第57話 打ち上げ。

マリオンのトイレが終わると「さて、今日がフィルとマリオンと居られる最終日だ、希望はあるか?」とルルが皆に聞く。

カムカの修行をしたいとテツイの悠長な事を言っていないでさっさと「創世の光」をと言った言葉はルルに「却下」と断られていた。


「まあ、順当にいけばマリオンの性能テストだろうな」とルルが聞いておいて決め始める。


「性能?」

「ああ、人工アーティファクトとマリオンの相性を見たい。後はマリオン自身の戦闘力が人間化でどうなったかだな」

まあ、何も知らずに強敵の所に挑んで大怪我をされてはたまったものではない。


「そうだな。じゃあ25階を目指しつつマリオンのテストをして今日は上に帰って打ち上げとするか?」

なんだかんだ言って賛成が多数だったので決定となった。


そのマリオンだが、全身鎧のサイズが小さすぎて着られないと言う事で可能な範囲で無理矢理調整して着たところ、ビキニアーマーよりはマシだが鎧よりは密度の少ない鎧になってしまった。

しかも胸が強調されていて何というかエロスを感じる。



マリオンの戦闘力と言えば以前を10とすれば今は8か9と言った感じだった。

別にメンバーの足を引っ張るほどではない。


擬似アーティファクトの「勇者の腕輪」は人工アーティファクトでは再現が出来なかったようで擬似のままになっているがそれ以外のアーティファクトは全て人工に交換されていた。

ルルは擬似のいい見本が手に入ったとホクホクで、マリオンは腕輪だけならそこまで疲れないから助かると言ってアーティファクト砲を連射していた。


アーティファクト砲で肩なんかが外れたら困ると思って居たが、マリオンのイメージの中には戦える女も含まれていたようで身体のポテンシャルも随分高いものになっていた。


動きの方も相変わらず機敏だ。


だが、唯一の問題点は急に成長をしてしまったせいで目測を誤ってしまったり間合いをうまく取れなかったりしている事だが、これは帰った後も日常生活や戦闘訓練から養えば何とでもなる部分だろう。


これでペックさんへの義理立ては済んだとルルは言っていた。

まあ、戦闘力もほとんど変わらずに人形が人間になって帰るのだから問題は無いだろう。


俺達は夕方には奈落を出た。

門番が一晩でマリオンが成長している事に驚いていたので「奈落の奇跡だ」と適当な事を言っておいた。


酒場で打ち上げかと思ったのだが、ルルが「妹君はどうする?城から出られないのであればウノの所で打ち上げをするか?」と提案してくれた。


まあ、それも良かったのだが、今日は酒場での気分だったので御代には悪いが酒場にさせてもらう事にした。


「あ、その前に明日帰る時間の話とかしたいから先に通信してもいいかしら?」とフィルさんが言う。

「私も、お爺ちゃんに成功したって言いたい」とマリオンも言うので先に「大地の核」へと向かった。


「大地の核」には前回同様に老人と侍風の男が居た。

2人が通信をしている間、手持ち無沙汰な俺は侍風の男に声をかけてみた。


「私か?私はこのアーティファクトを神の使い様から授かってな。ただ問題点が厳しいのでここで暮らしている」

侍風の男の回答にルルが「神の使いは男か!?女か!?」身を乗り出して聞いている。


「女であった」

…「あの女」の方か…トラブルの匂いがする。


「で、お前は何を授かったんだ?」

「うむ、私はこの「暴食の刀」と言うアーティファクトを授けて貰ってな。特殊技能としてはアーティファクト喰いで、注意点は剣が空腹を訴える前にアーティファクトを食べさせないと私の寿命が減ってしまうと言うものだ」


…特に何かをしたいと言う訳ではないのだろう。

だが、あの女の息がかかった相手となるとついつい身構えてしまう。


「寿命って…どうすんだよ?」

「その為に私はここに居るのだ。」


そう言うと老人が擬似アーティファクトを男に向かって投げた。

それを男の刀が綺麗に切ってしまった。


「この通り、納得の行かない出来の擬似アーティファクトを切らせてもらっている

おかげで私はここに居る限り安泰だ」


なるほど、持ちつ持たれつと言う事か…


そんな事を思っていると侍風の男は「ああ、後は問題点と言うか神の使いのお願い事があってな」と言うと俺達を鋭く睨みつけてくる。


…こいつはまさか神の使いの回し者で俺達を倒せと言うのか?

確かにあの刀は危険だ。アレに斬られれば誰も助からない。まずは武器であり防具が台無しにされた後で命を取られるのだ。

まずい、正直戦いたくない相手だ。


身構えようとする俺の耳に飛び込んできたのは「ずっと「サムライ」と言う格好をしてくれと言われてな、服を貰って以来ずっと着ている」という発言だった。


「それだけ?」

「ああ、それだけだ。しかも神の使い様の先見の明たるや凄いぞ、この格好をしているだけで悪漢共が絡んでくるので全員アーティファクト毎叩き斬ってくれたわ、多分この服にはそう言う効果も期待できると言う事だ」


そう言うと侍風の男はニンマリと笑った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


侍風の男と話し終わった頃、「お待たせ」と言ってマリオンとフィルさんが戻ってきた。

一番後ろでカムカが頭を抱えている。


何となくわかっているが俺は「どうした?」と声をかけるとカムカは「滅茶苦茶怒られた」と言った。


「だろうな」

「そして凄く喜ばれた」


「そうか」

「ああ」


何だか話しか聞かないがペックと言う人も大概だな。

そしてこっちはこっちで顔がとろけてお花畑の人が居る。


フィルさんだ。


「キョロく…あ、うちの主人が~、私に早く会いたい…あ、逢いたいって言っていて、もう早く帰っちゃおうかなって思っちゃった」

「あ、そうっすか」


「後一晩が~、長いって~」

「ふーん、そうっすか」


「もう、第二婦人と第三婦人は何をしているのかしらね~?

折角本妻の私が仕事で家を空けているんだから、もう少し主人を寂しがらせない努力とかって出来ないかしら~」

「よかったっすねー」


フィルさんはニコニコしながらずっとのろけ話をしてくる。

俺は心無い返事を返しているんだがフィルさんは気にもならずにニコニコとずっとのろけ話をしていて俺の横にいるルルが「フィルはこんな女だったのか?」と聞いてきて、カムカが「旦那が関わった時だけダメになっちゃうんだ」と答えていた。


まあ、そう考えると新婚の人妻を4日も借りていたことに改めて申し訳なくなったのだが、カムカに言わせると「それに、多分あれ「私が居なくて寂しい?」とか「一晩が長いわ」って言って旦那が「そうだね」って相槌打っただけだから」だそうだ。

ああ、何となくサウスの王様には会った事がないがわかる気がした。



飲み会は、それはもう盛大だった。

マリオンが大人になったと言う事でアルコールデビューを果たしたのだが、マリオンは肉の失敗を既に忘れていて、「美味しい」「美味しい」と涙を流して喜んで飲んでいる。

多分、美味しさよりも人間になれた喜び、皆と飲める喜びが強いのだと思う。


カムカが言うにはフィルさんも普段飲まない酒をガブガブ飲んでは旦那自慢をしていたのだが、旦那がサウスの王様と言うのは内密なので、どこで漏れるか俺とカムカはヒヤヒヤして酔うどころではなかった。そう言えば、この前は「夫に操を」って言って飲まなかったよなと思ったのだが口にはしなかった。


テツイが何故かお酒を飲んでいてもダメダメだったので皆の許可を取ってナオイも呼んできて一緒に酒を飲んだ。

ナオイは挨拶や世間話をしていたのだが途中からテツイへのダメ出しになってしまった。


「アンタはさぁ、なんで昔は「いつも一言足りないのに、余計な事を言う子」だけだったのに、今はアーティファクトも満足に使えない子になったの?昔は家で一番色んなアーティファクトを使える子だったから城勤めが認められたんでしょ?」


怒るナオイにテツイは「えぇぇぇぇっ!?」と言って泣き言を言おうとするのだが流石は姉、

ナオイが「泣き言言わないの!」と怒鳴りつけるとそのままどれだけ日々テツイを心配しているのかと言う話になってしまい、最後には泣き出してしまった。

なんか最近では家にも寄り付かなかったらしく病気を心配されたりしていた。



話の切れ間にサンバグが来て俺達に思い切り感謝をしていた。

直角に近い姿勢で「お世話になっております!お陰様であのアーティファクトのお力で奈落からの帰還が滅茶苦茶楽になりました!ありがとうございます!」と言ってくる。


まあ、あれがあれば一瞬で地下一階に戻ってこられるから便利だよな。

ルルが「いやいや、きちんと宝石を返してくれた対価だ。気にするな」と返事をするとサンバグは「へへぇ、ありがとうございます!!それではあっしはこれで」と言って離れて行った。


打ち上げは閉店ギリギリまで続いて金額は相当なものになったのだが、ルルがテツイに「ウノに払わせろ。これは必要経費だ。ごねるなら私が交渉に行くと言え」と言い切ってテツイが「私は城勤めのテツイです。明日お城のウノ様に請求してください」と言って終わらせた。


外に出て、テツイが先に城に行ってウノに事情を説明すると言って走って行ってしまった。

俺達はナオイを送り届けてから小屋に帰る事にした。


フィルさんがルルの横を歩き、俺がナオイと歩く。

マリオンは酔いつぶれてカムカにおぶさっている。

カムカは胸のふくらみが背中に当たるのだろう、「むぅ」「平常心だ」「筋肉を考えろ俺」と声を出しながら歩いている。

そんな中、ナオイが「ツネツギ様、どうか弟を、テツイをよろしくお願いします」と突然頭を下げてきた。


「急にどうしたんだ?」

「いえ、本当に情けなくなるくらいどうしようもない弟です。それに昔はあれだけ使えたアーティファクトも今は「時の指輪」しか使えないとか言うし…お恥ずかしい限りで…」


さっきも言っていたが、そんな使えなくなるなんてことあるのか?

「なので…ここでツネツギ様にご縁を切られてしまうと行き場がなくなってしまうのではと思ってしまいまして…私としてはもう心配で心配で」

ナオイはそうやってまた泣く。


「大丈夫、俺はこの国の事とかこの世界の事とかよくわからないからテツイが居てくれないと困るしさ」

「本当ですか?ありがとうございます!!」


話していると丁度ナオイの家の前に着いたのでナオイは「それでは皆様、おやすみなさい」と言って別れるとかろうじて意識のあるマリオンが「バイバイ」とカムカの上で手を振り、フィルさんも「さようなら」と挨拶をしていた。

俺達は明日以降も会うのだが、この2人は明日には帰ってしまうのでもしかしたらもう会えない。挨拶はキチンとしておいた方が気持ちも良いだろう。


ナオイと別れてすぐフィルさんが突然「カムカ、遠回りをしてください」と言い出した。

何処に行くのかと言う話だが、行き先は「大地の核」だった。


フィルさんは「大地の核」で旦那、サウスの王様に通信をしていた。


内容は「寂しいから今すぐ迎えに来て」だった。

やはり寂しいのは王様じゃなくてフィルさんだったか。

夜で人気も無いので相手の声も風に乗って聞こえてくる。


「フィルさん、酔ってない?お酒飲んだの?」

「今日は打ち上げだからちょっとだけ飲んだの。今度2人きりで飲もうね」


「うん。そうだね」

「絶対だよ。キョロくんが飲みたいって言ってくれたから私嬉しい」


そう言って喜びの余り暴れている。

あれがカムカの言っていた奴か…。


「フィルさん、大丈夫?」

「大丈夫、それよりも早く逢いたいの。迎えに来て」


その後も王様が何を言っても話にならないのでカムカに会話を変わってもらうと「おう」「おう、わかった」と言ってカムカは通信を終わらせる。


カムカは背負ったマリオンを見て「しまった、マリオンの事をアイツに言い忘れた」と言っていて目の前のフィルさんを何とかするので精いっぱいだったようだ。

カムカは「あー」と言ってから「なあ、ルル?」と言う。


「なんだ?」

「俺達の小屋でも通信球って使えないか?せめて今晩だけとか」


「まあ、今は実験室も研究室も使ってないからな。一時的になら実験室の方を小屋に回しても良いぞ」

「ありがてえ、じゃあ帰ったら頼めるか?」


ルルが「いいぞ、何をするんだ?」と聞くとカムカが俺とルルを手招きして「サウスの王様がお妃さまを迎えに来るんだよ。テツイに見つかると厄介だから居ない間にやっちまいたい」と小声で伝えてきた。


え?王様今から迎えにくるの?


ルルが「随分と過保護な王様と甘ったれたお妃さまだな」と言って呆れている。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


今から王様がお忍びで自身のお嫁さんを迎えに来る。

そうと決まった俺たちは猛ダッシュで小屋に戻り、ルルから「大地の核」の力を小屋に回してもらう。

フィルさんは今更立っていられなくなったのかベッドで眠ってしまっている。

それを見たマリオンも一緒になって眠ってしまった。


無理に起こす必要も無いのでルルが準備を済ませて「いいぞ」と声をかけるとカムカが「助かる」と言って通信球に向かって「おーい、キヨロース。聞こえるかー?」と言った。


ほんの少しすると「カムカ?どう準備はいい?」と聞こえてきた。


……聞こえてきた後、後ろから可愛い女の子の声で「何で今からフィルさんを迎えに行くの?キョロは明日って言っていたでしょ?フィルさんの逢いたいなんて挨拶みたいなものだから放っておけばいいのに!」と不満一色な声が聞こえてきて次は「え?お酒飲んじゃって酔っ払っていて、いつ自分の身の上話をしてサウスとイーストの関係が悪くなるかもしれないから今すぐ回収しないと大変?」と聞こえてくる。そして最後は不機嫌そうな声で「知らないわよ。もう、私もお酒飲んで思い切りワガママ言うからね」と聞こえてきた。


それを聞いていて俺は一夫多妻も大変なんだなと思った。

続いてカムカが通信球ではない別の球を出して「見えるか?」と聞いている。


「うん、小屋かな?今ならそこに行っても平気?」

「ああ大丈夫だ」


カムカの「だ」の時には俺たちの目の前には子供が立っていた。


突然の事で「うおっ!?もう来たのかよ」と驚くカムカに男の子は「出来た」と言って笑っている。

現れた男の子…王様は俺たちを見て会釈をした。

俺たちもつられて会釈をする。


「こんばんは、僕は南の一の村…じゃなかった…サウスの城のキヨロスです。カムカがお世話になっています。後はフィルさんとマリオンがお世話になりました」

随分と礼儀正しい子供だなと思った俺は「この子供が…一夫多妻?」と思わず声に出してしまう。


俺の言葉を「え?」と聞き返す南の王様。カムカが「いや、キヨロスは決められないだけで、嫁さん達がゾッコンなんだ」とフォローを入れてくる。


そのまま流れで俺とルルが挨拶をしていると「キョロくん?」と聞こえてくる。声がしたベッドの方を見るとフィルさんが起きたようで「キョロくん!迎えに来てくれたの!!」と言いながら飛び起きて王様に抱きつく。

そのまま「寂しかった?」とか「寂しかったの」とかしつこく聞いたり言ったりしていたが、王様は嫌な顔せずに1つずつにキチンと返事をしていた。


一通り話して満足をしたフィルさんが「ねぇ、キスして」と言って顔を近付けると南の王様は「みんなの前でそんな事したら後になって恥ずかしくてフィルさんが消えたくなっちゃうよ」と言って微笑み返して誤魔化そうとするのだが「ならないー」と言ったフィルさんが突然王様にキスをした。


カムカが咄嗟に俺とルルの前に立って南の王様の面子を守る。


カムカの後ろから「フィルさんお酒臭い」「えー、気になる?」と聞こえてきた。

なんか、勝手なイメージだったのだろうがフィルさんのイメージが全部崩れた瞬間だった。



煩かったからかベッドに寝かせていたマリオンが目覚めて「あれ?アンタきたの?それでまたイチャイチャしてキスしてるの?」と言ってフィルさん達を見ている。


「マリオン?君マリオンなの?」

事情を知らない南の王様は驚く声を出している。

カムカが邪魔で声しか聞こえないのが残念でならない。


マリオンは「私は、そこに居るルルにお願いして人間にしてもらったの。それで大人になれたの」と言うと「カムカ!」と言いながらカムカに抱きつく。

そして「カムカ、私も帰らなけれならないからその前にキスして!」と言ってカムカにキスをする。


なんだこの部屋。

おいてけぼりを喰らったような感覚の俺は「ルル、ついでだから俺たちもする?」と聞くと即座に「しないわ!」と返された。

ですよねー。


慌てて口を離すカムカは「そろそろテツイが戻ってくる」と言ってマリオンとフィルさんを離すと南の王様に「時間切れになる」と伝えた。


頷いた南の王様は「わかった。マリオン、フィルさん帰るよ」と言うと2人は「はーい」「カムカ…終わったらサウスに帰ってきてね」と言ってさっさと王様の横に着く。

フィルさんとマリオンは「ツネツギさん、ルルさん、お世話になりました」「またね、カムカをよろしくね」と言って手を振ってくれる。


俺は手を振り返しながら、御代の事を思い出して南の王様に感謝を伝える。

「お前の奥さんのお陰で妹は無事に助かった!ありがとう!!」

「良かった。あなたも色々と大変だとは思うけど生き延びてね。それじゃあまた」


そう言うと南の王様は俺に向かって笑い「【アーティファクト】」と唱える。

次の瞬間、3人の姿は無かった。



残された部屋でルルが「カムカ、残念だったな」と言ってカムカに笑う。


「何がだよ?」

「別に、マリオンとの甘い一晩とかな」


「ねえよ」

「少しは期待しただろ?」


「ねえよ!」

そのやり取りに笑っているとテツイが帰って来た。


大変だったのか「ただいま戻りました。何とかウノ様のお許しを貰えました」と言ったテツイが辺りを見て「あ…あれ?フィル様とマリオン様は?」と言って居ない2人を探す。


俺が「帰ったよ」と教えるとテツイは「えぇぇぇぇっ!?あの泥酔状態でですか?」と言って驚きながら心配をする。


「そこは何とかなったんだ。フィルさんはホームシックで一日も早くサウスに帰りたかったんだってさ」

「はぁぁぁっ…、そうでしたか。私も御礼を申し上げたかったのですが…」


ああ…そういえばテツイだけ挨拶していないな。

まあ、また会う機会はあるだろう。


バタバタした後「夜風に当たる」そう言ってルルは出かけてしまった。

久しぶりに男だけになったこの小屋はなんか広く感じた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


僕は移動先を三の村のガミガミ爺さんの家にして「ただいま。ガミガミ爺さん、起きてる?」と言いながら家の扉を開けた。


僕の声に気付いたガミガミ爺さんが奥から出てきて「んあ?なんだ小僧、こんな夜中に…ってフィル?」と言って僕にもたれかかるフィルさんを見るとフィルさんも「あれ?お爺ちゃん?何でお城にお爺ちゃんが居るの?」と言っている。


呆れ顔のガミガミ爺さんが「バカヤロウ。ここはおめぇの家だよ。何だ?酔ってんのか?」 と聞くとフィルさんは「こんなの酔ったうちに入らないよー、お爺ちゃんは心配性だなー」と言ってから普段しない「アハ」と言って笑い声を上げている。


唖然とするガミガミ爺さんに「イーストで泥酔したらしくてさ…。今さっき呼び出されて…イーストまで行ってきたところなんだ」と説明をするとガミガミ爺さんは「そりゃあフィルが済まねえな」と言ってフィルさんの部屋の扉を開けてくれる。


僕はフィルさんの部屋に向かいながら「ううん、多分お城に連れて帰っても大変だろうから…」と言うと最後まで言う前に「そうだな」とガミガミ爺さんが返事をする。


僕はフィルさんに「今日は住み慣れた家で寝て。明日フィルさんが連絡くれたら迎えにくるから」と言ってベッドまで運び、全身鎧を脱がせて布団に入れる。

鎧を脱がせたときに腕や足を見たが、ぱっと見大きな怪我は無さそうで僕は安心した。



「こ…こここ…小僧?」と隣の部屋からガミガミ爺さんが上ずった声で僕を呼ぶ声が聞こえる。そう、今の問題は何よりこっちだ。

僕が隣の部屋に戻るとテーブルに突っ伏して寝ている女性をガミガミ爺さんが指差して「小僧…もしかしなくても、こりゃあマリオンか?」と聞いてくる。


「うん。何でもイーストで人間にして貰ったって…」

「嘘だろ?」


僕も嘘だと思ったのだが、どう見ても人間だ。

イーストには凄い技があるのだろう。


今も気持ち良さそうにテーブルに突っ伏して眠っているお酒臭いマリオンを見て「しかもコイツもフィルと一緒で酔いつぶれていると…」と言うガミガミ爺さんに僕は「うん」と答えてから「ガミガミ爺さん…お願い出来るかな?」と言った。


「んあ?何をだよ」

「鎧。もう体の大きさに合ってないし露出も多いから…」


そう、初めて見た時から目のやり場に困る胸を強調した鎧なのだ。

もし本当に人間になったのなら鎧本来の機能を求めるべきだと思った。


ガミガミ爺さんが「仕方ねぇなぁ」と言ってくれたので僕は「じゃあ、呼んでくるから」と言うと四の村のペック爺さんを呼びに行った。

ペック爺さんはこの数日で大分老け込んでいて、あの出発の朝の雰囲気は無くなっていた。

目がギラついていて、明らかに不機嫌だ。


僕は「大人になったマリオンが三の村で酔いつぶれている」と言っただけなのに睨まれてしまった。マリーも夜中で眠いのだがペック爺さんが気になっていて眠れないと起きていたので2人を連れて三の村に戻った。


ガミガミ爺さんの家に出現するなり「キョロくん!どこ行っていたの!」と言う声でフィルさんが抱きついてきた。


「あれ?フィルさん起きたの?」と聞くとフィルさんは喉が渇いて起きたら城じゃなくて家だった事と僕が居なかった事で一気に目が覚めたそうだ。


そんなフィルさんにペック爺さんが「何でフィルちゃんまで通信球を無視するの?出てくれなきゃ通信球の意味がないでしょ!」と怒っていたが「それがマリオンちゃんの願いだったから。愛なの。凄い愛だったの!」と酔ったフィルさんに言い返されて意味がわからずにタジタジになっていた。


「マリオン?」

マリーがテーブルで酔い潰れるマリオンに気付いて声を掛ける。

フィルさんの話ではマリオンは23歳前後まで成長したと言う。

一気に僕やフィルさんを追い抜いて、今やカムカやジチさんに迫る年齢になってしまった。


ペック爺さんが「マリオン!?お前本当にマリオンなのか?」と言ってマリオンに詰め寄ると、その声で目を覚ましたマリオンは「頭痛い」「あれ?何で三の村にいるの?」「カムカは?」「あれ?気持ち悪い」と言った後で顔面を真っ青にして吐いた。

トイレに間に合ったから良かったもののその場で吐いていたら大惨事だった。


フィルさんは僕に抱きついて言うだけ言ったらまた寝ていたので僕がベッドまで運んで、ムラサキさんにこの数日間の経緯を聞いた。


話を聞いたペック爺さんは「…はぁ…。そりゃあイーストでルルさんに会ったなら多少の事は覚悟できるけどこれはなぁ…」と言ってがっくりしている。

本人は夕方マリオンと通信球で話した時には無事であった事を喜びはしたが、ここまで姿かたちが変わってしまうと素直に喜べない。


ガミガミ爺さんは脱いだ鎧を見ながら「これが人工アーティファクトか面白えな」と喜んでいる。


マリーは鎧を脱いで床に横になっているマリオンを見て「綺麗」とか「胸大きい〜」「私も何年かしたらなるのかな?と言っていたがムラサキさんの話では人工アーティファクトで体を作り変える際にマリオンの願いが多少反映されているらしいので確証はないとの事だった。



僕は家族のマリーとペック爺さんにマリオンの採寸を頼んでいる間に城に行くことにした。

マリオンの問題についてと、時間がかかり過ぎているのでリーンが怒っていないかが怖いからだ。


案の定城に帰るとリーンとジチさんが怒っていて僕の話を聞く前に「キョロは何でフィルさんに甘いの?」とか「フィルばかりだとお姉さんも怒っちゃうよ」と怒られてしまった。


僕は2人に一大事で遅れた事を伝えて、ジチさんには予備の服を貸して欲しいとお願いして3人で三の村に行く。

しっかりとシモーリは起きていて、お見送りまでしてきていた。



三の村に着いたらタイミング悪くマリオンは裸だった。

ぱっと見人間にしか見えない。

リーンが「大変って女の人を拾ったの?」とやや不機嫌そうに言ってきたが、次の瞬間にはそれがマリオンである事に気付いて大騒ぎになった。


僕達は裸のマリオンの居ないベッドルームで端的にイーストでの出来事を伝えてマリオンが人間になった事、自身の願いを反映してカムカに釣り合う女性を目指した結果大人になれた事を伝え、そして急な話で服がないからジチさんの服を貸して欲しいと伝えた。


ジチさんが「成る程ね、それでお姉さんの服が必要だったと」と言ってふむふむと頷いている。それだけじゃなくて女性としての所作とかも明日から教えてあげて欲しいとお願いをした。ムラサキさんの話では13歳前後のマリオンがいきなり23歳前後の身体になったので化粧だったり色々と学ぶ事もあるだろう。


ジチさんとリーンは「そう言う事なら了解よ」「うん」と言って快諾してくれた。


「後は…」

そう言って僕は2人にベッドで泥酔中のフィルさんを見せる。

フィルさんはまた目を覚ましたのか僕を見てニコニコと手を振っている。


リーンとジチさんに気付いたフィルさんが「キョロくんを寂しがらせちゃダメよ2人とも。まあ、私が帰って来たからいいけどー。やっぱり第2と第3夫人じゃダメなのよねー。後は全部第1夫人に任せて!」と意味不明なお小言を始める。


僕は肩を落として「さっきからずっとああなんだ…」と言うとジチさんとリーンは「うわっ、さっきリーンちゃんから聞いていたけど、すっかり出来上がってる」「お酒臭い…」と言っている。


そんな事はおかまいなしのフィルさんが腕を広げて「キョロくん!寂しかったでしょ?私も寂しかったのよ。だから今日も2人で寝ましょう!」と大声で僕を呼ぶと部屋の外からガミガミ爺さんの「うるせーぞフィル!そう言うのは2人の時にやれ!」と怒鳴り声が聞こえて来た。



「2人ともゴメン。僕、あっちでガミガミ爺さんとペック爺さんと話をしたいんだよね」

そう言って僕は早々に部屋を出る。


部屋を出るとマリオンはジチさんの服を着てテーブルで「頭痛い〜…、なんなのお酒って…」と言って唸っていた。


ようやく会話になる事がわかって「仕方ないよ。人間になったんでしょ?」と言うと「そうだけどさぁ…朝は石で出来たお肉を食べ過ぎてお腹壊すし…」と言って青い顔をする。


石の肉?

何だそれは?

石なんか食べたらお腹壊すよなと思いながら聞くとマリオンは「それに何で迎えに来るの?アンタが来なきゃカムカと一緒に居れたのに」と続け、その一言でペック爺さんが「嫁入り前の娘がはしたない!人間になったのなら今度からもっと厳しく躾けるからね!」と怒鳴り声を上げた。


マリーが「まあまあお爺ちゃん」とペック爺さんを止めてマリオンの方を向くと「マリオン、もうマリオンは私の妹じゃなくてお姉ちゃんなんだからちゃんとしてよね」と言う。

マリオンはマリーには逆らえないようで素直に「はーい」と返事をしていた。


ガミガミ爺さんとペック爺さんとの話で、マリオンは確かに人間になっていたと言う事。

それがどんな技術なのかはわからないが人間にはなっていると言う。

もう、マリーとのブローチも効力を持たず、ただのアクセサリーになったそうだ。


鎧の方はガミガミ爺さんが超特急でまた作る事になった。

擬似アーティファクトに関してはこの先も腕輪以外は使わずに人工アーティファクトを採用する事にした。


とりあえずこうして僕達の怒涛の一晩が終わる



のかと思ったのだが…


「おはようございます。マリオン。さあ、成人の儀を始めますよ」


朝一番、ガミガミ爺さんの家で朝を迎えた僕達の前に神の使いが現れた。

神の使いに言わせれば特異な例だが、サウスで生まれた命が人になってしかも23歳前後の身体になったのだから成人の儀は外せないという事だった。


結果はまた別の話という事で僕は日常に帰ろうと思う。


あ、フィルさんは二日酔いだし、昨日の酔っ払ってのアレコレは何一つ覚えていなかった。

皆で痴態を漏らさず伝えたら顔を真っ赤にして「消えてしまいたい」と俯いてしまった。

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