北の王女、西の王子-和平会談。

第62話 剣姫-ツルギヒメ-と最終王子。

私は二本の剣を用いて戦場を駆ける。

私の父はノースガーデンの王。

私は王女なのに二本の剣を用いて戦場を駆けるから剣姫と呼ばれてしまうようになった。


母は私が幼い頃に他界したと教えられた。

理由は子供が知るものではないと教えられなかった。母の顔は知らない。


いや、私は10歳以前の記憶がない。

もしかしたら母の顔や仕草は知っていたかも知れないが記憶にない。


「奇跡の首飾り」が私のアーティファクト。

これを城の宝物庫で見つけ、無断で装備した日に私は記憶を失った。


起きた時、目の前にいた男性は私の父と名乗った。

父は特殊なアーティファクトを装備できた私を褒めてくださったが、記憶を無くしたと気付いた時にはひどく落ち込んだ。


父は凄く優しい。

そんな父と戦争をしていると言う隣のウエストはどんなに悪い連中なのだろう?


私は父を助けたい気持ちから剣術を学んだ。

いや、本当ならばアーティファクトで父の手助けがしたかったのだが、私の「奇跡の首飾り」にそんな力は無かった。


いや、何ができるものなのか正確な資料が残っていなかった。

あったのは一言「世界を旅して回れ」と書かれたものだった。

とにかく戦争の役に立つとはとても思えなかった。


だから剣術を学んだのだ。

他の兵士はアーティファクトの剣や普通の剣の他にアーティファクトの指輪などを装備して戦いに臨む。


私にはそれが無い。

それが出来ない。

アーティファクトを使用目的で持つことが出来なかった。

激しい衝撃が私を襲ってきたので諦めた。



今日は平和条約を結ぶ為に開かれた会談の最終日。

ウエストが父の申し入れを聞き、終戦に向けての話し合いをしようとなった。

何故か条件は両国の王とその子供が集まる事だった。


父はノースの城にウエストを招いたのだ。

私は体調を崩した事にして最終日まで自室にこもっていた。


散々戦争をしたウエストの連中とどうやって顔を合わせればいいのかわからなかったのだが、流石に最終日くらいは会った方がいいと周りの者達が言うので参加をする事にした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ウエストとノースの戦争は突然ノースからの進軍によって始まった。

宣戦布告もないままに国境付近の名もない村が1つ滅ぼされた。

そもそも世界地図を見てもわかる通り、世界はほぼ過不足なく四等分されているので領土の問題もない。

命の絶対数もあるので増えた民のために領土を広げると言うこともない。


元々、ノースには本物の地獄門がある。

噂ではイーストにあるアーティファクトの「地獄の門」とは違い、その向こうは魔物の世界、魔界に繋がっていると言い伝えられている。


地獄門がある以上、どの国もその管理を行ってくれるノースを立ててきた。

なので世界の覇権と言う線も考えられない。

本当にこの戦争の意味はわからない。


この戦争は18年続いている。

開戦は18年前。

その9年後に上の兄が17歳で命を落とした。

俺が12歳の時…


王である父上は当然酷く悲しまれたが決してノースを滅ぼせとは言わなかった。

俺はノースが憎かった。

当時、俺には父上の真意がわからなかった。


14歳の時、城の宝物庫でアーティファクトに選ばれた。

「自己の犠牲」…このアーティファクトは戦闘に直接関与するものではないし、下の兄や父上の手助けが出来るアーティファクトでは無かったが、父上はとても素晴らしいアーティファクトに選ばれたと褒めてくださった。

能力はまだ教えられていない。

いずれその日が来たら教えると言われ、戦闘用ではないので今まで以上に剣技に励むようにと言われた。

血の滲むような努力とはこの事を言うのだろう…今では4対1の戦いでも遅れを取る事は無くなった。


2年前、下の兄が暗殺された。

この日から最後の王子になった俺は「最終王子」などと呼ばれるようになってしまった。

この時も父はとても落ち込んで悲しんだが決してノースを滅ぼせとは言わなかった。

いい加減我慢の限界が来ていた俺は父上に真意を問いた。


まさかの理由が告げられた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


やはり平和条約の話し合いに顔を出すのは気がひける。

今まで散々殺しあってきたウエストの奴らと顔を合わせるのは何か気持ちが悪い。

しかも連中の中にはあの最終王子までいると言う。まだ戦場で会った事はないがとても強いと恐れられている。

いっそのこと、私と最終王子で戦って命を取った方が勝者にすれば民が傷付く事もない。


そもそもなんだ、我らノースは古くから地獄門を守ってきたのに、ウエストの連中は何が気に入らなくてこのノースに攻め込むのだ?

苛立つ私に「荒れてるね、アーイ」と声がかかる。声の方を見ると長身の男が扉を開けてコチラを見ている。


「ザンネ…ノックくらいして」

「そうだね、ごめん。今日も体調不良なのかと思って見にきたんだ」

目の前に居るのはザンネ。

私の幼馴染。

父のいとこの子になる。

私とはハトコという関係だ。

年は私の2つ上なので22歳、普段は戦争で国境付近に居るがここ数日は平和条約の為に城に戻ってきて居る。


ザンネは10歳以前の私を知っているのだが何度聞いても「今のアーイの方がいいから、思い出す必要はないよ」と言って笑う。


ザンネは何と言うか兄だ、昔から頼りになる。

ザンネは「雷の腕輪」と「炎の腕輪」の二個のアーティファクトを装備できた多彩な才能の持ち主で父も喜んでくれていた。


ザンネの父はもうこの世にはいない。10年前私の記憶がなくなる直前にウエストの手で暗殺され亡くなっている。それからは頻繁に交流を交わした。

だからザンネは本当の兄のようになっている。


これまでも何回か平和条約の話が出た。

だがその度に王族の誰かが暗殺されて話は無くなっている。



折角の平和条約を台無しにするウエストを私は許せない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


父上から聞いた理由はまさかの理由だった。

まず、母上が死んだのは病死でも何でもなく暗殺だった。

俺は真っ先にノースを疑ったが、父上からは短絡的な物の見方だと怒られた。


まだ開戦前の話で、失意の父上の前に1人の女が現れて「奥様を生き返らせましょう」と言った…。

そもそも、見張りの兵士全員に気づかれる事なく城に入り王の所に行くなんて人間業ではない。

父上はそんな人を生き返らせるアーティファクトは見たことがないと答えると「あら、詳しいのね。でも、アーティファクトを使わない方法があったらどうされます?もう一度奥様に逢いたくありませんか?」と再度持ちかけられた。


ここで父上は直感や確信に近い何かが働き、母上を殺したのはこの女だと気が付いた。


「お前が!お前が妻を!」と言いながら女を斬りつける父上。


「あら凄い、斬られちゃった。奥様の事も見破るなんて凄い人。アハハハ。でも斬られた事はチョット許せないかも。いずれ後悔させてあげるわ。あなたがダメなら今度はノースに話を持ちかけるだけ」


女はそう言った後で消えた。

その後、間をおかずにノースのお妃様の訃報が届き、突然の開戦となった。


父上は全てがあの女の差し金だと察した。

何度かノースに連絡をしたが話にならなかった。

そして国を、民を守る為には戦うしかない。

だが、戦う事があの女の思惑通りになるとしたら?その疑念が父上から「ノースを滅ぼせ」と言う言葉をギリギリのところで止めさせていた。


父上は「だから、我が国は決して攻め込まずに領土を守る戦しかしていないのだ」と仰られた。


そして言った。

「平和条約の話が出る度に王族が皆命を落としている。お前の2人の兄、ノースの王族…恐らくあの女が皆を殺したのだろう。近々、また終戦に向けて使者を出そうと思っている。案外、暗殺されるのは私かもしれないと思っているが、お前の可能性も否定できない。最大限、気をつけてくれ」と…


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


必ず始まる時間までには間に合わせると言って私はザンネを先に行かせた。

別に用意があった訳ではない。

ただ、早くに着くのも、ウエストの奴らが居る状態に苛立っている今の姿をザンネに見られるのも嫌だった。


「そろそろ行くか…」


私は誰に言うでもなく、私の愛刀に語りかけた。

愛刀は2振りのショートソードと呼ばれる短めの剣だ。

これを二刀流…二本装備をして戦う。

非力な力を補うべく、遠心力を最大限に活用して戦う様を周りの者たちは舞うように戦うと言い、いつの頃からか剣姫と呼ばれるようになった。


私はショートソードを携えて平和条約の話し合いがされる会議室を目指した。



途中、廊下で2人の男がこちらに歩いてきた。

1人の男は知っている。

敵意を出さないように無表情を努める私に「おお、剣姫。お名前はアーイ殿だったかな?もう体調はよろしいのですか?此度の話し合いではお会いできずにその身を案じておりましたよ」と男…ウエスト王が話しかけてくる。


「御心配、痛み入ります。ウエストの王。」


膝をつくべきなのだが、私は立ったまま頭を下げると「そう、身構える事もありますまい。もう、和平まであと僅かです。この2日、ノースの王とも進行のザンネ殿とも有意義な話が出来ております」と嬉しそうに語るウエスト王。


白々しい態度に私は苛立ちからこの場を一刻も早く立ち去りたい気持ちから私は「そのようで」と返事をする。

会議の内容は日々ザンネが呆れ顔で報告に来ていたから知っている。



「まだ時間はあります。もう少しだけお話をさせてもらえませんか?こちらは私の息子ガク、年は確か姫の1つ上になります」


この言葉でウエスト王の横に居た男が「姫、ご無沙汰しております。ウエストのガクです」と挨拶をしてきた。


最終王子!?

私の全身は一瞬で戦闘態勢に入る。

最終王子も戦闘用のアーティファクトに選ばれなかったと聞く。

更に剣技は私と同じ二刀流だがこの狭い廊下なら私のショートソードの方が有利だ。


しかしこの男は気になる事を言った。「ご無沙汰」だと?


私は「ご無沙汰?初対面だと思うが?」と思った事を口にした。

驚きの表情で「いえ、以前、まだ私たちが幼い頃に平和条約の話し合いの場でお会いしました。覚えておいででは?」と返してくる最終王子。


「いや、すまない。私には10歳以前の記憶がない」と言うと最終王子は驚いたような残念な顔で私を見て「記憶が…、それは何故ですか?」と聞いてきた。

普段なら突っぱねてしまうのだが、何故だろう?最終王子に話しかけられると悪い気はしない。私はいつの間にか戦闘態勢を解いて話に集中してしまっていた。


「これを…、このアーティファクトを装備した日に記憶を失った」

そう言い、私は首に下げている「奇跡の首飾り」を最終王子に見せた。


「それで姫は記憶を…、それはいつの話ですか?」

「10だ」


その言葉で最終王子は更に顔を曇らせた。

そこに入ってきたのがウエストの王だ。


「それは「奇跡の首飾り」ですな。非常に珍しいアーティファクトに選ばれるとは、流石は姫様」

ウエストの王が私を優しい眼差しで見てくる。

私はどうしたと言うのか?嫌な気がしない。

つい普通に「どうも」と返事をしてしまう。



「姫、ひとつ話を聞いて貰えますかな?」

「何でしょう?」


「「瞬きの靴」と呼ばれるS級のアーティファクトの話です。そのアーティファクトは見知った場所、例え本人が覚えていないとしても行ったことのある場所に瞬間移動をする事が出来ます。それも1人ではなく複数人とです。移動出来る者は使用者が決められるとか」


何を言いだすかと思えばアーティファクトの話か…

やはりウエストの人間は意味がわからない。


これには最終王子も驚いていて「王?」と声をかける。

私と最終王子の視線を浴びたウエストの王は「いや、済まなかった。ではまた後で。これで平和になる。平和になれば姫もまたウエストにお越しください」と言った。


「また?」と聞き返すと最終王子が「一度いらしているのですよ」と言うと会釈して去って行った。

後を追うのは気が引けたので遠回りをして私も会議室を目指す。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


前からショートソードを2振り装備した女性が歩いてきた。

彼女が剣姫だ。

昔あった時と変わらぬ顔。

だが顔付きが昔より険しい。

戦時下で民や親しい者が次々に亡くなれば顔も険しくなるか…。


てっきり今日も仮病かと思ったが、最終日は顔を出すようだ。

今回の平和条約の話し合いは無茶苦茶な条件だった。

・ノースの城で執り行う。

・側近として王子1人がくる事

・王自らが赴く事

だが、父上は終戦の為に喜んで赴いた。


初日、2日目と俺はかなり神経をとがらせて居たが暗殺のようなものもなく、また話し合いもお互いに何の禍根も残さない内容で進んでいく。


このまま終戦を迎えてくれれば、俺は目の前を歩く剣姫と殺しあわないで済む。


まあ、今目の前の剣姫はやる気満々でいつでも剣を抜く顔をしている。

確かに、この狭い廊下ならショートソードに地の利はあるが戦争なんて何でもありだ、場所が不利であろうが俺はやる時はやる。


それにしても、アーイ…剣姫はこんなだったか?

少なくとも記憶の中のあの子は戦いが嫌だったんだけどな…。


父上が名乗るが反応が悪い。

思い切り敵視されているのがこれだけでよくわかる。


父上に促されて挨拶をしたが、これまた反応が悪い。

話してみると記憶喪失、それも10歳の時だと言う。


俺はショックだった。

それでこの態度か…と同時に理解もした。


話をしてみるとアーティファクトを装備したからと言っている。


そうか、あの約束を覚えていての事か…。

俺は暗い気持ちの中で少し嬉しくなった。


父上が剣姫と話をしたいと言っていたが、まさかアーティファクトの話をするとは思わなかったし彼女も怪訝そうな顔をしていた。


彼女と別れ会議場を目指す道すがら「父上、何故あのような話を?」と聞くと父上は「あの娘が最悪の時にお前の力になる。その為に必要な事だっただけだ」と言う。

だがそれ以上は言わない。

厳しいんだか面倒くさいんだか知らないがもう少し話して欲しい。

どの話も聞くまでしてこないのだから困る。


俺はまたかと思いながら「はぁ…」と返すと父上は「まあ、平和条約の話し合いが滞りなく済めばそんな心配は無用なのだがな」と言って笑った後で言い返さない俺に「そうしょげるな。あの娘がお前の言っていた娘であろう?よくもまあ11から10年間も想い続けておる。我が国にも器量好しの娘はたくさんいると言うのに…」と言ってため息をついてきた。


まさかの事を言われて俺は慌てて「…!?なっ!」と言ってしまうが父上は止まらない。


「11から14までの3年間は戦争を終わらせるアーティファクトに選ばれる男になると修練に励み、「自己の犠牲」に選ばれた後は更に己を鍛えた。それもこれも根底にあの娘のことがあったからであろう?」


俺は場所も場所なので「父上!」と注意をすると嬉しそうに笑った父上が「そう照れるな。私はお前とあの娘はアーティファクトによって結ばれていると思うぞ?」と言う。


「は?」

何を急に言いだすのだ?

俺とアーイがアーティファクトによって結ばれる?


先程まで笑っていたのに急に父上が真っ直ぐな目で俺を見た。

何だ、この顔は?

安らいだような落ち着き払ったような、優しさに満ちた顔は…


「今こそお前に説明しよう。「自己の犠牲」の能力だ」


散々聞いても教えてくれなかった「自己の犠牲」の能力。城の連中にも口止めまでしたのに説明をすると言う。驚く俺に「それはな…」と言って父上から聞かされた俺のアーティファクトはまさかの能力を秘めていた。

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