東の勇者-勇者召喚。

第46話 イーストの現状・勇者召喚。

サウスの国境に張られ続けていた結界のような雷が途切れたという報告が入った。

その後、数日して今度は昼の間だけ結界が張り続けられ、夜は兵士が国境を見守るようになったという。


風の噂では王が変わったと聞いた。

これは攻めてこられる前兆なのか?

この15年間、一切の交流を断ち情報が入って来なかったのでサウスでは何が起きているのかわからない。


我がイーストは13年前に起きたあの大破壊で国としての形は殆ど残っていない。


そもそも、イーストはサウスのように村を分ける形ではなく、国の中央、城の周りに巨大な街を作る形だった。

それがあの大破壊で大きく変わってしまった。


「創世の光」というアーティファクトがどこからともなく国にもたらされた。


出自を疑う声もあったが、ノースとウエストが戦争を始めていて、サウスは国境に結界を張っている中で力を求めた事は致し方ないことかもしれない。


攻撃に特化した高威力のS級アーティファクトと言う事だけしか聞かされていなかったが、高威力という言葉を甘く見ていて、街から少し離れた場所で国から選ばれた者がアーティファクトの力を発動した。


閃光と爆発、そして気化。

物凄い爆音が遅れて城に届く。

城から見えた景色は地獄だった。

発動をさせた場所を中心に城の入り口ギリギリまで消滅していた。

綺麗に整った円形にえぐれた大地。


その底でアーティファクトを発動させた者が呆然と立ち尽くしていたという。



被害はそれで済まなかった。

発動させた者はその後原因不明の病によって死んだ。

かろうじて生き残っていた爆心地付近の住民も次々に原因不明の病にかかって死んで行った。


そして大地が汚染され草が枯れた所で「創世の光」が原因だったのではないかという話になった。


我らが王は元々アーティファクトに対しては猜疑的な方であったのだが、これを皮切りに国内のアーティファクトを集めて廃棄する考えを持ち始める。


家臣達の制止を受け、国政に携わる者や一部の兵士にはアーティファクトの所有が許された。


国に伝わるアーティファクト「迷宮の入り口」で大穴に地下30階の迷宮を作り、その最深部から上層までの間にアーティファクトを廃棄してきた。

その後は盗掘が横行してしまったので最深部に魔物を呼び出せるアーティファクト「地獄の門」を設置して発動させる事で対応した。


これで全てはうまく行ったと思った。


後は少しずつでも人の暮らしを取り戻していき、イーストは脱アーティファクトでやっていくのだ…


[ノースの戦争が終わるまでに国を整える]

その王の言葉に従っていたのだが、8年前に王は道半ばに息絶えてしまった。



跡を継いだ王子は王とは全く違った。

率先して大穴の迷宮から引き揚げたアーティファクトを買い上げては選別を行い、不要なアーティファクトはまとめてノースに売った。


大穴の迷宮から引き揚げたアーティファクトを新しい王は買い取ってくれる。


その噂がいつしか国全体…国を越えてノースにまで響き渡るようになると、腕自慢が大穴に集まるようになってしまった。


そして大穴の迷宮はいつしか奈落と呼ばれるようになった。





城の会議。

今日の議題は万一サウスが攻め込んできた場合と言うものだった。


サウスの新しい王に戦闘の意思はないと記された書簡を国境の兵士から渡された。


だがそれは今だけで明日にはどうなるかわからない。

このイーストの惨状を目の当たりにして制圧を試みる王が居たとして、なんの不思議もない。


だが、前王の意志に従って多数のアーティファクトを放棄した我々には、あの力と戦う術はそうない。


白い服を着た気の弱そうな老人が「ここは、サウスに協力を求めて国を建て直してはどうでしょう?」と言うと赤い服を着た気の強そうな老人が「いや、ここは我々もアーティファクトをかき集めて軍備増強に出るべきだ」と反論をした。


議論はそのままヒートアップしていき、最早議論ではなく意見を押し付けあっている。

黒い服を着た中年の男たちがため息をつくと、2人の老人がはたと気付いて大人しくなった。


黒い服の男は「王、王はどのようにお考えですか?」と1人の青い服を着た青年に声をかける。


「私は、話し合いを行うにも力は必要だと思っている。アーティファクトが必要だ…。それも力のあるアーティファクトだ…。そう…この国をこれほどまでに破壊したあの力…「創世の光」のような力だ」


この言葉に白服の老人が「しかし王…だれがアレを取りに?」と青い服の青年…王に聞くが王は黙ったまま返事をしない。暫くすると赤服の老人が身を乗り出して「王、私たちにお任せください」と言う。


「では任す」と言った王は赤服の老人を見る事なくそう言って立ち上がって部屋を後にして黒服の男は跡を追う。

その後ろ姿に「早速」と言って赤服の老人は部屋を後にする。



残された白服の老人が「どうやって奈落の最下層でアレを回収すると言うのだ…?」と呟きすぐに「まさか…あやつ!!」と言って目を見開くと「やらせてはダメだ…。何としてでも止めてみせる」と言う。

その目には激しい感情の動きを感じた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


20人がゆったりと座って入れるような大きさの部屋。

その部屋の真ん中に一対の腕輪が置かれていた。


その腕輪を囲むように4人の男たち。

そしてその後ろに1人の男。


後ろの男が「始めてください」と声をかけると腕輪を囲んだ4人の男たちが腕輪に向けて手を伸ばして一斉に「【アーティファクト】」と唱えた。




何も起きない。

今回も失敗か?


またあの方からお叱りを受ける。

後ろの男がそう思ってため息をついた瞬間。



腕輪から小さな稲光が何本も発生した。

そのまま小型の嵐と呼ぶべきか、腕輪を中心に竜巻が発生した。


男は思わず「成功か!」と喜ぶ。


しばらくすると竜巻が収まり始めた。

今は竜巻のせいでよく見えないが、竜巻が収まればその中心に勇者がいるだろう。


男達が見守る中竜巻が収まるとその中心にはひと組の男女が居た。


女性が先に異変に気付き「…ここどこ?」と言いながら辺りを見回し「お兄(にい)?起きて!!お兄!」と言いながら横に居る男性を起こす。


兄と呼んでいる。


夫婦ではなく兄妹か…

男が2人を見て思っている。


男性も「う…ん?…なんだここ?」と言いながら目を覚ましたので、男が前に出て「よく、来てくださいました勇者様」と話しかける。


妹の方が「勇者?」と聞き返してくるので男は微笑みながら「はい。あなた様はアーティファクト「勇者の腕輪」に選ばれた勇者です」と説明をした。


その会話中、男と妹の間に兄が入り込み「と、言うか…。お前誰?ここどこ?」と聞いてくる。


男は「ああ、失礼致しました」と言い「私の名前はテツイと申します」と名乗る。

テツイはそのまま「もしよろしければ勇者様のお名前もお教えいただけますか?」と言った。


「俺は勇者とかよく知らないけど、伊加利…伊加利 常継(いかり つねつぎ)、こっちは妹の御代(みしろ)」

男が名乗りテツイが「イカリツネツギ様とミシロ様ですね?」と聞き返すと「違う、ツネツギとミシロだ」と返される。


「…そうですか。ツネツギ様とミシロ様ですね。よろしくお願いします」

勇者とテツイが名前を伝えていると、ドタドタと部屋に入ってくるものが居た。


「おお!勇者様!!いらしてくださいましたか」


それはあの赤い服の老人だった。


「何このジイさん?」

「ツネツギ様!この方は三大臣のお一人、アインツ様です」


常継の疑問にテツイが答えると常継は「大臣?と言う事は偉いんだ」と言ってアインツの顔を見る。


アインツは嬉しそうに常継を見て「おお、まだ勇者様は召喚なされたばかりで混乱なさっていらっしゃるようだ」と言い、テツイに「テツイ、勇者様を別室にご案内し、落ち着かれたら状況をご説明して早速奈落へと赴いていただけ、わかったな」と言った。

テツイはこの展開に「は、早速でございますか?」と聞き返す。


「何か問題が?」

「いえ…、仰せのままに」


アインツとテツイが話している間に常継が「御代、立てるか?立てるなら帰ろうぜ」と声をかけて妹の御代が「うん」と返事をする。常継は御代を立たせると勝手に部屋を出て行こうとした。


それに気づいたテツイが「お待ちください勇者様」と言って慌てて止めに入る。

常継は「何?俺たち帰るんだけど、と言うかさっきも聞いたけど、ここ何処?答えてくれないから、自分たちで出口探そうかなって思ったんだよね」と言いながら再び部屋を出ようとする。

このやり取りを見ていたアインツが常継の後ろに隠れて見えなかった御代に気付き「なんだその女は?勇者様はこの男ではないのか?」と言って驚き、テツイが「ミシロ様はツネツギ様の妹君だそうです」と慌てて説明をする。


「で?どっちが勇者なんだ?」

「それはまだ…」


そう言った瞬間にテツイの身体は宙を舞った。


「役立たずが、そう言うものを調べるのがお前の仕事だろう」

「は…はい。申し訳ございません。」


この痩躯の老人のどこにそんな力があるのだろう。

一撃で子供と見間違えられる大きさのテツイを殴り飛ばせるとは思っていなかったので常継は驚いた。


苛立った顔のアインツが「もういい、全て滞りなく進めろ。私には報告だけをしろ!いいな!」と怒鳴ると「誰だ、うるさい!!何をしている」と聞こえてくる。

声の先、部屋の入り口には先ほどの白い老人が立っていた。

白い老人はアインツを見て「アインツ…この部屋で何を…」と言いながら部屋に入って来て常継と御代をまじまじと見て「この人間はまさか…お前は勇者か?」と言った後で「どちらが勇者なんだ?」と言っている。


「俺も妹もそんなの知らねぇよ…、てかさジイサン。俺たち帰りたいんだけど、ここどこ?どうやったら帰れる?場所を言ってくれたらスマホで検索すっからさ」

常継が白い服の老人にそう詰め寄っている時に御代が「え!?嘘!!」と叫ぶ。


白い服の老人から妹に視線を動かした常継が「どうした御代?」と聞くと青ざめた御代が「お兄、スマホがない!」と告げる。


常継も慌てて自分の身体を触れると「嘘だろ…俺も…。無い!!?」と言うなり白い服の老人に「おいジイサン、俺のスマホどうした!?てか財布もねぇ、時計もなんにもねえ!これどういう事だ!!」と詰め寄る。


白い服の老人が「わ…私は知らない。それよりもお前たちは勇者か!?」と聞き返すと前に赤い服の老人…アインツが笑顔で出てきて「イー大臣、ここは落ち着いてください。この者たちも自身は勇者ではないと言っているではありませんか」と言う。


「ではなぜこの部屋に居る?」

「召喚の儀式の練習です」


「ではその見慣れぬ服装は何だ!?」

「それは呼び出された勇者様がお召しになっていると思う服装をまねただけです」


「スマホとはなんだ?何故この場の事も何も知らない?」

「ああ、それは徹底的にリアリティを追求したテツイが罪人に薬物を投与して、自身は召喚された者と思い込まされておったのです」

アインツの説明に納得がいかないイーが言い返し、それにアインツも言い返す。


最終的にはアインツが「まあ、とにかく勇者なんておりません。イー大臣は落ち着いてください。私はまだ執務が残っておりますので失礼しますぞ」と苦しい言い訳をすると部屋を去って行ってしまった。


イーが何かを言おうと周りを見たが、全員イーとアインツのやり取りの間に部屋を出て行ってしまった様子だった。


取り残されたイーは「くそっ!あれは絶対に勇者だ。勇者の奈落行きだけは何としてでも阻止してやる!!」と怒りながら部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る