北の王女、西の王子-支援要請。

第65話 国境での戦い。

午後を過ぎてはいたが時間が惜しいので俺とアーイは城を出てサウスとの国境を目指していた。

普通に歩いても国境までは3日から4日かかる距離だが、そんな事は言っていられない。

アーイも野宿を受け入れてくれたので午後であろうが出発をした。


道中のトラブルは無かったが、俺の胸で泣いたアーイは気恥ずかしさか、居心地の悪さからか変に距離を感じる。


それでも2日目からは会話もそれなりに弾んだ。


まあ話題は剣技についてで、とても年頃の男女がするような会話では無かった。

だがこれは盛り上がり、帰ったら是非一度手合わせをしようとなった。


後は記憶が戻った訳ではなかったので答え合わせのように話をした。


3日目、遠くに雷雲が見えてきた。

あれがサウスを守る雷の結界。

これを越えてサウスに入るのは命がけだとアーイに伝えたら望むところだと言っていた。


正確には国境に居るサウスの兵隊に事情を話して通してもらうんだがな。


4日目朝、目前に迫った国境の雷雲が晴れていた。

サウスに何があったんだ?

俺とアーイは走って国境を目指す。


国境かどうかはわからないが明らかに雷のせいで焦げて破壊された大地が線のようになっている。

アーイが「あれが国境?」と聞いてくるので実際をしらない俺は「多分な」と返す。


まだ少し先だが国境にはそこそこの大きさの小屋が建っていてそれが見えたところで「はい、そこまで〜」と突然横で声がした。


俺が横を向くとそこにはあの魔女がいた。


魔女は手をヒラヒラとさせながら「あら、姫様も一緒だわ。起きたのね〜。おはよう」と言って俺とアーイを見ると「何でここに?って顔ね。アハハハ」と言った。


最悪だ…


「貴方達、アレでしょ?ノースが急に強くなったからサウスに助けてーって行くんでしょ?ちなみにー、ノースが急に強くなったのは私のおかげなの。「龍の顎」って言うアーティファクトを人工アーティファクトで再現してみて、それを兵士に持たせたの。だからアーティファクトを3つも装備出来ちゃうのよー。まあ、普通の人間なら1つしか持てないアーティファクトを3つも持ったら危険なのにね。アハハハ」


ノースが強くなった原因もこの女だと?

しかも兵士の事は考えずに危険だと?クソっ!


「本当、前のヘタレ王にはがっかりだったけど、ザンネはいいわね。彼ってば躊躇しないで「龍の顎」を採用してくれたのよ」


ノースの話をされるとマズい。

案の定アーイは揺さぶりにかかっていて「ザンネが…兵を…そんな…」と言ってショックを受けている。


こりゃあ父上の言う通り、俺のアーティファクトを使っていたら全滅だったな…


魔女は距離を保ちながら俺達と国境の間に立ちはだかるように移動をしながら「とにかく〜、サウスに行かれるのだけは困るのよね」と言うとサウスを指さして「あの新しい王様の坊や、彼が本気になったらこの戦争が1時間で決着ついちゃうもの」と言った後で「まあ、あの坊やには弱点が沢山あるから別の戦い方をするだけだけど〜」と言って笑う。


はぁ?1時間で決着だと?

なんだよその化け物は…


「とりあえずサウスに行かれるのは困るからここで死んでって話よ!おいで!!」と言った魔女の声に合わせて真っ赤で巨大な魔物が飛び出してきた。


俺は「何だこれは!?」と言って回避をするとアーイも回避をする。


「ウエストにはこんな魔物がいるの?」

「俺は知らないぞこんなの!」


「アハハハ!驚いた?それはねぇ、私が作った「悪魔のタマゴ」で悪魔化させたビッグベアよ〜」


ビッグベア?

ビッグベアの大きさじゃない。

それにビッグベアが言うことを聞いて暴れる?


魔女がこちらの言いたいことを先読みして「悪魔化したからご主人様の私には従順なのよ。凄いでしょ?」と喋るのが憎らしい。


「ふふっ、私は優しいから手出ししないで見ててあげる。と、言うか〜。即席で作った悪魔がどの位の性能なのか見たいのよね。相手は剣姫に最終王子!さあ楽しい実験よ。いきなさい!クマちゃん」


悪魔熊が右腕を振りかざして俺を狙って振り下ろしてくる。

速いが対応できない速度ではない。


俺はロングソードを抜いて右腕を狙う。

軽い出血は起きたが切断には遠く及ばない。

通常のビッグベアならもっと深く切れるし、当たり所によっては切断も出来る。


それが思い通りにならなかった事で俺が「硬い!?」と驚くと「ガク!」と言いながらアーイがショートソードを抜いて悪魔熊の左足に斬りかかったが、やはり出血だけで切断には及ばない。


「まずいな…なんだこの強さ?」

「だがあの女は「即席」と言っていたぞ。恐らく本物は相当強い」


続けて悪魔熊は突進してくる。


「目だ!」

「ああ!!」


俺は右目でアーイは左目を狙う。

やはり目はそれなりに弱点なのか刃が通った。


だが次の瞬間には傷は回復してしまっていた。


超回復に驚く俺達の耳に魔女が「アハハハ、即席でもいい線行くわね!これは参考になるわー!!」と言ってキャッキャと喜んでいる声が聞こえてくる。


正直そんな事をしている場合ではない。

早くサウスに行かねばと思っていると「ガク!結界が!!」と聞こえてくる。

アーイの声でサウスの結界を見るとまた雷雲が出ていた。


魔女は楽しそうに「あらあら、サウスも酷いわね。あなた達見捨てられちゃったのねー。王子様とお姫様なのにね。可哀想~」と言って笑った後で「じゃあ、そんな可哀想な二人に私からクマちゃんを倒す為の大ヒントを上げちゃう!」と言った。


だがそんな軽薄な会話の最中にも悪魔熊の猛攻は止まらない。

防御一辺倒でどうにもなる話ではないので諦めずに切り刻み続ける。


「ヒントはー、一つは二人ともやっているそれ。回復してもダメージは蓄積されていくの、だから諦めずに切り刻むって作戦は正解ね。後はねー」


そう言うと魔女がいやらしい顔をして笑った後こう言った。


「通常の剣よりもアーティファクトの攻撃の方がー、ダメージが通るわよ。って2人とも戦闘用のアーティファクトが無かったんだっけ?あらあら、可哀想。でも、これもいい実験よね。非アーティファクトの人間、それも達人が本気で挑んだら何分で悪魔熊を倒せるのか?」


アーティファクトの一撃が無いとキツい?

そりゃあ、貴重な情報をありがとうよ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


戦闘用アーティファクト。

何と腹立たしい響きだろう。

私はもとより、ガクも戦闘用ではないと聞く。


あの女、それを見越してあの熊を仕向けたのか?


「ねぇ、王子様。貴方のアーティファクトって何?この状況でも使わないって事は本当に非戦闘用なのねー。残念だわ。私見てみたかったけど、まあいいわ。どうせ死んだら死体から見させてもらうし」


女の言葉にガクは「俺のアーティファクトは秘密だよ!」と言いながら剣を振るう。


それにしても何という筋力、何というスタミナだ。

あのロングソードを二本とも振り続けている。


一体どれだけの修練を積めばあの動きが出来ると言うのだ?


私も負けてはいられない。

攻撃の隙を見て延々と左足を狙い続ける。


「私、お姫様の戦う姿って初めて見たけど、本当に舞うように切り刻むのねー。さっすがは剣姫ねー」


ああ、軽薄な外野の声が私をいら立たせる。

苛立ちから熱くなりかけていた私にガクが「焦んな!」と声をかける。

一瞬ガクを見るとガクはこの状況でも笑いながら「切ってりゃそのうち倒せるなんていい事聞いたんだ。じっくりと楽しもうぜ?」と言っている。


「それに、この戦いが終わったら俺達相当強くなっている気がするぜ」


強く…?


「ああ!そうだな!!」


私は剣の速度を上げて執拗に左足を狙う。


「お、おい、へばるぞ!」

「私は剣姫!このくらいなんでもない!ガクこそ辛かったら休んでいてもいいんだぞ!」


確かに無理はしているが無茶はしていない。

それに何と言うんだろう?

ガクと居る時の私はいつもより動きが良い。

気分も高まる。

今までの限界なんてあっという間に超えられそうな気にもなる。


ガクも「俺はまだまだ余裕だ!」と言いながら剣を振るうと強烈な一撃が悪魔熊の右腕に決まる。


「アーイこそ辛かったら隅っこで休んでも良いんだぜ!!」

ガクがそう言って私に笑いかける。


ああ、あの夢で見た笑顔だ。

その笑顔が私の活力になる。


私は「ならば、畳みかけよう!!」と声をかけるとガクが「応!!」と応えて前に出てくれた。



その後、これでもかと熊を切り刻んだ。

こんなに延々と戦うのは訓練ならば楽しいのだが、実戦となると体力的にも心もとない。


悪魔熊の回復が追いつかなくなっていて、右腕と左足からは絶えず血が流れるようになり、赤かった体毛が段々と灰色になってきた。


「ガク、コイツはもしかしたら血が減っているのかもな!」

「ああ、だから赤から灰色なのかもな!」


「「そうならばもう少し切れば勝てる!!」」

私とガクの声がハモる。


私はこんな状況なのにそれだけでとても嬉しい気持ちになる中、あの女は「あの子達随分と頑張るわね」と言って憎々しそうに私たちを見ている。


今の所、問題としてはあの魔女の戦闘力が未知数な事だ。

ザンネを庇った光の壁をいつまで出せるのかが問題だが、ずっと出せるとなるとこちらが先にバテてしまう。

ここでバテてしまうと結局魔女との戦闘であっさりと負けてしまう。


そんな事を考えていると「そろそろ片さねぇとマズいよな。アーイは休むか?」とガクが聞いてくる。


少し肩で息をしている。

ガクもいい加減辛いのだ。


私が返事をする前に魔女が「もう、仕方ないわね…」と言って動こうとした瞬間。


「【アーティファクト】!」という声と共に悪魔熊に光弾が直撃する。


何があったんだ!?と思うのと同時にガクが「アーイ!!」と呼び、隙を逃すなと目で言ってくる。


私は「ああ!!」と答えて前に出るとトドメの一撃を放つ。

私は胸。ガクは頭だ…


完全に体色が灰色になった悪魔熊は粉々に砕けた。


「勝った…」

「ああ、何とかなった」

正直座り込みたいが今は休むわけにはいかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る