第64話 親と子。
驚いた。
あの絶体絶命に近いジリ貧から生還する事が出来た。
父上の言っていた最悪の状況での助け…文字通りだ。
城に着いた俺たちは慌てて色々な事をした。
まずは最前線の強化。
会談は失敗に終わったし、向こうはこの状態をどのように利用してくるかわからないからだ。
まあ、想定の範囲内ならば俺達が姫と王を攫った。おそらく生きていないから弔い合戦だと総攻撃を仕掛けてくるかも知れない。
次に父上とノースの王の治療だ。
だがこちらは芳しくない。
特にノースの王は刺された剣から体内に雷を流されて身体を焼かれている。
父上も焼かれはしたが火だったので傷の広がり方が違っていた。
そして最後は剣姫を安全な場所で眠らせている。
父上から聞かされた「奇跡の首飾り」の能力と注意点には驚かされた。
確かに俺の「自己の犠牲」との相性はバッチリだった。
だが父上が今は俺に「自己の犠牲」を使う事を禁じた。
理由は剣姫…アーイの心の問題だと言っていた。
アーイが混乱をしていて、俺よりも周りが見えていない可能性がある以上は使ってはならないと言う事だった。
確かにあの城での一幕を見ていれば不安になる。
父上とノース王が動けない以上俺が昏睡してアーイに任せるのは無理がある。
「奇跡の首飾り」の能力は見聞きしたアーティファクトの能力を模する事ができると言う事。
C級であろうがS級であろうが問題なく模する事が出来る。
そして固有の問題点を無視できると言うのも凄い。
あの会談の場、ノースから撤退する際に使った「瞬きの靴」と言うアーティファクトはS級で、本来の問題点は使用者の魂をすり減らす物だが「奇跡の首飾り」ならばそうはならずに済むと言う。
だが、「奇跡の首飾り」の固有の注意点、問題点はかなりの物だ。
C級を模そうが、S級を模そうが、全て平等に30日間の眠りにつくと言うものだった。
これが戦場ならば死につながる。
使い所の難しいアーティファクトだ。
その為、撤退と同時に倒れたアーイは今も眠り続けている。
彼女が目覚めるのは30日先、それまでに事態が少しでも好転していて欲しい物だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私は夢を見ている。
何故か夢だとわかった。
夢の中の私は目線が低い。
子供時代の夢だと思う。
父上に連れられて遠くまで来た。
そこで待っていたのはウエストの王と男の子が3人。
一番小さな男の子が私の手を取って「姫、お城を案内します」と言って連れて行く。
城の人たちはとても優しくておやつも出て来た。
私は中庭でその男の子と焼き菓子のおやつを食べている。
私が「今日はすごく楽しい。戦争が終わればまた遊べるかな?」と言っている。
私の言葉に男の子が「戦争が終わればまたいつでも来てください」と答えてくれる。
嬉しい気持ちになった私は今度はノースの城に来てもらいたくて「今度は私のお城にも来て、私のお城は果物が美味しいの」と男の子に果物を自慢して誘うと男の子は「行っていいの?」と聞き返した後で慌てて口を押えて「あ、失礼しました」と言って、話し方を間違えたと照れて、かしこまった話し方に変えてしまう。
その顔を見た私は笑って「本当の話し方でお話しして」と言うと男の子は「いえ、私はもう11歳ですから」とかしこまる。
私が「私と1歳しか違わないんだからダメ」と言って怒ると男の子は少し悩んだ後「わかったよ」と言って普段の話し方になった。
「俺はガク、君は?」
「私はアーイ。よろしくねガク」
その後は仲が深まるのは早かった。
中庭で見たことのない花を見て、お城の中で許された場所を見学もした。
本当に戦争が終わって平和になればこのままずっと友達で居られると思った。
だが、突然の訃報が入る。
ノースの国境に居たザンネの父が暗殺された。
会談は一気に失敗に終わり、予定を早めて明朝ノースに帰ることになった。
最後の夜、私は泣きながらガクにまだ帰りたくない。戦争が終わらないのも嫌だと話をした。
ガクは辛そうな顔の後で真剣な顔をして「アーイ、また父上とアーイのお父様が力を合わせて戦争を辞めてくれるはずだから、僕たちはそれを信じよう」と言う。
その顔を見ていると私も頑張らなければという気になり泣くのをやめて「うん。信じる」と言って頷いた。
「悔しいな、折角アーイと仲良くなれたのに」
「私も悲しい」
2人で国境の方角をみて唸る。
幼い私達にはなにも出来ない。
2人が仲良しになったから戦争を辞めてとはとても言えなかった。
突然ガクが「決めた!」と言った。
私はその声に驚いてガクを見るとガクは「もしこのまま戦争が長引いたらアーイに会えなくなるだろ?それは嫌だからさ、俺は凄いアーティファクトに選ばれる。その凄いアーティファクトでこの戦争を1日でも早く終わらせる」と言って笑った。
「アーティファクト?」
「ああ、大人の人が授かる神様が分け与えてくれる奇跡の力だよ!それがあれば凄いことでも出来るんだって父上や兄上が言っていたんだ」
私はガクからアーティファクトの事を聞いて感激した。
心のままに「私もアーティファクトに選ばれたら戦争が終わらせられるかな?」と聞くとガクの顔が明るくなって「そうだよ!アーイもお姫様だから凄いアーティファクトに選ばれるかも!そうしたら俺たちで戦争を終わらせよう!」と言った。
そのまま私の手を取るガクに「うん!!」と返事をし、私達はアーティファクトに希望を持って、そして再会を誓って別れた。
帰り道、お父様にアーティファクトの事を聞いたら「アーイ、アーティファクトの事を誰に聞いたんだい?」と聞かれた。ガクの事を知ってほしくて自慢気に「ガクが教えてくれたの」と説明をする。
「ガク?ああ、第3王子か…それで彼はなんと?」
「私とガクが凄いアーティファクトを手に入れて戦争を終わらせるの。そしてまた遊びに行ったり遊びに来てもらったりするの」
お父様は驚いた顔で私を見た後で嬉しそうに「そうか、そうなるといいね」と言ってくれた。
「うん。お父様、私のアーティファクトは何処にあるの?」
「お城の宝物庫に使い手のいないアーティファクトはしまってある。いずれアーイが大きくなったら入ってみよう。アーティファクトに選ばれるはずだ」
そして私は帰還した翌日、勝手に宝物庫に入った。
「これかな?」と言ってアーティファクトに手を伸ばすと「バチッ」っという音で手に衝撃が走る。経験した事のない痛みに私は「痛っ」と言ってしまい。
人が来るのではないかと慌てて口を押える。
掴んだ指輪は静電気を発して私を拒んだ。
お父様の言った選ばれるという言葉を思い出して「これは違うんだ…」と言って次のアーティファクトを見る。
痛いのは嫌、痛いのは怖い…
その気持ちが私を尻込みさせる。
だがガクの「そうしたら俺たちで戦争を終わらせよう!」と言う言葉と笑顔が思い出されて私を奮い立たせる。
「私が戦争を終わらせるの、ガクとまたお城を走り回って…一緒におやつを食べて、今度は街にも行く、海も見るの」
そう言って私は何回も試す。
8回目…
「次はこの首飾り…」
剣や帽子など様々なものに拒まれてきた私が次に目にしたのは綺麗な首飾りだ。
首飾りを見た瞬間、「あれ?なんかコレが私のアーティファクトな気がする…」と自然と言葉が出た。
見た瞬間から自分のアーティファクトだという気がした。
手を伸ばし首飾りを手に取ると衝撃は走らない。
確信があった。選ばれた。
「これだ!あった!私のアーティファクト!!」
これで戦争が終わらせられる。
そう勝手に確信した私は直ぐに装備をする。
使い方は今朝メイドの人を見ていたらわかった。
アーティファクトを持って【アーティファクト】と唱えていた。
私は戦争を終わらせたいと思いながら「【アーティファクト】!」と唱えた。
ここで私の意識は途切れた。
父上の話では「奇跡の首飾り」を持つには10歳は若すぎたと言っていた。
そして正しい使い方ではないから記憶が無くなったと…続けていた。
その記憶が今見ている夢。
その後も沢山の夢を見た。
子供の頃の私。
最後、ヨチヨチ歩きの私の前にお腹を大きくした女性が居た。
横には若いお父様。
…この方がお母様だ…
そう言えば城にお母様の絵など無くてお顔を見たのは初めてかもしれない。
目元は弟のカーイが似ていると思った、鼻筋や口元は私に似ている気がする。
何だか気恥ずかしい。
お母様は私を抱き抱えてニコニコと笑顔を向けてくれている。
私は抱き着こうとした。
そこで私は目覚めた。
「涙…」
起きた時、私は涙を流していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この1ヶ月でウエストはだいぶ攻め込まれていた。
前線は後退してしまい、折角奪い返した国境付近の街があっという間に陥落し、その後も住人の少ない、名前もない村が陥されていく。
もうまもなく軍勢は次の町に到達する。
被害は甚大だ。
なにが問題かというと、今まで拮抗していた戦力に圧倒的な差が出た事だ。向こうが50人で攻めてくればこちらも50人で守れば被害は出るが守りきれて居たのだ。
だが、あの会談の後からは違っていた。
生き延びた兵士の証言では1人を倒すのに3人が必要になったと言っていた。
その理由を聞いて愕然とした。
相手全員がアーティファクトの複数持ちをしていて全員が等しく、「剣」「火」「回復」を持って、1人で剣撃をし火でその隙を埋め、傷つけば回復も行うと言う。
兵站の問題があるお陰で進行速度はそこまで早くはないが、このまま行けばそう遠くないうちに城まで攻め込まれてしまう。
この城は地図で言えばウエストの真ん中にある。
未だ床から出られない父上と容態の良くないノースの王を連れての拠点移動は現実的ではない。
今までの俺なら我先にと最前線に赴いていた。
だが、父上からの指示で城を守っている。
王とはこんな気持ちで国を案じているのか…、最前線にいる時はわからなかった。
寝所の方を見て「城でふんぞり返って偉そうに。現場が一番だ!」と酷評してすまなかったと心の中で詫びた時、「王子!」と呼ばれて声の方を見るとアーイに付けていたメイドが俺の元に駆けてきた。
どうやらお目覚めみたいだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目を覚ました私が見たのは見慣れぬ天井で「ここは…」と言いながら状況を思い返す。
確か、アーティファクトが発動して何処か……、あの夢の記憶が確かならウエストの城に辿り着いた所で私は倒れてしまった。
その事を思い出して「情けない…修練不足だな」と呟いた私はとりあえず起きようとベッドを降りる。
それにしても身体が重い。
アーティファクトの反動はこんなにも厳しいのか?
起きて体調を確認していた所にメイドがやってきた。
目が合ったメイドは驚きの顔をしていたが「私の鎧と剣を」と言うと「姫様?お目覚めですか?おはようございます」と返してきた。
「ああ」と返事をして再度「鎧と剣を」と言うと「かしこまりました」と言って下がり、数分で別のメイドが鎧と剣を持ってくる。
鎧を身につける時に気付いたが、服が変わっていた。
そんなに熟睡していたのか?
鎧を身につけ終わる頃、ノックと共にガク…最終王子がやってきた。
彼は明るい笑顔で「アーイ!目覚めたな。良かった!アーイのアーティファクトは凄いな!助かった!」と凄い勢いで私に話しかけてくる。
私が「ガク、いきなりたくさん話されると困る」と返すと、最終王子…ガクの顔が明るくなる。
どうした?
それよりも顔が少しやつれた気がする。
だが明るい顔のガクは「アーイ、俺の事を名前で呼んだな!記憶が…記憶が戻ったのか?」と聞いてきた。
あ…、ごく自然に名前で呼んでしまっていた。
「知らない。記憶は戻ってはいないが寝ている間に記憶をなくす前の夢は見た。夢が真実なら確かに私達は約束をした……事は確かだ」
私は最後の方は赤くなっていた。
あの夢の気持ちが真実なら…私は…。
その先を思う前にガクは「アーイ!!」と言って私に抱きついて喜ぶと「状況は決して良くない。だが、俺たちのアーティファクトで今度こそ戦争を終わらせよう!!」と昔の顔で昔の約束を口にした。
「ちょっと…、やめ…恥ずかしい!私は一国の姫だぞ」
恥ずかしいが心地よい気分の私を気にせずにガクは「アーイはアーイだ!」と言ってガクは私を抱き上げる。鎧を身に纏っているのに気にせずに抱き上げる力を褒めるべきか?と私も軽く混乱してしまう。
またこの男は恥ずかしげもなく、真っ直ぐに私を見て感情を出してきて…
ん?
状況は決して良くない?
私は「待てガク!」と言ってガクから離れると「状況が良くないとは何だ?たかだか一晩でザンネが何か出来る訳もあるまい?」と聞くとガクはハッと気がついて私を見る。
「アーイ…落ち着いて聞いてくれ、今日はあの会談の日から30日経っている。アーイのアーティファクトはとても強力だが、使うと30日は眠ってしまうものだ」
私は驚きのあまり「なっ!?まさか!」と言った後は言葉が続かなかった。
そうか…それでガクはやつれていたのか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺はアーイに「俺は王に報告に行く。謁見が可能か確認してくるからその間に食事を済ませておいてくれ」と伝えると、父上の所にアーイが目覚めた事を伝えに行く。
父上は先程まで横になっていたがメイドから聞いたのだろう。起きて玉座に座っていた。
父上は俺を見て「嬉しそうだな。顔に出ているぞ?」と言って報告に来た俺に笑いかける。
俺が照れている事を悟らせないように「そんな事は…」と言ったが最後まで言う前に「良いではないか、この約1ヶ月のお前の辛そうな顔は散々見て見飽きておったのだ。笑顔が出ると言うのはいい事だ。周りの者も安心する」と言って父上は笑う。
その言葉を聞き、考えると兄上達が亡くなった時も父上は普通にしていた。
思わず俺が「敵わんな」と呟くと父上が「親の偉大さがわかったか?」と言う。
まったく…
まだまだ俺は子供のようだ。
「アーイ殿には会えるかな?」
「用意が済めば連れて来ます」
そう返した俺は「後、ノースの王にも…」と言うと父上も表情を暗くして「ああ、医者の見立てでは長くはない…今のうちに会わすべきだ」と言った。
俺はアーイを迎えに行く。
メイドの話ではアーイは30日も寝ていたのならとスープとパンのみで食事を済ませたらしい。
「アーイ、父上…王が話をしたいと言っている。来られるな?」と言うと「ああ」と返事をしたアーイは付いてくる。
俺はこの先の事を思うとアーイになんて言葉をかけて良いのかわからなくなる。
そんな気持ちを知らないアーイは最初とは違い、膝をついて父上に挨拶をすると父上が「そう、仰々しくする事はない」と言う。
「この度は姫のアーティファクトに救われました。ありがとう」
「いえ、私の方こそ貴重な体験をさせていただきました」
「姫が眠っている間の戦況は?」
「いえ、まだ」
アーイには辛い事だが隠さず伝えるしかない。
「そうか」と言った父上が説明を始める。
「この30日の間にノース…ザンネはウエストに攻め込む事を宣言し、会談の翌日にはウエストに攻め込んで来た。初めこそは従来通りの内容だったが、それから10日もすると戦況が一変した。兵達は全てアーティファクトを複数持ちして圧倒的な戦力で攻め込んで来たのだ」
この説明は今までの18年を知る者からすれば信じられないだろう。
アーイは慌てて「そんな!?」と言う。
父上はひと息ついて「やはり姫も知らない事でしたか…恐らく、それだけの兵を用意できた事があの会談を開いた一因なのでしょう…」と言う。俺の脳内にはあのザンネと魔女が居る。
父上の中にもいるだろう。
アーイは苛立ちながら「くそっ、ザンネ!」と声を荒げていて、傍目に冷静さを失っているのがわかる。父上はこれを見越して、俺にアーティファクトを使う事を禁止したのだな。
父上は俺に目配せして頷くと「落ち着きなさい姫。この先の事を指示します」と言った。
アーイが父上を見て目が合ってからゆっくりと俺を見て「ガクよ今まで預けていた権限は全て私に戻す」と言い、俺は素直に「はい」と返事をした。
俺はこうなる事を半ば期待していた。
これで自由だ、最前線で複数持ちの兵でも関係なく倒す。
これで国を守れる。
意気揚々とする俺に「まさかと思うが、お前…これで晴れて自由の身と勘違いして、最前線に飛んでいって戦おう等と思っておるまいな?」と父上が聞いてくる。
拍子抜けした俺は「え?」と聞き返す。
どうやら父上は俺の考えを見越していた…。
呆れるような父上に「ダメ…なのですか?」と聞くと父上は「当たり前だ」と言い、俺とアーイを見て「お前と姫には王子と姫としての仕事をして貰う。姫、済まないがコイツと一緒に私の指示に従っていただく」と言うとアーイは深々と頭を下げて「はい」と言って父上の言葉に応じた。
「俺は何を?」
「姫を連れてサウスへ行け。そして新しいサウスの王に助力を願うのだ。ノースの姫とウエストの王子が行けば必ずサウスの王は協力をしてくれるだろう」
サウスか…そう言えば書状が来ていたな。
来たのは少し前の事でノースとの事があるので後回しにしていたが戦闘の意思が無いことと、自分が来れない代わりに特使を寄越すってあった。行商人だけは交易をしていたので噂を聞くと、なんだか滅茶苦茶若いくせに嫁さんが3人も居て、イーストとの関係もすでに改善したとか噂になっていたな。
まあ、確かに3対1になればノースはなんとか封じ込められる。
頷いた俺は「わかった。すぐに行ってくる」と言ったが父上は首を横に振ると「待て、その前にアーイ殿はお父上の所に…ノースの王の所へ」と言った。
そうだ、こちらが一番の問題だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ウエスト王からお父様に会うように言われた私はガクと一緒に移動をした。
道すがらガクから扉の前までは付き合うが中には1人で行くようにと言われた。
お父様に会う。
私は何を聞けば良いのだろう?
何を話せば良いのだろう?
何故…魔女の口車に乗せられたのか?
何故…戦争を途中で止められなかったのか?
何故…何故こんな事になってしまったのか?
夢でお母様を見ました。
私は記憶が戻っていませんが過去の事を知りました。
私は戦争を終わらせます。
そんな事を言えばいいのか?
わからない。
ひどく心細かった。
ガクについて来てくれないかと言ったら「親子水入らずの邪魔はできない」と断られた。
私が来てと言っているのだから構わないのに…そう扉を開けるまでは思っていた。
扉の向こうにはたくさんの医師とアーティファクト使い。
医師は脈を取り、傷を拭き、傷に薬を塗っている。
アーティファクト使いは2人が同時に回復の力を使っている。
先に力尽きた2人が床に倒れ込み、壁にもたれかかっていた。
1人の看護師が「気を確かに!」と必死に呼びかけている。
コレハナニ?
次の瞬間、私は部屋の中に駆け込んだ。
「お父様!」と呼びかけながら歩くと、弱々しく蚊の鳴くような声で父上が「アーイ…。娘の声が聞こえる…」と話しているが私にはその声が聞こえない。
看護師が私を見て「お嬢様ですか!?呼んでおられます!」と言って私を呼ぶ。
頷いた私は駆け寄りお父様の手を握る。
冷たい…
手は冷たかった。
戦場で仲間を看取ってきた経験なら勿論ある。
忘れられない感触。
身体が冷えているのではない。
それなのに温まらない。
冷たい死の感触がそこにあった。
鼻につく臭いも死の臭い…死臭がした。
先程までの何を話すべきかと言う浅はかな考えは全て吹き飛んでいた。
私は必死になってお父様に呼びかける。
お父様はしばらくするとゆっくりと目を開けて私を見た。
辛そうな顔をしているのに必死に微笑んで「アーイ…。起きたのだな」と言うと、苦しそうに息継ぎをして「見ての通り、私はもう長くはない。ザンネの剣で身体の内側をな…雷で焼かれたのだ…」と言う。
同じ剣でもウエストの王は火だった。
だからお父様とは状態が違うのか…
私が黒く堅くなっているのに膿んでいる傷口を見ていると父上は「今まで済まなかった」と言った。
「母の事、アーティファクトの事…」
お父様は私の返事を聞く事なく沢山の事を謝られた。
「お前はまだ記憶が戻らないと思うが、昔…第3王子と会っている…そしてアーティファクトを手に入れて戦争を終わらせると約束していた…」
「知っています。寝ている間に夢で見ました!お母様のことも夢で見ました!」
私の言葉に目を丸くしたお父様は「夢か…それは凄いな」と言って目を瞑る。
「もう私は何年も夢を見ていないよ…。私が死んだ後はウエストの王を頼り、戦争を終わらせてノースの民を導いて欲しい。後はカーイの事をよろしく頼む。あの子も可哀想な子だ…」
お父様の目に涙が伝った。
その瞬間、何も考えられなかった。
「死ぬ訳がありません!私が救ってみせます!私のアーティファクトで!!私が救ってみせます!」
「アーイ…」
お父様は驚いた顔で閉じていた目を見開き私を見ている。
私は医師と看護師を見て「誰か、この中でどんな傷も治せるアーティファクトを知る者は居ないか!?居たら仔細を私に話してくれ!!」と言うとお父様は「ダメだ…、それはダメだ…。アーイ…」と言って私を止めようとする。
だが私は「いいえ、やめません!私はアーティファクトでお父様を救います!」と言い、必死にS級で回復を司るアーティファクトが無いかを聞いて回ると、聞いて回るうちに1人の医師が「それなら…」と言って口を開く。
私は救いの光が見えた事に嬉しくなって「あるのか!それはなんと言うアーティファクトだ!効果は!対象は?」と聞いた時、お父様は部屋が震えるほどの声で「アーイ!!!」と言って私を止める。
「何故ですかお父様?」
私は泣いていた。泣いた私にお父様は「大きな声を出して済まなかったね」と消えそうな声量で苦しそうなのに優しい声で言ってくれた。
「今お前が「奇跡の首飾り」を使って私を助けても、お前はまた30日の眠りにつく。その30日でウエストは滅ぼされる。だが、お前が眠らなければその30日で助けられる命は数多くあるし、本当に戦争を終わらせられる事も出来る。もし「奇跡の首飾り」を使う時が来たのなら、そう言う時に使いなさい。今言えるのは、私を助けるのはその時ではないのだよ」
「お父様…?」
「今は泣いても構わない。だが、お前はノースの姫だ、ノースの民を第一に考えるのだよ。さあ、時間が惜しいはずだ、こんな所にいつまでも居ないで前に…先に進みなさい」
お父様の言葉に私は「はい。また必ず来ます」と伝えて部屋を後にした。
部屋を出ると目の前にはガクが立っていた。
「お疲れ様。部屋の外までノースの王様の声が響いていた。元気だ。きっと大丈夫だ、さっさと戦争を終わらせよう」
ガクにもお父様が長くはない事はわかっている。
それでも私を不安がらせないように言っているのはわかる。
私は言葉を探しながらガクの顔を見る。
顔を見た時間があまりにも長い時間だったのか、ガクが冗談ぽく私に「なんだ?俺の胸で泣くか?」と言う。
私はそのままガクの胸に飛び込んで泣く。
剣姫などと言う名は微塵もなく声を出して泣く
ガクは何も言わずに抱きしめてくれた。
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