第75話 そして時を跳ぶ。

僕はノースに着いて沢山の血だまりの中から回復のアーティファクトを拾っておく。

これで万一ガクやアーイさんが怪我をしても対応が出来る。


そして女中にアーイさんの居場所を聞くと礼拝堂でザンネと言う奴と居るらしい。

瞬間移動で礼拝堂の屋根に上る。


礼拝堂の中を覗くと、眠っているアーイさんはウエディングドレス姿で椅子に縛り付けられている。


もうすぐここにガクがくる。

ガクは大切な女性…アーイさんを無事に救い出せるのだろうか?


まあ、失敗した時には僕が「奇跡の首飾り」を手にして1人ですべてをやり直すだけだ。



ガクを待っていると、背後に気配を感じた。それは知った気配だ。

僕は振り返るとそこには神の使いが居た。


僕が「何の用ですか?」と聞くと神の使いは「フィルの事…済みませんでした」と言って頭を下げてきた。


「また特例処置ですか?」

「ええ」


「何でフィルさんの傷を治しには来なかったんですか?」

「それは…、あの女が我々の見守る能力や知らせる能力の邪魔をしていて、発見が遅れたのです」


「間に合っていたらフィルさんは死ななかったんですか?」

「ええ…例え創世の光でも我々の癒しの力ならフィルを救うことは出来ました」


その言葉が僕を苛立たせる。

感情のままに「でも、その場に居なかった。来れなかった」と言うと神の使いは「ええ、ですので特例処置です。本来人を傷つけてはいけない神の使いを名乗る者がガーデンの人間を殺した。これは十分に特例処置に値します」と説明をした。


今更仰々しい。何をしてくれると言うのだろう。


神の使いは「キヨロス。まずは貴方にこれを授けます」と言うと針の付いた指輪のような、指先に付ける道具を出してきた。


「これは?」

「C級アーティファクト「意思の針」です」


「C級?何で今C級が?」

「これは怪我や事故、病などで言葉を失った者が思いを正確に伝えられるようになるアーティファクトです。キヨロス。貴方はこれを指に付けてアーイに触れるのです」


僕は指輪を受け取りながら「それで?」と聞くと神の使いは「そこで貴方が知る「時のタマゴ」のイメージを全てアーイに伝えるのです。そうすればアーイの「奇跡の首飾り」は貴方の思うままの「時のタマゴ」になります」と言う。


「と、いう事は何をしても構わないですね」

「ええ、完全解決に繋がる事でしたらどうぞ思うままにしてください」


「その為に来たんですか?」

「ええ、後はもう一つ。今はまだ「時のタマゴ」を使えませんが、使った時の事をイメージしてみてください」


僕は言われるがままに跳ぶタイミング、跳ばす物、記憶等をイメージした時、「お父さんは遠慮深いですねー」という懐かしい声が聞こえた。


「トキタマ!?」

「はい!僕ですよー。お父さん、盾のお姉さんを取り戻す為に僕を必要としてくれてありがとう。僕は神の使いの特例処置で次の一回はお父さんのお役に立てますよ!!」


僕は先ほどまでの苛立ちを忘れて神の使いを見ると神の使いは「ええ「時のタマゴ」…あなたの解脱したトキタマを用立てました。キヨロスとトキタマのコンビならどんな事も可能ですよね?」と聞いてくる。僕は僕とトキタマならどんな事も出来る気持ちで「はい!」と返事をした。


神の使いが微笑みながら「完全解決は出来そうですか?」と聞いてきた。

僕は答える前にトキタマに「トキタマ、どうかな?」と聞くとトキタマは「大体はお父さんの思った通りのことが出来ますよ。後はその剣の人がお姉さんを助けられるかですかねー」と教えてくれたので「ガクがアーイさんを助け出せれば完全解決が出来ます」と言って神の使いを見る。


「そうですか。そうなると良いですね。それではキヨロス。後の事はお願いしますね」

「はい」


「お父さん、僕はもっとお父さんとお話ししたいけど、今は一度休憩します。僕を使えるタイミングになったら呼んでくださいね!!」

「ああ、トキタマ!君が居れば僕はこの結末を最良のものにしてみせるよ!!」


僕は先程までの怒りが薄れて冷静になれた時、礼拝堂にガクが入ってきた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ガクがザンネを討ち取った。

だがガクは左腕と腹に大けがを負い、その他の場所にも多数の刺し傷があって今は倒れてしまった。速くこの拘束を解いてガクの元に走っていきたい。


「くそっ!このっ!!」と苛立ちながら拘束を解きたい私の元に光の剣が落ちてきて拘束を粉々に切り刻む。


驚く私の背後から「早く行きなよアーイさん」と聞こえてくる。

この声はサウス王。

だが今はそんな事よりもガクだ。


私はガクを抱き寄せると「ガク!ガク!!しっかりしろ!!返事をしてくれ!!」と声をかける。

近寄ってみるとガクの傷は深い。

左腕に至っては二度と動かないかもしれない。

腹部も深く切られていてとても助かるような傷には見えない。


だが、近くにサウス王が居るのなら、彼の癒しの力でガクを助けて貰える。そう思って辺りを見回したのだが何処にも姿が見えなかった。


サウス王を探していると抱き寄せた額から「…アーイ…」と声が聞こえてきた。

私が「ガク!!無事か!」と声をかけるとガクは座ったまま起き上がると右腕で私を抱き寄せる。


「ようやく…ようやくお前をこの腕に抱くことが出来た」

「ああ、ああ…そうだな。ガク…」


私はその言葉の嬉しさのあまりに涙を流してしまうとガクが「なんだ、アーイって案外泣き虫なのな」と言うので私は照れながら「ガク、お前の前だけだ」と返す。

ガクは傷だらけなのに笑って「へへっ、それは嬉しいな」と言った。


「嬉しいのか?」

「ああ、最高だ」


そう言ってガクは私を更に抱き寄せると「暖かいなアーイは」と言った。

暖かい、そう、今の額は冷たい。特に左腕が冷たくなっていて私は「ガク、左腕…」と言う。


「ああ、持っていかれたな。だが片腕でもキチンとアーイを抱きしめられる。十分だ」

「すまない…私の為に…」


謝る私にガクが「アーイの為だから命張れたんだよ」と言う。

なんでこの男はこう真っ直ぐに私を見て、私に想いを伝えるのだろう?


「それにしてもそのウエディングドレス…綺麗だが俺の趣味じゃないな」

「何をいきなり?」


今はそんなときではないだろう。

ウエスト王も出会い頭にアーティファクトの話もするし一体なんだと言うのだ?

その時、ガクが「俺の選んだ奴を着てくれるよな?」と言った。


私は「え?」と聞き返してしまう。


今、今ガクは何と言ったのだ?

そう思っているとガクが改めて「アーイ」と呼んできた。


「なんだ」

「愛している。俺と結婚をして欲しい」


結婚?

私とガクが…結婚?


驚いて何も言えない私に「どうした?嫌か?嫌なら俺は男を磨いて出直すぞ」とガクが言う。

私は慌てて「いや、そうじゃない。私は姫としての所作はからきしで、戦闘ばかりで…」と言って説明すると笑ったガクが「いいじゃないか、それがアーイだろう?」と言ってくれた。


「!!本当か?本当にいいのか?」

「ああ、俺は…お前を愛してい…る……」


急にガクが喋る事を辞めてしまい私は「ガク?」と声をかけてしまう。


ガクが突然倒れた。

そうだ、元気そうな話し方に勘違いをしてしまったが、ガクは大怪我をしている。

気付けば私の純白のドレスが真っ赤に染まってしまっていた。



私が「ガク!!?おい!!起きてくれ!!」と言っていくら呼んでも返事がない。


ガクを起こしたくて必死になって「私を置いて独りにしないでくれ!!私の答えをお前は聞かないのかガク!!」と言った時私の背後で「アーイさん…」と声がして、振り返るとそこにはサウス王が立っていた。


「サウス王?今までどこに?」

「ウエスト王との約束を果たしていたんだ」


「貴方が居ればガクは大怪我を負う事も無かった」

「それがウエスト王からの願いだから」


「貴方が癒しの力を使えばガクは死ななかった」

「それもウエスト王の願いだから」


抑揚の無いサウス王の声。

この人は一体何を考えている?


私が怒りと悲しみ混じりに「願い!?それは何ですか?ガクが死ななければならないものですか!!貴方のせいでガクは…私は最愛の人に想いを告げられなかった」と言った時、サウス王は嬉しそうに「ありがとうアーイさん」と言った。


私が「何を!!」と聞き返した時、「これで完全解決の筋道が見えた。【アーティファクト】」と言ってサウス王が手をかざすとガクの傷が癒えて血色が少し良くなる。



すぐに目を開いたガクが私に「…よう」と声をかける。

私はそれだけで嬉しくて「ガク!!」と名を呼んでしまう。


サウス王は前に出てくると「ガク、死に瀕した貴方の命を今一度だけ繋いだ。よく聞いて。これがウエスト王の本当の願いだ」と言う。


ガクが「サウス王…キヨロス?やっぱりさっきの戦いはお前のお陰で勝てたんだな」と言うとサウス王は困り笑顔で「最低限の手助けがウエスト王の望みだったからね」と言った。


ガクが「父上め…」と言って悪態をつくような顔をした時、サウス王が「2人ともよく聞いてこれからこの戦争を完全解決させる」と突拍子もない事を言い始めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


僕の言葉に「完全解決?」とガクが聞き返すので僕は「ああ、その為にアーイさんとガクの力を使うようにウエスト王に言われた」と答える。


そう、それがウエスト王の望み。

ガクがアーイさんの為にどこまでやれるのか。

フェアな状態だったら勝てたのか。

愛する人の為に何ができるのか。

やり切れるのか。

それを僕は見定めた。


「今から僕の力とアーイさんの「奇跡の首飾り」で会談の日。アーイさんとガクが握手をしたと言う時間に全員を跳ばす」


僕の説明にアーイさんが「私が跳ばす?何を言って…」と疑問をぶつけてくる。

正直アーイさんにはちょっと説明が面倒くさい。もう細かい説明は跳んだ先でも出来るし、「意思の針」で伝えられるので「いいから、黙って聞いて」と言って黙らせる。


僕はアーイさんからガクに視線を動かして「ガク、アーイさんの使うアーティファクトの問題点は知っているよね」と聞くとガクは「ああ…、30日間の昏睡だ」と言った。


「会談の日に跳んだら、すぐにガクのアーティファクトをアーイさんに使うんだ」

アーイさんは知らないのだろう。「……ガクのアーティファクト?」と言って僕とガクの顔を見ている。


ガクは納得した顔で「そういう…事か…」と言うので頷いた僕はアーイさんを見て「そうしたらアーイさん。アーイさんはガクのお陰で再度能力を使えるから今度は「瞬きの靴」の能力を使ってウエスト城に瞬間移動をするんだ。いいね」と伝える。


未だに何を言われたか理解していないアーイさんは「何を言って…」と聞き返してくるがガクがそれを制止して「アーイ、サウス王…キヨロスの言う通りにするんだ。手順を頭に叩き込め」と言う。


ガクは自分の能力を知っているから僕の話を飲み込むのが早くて助かる。


「なあ、キヨロス。ただあの日に跳んで俺達はその事を覚えているのか?」

「大丈夫、僕がそれを可能にする。その為に僕がここに居る」


「そうか、戦争に非協力的なお前がそこまでしてくれるなんてな」

「僕も大切な人をあの女に奪われた。会談の日に跳ぶ事でやり直せる」


「利害が一致しているのか…わかりやすくていい。しかも大切な人ってあの3人の嫁さんだろ?やっぱり男は女の為に命張らないとな」


そう言うとガクはうなだれた。

死んだか、気絶したかは定かではない。

伝えたいことは伝えた。

アーイさんがガクに呼びかけるが今はもういい。

後は跳ぶだけだ。


「アーイさん、少しチクっとするけど手を貸して」と言いながら僕はアーイさんの手のひらに「意思の針」を刺して「【アーティファクト】」と唱えると驚いた顔のアーイさんが「!!?何だこれは?「時のタマゴ」?」と聞いてくる。


「成功みたいだね。これからアーイさんは「時のタマゴ」を発動させる。位置やその他の事は特例処置で僕が行うから安心して。アーイさんは跳んですぐにガクのアーティファクトを使ってもらう事と「瞬きの靴」を忘れなければいいんだ。できるよね?」


ようやく全てを理解したアーイさんは力強い眼差しになって「ああ、やる」と言った。


僕は「全部終わったら、全てがうまく行くから、そうしたら好きなだけガクに気持ちを伝えて」と言ってトキタマを呼ぶ。


トキタマは元気よく「はいはーい、聞こえますよー」と返事をくれたので「アーイさん、使って」と言うとアーイさんは首飾りに向かって「「時のタマゴ」!【アーティファクト】!!」と唱えた。


アーイさんの首飾りから出た光は卵の形になり次にトキタマを思わせる小鳥の姿になる。


「トキタマ!!跳ぶ場所、跳ばす物全ていいね!!」

「お父さん、今回はこのお姉さんが肩代わりしてくれますから遠慮なく全部跳ばしちゃいましょう」


「ああ!僕の知る全ての人、仲間…明確な敵以外。ガクの仲間、アーイさんの仲間。経験も全部!全員分だ!!!」


僕の声にトキタマが「跳べるよーっ!!」と言った瞬間に僕は「【アーティファクト】!!」と唱える。


僕はこの懐かしい感覚の中、トキタマの姿を見た気がした。


「トキタマ、ありがとう!!」と声に出すとトキタマが「お父さん、僕はお父さんのお役に立てて嬉しいです!!」と言ってくれた。


アーイさん、後はアーイさん次第だ。

よろしく頼むね。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


俺は気が付くとキヨロスの言った通り和平会談の場に居てアーイと握手をしようとしていた。

アーイも俺に気付くと嬉しそうな顔をしたが、前回「瞬きの靴」を使用した時と同じように倒れこんできた。


その時、「ガク!」と言って父上が俺の名を呼ぶ。

あの顔は驚きの顔ではない。


ん?

父上も未来から来たのか?


その時、ノース王も「アーイ!」と呼ぶ。


ノース王も?


一瞬色々な事を考えたくなったが今はそんな時じゃない。


「父上、後をお願いします!【アーティファクト】!!」


俺は「自己の犠牲」を発動させた。

このアーティファクトは対象の注意点、問題点を完全に肩代わりしてしまうアーティファクトだ。


この力でアーイを目覚めさせる。


くそ、俺が眠気に襲われる。状況を見守りたい気持ちの中、薄れゆく意識の中で聞こえた声はアーイの声だった。


「ガク、ウエスト王、お父様、「瞬きの靴」、【アーティファクト】!」




次に目を覚ました俺の前にはウエスト城の景色が広がり、カムカにマリオン。父上にノース王、そしてサウス王、キヨロスと3人の嫁さんが立っていた。

その中でキヨロスが「これで大成功かな?」と言っている。


俺は倒れたまま「大成功?今は何日目だ?30日経ったのか?」と聞くとキヨロスは「いや、ノースの城から瞬間移動してきてすぐだよ」と当たり前のように答えるキヨロス。


訳が分からない俺は「何がどうなった?説明してくれ」と言うとキヨロスは指をノースの方に向けながら「え?ノースの礼拝堂から「時のタマゴ」の能力で僕はこの世界の人全員を今日に跳ばした」と言って天に向ける。


「俺達だけじゃないのか?世界中?」

「うん。まあ、全員と言ってもガクやアーイさんに対して明確に敵対する相手…敵は飛ばさなかったよ。跳んだ事に気付いて何らかの対応をされても困るからね。それでウエスト王との計画通りに事が運んでいれば、ノースの城でガクはアーイさんに「自己の犠牲」を使って「奇跡の首飾り」の肩代わりをして昏睡する」


「そうだな」

「それで昏睡しないで済んだアーイさんが「瞬きの靴」でウエストの城に瞬間移動をする」


「そうしたら俺もアーイも30日間昏睡だ」

「そうだね。でも僕が僕の持つアーティファクトの力でそれを無効化した。だから今ガクはそうやってアーイさんを抱きしめながら横になっていられている」

キヨロスは言いながら指を地面に向けて笑った。


…なんて言う離れ業だよ。

戦争を1時間で終結させる力にアーティファクトの問題点を無効化するアーティファクト?

そして時を跳ぶ?

なんだそれは?


…ん?

アーイを抱きしめている?

横になって?


俺が視線を下に向けようとすると「ガク…済まないが苦しいし恥ずかしい」と胸元から声がする。


視線を胸元に向けるとアーイが居た。

俺は思わず微笑んで「アーイ、おはよう」と声をかけると赤い顔のアーイが「おはよう…ガク。恥ずかしい」と言う。


おっと、ついつい手を離したくなかった。


ここで父上が咳払いをして、ノース王は困った顔をしていたがカムカとマリオンは笑いながら俺達にガッツポーズをしてくれた。



アーイが離れた所で父上とノース王が「サウス王」と言って膝をつく。


「この度の助力。まことに感謝いたします」

そうだ、キヨロスが居なかったら俺達はとんでもない事になっていた。

俺とアーイも慌てて起き上がると膝をつく。



当のキヨロスは「えぇぇ、僕はそう言うのが苦手で…」と言って後ずさるが父上は「いえ、そうは参りません」ときつい口調で言う。


困って目を白黒させるキヨロスだったが「あ、でも一個だけ先にお願い聞いてくれます?」と言うと父上が「何でしょう?」と聞き返した。


「今日から1週間くらい危険なのでここに居る全員とかはこの城に泊めて貰ってもいいですか?」

「は?それは別に構いません。ただ…今は戦時下なのでいつ戦闘になるか…」


「ああ、それはもう起きないと思います。後でダメ押ししておきますし。後はもう何人か人を呼びたいのですけど、お許しください」

「…はぁ…それはもう。ご自由にしてください」


そう父上は言うとキヨロスと3人の嫁さんに広めの部屋を。

カムカとマリオンにも部屋を後は客人が増えた時用に何部屋か用意をした。


「この後、僕から声をかけるまで少し邪魔しないでもらえます?」

キヨロスがそう言ったので、もう好きにしてくれと俺とアーイで言った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ガクとアーイさんに連れられて、僕たちは客室に案内された。

今、この部屋に居るのは、カムカとマリオン。ガクとアーイさん。それとリーン、ジチさん、僕。そしてフィルさんだ。


僕は周りの目も気にしないで「フィルさん!!」と言いながらフィルさんに抱き着く。

フィルさんも周りを気にしないで「キョロくん!!」と言って僕を抱き返してくれる。


今はリーンもジチさんも何も言わない。


取り戻した。

僕は大切な人を失うことなく取り戻すことができた。

その喜びで人目もはばからずにフィルさんを抱きしめて泣く。

僕の頭に暖かいものが落ちてくる。フィルさんも泣いている。


僕はついさっき、跳んですぐに困惑する3人とカムカ達を集めてウエストに跳んだので誰も状況が飲み込めていない。


「ねえ、どうして私生き返れたの?もうトキタマちゃんは居ないんでしょう?」

フィルさんが当然の質問をしてくる。


僕はアーイさんの方を見ながら「アーイさんのお陰だよ。アーイさんのアーティファクトで「時のタマゴ」を再現したんだ。そしてこれ」と言って僕は神の使いに渡された「意思の針」を見せる。


「これ何?」

「言葉にしなくても相手に考えを伝えるアーティファクトなんだ。フィルさん、ちょっとチクっとするよ。【アーティファクト】」

僕はフィルさんが倒れてから何があったかを「意志の針」で伝えてみた。


「凄い…私が死んでからの事が頭の中に流れてきた」

「そう、この力と後は解脱したトキタマが力を貸してくれたんだ」


僕はそう言って皆の経験も跳ばした話をした。

この説明にはガクが「と言う事は、俺がザンネを倒した経験も身体に残っているのか?」と聞き、アーイさんも「悪魔を倒した経験も?」と聞いてくる。

僕が「そうだよ」と言うと2人は「当たり前のように凄い事を言わないでくれ、処理が追いつかない」と声を揃えていたが、カムカに「諦めろ。それがキヨロスなんだよ」と言われると妙に納得をしていた。


失礼な話だ。

皆だってトキタマを授かればこれが普通になるはずだよ。



抱きしめたままのフィルさんが僕を見て心配そうな目で「ねえ、キョロくん?」と聞いてきたので僕はもう心配はないよと笑顔で「…何?」と返事をする。



「私の為にどれだけ危ない事をしてくれたの?」

してない。ウエスト王に2人のアーティファクトを聞いてノース城でガクとアーイさんにちょっと手助けをしただけだ。


だから僕が「え?そんなに大変な事はしてな…」と言いかけた時、マリオンが僕の返事を遮って「え?お姉ちゃん、それ聞く?」とフィルさんに話しかけてくる。


そこにリーンまで一緒になって「本当、聞いちゃうの?」と言い、ダメ押しでジチさんが一緒になって「きっとフィルは目を丸くしちゃうわね」と言う。


フィルさんが心配そうな顔で「ええ、3人とも教えて」と言うと…


「本気で怒ってー♪」

「光の剣でー♪」

「ノースの兵を切り刻むー♪」


リーンとジチさんにマリオンが小躍りしながら歌交じりに揶揄してくる。


フィルさんが言葉の意味を推し量ろうとして「何それ?何をしたの?」と聞くとカムカが「あの時のキヨロスは怖かったよな」と言って独りで頷いていると、横のマリオンは「今から全員皆殺しにするって宣言して1時間で外に居たノース兵全員をこれでもかって切り刻んじゃったんだからねー。外で戦闘をしていた私たちは巻き添え喰わないか心配していたの」と言って含み笑いをしている。


僕はフィルさんが心配がるからと「みんな、やめてよ」と言って皆を止めるのだが皆は止まらないでカムカは「ガク達も驚いただろ?キヨロスが怒ったの」と言うと、ガクも「ああ、いきなり通信球から怒鳴り声が聞こえたと思ったら空を光の剣が飛び交ってな」と言っている。


「そんな事があったのか?」

「アーイは擬似アーティファクトを使いすぎて眠っていたから知らないんだな。魔女の宣言通りにキヨロスは1時間で戦争を終わらせたんだ」


アーイさんがとんでもない目で僕を見ている中、リーンが「あ、魔女って言えばキョロは、もの凄く怖い顔で滅茶苦茶に悔しがらせてから魔女に勝っていたよね」と言い出してカムカが「え?あの女を倒したのかよ?」と言って驚いている。


ジチさんがシミジミと「もうね、お姉さん達は誰も怪我しないで魔女を悔しがらせて、プライドを粉々にしてから瞬殺って感じね」と付け加えるとガクが「魔女を余裕で倒した王様って魔王じゃねぇかよ」と言うと、みんながうんうんと頷く。


皆、僕の事をそんな風に思っていたの?

と、言うか…、僕ってそんなに危ない奴になっていたの?


そして僕の目の前、頭上から降りてくる目線が痛い。

フィルさんが僕をジッと見ている。


フィルさんが物凄く傷ついた目で「キョロくん…そんなに沢山の人を殺したの?」と言って僕を見る。

僕は申し訳なさそうに「…うん、フィルさんが居なくなってしまったと思ったら戦争が憎らしくなっちゃって…。戦争をしている全ての人間がこの世界にいらないって思えて…」と思うままを言葉にしてフィルさんに説明をする。


フィルさんが僕を見ていると横でリーンが「キョロはすっごく怖かったんだよ。私が待ってと言って止めても駄目だったの」と言う。


これに驚いたフィルさんが「え?リーンさんの制止も効かなかったの?」とリーンに聞くとジチさんが「まあ、そういう事。結局は3人のうちだれが欠けてもキヨロスくんは駄目になっちゃうって事だよね。これからも3人で支えていかないと駄目ね」と言ってフィルさんとリーンの肩に手を置いて言った後で「まあ、お姉さんの時はノースだけじゃなくて世界中の人を殺しちゃうくらい悲しんでくれると思うけどねぇ」と言って僕を見てウインクをして笑う。


ジチさんの言い方を聞くと本当に僕が危険人物みたいだ。僕がそんなことを思っている間に3人は誰が亡くなったら僕が一番悲しむかと言う話で言い合いを始めた。

それは喧嘩等ではなく3人とも笑顔だ。

僕はフィルさんから手を離して3人の時間を楽しんでもらう。



ガクとアーイさんがまた僕の前に来て「まあ、そのお陰で今の俺達がある。キヨロスありがとう」と言って頭を下げてくる。


「いいよ、そう言うの。僕もフィルさんを取り戻したくて必死になっただけだから。ガクもアーイさんと二人きりで話してきなよ」

僕はアーイさんを見て「アーイさん、言う事あったよね?」と聞くとアーイさんは真っ赤になって「ああ」と言った。


「じゃあ、私も邪魔しないようにカムカと部屋に行こうかな」

「え?もっと皆と話したりしないのか?」

マリオンとカムカも二人きりになりたいみたいだ。


「じゃあ、僕は必要な人集めとか準備をしちゃおうかな。フィルさん、ムラサキさんを僕に」


「え?キョロくん何をするの?」

フィルさんはそう言いながらムラサキさんに了承を得てから僕の手にムラサキさんを渡す。


「ムラサキさん、また僕が使うけどいいよね?」

「ええ、キヨロス。フィルの事、ありがとう」


僕は左腕にムラサキさんを着けながら一つの事を思い出して「あ、先にこっちか…」と言ってフィルさんに「意思の針」を刺す。

僕が伝えたものを理解したフィルさんが「え?ムラサキさんの能力?これキョロくんが使った時の内容とか使い方?」と確認してくる。


僕はムラサキさんの能力を全開で使えるように「うん、これがあればフィルさんはもう怪我をしないで済むよね」と言って方法を「意思の針」で説明をした。


「でも、今は失敗できないから僕にムラサキさんを使わせて」

僕の言葉にフィルさんが「失敗?」と聞き返してくる。


「そうだよ。僕達は時を跳んだんだ。だからまだ魔女はいる。きっと仕返しに来るから。今から備えるんだ。ムラサキさん!【アーティファクト】!!」


僕はムラサキさんの力を使った。

だがパッと見で変化が無いのでフィルさんが辺りを見て「え?キョロくん?ムラサキさんを使ったの?光の壁は?どこに?」と聞いてくる。


僕は辺りを適当に指さして「サウスとかウエストの城以外とか」と言って笑う。


「そんなに広範囲に張れるの?」

「うん、やったら出来たよ」

会話を聞いていたガクが慌てて「…ちょっとまて、出来たって…それになんでこの城を除外した?」と聞いてくる。僕は「え?魔女をここに呼んで倒すんだよ。そうじゃないとまた世界中で悪さをされたら困るから」と説明をした。


「いや、そうだが、どうやって城の人間全てを守る?」

「ああ、それならもうガクにも皆にもムラサキさんの力を薄く見えないように張って強度は増しているからどんな攻撃も通さないよ。だから急な闇討ちとかも大丈夫」


「キョロくん?本当にそんな事が出来ているの?」

「うん、多分人と触った感触はいつもどおりだけど攻撃は通さないよ。前に魔女との戦闘でリーンやジチさんをそれで守ったし」

そう言うとフィルさんは本当に驚いていた。


「さて、ダメ押ししなきゃ。リーン、ジチさん、フィルさん。ムラサキさんのお陰で僕一人でもいいんだけど、心配だから一緒に来て」

そう言うと僕はウエスト城の屋根に瞬間移動をする。


そして光の剣を12本出して何もすることなく世界を2周させた。


「これでダメ押し終わり。このままちょっと済ませたい事あるから付き合ってよ」

僕の言葉にジチさんが「ああ、もう好きにして。お姉さん疲れちゃったよ」と言うと横でリーンが「本当、色々ありすぎて私も疲れた」と言ってヘトヘト顔をする。


フィルさんは嬉しそうに「じゃあ、第2婦人と第3婦人はここで休んでいればいいわ。私はキョロくんと一緒に居るから」と言い、この一言で火が付いたリーンとジチさんも僕に付き合ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る