第76話 戦争を終わらせる者。

…何だったんだ今の時間は。

瞬間移動したキヨロスが屋根の上から光の剣を飛ばしたのが見えたがその後また消えた。

まあ、後は放っておこう。


身体は元気だが疲れた。

今はとりあえず目の前のアーイとゆっくりしたい。


「アーイ、色々ありすぎた。俺達も今日は休もう」

「ああ、明日からはまた戦闘だ。とりあえず国境の街を奪い返そう」


……

………


俺達は思い違いをしている事に気付き「ん?もしかして今は30日以上前なのだから、前線も国境線周辺なんじゃないか?」と言うとアーイも驚いた顔で「確かに…そうなれば早くノースの城に行ってザンネを止めよう」と言う。


俺達はこの会談の日からあの礼拝堂での決戦までの出来事を確認しながら俺の部屋にアーイを連れて行く。


扉を開けて「俺の部屋だ。入ってくれ」と言うとアーイが部屋の前で真っ赤になって「…あ、いや…」と言って困っている。

会談の日に戻ったからかギクシャクするような感じのアーイに俺は「別にやましい事は何もしない。とりあえず入れよ」と言ってアーイの手を引いて部屋に入る。


王子の部屋と言っても俺の部屋は無駄な調度品なんかは置かずにテーブルとベッド、後は少しの書物と練習用のロングソードしかない。


アーイは部屋を見て「これが…ガクの部屋」と言うので俺は照れ隠しのように「つまんない部屋で済まないな」と謝ると首を横に振ったアーイが「いや、ガクの匂いがする」と言った。


「え?臭いか!?」

「いや…、わ…私の好きな匂いだ」

そう言うとアーイが真っ赤になる。


どうしたんだアーイの奴。

礼拝堂で助けた後、俺は死んだがその際に何かあったのか?


俺は「どうしたアーイ」と言ってアーイの手を取るとアーイは「ひゃっ!?」と驚いて手を引っこめる。


何かがあったのは確実だがこのままと言う訳にもいかない。俺は「とりあえず椅子に座ろう」と言って椅子に腰かけさせる。


「…」

「…」


「…」

「…」


「…」

「…」


「…」

「…」


沈黙が重い。

どうしたんだアーイは…あの礼拝堂での俺の告白で悩んでしまったか?

別に嫌なら断ってくれて構わない。

よし、そう断ってくれて構わないと言ってアーイの緊張を解くとしよう。


俺が口を開こうとした時、顔を真っ赤にしたアーイが突然「ガク!」と言って俺に話しかけてきた。


「どうした?」

「聞いてほしい事がある」


「何だ?」

「あ…あのな…」

何とも歯切れが悪い。


「「奇跡の首飾りを」使った時にだな、昔の記憶をな…」

ああ、前に昏睡した時に夢で見たと言っていたやつか。



俺はその話は前に聞いたと思って油断しているとアーイは「記憶が戻った」と言った。



「何!?」

「10歳の時の記憶が戻ったのだ」


「いつ!?」

「二度目に「瞬きの靴」を使った時にハッキリと戻った」


それが言い出しにくくてモジモジとしていたのか…。

合点がいった俺は「そうか、良かったな」と言うとアーイが「ああ、それでな…一つ困ったことが…」と言って申し訳なさそうな困ったような顔をする。


俺は心配の余り身を乗り出すように「なんだ、どうした?言ってくれ」と聞く。

困った事、何だろうか?記憶が戻って困る事などあったのか?

俺はアーイが話し始めるまで見つめる。


深呼吸の後でアーイが「他人事のように話す、聞いてくれ」と言ってもう一度黙ると「あのな…10歳の私は11歳のガクが本気で好きだったのだ、それでアーティファクトを手に入れて戦争を終わらせようとしていてな」と言った。


10歳のアーイは俺が好きだった…

あの血の滲む努力は無駄ではなかった…

そう思えて俺は嬉しかった。


あの時の想いと今までの苦労が報われた事で俺は嬉しい気持ちになるとアーイが「それと…今の……記憶の戻る前の私も…お…おま…、ガクに惹かれていてだな」と言った。


ん?

アーイの言葉がうまく頭に入ってこなかった。言葉は聞こえていたが飛び跳ねて喜ぶ前にキチンと確認したかった。


聞き返そうとすると「昔の私の気持ちと、今の私の気持ちが合わさってしまって、とんでもないくらいにガクの事がだな…」と言って真っ赤になったアーイがモジモジとしながら上目遣いで俺を見て目が合うともう一段真っ赤になって慌てて下を向く。


俺はもうその先を待てなかった。

あまりの嬉しさに椅子と目の前のテーブルを腕で飛ばしてアーイに抱き着く。


「アーイ!!」

「ふぇっ!?ガク!何を…」


「アーイ!俺はお前を愛している。11の時から10年間ずっとだ!」

「わ…私は忘れてしまっていた。戦うべき敵として憎んでいた」


真っ赤で慌てるアーイが必死に言うが関係なかった。


「それがどうした?今の気持ちはどうだ!?」

「…恥ずかしい。言わねばならないか?」


「ああ、言ってくれ。アーイ!お前の気持ちを言ってくれ!!」

「わ…私もガクが………好きだ」


俺の想いが結実した。

こんなに嬉しい事は無い。

喜びの余り、アーイを抱きしめたまま立ち上がり顔を見る。

息のかかる距離にアーイの真っ赤になった顔がある。

しかもその顔は拒絶なんかではない。

それがたまらなく嬉しい。


「礼拝堂での言葉を覚えてくれているか?俺好みのウエディングドレスを着てくれるか?」

「だが、私は本当に姫としての所作も何もないぞ」


「だが、お前はアーイだ!それで十分だ。どうだ着てくれるか?」

「こんな、こんな私でいいと言うのなら喜んで着させてもらう!!」


そう言うとアーイは泣きながら俺の首に手を回すと「もう死ぬな。死ななければ勝てないような強敵との戦いには私も横に立つ。2人で戦えば怖いものはない」と言った。



「ああ、そうだな。これからよろしく頼む」

「ああ、私達が夫婦になって戦争を終わらせる。サウス王には出来ない別の方法で戦争を終わらせよう!!」


戦争を終わらせられるようなアーティファクトを手に入れることは出来なかったが、俺達は俺達にしかできない方法でこの戦争を終わらせよう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


しばらくして、私達はサウス王…キヨロスに呼ばれてウエスト王とお父様の居る部屋に行った。

そこには見知らぬ老人と3人の男女、それとペック殿が居た。


ペック殿は顔を暗くして不機嫌一色で、マリオンにどうしたのかを聞いたらマリオンも不機嫌そうに「アイツが時を跳んじゃったから、お爺ちゃんの作った擬似アーティファクトが無駄になっちゃったでしょ?せっかく沢山売れたのにさ、これでカムカとの結婚資金もパーになっちゃったよ。それに今回は世界中の人も跳ばしたからお爺ちゃんも跳んでいてショックだったんだよ」と言う。


マリオンの話ではウキウキと擬似アーティファクトを作るペック殿だったが気付くと南の四の村に居て慌てて振り返ると納品したはずの擬似アーティファクトの山が積み上がっていて孫のマリーが「あれ?お家だ?なんで?でもナック君とあそんだ記憶はあるのに」とブツブツ言っていて自身に何が起きたかを察していたらしい。


ああ、そういう事か…戦争準備でかなりの数の疑似アーティファクトを作って貰っていたし、その代金は相当なものだっただろう。


ペック殿は「僕の苦労が…、折角の生活費が…」と言っていて、あの項垂れてショックを隠し切れない背中を見るとかける言葉が見つからないな。


キヨロスは必死にペック殿を見ないようにしている気がする。


連れてきた老人…なんでもフィルの祖父らしいが、その人が泣いて喜んでいて、キヨロスに感謝をしている。


「小僧、本当にありがとうな。フィルが…フィルが返ってきた!!老い先短い爺より先に死ぬ孫が居てたまるか!!」

「ガミガミ爺さん、僕だってフィルさんを取り戻したかっただけだし、それに僕だけの力じゃないよ。あそこに居るノースのお姫様、アーイさんのお陰でもあるんだよ」

キヨロスがそう言うと、ガミガミ爺さんと呼ばれた老人が私の元に駆け寄ってくる。


「姫さん!本当にありがとうございます!おかげで俺は一人ぼっちにならないで済んだ!あんたのおかげで孫を失わないで済んだ!!本当にありがとう!!ありがとう!!」

そう言ってガミガミ爺さんは私の前で大泣きをする。


横に居るフィルが「お爺ちゃん、恥ずかしいから」と言うがガミガミ爺さんは「バカヤロウ、きちんと感謝はするもんなんだよ。恥も何もあるかよぅ」と言うと私に向かってまた大泣きしながら感謝をしている。


「あの、やめてくれ。私はそんな…」と言っているとあの男が動いた。


「いいよね、ドフはさ、フィルちゃんが生き返ってくれてハッピーだよね。僕なんてさ何日も寝ないで作った擬似アーティファクトが無かったことになるし、折角買い取って貰えた擬似アーティファクトだって家にあるしさ」


暗い表情で恨み言をぶつけてくるペック殿をみたガミガミ殿は泣き顔が嘘だったように「うるせぇ!ペック!また一から頑張ればいいだろ!!」と言って怒鳴る。


この2人は喧嘩友達なのだろう。

文句を言いながらもペック殿は嬉しそうにしている。


そこに「あのさ、ちょっといいか?」と言ってガクが割り込んでくるとペック殿が涙目で「何?ガクさん」と言ってガクを見る。


「一応、戦争は続くわけだし、今手に入る分の疑似アーティファクトはウエストで買い取らせてもらえないかな?父上…ウエスト王の許可も貰っている。後はまた俺とアーイの擬似アーティファクトを作って欲しいんだ」


私がウエスト王を見ると。王は頷いていた。


ペック殿の顔が一気に晴れやかになり「本当かい!!」と喜ぶとマリオンも「やったねお爺ちゃん!」とかけてきて喜ぶ。


ペック殿はさっそくキヨロスの所に駆け寄って「ほらほら、瞬間移動だよキヨロス君。僕の家に行って疑似アーティファクトを全部ここに運んで!!」と言い出す。


「え?今から全部?」

「うん。そうだよ!早く!!」


「うーん、行って帰ってか…面倒だな」

「何言ってんの!キヨロス君なら一瞬でしょ!」

「そうだよ。私の結婚資金なんだから頑張ってよ」

マリオンもペック殿を援護する。


面倒くさそうな顔をしたキヨロスが「じゃあ、ちょっとやってみるから待って」と言って「千里の眼鏡」をかけて黙り込む。

次の瞬間、突然部屋に疑似アーティファクトの山が出現した。

キヨロスは嬉しそうに「出来た!」と喜ぶとマリオンが目を丸くして「はぁ?アンタ何をやったの?」と言ってキヨロスに詰め寄る。


「え?行って自分の持ち物って認識してから瞬間移動するのと、行かないで自分の持ち物って認識して瞬間移動するのってあんまり変わらないかな?って思ってやってみたら出来たよ」


そう言ってキヨロスが笑うとマリオンが「はぁ……、そうなのよね。コイツってこういう非常識が当たり前なのよね」とため息交じりにやれやれと言う。


「じゃあ、この疑似アーティファクトはウエストで買い取らせて貰いますね」とガクがペック殿に言って、ペック殿も「ありがとうございます」と感謝をしている。

話がまとまりそうになるとそこに「あの…」と言って3人組が私たちの方にやってきた。


私達の所にカムカも来て「ああ、この3人はイーストのツネツギとルルとモノフだ」と言ってイーストの3人を紹介するとガクは3人を知っているのか「「創世の光」の3人か!あの時はありがとう。本当に助かったよ」と言って感謝の言葉を述べている。


「ガク?知っているのか?」

「ああ、会うのは初めてだが、俺がノースの城へ突入する際に援護をしてくれたんだ」


そうか、この者たちの助けもあったのか。

私は「ありがとう。おかげで今こうしている」と言って心から感謝を述べる。


「まあ、俺達がやらなくてもちょっとしたらキヨロスが皆殺しにしちゃっていたんだけどな」

「とはいえ、やはり王子が姫を助けに城に乗り込むと言うのが素晴らしいし、それを助けられたと言うのは私も嬉しい」

「残念な事と言えば、折角食べさせたアーティファクトが無くなった事ですな…」


3人がそれぞれ話しているとツネツギと呼ばれた男が「お姫様、余計な事かもしれないけどさ、ガクの根性って凄いんだぜ」と私に言う


「何がだ?」

「ガクはさ、お姫様の為に高速イノシシに飛び乗ってノースの城を目指したんだ」


また何という無茶な事を…

呆れ混じりに「本当かガク!?」と聞くとガクは「ああ、なりふり構っていられなくてな」と言った後の照れた顔が物凄く愛おしく思えた。



「で…だなガク」

そう言ってルルが話しかけてくる。


「どうしたんだルル?」

「擬似アーティファクトを買っていたようだが、私は人工アーティファクトを作れるのだが、買ってみないか?私も研究資金が欲しいのだ」


何と、ここでも売り込みか。


「あ、ガク。ルルは凄いんだよ。ルルのお陰で私は人間になれたんだから」

マリオンがそう言ってルルを売り込む。私が気になったのはマリオンがルルを売り込む時、凄いと言った時にツネツギが慌ててルルの耳を塞いだことだった。


だがそれが気にならないガクは「んー、いくつ必要になるかはわからないが少しなら買わせて貰うよ」と言うとルルは「本当か!」と言って喜んだ。


そんな喜ぶルルの背後にペック殿がやってくると恨みがましい声で「ルルさんだったんだね。初めて会った日から随分若返っていたからわからなかったよ」と声をかけ、ルルは振り返ると「おお、ペック殿か久しいな」と言って笑いかける。


ルルとペック殿は既知の仲だったようだ。


「勝手に僕のマリオンを人間にしちゃうし、疑似アーティファクトを買ってくれる人の所に人工アーティファクトを売り込むし。貴女って人はさー」


あ、ちょっと恨みつらみが入っている感じがする。

マリオンを勝手に人に変えたのか…それは怒るかもな。


そうやって話している所にキヨロスがやってきた。

「ガク、擬似アーティファクトを買い取ってくれてありがとう」

「いや、俺とアーイで戦争を終わらせるとしても、今はまだ戦争は続いているからな」


そうだ、戦争状態なのだから戦力は必要だろう。

だがキヨロスが「あー…、あー……ごめん」と言って突然謝りだす。


「何だよ、珍しく歯切れの悪い」

「うん…ごめんねガク。じゃあさ。今約束した分だけは絶対に買い取ってくれる?」


「ああ、だから戦争が続くんだから買うって言っているだろ?」

「絶対だよ。約束だよ」


キヨロスはそんな事を言うとお父様とウエスト王の所に行って「そろそろだと思うから話してもいい?」と言っている。


何を話すと言うのだろう。


皆が注目する中、キヨロスは「突然だけど、戦争終わります」と言った。


はぁ?キヨロスは今何と言った?


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「突然だけど、戦争終わります」とキヨロスがそう言った。

突然のことで訳が分からない。


俺が「おい、それってどういう…」と言うと父上が睨みつけてきて「サウス王のお話を聞け」と言い出した。


なんだよ一体。


「えっと…とりあえず今日、この日に「時のタマゴ」の力で跳んだことは皆もわかっていると思うんだけどいいかな?」


キヨロスが突然言い出すと周りからは知っていると言う声が出てきた。

この状況でわからないと言っている奴は居ないだろう。


「何でこの日かと言うと、それはウエスト王のお願いでもあったんだ。この日から30日の間にノースの兵士は魔女の手で「龍の顎」を装備させられて強くなったし、戦った際には悪魔化もしたよね。だからウエスト王はこの日に跳んで、まだ兵士が「龍の顎」を装備する前に戻したかったんだ。そうすれば戦力はウエストとノースの両方がほぼ一緒で国境の街が占拠される事もないよね」


そうか、それも含めて今日なのか。

俺がそう思っている横でアーイが「ならば今からでも討って出てノースの民が魔女に利用されるのを救わねば!!」と口を挟むと、それを鋭い目で睨んだノース王が「アーイ、話を聞きなさい」と言ってアーイを諫める。


「ただ、僕はそれだけだとノースに行ってザンネと魔女を倒すまでに戦争が続くから、そうならないように勝手にちょっとした事を思いついたんだ」


「口を挟ませてくれ。今すぐキヨロスが魔女とザンネを倒すって言うのは?」

「馬鹿者、何でもサウス王に頼るのかお前は!?」

父上が俺を睨むので俺は「はい、すみませんでした」と謝るとキヨロスが話を再開した。


「僕は、この後は魔女を倒したらサウスに帰るよ。その後の戦争事はガクとアーイさん、ウエストとノースの人たちに任せる事で王様たちの許可も貰っている」

ここでカムカが「おーい、キヨロス。俺とマリオンは?」と聞いていて、「カムカとマリオンは好きにしていいよ」と言われる。


「おし、じゃあ俺達は残るかな」

「うん、カムカが残るなら私も残る」


「話し戻すよ。で、僕が跳ぶ時にちょっとした事をした話をするよ」

…この男はこれ以上何をしたと言うんだろう?


「「時のタマゴ」で跳ぶ際に持って跳べるものがいくつかあるんだ。その中には記憶がある。

今回僕は世界中の人たちの記憶も持って跳ばした」


この説明に「あ、キョロそれって」と言ってリーンだったかな?キヨロスの嫁が反応をする。

続くようにマリオンが「ああ、そうだね。切り刻んだノース兵や悪魔化した兵士の記憶も跳ばしたんだ」と言って笑う。


「そう、だから僕はさっきダメ押しで世界中に光の剣を飛ばしたんだ。多分、あの剣を見てまだ戦おうなんて思う兵士は居ないと思うんだよね」


え?それって…

間の良い事に兵士が部屋に入ってきて父上に報告をしている。


キヨロスが「どうです?」と言って父上に確認をすると父上が「サウス王の言う通り、殆どのノース兵に戦闘の意思はなく。皆投降を申し出ています。夢を見た等と言って信用しない兵士には「光の剣が飛んでくるぞ」と言うと効果てきめんで戦闘放棄をするそうです」と報告をする。


これでキヨロスが嬉しそうに笑顔で「良かった。これで無駄な戦争はなくなりました」と言う。


…呆れてしまった。


「じゃあ、俺が擬似アーティファクトを買い取ったのは無駄なのか?」

「ウエスト王の許可は貰っていたし無駄じゃないと思うよ」


「人工アーティファクトを買ったのは?」

「ああ、そっちはお仕事をお願いするから前払いみたいな感じかな?」


「仕事?」

「うん、多分あの魔女の事だから、もう何個か「龍の顎」と「悪魔のタマゴ」が用意されていて、無理矢理兵士に付けたり魔物に付けたりしていると思うんだよね。カムカの話だとモノフさんはアーティファクトを食べる剣を持っているって言うから、それで悪魔化する前に兵士を助けてもらうんだ」


俺はつくづく驚いて「なんとまあ、そこまで考えての事だったのか」と言った。



そこでキヨロスの話が終わったので俺はアーイと父上たちの所に行く。


「父上、ノース王。お話があります」

「お父様、こんな時なのですが聞いてください」


俺達が真剣な面持ちだからか、この大人数の居る部屋がシンと静まり返った。


「俺とアーイは結婚をしたい。許しが欲しい」

「お父様、私はガクを愛しています」


俺達が結婚をして手を取り合ってこの戦争を止めるつもりだったんだが、キヨロスが戦争を止めてしまった事でしまりが悪くなってしまった事を伝えると皆が笑う。

笑いながら口々に祝福をしてくれる。


父上とノース王に至っては「10年前から何となく予感はしていた。これからはお前たちが国の為に頑張れ」「アーイ、私はお前に何も教えてこれなかった。すまないね。これからはガク殿と一緒に幸せになりなさい」と言ってくれた。


アーイは感極まって泣いていた。

その横で父上は俺にだけ「それでなければ私がサウス王に頭を下げてお前が何処までアーイ殿の為に戦えるのかを見守った意味もないしな。良かったな振られなくて」と言ってきた。


父上はここまで考えて、俺をノースに行かせたのかもしれないなと思った。



その時、突然「あーら、おめでとう」と言う聞き覚えのある声がした。

声は続いて「剣姫と最終王子の結婚なんておめでたいわね。これで戦争が終わっちゃうのかしら?」と聞こえてきた。


俺達は声の方を向く。

魔女だ。

魔女はキヨロスの嫁さんの後ろで光る剣を持って立っている。


魔女は「あ、動かないでね。動いたらサウス王の大切な人を滅茶苦茶にしちゃうわよ」と言うとフィルに剣を当てる。


魔女は俺達を見回して「それにしても全員集合って様相ね」と言う。


「イーストの3人もお久しぶり。サウスも全員ね。あら貴女人形だった子よね。ねえ貴女、人間になった感想はどう?」

魔女自身は一度目なのだ。同じ質問をマリオンに投げかける。


マリオンがごく自然に「悪くないわ」と答えると魔女は「そう、良かったわね」と言って微笑むと「でも人間って不便じゃないの?」と更に質問をした。


マリオンも律義に「そんな事ない、音も綺麗に聞こえるし、景色も輝いて見える。ご飯も美味しいし、触れた感触がよくわかるもの」と言って同じ会話をすると「そうなのね。そうなのね!!」と喜んだ魔女は「私、そうやって疑問に答えてくれる子って好き。貴女の事は好きよ。それでついでに答えてくれない?この状況ってどうなっているの?」と聞いた時、「来ると思ったよ」と言ってキヨロスが一歩前に出る。


「お前の疑問には僕が答えるよ」

「新しい王様の坊や…」

魔女が憎々しいといった顔でキヨロスを睨んでいる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


僕の目の前にあの魔女が居て、また僕の大切な人に剣を向けている。

その事が僕を激しく苛立たせる。


魔女は僕を見て「そうね、それがいいかも…」と言うと「ねえ…なんでサウスを出てウエストに居るの?それに何か変なのよね、壁みたいなものがあってウエストもここにしか入れなかったわ。何かしたの?」と聞く。


僕が答える前にフィルさんが背後の魔女に向かって「私の旦那様の腕を見てみなさいよ」と語り掛ける。


魔女は「腕………?」と言いながら僕を見て「何よそれ!?なんであの坊やが「紫水晶の盾」を装備しているのよ」と言って慌てた声を出す。

フィルさんが「私は一度貴女に負けたの。それでムラサキさんをキョロくん、旦那様に使って貰っているのよ」とごく普通に話す。


魔女は時を跳んだ事を理解したのだろう、だが手段が思いつかずに居て「一度……やっぱり……でもまさか…」と言っているので僕は「先に言うけど、その剣をまず降ろせよ。僕の大切な人に剣を向けるな」と言う。


魔女は僕を見て「うるさい!」と言うと僕を指さして「アンタ「時のタマゴ」も無いのにどうやって時を跳ぶのよ!あれは私でも再現が出来ないでいるアーティファクトなのに!!」と言ってワナワナと震えている。



「どうでもいいだろ?お前には出来ない。僕には出来た。それだけだよ」


まずは魔女を悔しがらせる。

その事だけを考えていると魔女が「だったらこの女を殺してお前を後悔させてやる!!」と言って剣を振りかぶってフィルさんを狙う。


ガキっという音がしてフィルさんには刃が当たらない。その事に魔女が「!!?何コレ!?」と言って目を見開いて驚く。

僕は最大限バカにするように「ムラサキさんの光の壁だよ」と言うと魔女は「はぁ、いつの間にそんなものを張ったのよ。それに見えないじゃない!!?」と怒鳴ってくる。


「どうでもいいだろ?お前には出来ない。僕には出来る。それだけだ」

僕の言葉に魔女は「じゃあ、こっちよ!」と言ってリーンを狙う。


だが刃は通らない。

その後もジチさん、ガミガミ爺さん、ペック爺さんを次々に狙うが刃は誰にも届かない。


剣を見て「嘘、嘘嘘嘘!嘘よ!!何よこれ!!」と言う魔女に僕は「それ、「創世の剣」だっけ?その刃は絶対に通らない。早くしないとホラ。そろそろ剣の出力に柄が耐えられないで壊れるよ。そうしたらお前は丸腰だ」と言って睨みつける。


魔女は打つ手なしになったのか「きぃぃぃぃぃぃ」と言って壊れそうな剣を見ていて、そこに「もっと悔しがれよ。また僕の大切な人に剣を向けたんだ後悔させてから殺してやる」と言って可能な限りの挑発をする。


魔女は急に冷静になると僕をバカにしたような顔になって「アハハハ、そうやって余裕ぶって居られるのも今のうちよ!今すぐに私がアンタを後悔させてやる!」と言うと勝ち誇った顔で僕を見た。


どうせ手口はわかっている。


少し待っているとアーイさんの後ろから「ぎゃっ!?」という声がする。

皆が声の方を向くとそこにはもう一人の神の使いを名乗る魔女が居た。


皆、2人目の魔女を見て驚いている。

特にツネツギとルルの驚きは凄い。

その魔女は両手に「創世の剣」を持っていたが、それを振るう前に僕の光の剣で滅多打ちにされている。


フィルさんの後ろに居る方の魔女が「何で!?」と言って驚いている。


「え?2人居るってバレている事?攻撃する前に迎撃された事?」

「どっちもよ!」


「僕は前の時間で2人とも殺したんだ。その時に何となく感触が違う事に気がついていた。だから僕はお前を追い詰めればもう1人が出てくるって思っていたよ」

「それじゃあ私が剣姫を狙った理由は何よ!」


「お前はアーイさんの「奇跡の首飾り」で「時のタマゴ」を再現した事に気付いたんだ。だから仕返しにアーイさんを選ぶって思っていたよ」


「それで罠を張っていたの?」

「ああ、12本の剣は前の時間で散々使った。ノースの兵を全員1時間で切り刻んで戦争も終わらせた。その経験があるから速さも威力も段違いに成長している。お前が仮にアーイさんを悔しがらせるためにガクやノース王の所に現れても同じように対応していたさ」


僕の説明を聞いた魔女が「畜生!畜生畜生畜生畜生畜生!!本当にアンタが現れてから私の実験は台無しよ!!」と叫ぶ。

僕は「それは良かった」とそう言うと滅多打ちの方の魔女を滅多打ちではなく光の剣で切り刻む。


だが感情的にはならない。ごく普通に事のように「これはウエスト王とノース王の分かな。最愛の人を奪ったんだ。苦しんで死ね」と言うと斬り刻まれている方の魔女が「ぎぃぃぃぃぃぃぃっ」と言って苦しんでいる声を出す。


僕はそのままもう一人の魔女を見て「どう?目の前で仲間が切り刻まれる姿を見るのは」と聞くと魔女が「やめろぉぉぉっ!」と言って僕に斬りかかってくる。


僕はそれを高速移動でかわして蹴りつけて「今のはフィルさんに剣を向けた分」と言うと倒れた魔女の上に切り刻んでいる最中の魔女を飛ばしてぶつける。

2人揃って「「ぎゃっ」」という声をあげる魔女に向かって今のはリーンとジチさん達の分と言う。


何とか起き上がって立ち上がろうとする魔女に向かって「そしてこれは僕の怒りの分だ!【アーティファクト】!!」と言って12本の剣が一瞬の間に何回も魔女2人を切り刻む。

その速さは前の時間で使った事もあって成長をしているので恐らく人の目では追いきれない。


斬られた魔女も斬られた事に気づいていない。

魔女達は嬉しそうに「アハハハ、何?空振り?今から剣を3本まとめてアンタの大切な人に斬りかかってやるんだから。1本でダメでも3本なりゃ…ありぇ?」と言いながらバラバラに崩れ去った。


魔女は人間ではないので今回も血も何も出さずに消えていなくなった。




「ふぅ。ムラサキさん。ありがとう。おしまいにしてフィルさんに返すね」

「はいキヨロス。お疲れさまでした」


僕はここでこの場が静かで空気が重い事に気付いて「あれ?」と言う。

周りを見回すと、皆が引いた目で僕を見ている。


ウエスト王とノース王が「ノース王、やはりサウスとは友好的にやっていきましょう」「ええ、ウエスト王。ノースはサウスに和平を申し入れてでも友好的になりたいです」と僕を見てヒソヒソと話す。


そのそばで笑顔のマリオンとカムカが「あーあ、やっちゃった。みんな怯えているよ。それにまた危ない顔してたよ」「ああ、やっぱりキヨロスを戦わせちゃダメなんだよな」と2人してシミジミと話している。


その更に先でガクとアーイさんが僕を見て「…キヨロスって怒らせたらダメなんだな」「ああ、お父様の怯えようを見たら今後も歯向かわないのが得策だな」と言って2人してうんうんと話している。


そのままツネツギとルル、それにモノフを見ると「マジでやべぇなキヨロス。イーストにフィルさんを呼んだ時にカムカが必死になった理由がよくわかったぜ」「ツネツギの言葉はイマイチわからない時があるが、キヨロスが危ない存在だと言っているのは私にもわかる」「私の「暴食の刀」でも彼には勝てないでしょう」と目を合わせようとしないで話している。



何この居心地の悪さ。


僕を見ても何も言わないのは皆だけだ。

「あの野郎、またフィルに剣を向けやがってな腹立たしい、よくやったぜ小僧」とガミガミ爺さん。

「君を怒らせると本当に怖いよね」とペック爺さん。

「キョロ、お疲れ様。もう怒らないでいいんだからね。後、私の事も守ってくれてありがとう」とリーン。

「いやー、またキヨロスくんが怒っちゃって手が付けられなくなったらお姉さんどうしようかって心配してたけどさ、あそこで怒らないのは私のキヨロスくんじゃないよねぇ」とジチさん。

「キョロくん、守ってくれてありがとう。ムラサキさんであの「創世の剣」に勝ってくれてありがとう」とフィルさん。



だが、皆が一通り喋った後はまた沈黙が部屋を支配する。


…えっと…この後ってどうしたらいいんだろう?


僕は居心地の悪さが最高潮になったと感じたのと魔女はもういないので、ここに残る必要は無い事から「やっぱりサウスに帰ります」とウエスト王に申し出た。


ウエスト王は「はい、お好きになさってください」と言い、他の誰も僕を引き留めてくれなかった。


あ、「創世の剣」はルルが研究をしたそうだったけど、こんなものは世の中にいらないからモノフに食べてもらう事にした。

一瞬、ルルが反論を試みようとしたが「馬鹿、キレさすな。怒らすな。従っておけ!」と言うツネツギの声でハッとなったルルが僕の顔を見て渋々諦めていた。


何にせよ、僕の仕事はここまでだ。

ペック爺さんとカムカにマリオンを残して僕はサウスに帰る事にした。


今日は…と言うか流石に疲れた。

ゆっくりと寝よう。

明日以降の仕事はムラサキさんを使って国中に結界を張ったら休めないかな?

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