第56話 はじめての人間。

朝、俺は焼き魚を食べて皆は肉を食べている。

先に起きて食事を終わらせていたルルがマリオンの様子を見に奥の部屋に向かってすぐに「ぎょえぇぇぇぇっ!?」と言ったルルからは今まで聞いたことの無い声が聞こえてきた。


しばらくしてルルが戻ってきた。

顔色が良くない。


全員で嫌な予感がしてしまうが、皆口にはしたくない。

ルルが口を開けるのを待っている。

ルルはそんなみんなの視線を感じてカムカを見て申し訳なさそうに口を開く。


「すまんカムカ…作業は失敗した」



部屋に流れる嫌な空気。

みんなの顔色が悪くなり、全員が食事をやめてしまった。


ようやく口を開いたカムカが「なあ…失敗ってなんだよ?」と言いながらルルの前に歩いていき「俺はルルを信じていたんだぜ?そりゃあマリオンがどんな姿になっても平気だとは言ったけどよ?なあルル?マリオンはどうなってしまったんだ?」と言ってカムカはルルを見つめる。


ルルはカムカに「論より証拠だマリオンを見てやってくれ」と言って奥に連れて行った。

少しすると「ぎょえぇぇぇぇっ!」と言うカムカの叫び声。


叫び声の直後にカムカがすっ飛んできて「フィルさん来てくれ!!」とフィルの腕を持って奥の部屋に戻っていく。


直後に「嘘ぉぉぉ!」と聞こえてきた。

あの落ち着き払ったフィルさんまで大声を上げている。

そのまま誰もこちらに戻ってこなくなった。


疎外感のようなものに俺とテツイは居ても立っても居られなくなって奥の部屋を目指すのだが、俺たちの気配を察したカムカが部屋の入り口で仁王立ちをして俺たちの侵入を妨げる。


「カムカ!どうした?どけよ」

「ダメだ、ツネツギとテツイはダメだ。少し待て」


カムカは頑としてどかない。

失敗とは何だったんだ?


「カムカ、失敗なのか?なんなんだ?マリオンは?」


せめてそれを聞かせてほしいと言うとカムカは「マリオンは無事だ、だが作業は失敗なのだろう。だから待て」と言って目を瞑り俯いてしまった。


どんな事が起きたと言うのだろうか?

果たしてマリオンはどんな姿になったと言うのだろう?

カムカはマリオンの愛を受け入れられるのか?

そんな心配までしてしまった。




先に結果から言う。

確かにルルの言う通り作業は失敗だった。

そしてカムカの言う通りマリオンは無事だった。


この結果はマリオンの意思が尊重された結果と言えるのだろう。


しばらく待った俺たちの前にルルが現れて「いいかお前達、驚くな。覚悟をしておけ」と言った。


俺たちはルルの気迫に押されて頷くことしか出来なかった。


「よし、フィル…マリオンいいぞ」


俺はマリオンが気になってマリオンの顔を見ようと目線を下に向けていた。


だが、そこに来たのはふくよかなバストだった。


バストだったのだ。

横にはフィルさんの鎧で隠れているが胸元がある。

何を言っているのか分からないかもしれない。

だが、本当に今までマリオンの顔があった位置にあったのは胸だったのだ。

それもかなり豊かな胸だ。


では顔はどこだ?

それはもっと上だ。

俺は恐る恐る顔を上げた。


その顔はマリオンだった。

確かにマリオンの顔だ。


マリオンは俺を見て「私、人間になったよ」と言った。何も言えない俺にマリオンが「変かな?」と聞く。

俺はマリオンを見て「いや…大人になったのか?そこに驚いている」としか言えずにいた。


俺に喋りかけてくる声も顔もマリオンだ。

だがナイスバディな大人の女なのだ。


困惑する俺を見て「おそらくな…」と言ってルルが語り始める。


「可能性は2つだ。1つはマリオンが大人の女になりたかったのだろう。その願いが強すぎて元の身体を人間にするだけではなく大人へと成長をさせた。

もう1つは、今フィルに聞いたが身体は10歳くらいのマリーと言う人間をベースにしていて、心は13歳のマリーとマリオンを合わせた物だそうだ…。体の年齢と心の年齢を足したとしたら丁度このくらいの年齢になる。そう言うことだろう」


真剣に話すルルとは違い、当のマリオンはニコニコだ。

今も「カムカ、私人間の大人になれた。これでカムカと結婚出来る」と言ってカムカの腕に抱きついている。

ちなみに今のマリオンはルルの予備の服を着ている。

ルルには申し訳ないが胸元がキツそうだ。

そしてカムカに喜びを伝えるために飛び跳ねる度に胸がユッサユサと揺れている。

大人にはなれたが恥じらいとかそういうものは無い。

カムカも顔を真っ赤にしながら照れて困っている。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ぎょえぇぇぇぇっ!?」と言うルルの声で気がついた。

私はいつの間にか眠っていたみたいだ。

起きた時、自分の身体はまだ黄色い水中のなかにいた。


水の中の景色が今までと違っていた。

まず、黄色い色がかなり鮮やかで今までの世界より綺麗に見えた。


これが人間の目…。


指から腕を見る。

指は綺麗で…そう、お姉ちゃんやマリーの指みたいで腕につなぎ目は無くなっていた。


水槽から出るとルルは居なくなっていた。

そして水の中ではわからなかったが、音も良く聞き取れる。

篭ったような、響くような音がしない。

肌に当たる空気も分かる気がする。

裸足で乗った石畳の床が冷たいのもわかった。


これが人間の身体。

触ると今までより柔らかいし触った感触が凄いわかる。

ついしばらく全身を触ってしまった。

目は触ると痛かった。


マリーが目にゴミが入ったと痛がっていた事を思い出した。


そんなことをしているとルルがカムカを連れて戻ってきた。


私は嬉しくて「カムカ!」と名を呼んだ。

だが彼は驚いていて物凄く悲しくなった。


カムカは走って部屋を飛び出してお姉ちゃんを連れてきた。


お姉ちゃんも私を見て驚く。

もしかしたら私は何処かおかしいのだろうか?


そう思ったら悲しくなって涙が出てきて目の前が揺らぐ。


「マリオンちゃん!?」と驚いたお姉ちゃんは「どうしたの?」と言って私に近寄る。


「わた…私、人間…違う?なれ…なれなかった?」

「え?」


「皆、驚く…から…失敗…したのかな?」

何だろう泣くと思い通りに話せなくなる。


困惑していると「違うわ」と言ってお姉ちゃんが私を抱きしめる。


「マリオンちゃん、あなた今自分の身体に起きている事に気付いてないのね」

「身体?」


「腕を見てみて」

「腕?」


私は腕を見る。望んだ通りのつなぎ目のない身体。


「つなぎ目がないよ」

「ふふっ、そうじゃないわ。昨日より長くない?」


お姉ちゃんが優しく諭すように話してくれる。

確かに言われてみれば腕が長い。


「ねえ、今までマリオンちゃんは私の顔を見る時にどうしてた?見上げていなかった?」


そうだ、今は目の前にお姉ちゃんの顔がある。


「背が伸びているの。成長しているのよ」


成長?


「それにスタイルも凄くいいわ。私もルルさんもカムカもそれに驚いたの。生まれ変わったマリオンちゃんが大人になっていたからみんな驚いたのよ」


「本当?」と聞き返す私に「本当よ」とお姉ちゃんが言うと、ルルも「全くだ、何で成長したのか聞かせてくれ」と言い、カムカは「ああ…大人になっていて驚いただけだ、別にマリオンに変なとこなんてねぇよ。それどころか目のやり場に困るから隠すとこ隠してくれ」と言って真っ赤になってしまった。

彼が…カムカが私の裸を見て照れている。

物凄く嬉しかった。


カムカが出入り口でツネツギとテツイが入ってこないように見張ってくれている間に私は何をイメージして望んでいたのかをルルに聞かれたので答えた。

そして人形の時と何が違うかを聞かれたので、見えるものの鮮やかさ、聞こえる音のクリアさ、鎧を纏わないでも感じることが出来る空気の感じ、石畳の冷たさなんかを伝えた。


次はお姉ちゃんから身体について確認された。

お姉ちゃんにはマリーの知識があるし、水槽に入る前にルルに読ませてもらった本があったから大丈夫だと思うと説明をして、トイレの仕方とかを聞かれたので答えるとお姉ちゃんは安心した顔をしてくれた。


その間にルルが「予備の服だが」と言って服を渡してくれた。

ちょっと胸元がキツいと伝えたらルルに睨まれて、お姉ちゃんは困った顔で笑っていた。


そしてツネツギとテツイの前に行く。

2人も驚いていた。


2人の居る部屋には鏡があったので私は顔を見てみた。

そして今までの誰よりも私が驚いた。


「わぁ!!」

鏡の中に居る私は大人の女性だった。

顔はマリーだけどマリーをもっとお姉さんにしたような顔。

多分、マリーは私を見たら妹がお姉さんになって帰ってきたと怒るかもしれない。

そう思うとちょっと笑ってしまった。


そして何よりもこれでカムカと結婚が出来ると思ったら嬉しくてそのままカムカに抱き着いてしまった。


カムカは顔を赤くして恥ずかしそうにしている事で私が人形から人間になったんだとようやく実感することが出来た。


「とりあえず食事にしよう。これからは雷の力ではなく食事で動くのだからな」とルルが私を誘う。そして石をお肉に変えて食べさせてくれた。


私は初めての味に「何コレ!!凄い!凄い美味しい!!」と思わず大喜びでお肉にかぶりつく。

今までもお爺ちゃんが食事を出来るように作ってくれてはいたが、味はあまりわからなかったし、わかるのは熱いと冷たいばかりだったので本当に人間は凄いと思った。


「よく食べるのぉ…」と言ってルルが驚いていて、お姉ちゃんが「マリオンちゃん、人間は食べすぎるとお腹壊すから気を付けてね」と心配してくれる。

お腹壊すって…そう言えば昔マリーが食べ過ぎてお腹壊して苦しんでいたのを思い出した。


グリュリュリュ…


ん?

あれ?


下腹部の音はお姉ちゃんにも聞こえていたようで、お姉ちゃんが「あちゃー」と言う顔で私を見ている。


「お姉ちゃん…お腹痛い」


ナニコレ…

これが腹痛?食べ過ぎた腹痛なの?


私は初めての衝撃に驚いてトイレに駆け込んだ。


トイレの外からお姉ちゃんが「仕方わかる?」と聞いてくる。

そこら辺はマリーの所作があるから大丈夫だった。


トイレで苦しんだ私は食べすぎには気を付けようと思った…。

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