああ、言い忘れた。「龍の顎」で悪魔化した兵士って力とかは強いんだけど、言うほど強くないんだよ」と口を挟む。

ルルは兵士達に「それでか…、良かったな。ちょっとの傷で助かったぞ」と言い、モノフは黙々と兵士達の腕をつつく。


処置が終わった後、アーイがあの悪魔化した兵士。

国境の街でアーイのために建物を壊した兵士に話しかけていた。


「お前の忠義のお陰でここまで来れた」

「いえ、姫様こそありがとうございます」


「この先のことだが、頼みを聞いてくれないか?」

「はい、何でも言ってください」


「私はこのままノースの城を目指す。お前達はウエストの兵達と協力して各地の兵士達に戦闘をやめるように言って回るのだ。そしてお前達のように「龍の顎」が外せない兵士が居たら私達の元に来るように言ってくれ」


兵士は背筋を伸ばして敬礼をして「はい!わかりました!!」と言って移動を開始した。

その姿を見送った俺たちはまた進む。


カムカとマリオンはあまり役立って居ないことを不満気に漏らしていたが、やはり居ると居ないでは安心感が段違いだ。


実際、兵の中にはまた「時のタマゴ」でやり直せると思っている者もいた。

俺たちは「あれは一度きりの奇跡だったから二度目は無い」と説明をしたりした。

世界中で何処か気が緩んでしまっているのかも知れない。


そして、遂にノースの城が見えた。

間の良い事に後続の兵がペック殿から受け取った擬似アーティファクトを持ってきた。


流石に本拠地ともなれば戦闘は免れないだろう。


「アーイ…」

「ああ、行こう」

俺達はそう言って歩を進めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


遂にノースの城に戻ってきた。

城に居た兵達は皆戦う事は無かった。

余程、キヨロスに斬り刻まれたショックが大きいように見える。


途中、1人の女中にザンネとカーイの事を聞いた。


「ザンネ様は、姫様が居なくなった会談の後、神の使い様のお姿が見えなくなってから我々にウエストが進軍をしてきたら降伏するように言った後はいつも礼拝堂におりました。

今日も礼拝堂だと思います。

カーイ様はあの東の見張り塔の最上階に神の使い様のご指示で守られて…いえ、幽閉されております」


この説明にガクが「どうするアーイ?」と聞いてくる。

私は「今はとりあえずカーイが心配だ。カーイを保護した後にザンネの所に向かう」と言って東の見張り塔を目指す。


東の見張り塔を目指すには先に礼拝堂の前を通る必要がある。

礼拝堂が見えてくると無性にザンネの事が気になった。

ザンネ…何故あの日からずっと礼拝堂に居る?

何があったと言うの?


礼拝堂の前に来た時にガクが走るのをやめて礼拝堂の二階を見た。ステンドグラスの向こうに人影が見える。


ザンネ…その影だけで私にはザンネだとわかった。

ザンネは私達に気が付いたのだろう、「来い」と手招きをしている。


ガクは方向転換をすると「アーイ、俺はもう一度ザンネと決着を着ける」と言った。


「だが!」

「もう魔女は居ない。多分奴の剣は普通の突剣だ、もしあのアーティファクトだったら一度撤退をしてお前の元に行く。そうしたら一緒に戦ってくれ」


そう言われてしまっては私には何も言えない。


「死なないでくれ」

「ああ、ずっと一緒に居たいからな」


そう言ってガクは礼拝堂の扉を開けて中に入ってしまった。


その後姿を見送る私にカムカが「じゃあ、さっさと行ってガクの元に戻ってやらねぇとな!」と言って笑いかけて走るとルルが「ふむ、姫が愛する王子の元に駆けつけると言うのもいいかもな!」と言って盛り上がり、そのまま前を走るツネツギを見て「ツネツギ!今こそ本気を出せよ!」と言うとツネツギは「俺はこの中で一番弱いんだからずっと本気だよ!」とムキになって言う。




私は「この植え込みの向こう。もうすぐ見張り塔だ!!」と言って更に加速をするとこの中で一番背の高いカムカが何かに気付いたようで私達に待てと言っている。



待てと言ったカムカは「悪魔熊だ…、悪魔熊が居る」と言った。


「何だと?」

「くそ、それも2匹居るぞ…」


2匹…。1匹でも厳しいと言うのに…


「それに色は黄色だ…」

赤より2段階も強いと言うのか…こんな事ではガクの元に行けないではないか。


苛立つ私にルルが「姫、姫は先に王子の元に戻っては?」と今私が一番欲しい提案をしてくれる。本当なら、一人の人間としては言葉に甘えたい。


だが「2人で戦争を終わらせる」その約束を前にして私はそんな甘えたことは言えない。


「いや、ザンネはガクに任せる。悪魔熊は私達で倒す」

私の言葉にマリオンが嬉しそうに「いいね、じゃあ私とカムカが頑張っちゃうよ」と言って応えてくる。


カムカが「ルル、創世の光は?」と聞くとルルは「まあ、使えない事は無いが、ここで使ってしまって隠し玉が出ると困る。温存をしたい」と返す。


その横でツネツギが「じゃあ、ハチミツなら効くかな?」と言うとカムカが「あ?なんの話だ?」と聞き返し、ツネツギが「いや、こっちの話」と言って慌てている。


ツネツギとルルもやる気だし、モノフからは「恐らく斬った時に刃が通らない硬い場所があると思う。そこが「悪魔のタマゴ」だろう。私はその個所がわかれば率先して斬る」という具体的な話が出た。



割り振りは以下の通りになった。

悪魔熊Aにはカムカとマリオン。

悪魔熊Bにツネツギとモノフ、それに私。


ルルは適宜アーティファクトで援護をしてくれることになっている。

まず、カムカとマリオンが悪魔熊に対して先制攻撃を行う。


一撃加えたカムカとマリオンは「くっそー、やっぱり固い!」「うん、刃が深く通らない」とボヤき、ルルが「カムカ!マリオン!【アーティファクト】!!」と言って速度アップのアーティファクトを使う。


ルルは「こちらもだ【アーティファクト】!!」と言って、こちらにも速度アップのアーティファクトをかけてくれる。


ツネツギの武器を初めて見たがマリオンと色違いの光の剣だった。

私の視線に気付いたからか「俺の方が本家、マリオンは擬似アーティファクトな」と事を言いながら悪魔熊に斬りつける。


旅すがら話を聞いたがツネツギはニホンと言う場所から召喚された勇者でアーティファクト「勇者の腕輪」に選ばれた人間らしい。ツネツギは「俺の世界は平和な所で戦いなんて殆ど無いんだ」と言っていたが、中々の動きを見せてくれる。


「私も負けていられるか!」

だが倒れてしまっては元も子もないので届いたばかりの光の剣は使わずに通常のショートソードで斬り刻むとモノフも「硬い個所が見つかったらすぐに言ってください!」と言いながら斬りつける。



全員が適宜連携をしつつ攻撃を加える中、ルルが「喰らえ!【アーティファクト】!」と言って右手から火、水、氷、雷のアーティファクトを一斉発動させる。


「凄い…」

私は思わず言葉にしてしまう。


この瞬間にツネツギが「あ!」と言って困った顔をする。何事かと思うとルルが戦闘中にも関わらず「な、そうだろ!?凄いだろ!!凄いよな!?」と言って私に詰め寄ってくる。


「ルル?どうした?危ない…今は戦闘中でだな…」

「大丈夫だ、それより私の研究は素晴らしいだろ!?」


ここで私は先日、凄いと言った時にツネツギが慌ててルルの耳を塞いだ理由に気付いて教えておいて欲しいと思った。


あまりにもルルがしつこいのでマリオンが身体でルルを押しのけて「ルル、戦闘中、集中して。援護もして」と言って制止する。


それでも引き下がらないルルは「マリオン!折角の理解者がだな!」と抗議をするがマリオンは「それは後にして。凄かったらノースが何か買ってくれるかもよ?」と言うと目の色を変えて「本当か!!」と言ったルルはもう一度右手のアーティファクトを全部使って攻撃をする。



その後も止まることなく攻撃は続く。

私は「時間がかかりすぎるな…」と漏らしながら周囲を見るとカムカとマリオンの悪魔熊は橙色になっているが私達の悪魔熊はまだ黄色と橙色の間だ。


どうせなら倒せるほうをさっさと倒すに限る。


私は「割り振りを変える!私とツネツギでこちらの悪魔熊を受け持つ。モノフとルルはカムカとマリオンの援護をしてくれ。そちらを先に倒してからこちらに来てくれ!!」と言うと「了解だ!」と言ってルルとモノフがカムカ達の所に行く。



残されたツネツギが「俺を残した理由は?」と聞いてくる。

私は青い光の盾を見ながら「盾が張れるからだ。かわし切れない時は盾を張ってくれ」と言うと「了解だ」と言ったツネツギが右側を斬り、私は左側を斬る。


「姫さんこそ、辛くないのかよ?」

「私は倒れるわけにはいかん!」

「じゃあ、カムカ達を信じて頑張ろう」

「ああ!」


そんな事を話しながら斬る。


暫くして、段々と疲労が出てきたころ。「よし!倒したぜ!」とカムカの声が聞こえた。

ルルが後ろから来て「姫様とツネツギは少し休んでおけ」と言うと、急に髪の色が青くなる。

ツネツギが「ノレルになるのか?」と反応をする。


ノレル?ルルではないのか?



ノレルと呼ばれたルルは「ええ、ルルのままでは火力不足だから。【アーティファクト】!!」と言うと、ノレルの手からは先ほどまでのルルの比ではない威力の攻撃が出る。


「凄い」


また私がそう言ってしまったがノレルはこちらにはこないで「ありがとう。でもルルの前で言うと大変だから黙っていて良いからね」と言って微笑んでくれた。


カムカがノレルに「ノレル!火の強い奴をくれ!」と声をかける。


「カムカ?火だけでいいの?」

「ああ、その代わりトビキリの奴を頼むぜ!!」


「行くわよ。【アーティファクト】」

ノレルの手から見たことのないような大きさの火球が出て悪魔熊に直撃をするとカムカが「よっしゃあ!唸れ筋肉!吼えろ筋肉!!【アーティファクト】!!」と言って右腕の「炎の腕輪」の能力を使い右腕に火を纏い殴りかかる。


ノレルの火攻撃に更に追い打ちで火攻撃をするカムカ。

これには流石の悪魔熊も身もだえをしている。


その時、一か所、左腰の下辺りの毛だけが燃えていないことに気が付いた。


「モノフ!?あの左腰の下辺り!!」

「おお、あそこが「悪魔のタマゴ」か!!【アーティファクト】!!」


その掛け声で熊を斬りつけるモノフ。

その直後、パキィィィンと言う綺麗な音と共に何かが割れた音がして悪魔熊は粉々になった。



カムカが「ふぅ…何とか倒せたな」と言って地面に座り込むと「ちょっと疲れたね」と言ってそのカムカに寄りかかるマリオン。


私は「みんなありがとう。ここで休んでいてくれ。もうこの中に罠も兵士も居ないものだと思うから私はカーイを保護してくる!!」と言って見張り塔の中に入る。


一応、罠も敵もと言ってはいたが、もしもをキチンと考えていたのだが本当に何もなく最上階にたどり着いてしまった。


もしかしてこの扉の向こうに罠が…と思って用心して扉を開けた私の目の前に広がる光景。

そこには罠も何もなく、普通に大きなベッド、それに椅子が2脚とテーブルがあった。


ベッドに横たわる私の弟、私が「カーイ?」と呼びかけるとベッドから起き上がったカーイが「姉さん?姉さん!!」と言って私の元に駆け寄る。


「大丈夫かカーイ?怪我は?」

「ううん、何ともないよ。ザンネから敵が来るからここで守るって言われていて、何日くらいだろ、結構長い事ここで生活をしていたんだ」


「そうか、良かった」

私は普通に弟の無事を喜んだ。


「今っていつ?何かずっと長い間ここに居る感じなんだよね」

ああ、そうか。カーイは会談の前にこの部屋に入れられていたのだな。

そして1度目の時間の後で今の時間になっているから。50日くらいに感じているのかもしれない。


「寂しくは無かったか?」

「平気だよ姉さん。それにザンネがジョマを傍に置いてくれたんだ」


「ジョマ?」

私の声に合わせて奥から一人の女中が現れて会釈をする。


「姫様、私は女中の1人、ジョマと申します。ザンネ様からカーイ様のお世話を仰せつかりました」

…どこかで見た覚えがあるのだが、女中だから今までも城の中で会っていたのかもしれない。


「それで姉さん、下がうるさかったけどどうしたの?敵襲?」

そこで私はこれまでの経緯を説明した。


「ザンネが…そんな事を…」

「ああ、信じられないと思うが本当だ」


「ジョマと話した通りだね」

「カーイ?」


「ううん、こっちの話。

ただ、アーティファクトがあるから戦争になったりするのかな?って思ったんだよね」


「カーイ?」


「ううん、気にしないで。姉さん…ここはもう大丈夫だよ。

僕は身体が弱いからジョマとここに居るよ」


そう言われた私は下に降りて皆にカーイの無事を伝えた。

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