第55話 人間化。

マリオンは服を脱いで裸になっていた。

人形とは言えペック殿の拘りが凄く出ていて、細部に至るまで人間のそれである。

マリオンはベースになったマリーと言う少女を模して作られたというが、服の中の細かい部分まで似せているとなるとペック殿の仕事は丁寧さから狂気を感じてしまう風にガラリと印象が変わる。


しかしそんな事はマリオンには聞けない。


今マリオンは自身の身体に触れて「身体のつなぎ目、消えるかな?」と言っている。

顔や指と言った人目に触れる部分はかなり精巧に作られているが、全身鎧で見えなくなる身体の方はそうではなかった。

おそらく動き…機能性を優先したのだと思う。

普段は全身鎧に身を包んでいるので分かりにくいが大きな関節にはつなぎ目ができているのが裸になるとよくわかる。


私は「大丈夫だ」と言うとマリオンに本を一冊渡した。

いらない物などない。

何かしら使い道があるだろうと持っていた本が役に立った事で私は「やはり用意や準備に勝るものはない」と言いながら本の説明を始める。


「マリオン、これは人間の…それも女の身体について詳しく書かれている本だ。まずは一度小声で構わないから読み上げろ」


マリオンが言われた通り読み上げると横で聞いているフィルが気恥ずかしそうに赤くなる。


「よし、これでマリオンの中に女の身体とは何かと言うものが知識として入った。マリオン、これからお前はこの水槽の中に入ってもらう。その中でお前の全てを人間のそれに変貌させるのだ。いいな?」

私の言葉にマリオンは「うん」と言って頷く。


「基本的には人間の身体をイメージしつつ、なりたい自分もイメージするんだ。その中でつなぎ目のない身体もイメージしろ。元になったマリーの身体は見たことあるか?」

「うん、あるよ」


私は「よし、そのイメージがあれば大丈夫だ。それでは水槽に入れ」と言ってマリオンを水槽に入れ、その次はそこに黄色の液体を入れる。黄色の液体で水槽はあっという間に満たされた。


心配そうに辺りを見るマリオンに「大丈夫、この水槽も黄色い水も私が作った人工アーティファクトだ。息もできる。息をしてみろ。平気なら頷け」と指示をするとマリオンは息をしてみてから頷いた。


「よし、それでは眠れ。時間にして一晩といったところだろう。明日の朝にはお前は人間になっている。忘れるな意識のある最後までイメージを絶やすんじゃないぞ」




その声を聞きながらマリオンは自身が人間になれた時をイメージしていた。


カムカの横で笑顔を振りまく自分。フィルのように手足が長く、スタイルのいい人間の身体、つなぎ目のない身体、カムカの横でカムカの為に戦う自分。顔は鏡で見たことがある。マリーと同じ顔。マリーの顔を思い浮かべる。


いつのまにかマリオンは眠っていた。

黄色の水は透明から濁った黄色に変色していた。

中を伺う事はもうできない。


ルルは「よし、私たちは今のうちに人工アーティファクトを作るぞ」と言ってフィルと隣の部屋に戻って行った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


俺たちは隣の部屋でとりあえず2人が戻ってくるのを待っていた。

少ししてルルが戻ってきたので「マリオンは?」と聞くと「始まったばかりだ、明日の朝日が昇る頃には終わる。今日は泊まり込みだな」とルルが言う。


それを聞いてカムカが「じゃあ俺たちは魔物相手に修行でもしつつアーティファクトを集めるかな?」と言うので俺は「カムカは心配にならないのか?」と聞いた。


カムカは即答で「ならないな。ルルは今のところすげぇ奴だし、マリオンがルルを信じているなら俺も信じる」と言う。


カムカは凄いな。

これがもし御代の事なら俺は心配になってしまう。


俺たちが話しこむ前にルルが「さあ、男どもはさっさと行ってこい」と言って追い出そうとする中、テツイが「え?僕は役に立てないのでここで留守番を…」と不安げな顔で言った。


確かに一気に15階から20階に降りてきたのだ。不安にもなるだろう。だがルルは「いらん」の一言でそれを冷たく切り捨てる。

テツイの「ええぇぇぇっ!?」と言う悲痛な叫びも「なんと言おうがいらんものはいらん」と

ルルは切り捨てる。

それでも「でも…」と言って食い下がるテツイに「怪我が心配なら回復のアーティファクトも装備している私がいる。万一私でダメな時はルノレになって回復してやる」と言った。


ルルが言うにはルルは装備した全てのアーティファクトを問題なく使えるが、威力を求めた場合にはノレルやルノレになる事でその能力に特化することが出来て解決が出来るそうだ。理論上だがなと言っていた気がするが…


それでもグジグジモジモジするテツイは「まあ、大体の怪我なら私でも大丈夫だがな。ではお前は一体何が問題というのだ?」と聞かれ言葉につまり、俺から「諦めろよ、お前は俺のサポートをするんだろ。そもそも俺と別行動なんてウノもアインツも認めないだろ?」と言われると諦めて着いてきた。



20階は魔物が沢山出てきた。

今まで出てきた魔物の中でも住み分けができそうなものは含まれていたし、新しい魔物では一つ目の大きな鬼や全員毛むくじゃらの大男に、後は牛人間なんかも出てきて、比較的に人間型が多かった。


最初こそ、多少手間取ったのだが、しばらくすると動きには無事について行けるようになった。

武器は「勇者の腕輪」がS級のアーティファクトと言うことで最初から負け知らずなのがありがたい。


アーティファクトは大体見た事があるものばかりだったが、中に一つ変わったものが出てきた。

それはボクシングのグローブに良く似ていた。

カムカにこの世界にグローブはあるのかと聞いたらあるとは言っていたが、アーティファクトには詳しくないと言うので、昼ご飯も兼ねて一度戻りルルに確認をしてみた所「愛のグローブ」と言うC級のアーティファクトでこれを装備していればどんなに相手をタコ殴りにしても殺してしまうことはなく、殴られてできた怪我も一晩で治ってしまうという。


俺は不満げに「なんでこんな20階にC級があるんだよ」とルルに聞くとルルは「最初は規則的にアーティファクトを投棄していたが、手口がバレて面倒なことになると嫌だから後半は適当に投棄するようにしたと前に言っただろう?」と返してきた。


ああ、確かに言っていたな。それで20階に「愛のグローブ」か・・・

ただなぁ、それで行くと死ぬ思いをして20階まで降りてきたのに見つけたのがコレではなんとも報われない。


そんな事を思っているとルルが「丁度欲しかったところだ。私が貰うぞ」と言って「愛のグローブ」をしまってしまった。


俺は「誰か殴るのか?」と素直に思った事を口にしてしまうとルルは「今はしない。だがおそらく必要になるのだ」と言うとこれ以上は聞くなという目でおれを睨んできた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「愛のグローブ」をしまったルルが「丁度いいから食事にしよう」と言って奥の部屋から石と水槽に入った黄色い水、そして鉄板を持ってきた。


「…なんだそれは?」

「今は石だ」


「これが昼飯か?」

「そうだ」


「石を食べるなら一度上に帰らないか?」

「マリオンが居るから駄目だ」


何で20階まで降りてきて石を食さねばならないのだ?

俺がそう思っているとフィルさんが口を挟む。


「あ、これが話していた鹿肉になる石?」

「そうだ」


…ああ、そう言われてみればそんな話もあったな。


ルルが「見ておれ」と言い石を一つ取り出すと「お前は石だが石ではない。わかるか?お前は石ではない。上手い牛肉だ」と石に向かってブツブツと恐ろしい事をつぶやき黄色い水に沈める。すると水は透明な黄色から濁った黄色に変わりしばらくすると透明な黄色に戻った。

ルルが「できたぞ」と言って水に手を突っ込んで中にあった石を引き揚げる。



「あ!」

中の石が赤い牛肉に変わっていた。

それを鉄板に乗せるとジュウジュウと音を立てておいしそうな匂いが出てくる。


ルルは「どうだ?悪くない昼ごはんだろう?」と言い、ナイフで綺麗に肉を切り分けて塩コショウを振った後、一切れずつ俺達に配った。

味は高級な牛肉の味になっていて、これが石だったとは見ていた人以外には知る由も無いだろう。


俺が興味から「鉄板も肉を載せたときだけ焼けるんだな」と聞くとルルが「この鉄板も私が作った人工アーティファクトだ」と胸を張って自慢をしてくる。


俺が凄いなと思って居るとカムカが「でもさ、どうせなら愛のフライパンにしてそれが火のないところでも肉が焼けるようにしたらもっと良かったんじゃないか?」とコメントをするとルルは「うっ!そんな考え方があったか…」と言ってがっくりとうなだれた。


まあ、俺はルルの気持ちもわかる。

作れるうちは自分の考えが最適だと思って突っ走る。そして後で気づいてみたり今みたいな的確なコメントを貰ってショックを受ける。


ルルも案外人間らしいところがあるなと思った。


その後も、皆で猪や熊を食べた。

ひとしきり食べた後で俺は一つのことが気になってしまった。



俺は神妙な顔で「なあルル」と声をかける。

「何だ?」

「この水槽を転用して新たな人工アーティファクトを作れないかな?」


ルルは「何が欲しいんだ?言ってみろ」と言うので俺は概要を説明するとルルは「ほう・・・それは面白い」と言って俺を見た。


「混ざらないかが心配なんだが…」

「そんな事は問題にもならん。容器側に能力を付与する」


「じゃあできるのか?」

「任せておけ」

そう言うとやる気に火のついたルルはマリオンの人工アーティファクト作りをフィルさんに一任して作業に取り掛かってしまった。


フィルさんが二人でも大変だったのにと言う目で俺を睨みながら「ツネツギさん…、ルルさんに何を言ったの?」と聞いてくる。

俺は「夜ご飯を美味しくする為のものです。…ごめんなさい!!」と言うと逃げるように部屋を後にし、また20階で修行をすることにした。



「修行…いい響きだぜ」

カムカがしみじみしながら魔物の頭を握りつぶす。

多分、今の魔物はゴブリンとかそういう奴だと思う。

ゴブリンを見ていると、何か家でやっていたゲームの中に居るような錯覚を覚えてしまった。


午後は魔物を倒す以外はアーティファクト探しと言うより石探しに没頭した。


「なあカムカ?この石美味しそうじゃないか?」

「ツネツギ様!こちらにとても美味しそうな石がありますよ!!」

「でかしたテツイ!」


ずっとこんな感じだった。


夜…とは言っても奈落の中なので時間はわからない。

疲労と空腹で「おそらく夜」なだけだった。



ルルの元に帰ると「おお、できておるぞ」と言ってルルが出迎えてくる。

流石に気になるのかカムカが「なあ、マリオンは?」とルルに聞くとルルは「水槽の水は濁ったまま。今は作業が終わるのを待とう」と言って落ち着き払っている。


ルルは「今はこっちが先だ」と言って水を入れる皮袋を持ってきた。


「この中に水を入れれば液体も願ったものが作れるようになったぞ」

「出来たか!ありがたい!」

俺は喜んで皮袋のアーティファクトに水を入れて調味料を出してみた。


無事に調味料は俺の望んだ味になったが、おろしポン酢だけは無理だった。

多分、大根おろしに難があるようだ。


カムカが焼肉のタレを舐めて「これがツネツギの世界の味付けか…美味いな」と言って喜ぶので「焼肉のタレって言うんだ。焼いた肉にコレをつけて食べる」と説明をする。


カムカが真似をして皮袋で焼肉のタレを作ってみたが俺のものとは同じ味にならなかった。

食べられはしたのだが、似た非なるものと言えばいいのか何かが違う味だった。


ルルは微妙な顔をする俺に「まあ、アーティファクト自体は突き詰めればイメージを形作るだけだからな、多分材料から何からカムカのイメージとツネツギのイメージに誤差があるのだろう」と言う。


成る程、カムカがこの世界の材料で焼肉のタレを作ればこうなったと言う形か…

ルルが「満足か?」と俺に問うが俺は「ああ、あと一つ」と言って皮袋を持って醤油を作る。


「これは?」

「醤油だ。俺の国の調味料。これがどうしても恋しくてな」


「ショーユか…変わった名前だな」

「ああ、そして…」

俺は石を手に取り「お前は魚肉だ、白身の魚肉だ」と言って水槽に沈めて魚肉を取り出す。

出来た魚肉を鉄板で焼魚にして醤油をかけて食べる。


「コレだよコレ!!美味い!!」と言った俺は手が止まらずに石一個をペロリと食べてしまう。横で見ているルルが「泣く程嬉しいのか?」と笑いながら呆れた感じで聞いてくる。


「当たり前だ!ずっと食べたかった味なんだぞ!!」

「まあ、私の研究が人を喜ばすと言うのも悪い気はしないな。それに奈落の石は次の日になるとまた生まれてくるからな。好きなだけ食べてくれ」


俺たちはその声に合わせてひたすら石を食べた。

焼肉のタレは好評だったのに醤油とポン酢はイマイチだったのが釈然としなかったが兎に角俺は久し振りに日本の味を食べられて満足だった。

余談だが、フィルさんは焼肉のタレに免じて俺を許してくれていたようだった。

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