東の勇者-創世の光を放つ者。

第58話 悪魔のタマゴ。

ついにこの朝が来た。

俺達は今日中に奈落の最深部でアーティファクト「創世の光」を回収することにしている。

朝飯を食べた後、4人で奈落に向かう。


奈落の門番からはフィルさんとマリオンが居ない事を寂しがられた。

俺は一度皆を見回して確かに人が欠けるのは寂しいと実感した。


だが俺の心は晴れ渡っていた。

これが終われば御代と日本に帰れるのだ。

御代には早く受験勉強を再開してもらい志望校に合格してもらいたい。

顔に出ていたのかカムカが「これが終わって帰れると良いな」と言ってくるので俺は「ああ」と返事をした。


横でルルが意外そうに「何だ?ツネツギは帰りたいのか?」と言ってくる。

俺はハッキリと頷いて「まあな」と言ってから「俺よりも何よりも妹が一番大事だ。妹を日本に帰してやりたい」と言うと、テツイが恐る恐る「ツネツギ様、そう仰らずにこれからも奈落探索で生活しませんか?」と聞いてくる。

俺は首を横に振って「悪い、その気はない」と答えるとテツイはがっかりしていた。



奈落の隠し通路で一気に30階を目指すものと思ったのだが、ルルが15階に寄ると言った。

何でも昨日繋げた「大地の核」の動きを元に戻すらしい。

この部屋の空気が綺麗で、水槽の水が清潔なのも「大地の核」あっての事なので必ずやっておきたいと言っていた。


15階で寄り道をした時、ルルが俺の傍に寄ってきて歩みを遅くした。

俺はそれにつられて遅くなる。

前を歩くテツイとカムカとは距離が開いてしまう。


ルルは俺に向けてそっと耳打ちをしてきた。


「驚かずに聞け。返事はいらない。わかったら右手で頷け」


俺は右手首を頭に見立てて縦に振るうと「テツイに気をつけろ。悟られるなよ」とルルは言うと足早に歩いて行ってしまった。

俺は何に気を付ければよいのか?なぜルルがそんな事を考えたのかも聞くことが出来なかった。


ついでに寄り道がしたいと言うので20階に寄る。

今日のルルは何かが変だ。普段なら細かく理由を話すが今日は到着してから後付のように理由を話す。まるで時間稼ぎに思えてしまった。


ルルは20階で資料の再確認をしていた。

あの女に見られた研究結果が気になるとのことであった。


しばらくするとテツイがソワソワとし始めて「早く行きませんか待ち遠しいです」と言い始めた。


だが、ソワソワも俺の気のせいかもしれない。

くそっ、ルルが変な事を言うからテツイが怪しく見えてしまう。



資料の確認が済んだルルは「やはりな」と一人で納得して「よし30階まで一気に行く」と言って隠し通路の動く床に乗る。

一気に10階下がるので15階から20階に行くよりも乗っている時間が今までより長い。

その間にカムカが気になる事があると言ってルルに聞いていた。


「あの女が居たとして奈落に隠れ住むことは可能か?」

「私が目覚めた以上、私の目を誤魔化して住み続けるのは骨が折れるだろう」


「では、質問を変えさせてくれ。もしルルがあの女だとしたらこのまま奈落に留まるか?」

「いや、多分奴が奈落に用があったとしたら私の人工アーティファクトの技術や知識だろう。今更それ以外のアーティファクトに何の用がある?これまでもカムカの言っていた「龍の顎」に「創世の光」と言うアーティファクトを用意している。奈落に置いてあるアーティファクトには何の用もないだろうさ」



…ルルがあの女?

その可能性を俺はいつの間にか捨て去ってしまっていた。


いや、ルルはマリオンにも好意的だった。

俺達にも…だ。


だが、あの女の事をこの中で知っているのはルルだけだ。

自分で違うと言ってしまえばどうとでもなる。


俺の疑念は止まらなくなっていた。そこにテツイが心配そうに「ツネツギ様?どうかされましたか?」と聞いてくる。


「いや、あの女は何をしたいんだろうなと思ってな」

「…なんでしょうか?もしかしたら実験かも知れませんね」


実験?またルルが使う単語だ。

俺が「実験?」と聞き返すと「ええ、今の話を聞いていて思ったんですよ。どうして優れたアーティファクトを手に入れても自分で使わずに権力者に渡したのかと…。僕なりの答えですが、それで人は何をするのか?そういう事から実験を行っているのかも知れません。現にイーストは「創世の光」の大破壊で無茶苦茶になりましたから…」と言うとテツイが「すみません、つい言いすぎました」と謝る。


「ほう、実験か。あの女もそう言う事を考える人間だったのか…そうかもな」

ルルがテツイの話に反応をしていたが口ぶりが普段と違う気がしてしまう。

俺は正直2人とも信用できなくなっていた。



地下30階に着いた。

ここは今までの石造りではなく洞窟の一室と言う雰囲気だ。

ルルは「最終階らしくちょっと雰囲気を出してみた」と言っている。


ルルは「こっちだ」と言うと真っ直ぐにアーティファクトに向かって歩き出す。

部屋の真ん中にはソフトボールサイズの水晶かなにかで出来た球が置いてあった。


ルルが「あれが、アーティファクト「創世の光」だ」と言うとテツイが「「地獄の門」はどちらに?」とルルに聞く。


「知りたいのか?」

「はい?」


「何故?」

「出来れば持ち帰るように言われたからです」


「アインツか?それとも他の誰かか?」

「アインツ様ですよ。どうされたんですかルル様?昨日夜風に当たられに行ってから雰囲気がおかしいですよ」


くそ、俺からしたら2人とも変だ。

カムカは何とも思わないのか?

俺はカムカの意見が聞きたくて「おい、カ…」と言った所で「ツネツギ、動くな」と言ってルルが俺を制止した。


「ルル様、どうされたんですか?そして「地獄の門」はどちらに?」

「私は変じゃないさ。「地獄の門」は29階だ。この階に魔物は不要だと思って居たので29階で発動させているよ」

ルルが話し終わると同時にいきなりテツイが「【アーティファクト】!!」と唱えると超高速で動き始め、ルルの胸についた人工アーティファクトの向きを変えてしまった。


光と共にルルはノレノレに変わってしまい「あれ~ノレノレになっちゃった」と言って笑った後で俺を見て「ツネツギ~、さっきから怪しんでいたでしょー?私は私だよー」と続けた。


ノレノレが「だってさ~、私が居ないと動く床は反応しないし、そもそもノレノレにもなれないよ」と俺の不信感を払拭する言葉を言う。


確かにそうだと思って居るとテツイが「ははは、ツネツギ様はルル様を疑っていらしたのですか?だったらもう少し大人しくしていれば良かったかな」と言った後で「【アーティファクト】」と唱えると俺達は動けなくなった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


テツイは「「時の指輪」ですよ。とは言えこの状態だと聞こえなかったですね。まあ、いいです。理想は30階にも魔物が居て、その魔物にあなた方が殺されて私はいつも通り足を引っ張りながら命からがら「創世の光」を持って帰還を果たす事だったんですが、私は先に「創世の光」を持ち帰る事にします」と言うと常継達の横を通り抜けて「創世の光」を拾い上げると「ふふふふふ、ははははは!やった手に入れたぞ!!これで…これで僕は何もかも終わらせることが出来る!!」と高笑いをした。



「ふーん、テツイの願いって何だろうね?」


突然の声に「まさか!!?」と言ったテツイが振り返るとそこにはノレノレが居た。


目を丸くしたテツイが「どうして一時停止にならない!?外したのか?ならばもう一度、【アーティファクト】!」と言うとノレノレはピタッと動きが止まった。

目の前で停止したことで「ふふふ、驚かせてくれます」と言いながらテツイが「ふぅ」と息を漏らしたところで「ばぁ!!」と言ってノレノレが動き出す。


「なっ!?」

「なんで動けるのかって?ノレノレにはそう言うアーティファクトが殆ど効かないんだよね」


そう言うとノレノレがテツイに迫る。

テツイは高速移動をするべく別の指に着けていた「瞬きの指輪」の力を使うのだが、ノレノレはその動きにも対応して見せた。


高速移動の中、ノレノレが「あのねー、ノレルやルノレ、そしてルルが扱えているアーティファクトの力、それが使えない代わりにね。ノレノレは凄く力も強いし早く動けるの」と言いながら懐から「愛のグローブ」を取り出して装着する。


「皆の一時停止が解けるまで、ノレノレがテツイをボコボコにして待つの【アーティファクト】!!」


「とう!」と言う声と共に繰り出される重たいパンチ。

殴ったパンと言う音が後から聞こえてくるほどにノレノレのパンチは速い。

普通に殴られれば死んでしまうかもしれない。

だが、ノレノレは「愛のグローブ」を装着しているのでどれだけ殴っても相手を殺してしまう心配はない。


「後で皆が事情を聞くから大人しくしてるんだよ」と言いながら怒涛のラッシュを続けるノレノレ。


しばらくするとテツイが白目をむいて倒れるがノレノレは「寝たふりバレバレだよ!」と言ってマウントを取るとひたすらラッシュを叩きこんだ。


しばらくしてカムカと常継の一時停止が解けたので「おしまい」と言って最後に一撃を放ってからノレノレは殴る事を辞めてルルに戻った。


最後の動きを見た常継は「今のは一体…」と言い、カムカは「すげぇ素早い動きだったぜ」と言って呆気に取られている。


ノレノレから戻ったルルが「ノレノレの力だ」と言って説明を始めた。


「私の身体…あの計画の本来の目的はアーティファクトを一人ですべて使うと言う事。それはほぼ不可能に近いが不可能を可能にするのが私の目標。でも、一人ではどうやっても無理だった。だから私は二人に分かれてまた合わさった。その結果生まれたノレノレは主要なアーティファクトを装備できない代わりに圧倒的な身体能力を取得したある種の完成形。まあ、制約が厳しいから普段はならないけどな」


「制約?」

「ああ、ノレノレで居られる時間は最長で30分くらいで、その後は私たちの姿に戻ってもアーティファクトを扱えるようになるまで30分はかかってしまう。その代わり今みたいなアーティファクトでの攻撃は無効化出来るから準備はしておいたんだ」


「準備?」

「私はテツイを怪しんで居たので餌を撒くことにしたのさ。1つはノレノレをミスや外れ、失敗と思わせる事。もう1つはそのガラス玉は「創世の光」ではない。私が作ったただの人工アーティファクトだ。しかも効果は「なんだかとても凄そうに見える」だけだ。騙されない方が凄い。そのガラス球を前にした時にテツイは本性を現すって思っていたんだよ」


ここで気が付いた常継が「そう言えば、テツイの前では人工アーティファクトも作らないようにしていたな」と聞くとルルは「ああ、怪しかった上に目的が「創世の光」なのか私なのか、私の知識と技術なのかハッキリしなかったからね」と答えた。


常継は「随分と前からルルはテツイを疑っていたようだ。俺達が甘いのか、ルルが年の功で周到なのか…と思っているとルルがジト目で「今?年の事を考えなかったか?」と聞いてきて慌てた常継は「こういう時のルルの勘は鋭い」と思いながら「いえいえいえ、滅相も…」と返事をした。


ルルは「まあ、いい。ちなみに「創世の光」はこれだ」と言うと、懐から真っ黒い筒のような腕輪のようなものを出した。


「それが…」

「ああ、これが「創世の光」だ」


「いつの間に取ったんだ?」

「元々、奈落の最下層になんか持って行っていない」


「え?」

「私の部屋に置きっ放しにしていた」


そう、ルルは20階の研究室に乱雑に放置しておいた。

アーティファクトに名前が書いてあるわけでもないし、元々散らかして置いたので部屋に誰かが侵入した所で姿かたちを知る者相手で無ければどうと言う事が無いという。


「あの女はそもそも「創世の光」に興味なんてないんだ。だから私の部屋を片付けた時にキチンと棚に置かれておったわ」


「じゃあ…俺たちはとっくに…」

「ああ、「創世の光」の真横で寝食しておった」


常継が「マジかよ…何という脱力感」と思っていると顔から気持ちを察したのかルルは「だから「人生なんてそんなもの」と言っておいたではないか」と言って笑う。


そこにテツイが目を覚まして、「創世の光」もといガラス玉に這って進む。


「ぐ…、これは…僕が…、これさえあれば僕は…」と言うテツイの目には周りの何も映ってはいなかった。


見ていられなかったカムカが「なあ、テツイ!何があったんだ!!お前に何があったんだよ!?」と声を荒げながらテツイを抱え上げた。

ルルはカムカの横に行くと「そう言うなカムカ…。この男もあの女の被害者だ…そうだろ?テツイ…」と言ってカムカが抱えたテツイの服を剥いだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ルルが剥ぎ取ったテツイのコート。

その中の痩せた身体には1つ異質なものが付いていた。


真っ赤な宝石…アーティファクト?がテツイの体で脈打っていた。


ルルが憎々しい顔で「やはりか…」と言った。

俺が「ルル?何を知って…」と言ったがルルは俺の声を無視して「いつ付けられた?」と続けた。

テツイが観念したのか「4年前、城に勤めてすぐの事です」と答え始めた。


「あの女か…」

「僕にはよくわかりませんが恐らく、女性の方でした」


「それが何なのかは聞いたのか?」

「「悪魔のタマゴ」…。これを身に付けた状態でアーティファクトを使うとタマゴは成長をして、最後には僕自身を悪魔に変えると言っていました」


「他には?」

「取り除く方法はなく、僕自身が悪魔になれば自身を見失い、破壊の限りを尽くすと…。その代わり僕はタマゴの宿主である限り普通の方法では死ねないと…」


テツイの話を聞いたルルが「そうか…。それで、創世の光か…」と言うとテツイが小さく「はい」と言ったカムカに抱え上げられながらうなだれた。


カムカはテツイを降ろす。

俺はルルに説明を求めて顔を見た。


「アレは人工アーティファクトだろう。私はアーティファクトと人間を直結してアーティファクトの成長と人間の成長を同時に行えないか?最大限の能力を引き出せないかを一時期研究…模索していた」


そう言うとルルが概要を話し出した。

・あの女が研究室で見つけた中で役に立ったのは人工アーティファクトとアーティファクトを人間に埋め込む事だったと思う。

・あの女独自の理論をプラスする事で難度の高いアーティファクトの生成も可能にし、その中で「悪魔のタマゴ」が出来上がった。

・テツイの話が本当ならば「悪魔のタマゴ」の宿主は死ねない。


テツイがボソリと「タマゴが孵る前に死ぬ為には…」と言うとルルがまた憎々しい顔をして「死ぬ為には「創世の光」でその身を焼き払うしかない。多分あの女ならそう言うだろう」と言った。


テツイが「はい」と言うとルルは「それでお前は急いでいた」と言いまたテツイが「はい」と言った。


「元の大きさは定かではないが、4年前に付けられたのに、まだその大きさなのはよほど頑張ったのだろう。お前の姉も言っていた通りならアーティファクトの才能があったお前がアーティファクトを使わずに生きるのは余程辛かっただろう」

「……はい」


テツイは泣いていた。


「その事を知る者は?」

「ウノ様とアインツ様にイー様です」


ため息をついたルルは「だがあの3人は「創世の光」が何かをお前には言わなかった」と言うとテツイは「ッ!!?」と言いながらハッとしてルルを見る。

「創世の光」で死にたい事がテツイの願いなら何故言わなかったのか。


「よしんば見つけられたとして、それはそれでお前の望みが叶う。その事でお前はあの3人と取引をしたであろう?」

「はい…、僕がこの国が戦火に巻き込まれた時、相手国のどこででも…言われた場所で「創世の光」を発動させる。そうしたら姉の生活は一生保証をして貰えると…」


テツイはナオイの事を…命を使って守るつもりでいた。


「だがあの3人はお前には「創世の光」について言わなかった。何故だかわかるか?」

ルルの問いにテツイは「いいえ…」と言って首を横に振る。



ルルは「あの3人は私が生きて今も奈落に居ると信じていたからだ。信じていたから私に全部を押し付けるつもりだったんだ」と言うと大きなため息を1つついて、テツイの頭にゲンコツを喰らわせる。


そして「押し付けられてやる。それにお前の努力は見事だ。こんなに育たずに我慢したんだ。上に帰ったらすぐに取ってやる。任せろ」と言った。


「え?」

「なんだお前は、私には無理だと言うのか?それとも私があの女より劣って居るとでも思って居るのか?バカにするな!そもそも人工アーティファクトも体内に埋め込むのも私の研究だ!」


ルルはそう言って更にゲンコツを浴びせるとテツイは「痛いです…」と言って泣いていた。

この涙はどちらの涙だろう?

俺には感謝の涙だと思えていた。


話がまとまった所でルルが「さあ、上に帰るぞと言って進み出したのに足を止めて「あ、でも死なないなら今のうちに一回くらい思い切り攻撃して見てもいいな…」と言うと振り返ってカムカに「カムカ、殴って見てくれ」と言った。

カムカは「嫌だよ」と言うと顔を背けて拒否をする。


「ちっ、意気地無しめ。ツネツギ!「勇者の腕輪」で切り裂いてみろ!」

「俺だってやだよ」


「くっ、どいつもこいつも探求心の足らん…折角の実験対象が目の前にいるのに…」

そうブツクサ言うルルを慰めて俺たちは奈落を出た。

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