第29話 マリーとマリオン、人形と人間の違い。
79回目の時間。
僕はペック爺さんの家に入った時にした。
目の前には小さな女の子、マリオンが居た。
「お帰りなさい。おじいちゃん」
「あ、ドフおじいちゃん!いらっしゃい!」
マリオンはガミガミ爺さんに気付くとペコリと頭を下げて挨拶をした。
マリオン…マリオンも跳ばしてみたが、なんだかうまく行っていない感じがする。
僕は確かめるために「マリオン」と呼びかけて見た。
マリオンは意外そうに「え?お兄さん、私の事知っているの?」と聞いてくる。
「うん」と応えた僕は「このブローチを付けてくれないかな?」と言って「記憶の証」を見せたところでペック爺さんが来た。
ペック爺さんは怖い顔で「ドフ!あの秘密を喋ったのか!!」と言うとガミガミ爺さんを睨む。ガミガミ爺さんは「話したのはお前だ。今から説明してやるから黙って見ていろ」と言ってペック爺さんを黙らせる。
このやり取りを見たジチさんが「おやおや?もしかしてお姉さんは置いてこられた感じかな?話が見えないよ」と言い、フィルさんが「ごめんなさいジチ。後で話すから見てて」と言うと納得をしてくれた。
僕は改めてマリオンにブローチを渡すとマリオンが「え?とりかえるの?」と聞くので、僕は頷いて「そうして」と頼む。
「なんであのブローチが二個もあるんだ?ドフ!!」
「うるせえな!小僧が何とかしてくれるから黙ってみてろ!」
ガミガミ爺さんとペック爺さんが怒鳴りあいを始めてしまった。
僕は2人のやり取りを無視してマリオンにブローチを付ける事を促した。
「うん、わかった」と言ってブローチを着けかえたマリオンが倒れこむ。
僕は慌ててマリオンを受け止めると、ものの数秒でマリオンは目を覚ました。
そして僕を見て「ああ、アンタかい?約束を守ってくれたんだね」と言ってマリオンは顔をこちらに向けてきた。そんなマリオンに僕は「これから次の次を始めるよ」と伝える。
「なんか悪いね。全部知ったんだよね?」
「マリオンって名前なのも知ったよ」
「じゃあ全部だね」
「そうなるかな?僕は今から村の外のマリーを助けてくるよ」
「よろしく頼むよ。一回前はどうだった?」
「助けられたけど失敗もした。それを踏まえて今回は成功させるから大丈夫」
この言葉にマリオンは「そっか、じゃあ私はここで待っているよ」と言って見送ってくれた。
僕は外に出る。
外に出ると例の6人が遠目でこちらを見ているのがわかった。
僕は横にいるカムカを呼ぶとカムカは「どうした?」と聞いてくる。
6人の方を見て「あの6人が居る」と伝えるとカムカは怒気を含めた声で「!!?アイツら!!」と言って6人を見てしまう。
僕が「バレるよカムカ」と注意をするとカムカは「かまうもんか」と言った。
確かに今考えたが構わない。
「カムカ、あの6人をフィルさんと2人で捕まえておいてよ」
「いいけど、何をするんだ?」
「村長に連絡をさせないんだ」
「そういう事か、わかった」
僕はカムカに鎖をガミガミ爺さんに渡すように言うとカムカは「キヨロスが倒すまでには戻ってくるぜ?」と言う。
僕が「それでも何が起きるかわからないから」と言うとようやくカムカは鎖をガミガミ爺さんに渡してくれた。
「行ってくるよ」
「小僧、すまないな」
ガミガミ爺さんが見送ってくる中、僕は振り返らずに村の外に向けて歩いていく。
村の外には亡霊騎士…マリーが佇んでいる。
陽の光を浴びて回復しているのだろう。
「マリー」
僕が声をかけてもマリーは反応できない。
「悪夢の兜」がある限り仕方がない。
剣を抜いてマリーに向き合う。
今回はあまり距離を離さないで戦おう。
万一跳ね返したアーティファクト砲が当たる事は避けねばならない。
額の制御球が緑から黒に変わった。
もうすぐ赤に変わる。
先制攻撃も考えはしたが、万一身体に悪影響が出ても良いことはない。
大人しく赤に変わるタイミングを待つ。
マリーがいつも通り咆哮をあげる。
さあ、マリーを助けよう。
僕は後遺症の残らなそうな部分を重点的に叩くことにした。
頭は目が見えなくなったり、首に後遺症が残っても困る。
肩は腕が上がらなくなっても困る。
手は指に障害が出ても、足は歩行に障害が…
そう思うと狙える部分が人体にはほとんどない事に気づかされる。
頭を切り替えてダメだったらまた跳ぶ事にしようと思う事にする。
「マリー、ごめん!!」
僕は一応謝ってから全力でマリーを攻撃する。
鎧を着こんでいる間はダメージの程が見えないのが問題だ。
脱いでから実は折れていましたと言う話になるのが厳しい。
僕は続けて攻撃を当てる。
距離を取ろうと離れれば近づいて滅多打ちにする。
しばらくするとマリーが膝をつく。
僕はその隙を見逃さずに思い切り剣を振り抜いた。
仰向けで倒れたマリーは動かなくなった。
視線を逸らして再度動かれても困るので振り向かないで「鎖を!!」と言うと鎖を持って出てきたのはガミガミ爺さんだった。
6人の確保より僕の方が速いというのは信じられなかったので「カムカは?」と聞くとガミガミ爺さんが「何か1人逃したとかで追っかけてる」と教えてくれた。
逃げた1人か…あまり問題はないかもしれないが用心に越したことはないな。
僕達は大急ぎでペック爺さんの家にマリーを連れ込むと、途中で5人を連れたカムカ達に会う。
カムカは捕まえた5人を指差して「これ、どうするんだ?」と聞いてくる。
僕が「また手足をへし折って何もできなくする?」と提案すると5人は怯え切って震えた。
手足を折る提案は「とりあえず鎖に縛って木にでも吊るしておこうぜ」と言うカムカの提案で却下になる。
まあ、カムカの提案が一番もっともだ。
「じゃあ、カムカ頼める?」
「おう、すぐに終わらせて合流するぜ」
ペック爺さんの家ではペック爺さんはマリオンから説明を受けていた。
にわかには信じられなそうだったが、担ぎ込まれたマリーを見て「本当に君が倒したのかい?」と正直に驚いてくれていたが、すぐにペック爺さんが肩を落として「でも、せっかく行動不能にしてくれても制御球が無いとマリーは…」と言う。
僕は「はいガミガミ爺さん」と言って制御球を出す。
受け取ったガミガミ爺さんが「ペック、やるんだ」と言ってその制御球をペック爺さんに渡す。
制御球を受け取ったペック爺さんは「これは?どうして…」と驚くとマリオンが横で「だから言ったでしょ?コイツが前の時間に村長の所から取ってきてくれたんだって」と説明をする。
制御球と僕とマリオンを交互に見て困惑するペック爺さんにガミガミ爺さんが「ほら、ペック早くしろ!」と言うとペック爺さんが「う…うん。全アーティファクトの機能を停止」と制御球に声をかけると亡霊騎士の威圧感が消えた。
後は俺たちがやると、ガミガミ爺さんを筆頭にマリオンとフィルさん、合流したカムカが鎧を脱がせ始める。
ここで僕は「そういえば」と言ってペック爺さんに気になった事を聞くとペック爺さんが「なんだい?」と聞いてくる。
「もし戦闘前にアーティファクトの機能を停止していたらマリーはどうなっていたの?」
「鎧の重みや、仮に動いていれば急停止した影響で、全身大けがで骨がバラバラになっていたかもしれないね」
「止める手順ってあったの?」
「想定していた停止方法は…まずは、制御球で「大地の核」からの供給を停止して、動けなくなるまで数日放っておいて、弱ったところで機能を停止して鎖で縛りあげるんだよ」
それを元々はマリオンにやらせようとしていたのか…
結果はうまく行ったが、もし僕たちが居なければどの道マリオンが色々なものの犠牲になっていたのかと思うとあまり気分は良くない。
少し苛立つ僕にフィルさんが「キョロくん。外れたわ」と声をかけてくれたのでマリーの元に向かう。
マリーに主だった外傷は見当たらない。
数時間の違いからなのか、顔色も先ほどよりも良く感じる。
ただ、先ほどと同じで起きる気配はない。
マリーの顔を見てマリオンが「マリー、良かった」と言って僕を見て「アンタ本当に凄いね。ありがとう」と感謝を述べてくれる。
そんな中、ペック爺さんはまだ起きないマリーを抱きしめて泣きながら「マリー、ああ良かった」と言っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ペック爺さんとマリオンがマリーを奥の部屋に運んでいく。
僕はその後ろ姿を見ながら先程から気になっている最悪の状況を考えて一つのお願いをすることにした。
「ガミガミ爺さん」
「あ?どうした」
「一個お願いを聞いてください」
「なんだよ急に、一応終わるもんは終わっただろう?」
今だけだとそう思うが、僕には心配事が二つあった。
一つは村長の事で、もう一つは今さっき気になった事だった。
「今すぐ、僕の剣とマリーの鎧をメンテナンスして、後は悪夢の兜から暴走状態になる部分を取り外してください」
「小僧、お前…何だって」
ガミガミ爺さんは全てが終わった気になっていてすぐに行動をしてくれない。
僕はその事に苛立つ、そして時間が惜しかったので「いいから!!」と声を荒げてしまう。
そんな僕の姿にフィルさんが「キョロくん?」と言いながら心配そうに僕を見ている。
「フィルさん、フィルさんの鎧もガミガミ爺さんに余裕があればメンテナンスをして貰って欲しいんだ」
「いいけど、どうして?」
フィルさんも納得の行っていない顔をしている。
カムカまで心配そうに僕を見る。
僕は「最良の結果の為に必要な事なんだ」と言って追及を辞めさせる。
後、今できる事を用意しておこう。
「カムカ、外の5人を最悪殺しても構わないから6人目とこの少ない時間で接触をしたか聞いてくれ」
僕が殺すと言う言葉を使ったからフィルさんが過敏に反応してしまい慌てて「キョロくん!?」と言って僕を見て真意を探ろうとしている。
「フィルさん、僕は今ギリギリにいるけど大丈夫。でも今この考え方を放棄しちゃうと最良に届かなくなるから見逃して」
「殺しはしないけど聞けばいいんだろ?行ってくるよ」
「じゃあ、お姉さんも行ってこようかね」
カムカに合わせてジチさんが行く。
その姿を見届けたガミガミ爺さんが「俺はとりあえずメンテナンスすればいいんだろ?」と言って作業を始めてくれる。立ち尽くすのは僕とフィルさんだけになり、フィルさんが「キョロくん、どうなっているの?」と聞いてきた。
「僕はマリーだけじゃなくてマリオンも助けてあげたいんだ。でも今のままで僕の悪い予想の通りになるとマリオンが酷い目に遭うからそれを止めたいんだ。だから今は許してね」
物言いは厳しいかもしれないが、顔つきはいつも通りの僕だと自分では思っている。
フィルさんは僕の顔を見て少し考えた後で「わかったわ。私はキョロくんを信じるね」と言ってくれた。
しばらくするとマリオンがこっちにきた。
そして「マリーが目覚めたわ」と言った。
僕はマリオンに「マリオン、ちょっと話がある」と言って横に居たフィルさんに「フィルさんは先に行ってて」と言うと、僕を信じると言ってくれたフィルさんは「ええ、わかったわ」と言って先に奥の部屋に行く。
怪訝そうな表情のマリオンが「何よ?どうしたの?マリーが目覚めたのよ」と言って奥に行かない僕を訝しむので、僕はやや素っ気ない感じで「そうだね」と返す。
「これで全部丸く収まったわよ」
「今のところはね」
「アンタ、何を言っているの?」
マリオンは更に訝しげに僕を見る。
「マリオンが幸せになる為の事を考えていて、今のうちに言っておきたい事があるんだ」
「それって何よ?」
「マリオンは道具じゃない。ましてや使いつぶされてもいい道具ではない。そういう事だよ」
マリオンも何処かで僕と同じ考えがあったのだろう「アンタ…」と言って僕を見て何と言おうか悩んでいる感じだ。
このままマリオンが何も言えないまま話が終わると同時にフィルさんがこちらに駆け寄ってきた。
フィルさんの顔つきは険しくて「大変!!マリーちゃんが!!」と言った。
やはり一つ目は想像通りの内容になりそうだ。
俺もと言うガミガミ爺さんを制止して僕達だけで奥の部屋に行く。
マリーは起きていた。
起きていたが起き上がれてはいなかった。
そんなマリーの横でペック爺さんが「マリー、おお可哀そうに」と言って泣いている。
「マリーちゃんね、今回も首から下が言う事を効かないらしいの」
フィルさんが残念そうに言っている。
僕はひとまずもう一度寝てみて様子を見ようと提案をした。
マリーも疲れているのだろう。すぐに眠りについた。
全員で部屋を出ようとしたがペック爺さんは出なかった。
部屋を出てガミガミ爺さんの居る部屋に戻ると横に居たマリオンの顔色が優れない。
僕は「マリオンのせいじゃない」と言うがマリオンは「…でも、人形の私がこうして普通にしていてマリーが動けないと言うのは辛いんだよ」と言って下を向いてしまう。
そんな暗い空気の中、しばらくしてカムカとジチさんが戻ってきた。
僕が「遅かったね」と言うとジチさんが「ダメだったよ。お姉さん達が行った時には6人目に状況を伝えた後だった。それで頭に来たカムカがボコボコに殴り倒してたんだよ」と教えてくれる。
カムカは照れ笑いと言った感じで「後何か聞く事とか無かったよな?今ちょっと全員寝ているんだよな。ははははは」と笑って誤魔化すので僕は「ああ、もう事が終わるまでは、縛り上げておけばどうでもいいよ」と言った。
ジチさんは「で、あの子の様子はどうだい?」と言って奥の部屋に視線を向ける。
僕達はあまり芳しくないことを伝えるとカムカが「そうか…で、キヨロスは何を考えているんだ?」と聞いてきた。
僕が奥の部屋を見ながら「この先起きる事と対処法を考えているよ」と答えた時、ガミガミ爺さんが「無理、限界」と言い出した。
フィルさんが心配そうに「お爺ちゃん?」と聞くとガミガミ爺さんは「小僧の剣にこの鎧をやったら俺の「混沌の槌」に雷の力が溜まりすぎちまった」と言ってお手上げポーズを取る。
僕が「全部終わった?」と聞くとガミガミ爺さんは僕に剣を戻しながら「剣は終わった。鎧は胴体以外なら終わっている」と言う。
「じゃあ奥の部屋に行って樽に入れてきたら再開してくださいね。フィルさんの鎧と何だったら僕の鎧もやってください」
次々とメンテナンスをするように言うとガミガミ爺さんが「小僧、一体どうしたって言うんだよ?」と聞いてくる。
「いいから、時間が無いんです」
僕は厳しい顔をしてしまっているのだろう。
皆が引いているのはわかるが時間は待ってはくれない。
「わかったよ…」と言いながらガミガミ爺さんが奥の部屋に行く。
その後ろ姿を見たマリオンが何かを察して「アンタ…」と言いながら僕を見た。
僕はマリオンに「多分、その通りだよ」と告げていると、ヘトヘト顔で戻ってきたガミガミ爺さんが残りの鎧とフィルさんの鎧のメンテナンスを再開する。
そしてしばらくするとマリーが目を覚ました。
問題はこの先だ。
フィルさんとジチさんに先に入ってもらう。マリオンとカムカには話があると告げる。
カムカは僕を見て「どうしたんだよ?」と聞いてくる。僕はカムカを真っ直ぐに見て「カムカ、お願いがあるんだ」と言う。
「だからどうしたんだよ?」
「マリオンを守ってくれ」
「んあ?何だそりゃ?もう危険はないだろう?」
「いいから、カムカのルールで構わないからマリオンを守ってくれ」
僕の言葉にカムカは少し困った顔をした後で「…んー、まあキヨロスの頼みだから受けるけど、全部終わったら説明してくれよな」と言った。
その横でマリオンが「で?私には何の用事?」と聞く。
「マリオン、君はカムカに守られるんだ。そして自分を大事にするんだ。いいね?」
「はいはい。わかったわよ」
マリオンは多分僕の考えを察しているのだろう。反論もなく受け入れると「ありがとね」と言って奥の部屋に行ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結論から書くとマリーの身体は痺れてはいないが動かなかった。
ペック爺さんは僕の倒し方が乱暴すぎたからだと責め立ててきた。
フィルさんとジチさんが僕は最大限出来る限りの事をしていたと擁護してくれたが、ペック爺さんは冷静な判断が出来ない様子で僕に対して怒り狂っていた。
カムカが武術の知識で触診をしてみた結果、マリーの両手両足の骨が折れていると言っていた。
多分、戦闘以外にも幼い女の子が1年半もあの鎧の中に居たと言う事が問題だったのではないかと言う話だ。僕が滅多打ちにした頭や胴体の骨は折れていなかったのでカムカの見立ては間違いないのかもしれない。
だがカムカは折れているだけで身動きが取れない理由がわからないと言っていた。
僕は何となく理由をわかっている。
だが、いまはそれを口にはしない。
ペック爺さんは折れているという言葉に過剰に反応をした。
僕のせいだとまた責め立てたが、カムカに胴体は無事なのだからと諭されて反論が出来なくなっただけで納得はいっていない顔をしている。
マリーは話の間にまた眠ってしまった。まだまだ疲労が抜けきらないのだろう。
眠ってしまったマリーを見て頭を抱えたペック爺さんは、マリオンを見てこれしかないと言う顔をした。
「マリオン!!!」
突然ペック爺さんが発したあまりの声量にフィルさんが身を強張らせる。
ペック爺さんはベッドで眠るマリーを見て暗い顔をしているマリオンに「マリオン、お前なら僕の気持ちがわかってくれるよね?どうかその回復の力でマリーを助けておくれ?」と言った。
ああ…やはりだ。
やはりそうなった。
僕の予想通りペック爺さんはマリオンを犠牲にしてマリーを助ける事を思いついてしまった。
カムカがマリオンとペックの間に立ちはだかって「何言ってんだ!?回復の力を使うとマリオンは倒れるんだろ?」と言うとペック爺さんも「どいてくれ、マリオンは人形兵士だ。倒れても雷の力を使えばまた起き上がる」と言って諦めない。
「ダメだ」
「孫の為に使えるものを使って何が悪い!!」
「マリオンもあんたの孫だろう!」
「だが人形兵士だ!!私が作った存在だ!!」
…思っていても言ってはいけない一言だ。
そう思うのなら心を与えてはいけない。
現にマリオンは愕然とした顔をしている。
僕は苛立ちを抑えながら状況を見守るとカムカが「それなら俺がやる」と名乗りを上げるがペック爺さんは「君は手を抜くかもしれないから駄目だ!マリオンは全力でやってくれる!!」と言う。
製作者の命令にマリオンは逆らえないと思っているのだろう。
カムカが「ふざけるな!!」と怒った所でマリオンが「いいよ、カムカ。ありがとう。お爺ちゃん、私がやればいいんだよね?」と言った。
「マリオン、やってくれるか?おお優しい子だ」
ペック爺さんは涙を流しながらうんうんと頷いている。
僕は今までの会話の中でペック爺さんがマリオンをマリーの代替品としか思っていないのではないかと言う事に気が付いた。
そしてマリーは人形兵士だから最悪はどうなっても構わないと思っていると想っていた。
ペック爺さんの怒鳴り声でこちらに来ていたのだろう。
ガミガミ爺さんが後ろに居た。
少し怖い顔をしたガミガミ爺さんが「ペック、限界までマリオンを使ったら記憶も所作も全部消えるんだぞ?それでもマリオンを使うのか?」と警告をするがペック爺さんは「それがどうした!」と言い返す。
カムカが「おい爺さん、どういう事だそりゃ?」とペック爺さんに詰め寄るとペック爺さんより先にガミガミ爺さんが「雷の力で活動しているマリオンは雷の力が少なくなると休眠状態になって自身の記憶や見知った所作を守ろうとする。それでも持って数か月だ。それを超えて力を使えばすべての力を失って、記憶もなにもかも失うんだ」と言った。
そんな中でもペック爺さんは「それでも、それでもマリオンはやってくれると言ってくれたんだ!ドフ、お前にそれを止められるのか!!」と叫ぶ。
狂気。
そう、これはもはや狂気だ。
多分、普段の物腰の柔らかい老人がペック爺さんなのだ。だが、今は孫を助けたい一心で狂ってしまっているのだろう。
「私がやるよ」
そう言うとマリオンはマリーの腕に手をかざし「【アーティファクト】」と力を使い始めた。
横でペック爺さんは「もっと…もっとだよマリオン」と言っている。
カムカが村長を滅多打ちにした時と同じ怖い顔をしている。
僕が「カムカ」と呼ぶとカムカは「あ!!?」と言って行き場のない怒りを僕にぶつけてく
る。
「マリオンを見ていてくれ。少しでもおかしくなったら樽が付いたベッドに寝かせるんだ。あそこには今さっき雷の力を補充してある。多分それでマリオンは持ち直す」
この説明にカムカが「本当か!?」と言ってベッドを確認する。
その横でガミガミ爺さんが「それでか…」と言って合点の行った顔をした。
「ガミガミ爺さん、二回目の雷は?」
「もう満タンだよ、鎧のメンテナンスも全部終わっている」
「良かった。それ、今から樽に全部入る?」
「ああ、残らず入るぜ」
「じゃあ、それを入れて。カムカ、マリオンが回復している間にマリーをもう一度診て。骨が治っていたらペック爺さんと僕達に知らせて」
「わかった」
僕はそのまま「あ、マリオンが起きてもう一度力を使おうとしたら僕達を呼んで」とカムカに伝えた後で「ジチさん」と声をかけるとジチさんは僕達を気遣って優しく「なに?」と返事をしてくれた。
「ジチさんはペック爺さんが変な事をしないようにカムカと一緒にマリオンを守って」
「わかったよ」
「フィルさん、フィルさんは僕とガミガミ爺さんと来て」
「ええ、わかったわ。キョロくんはここまで考えていたのね」
「うん、ごめんね。説明が難しい気がして、もしかしたらペック爺さんがおかしくならないかもしれなかったし」
ガミガミ爺さんを連れて僕は「悪夢の兜」がある部屋に戻る。
「ガミガミ爺さん暴走状態は外せている?」
「ああ、やってある」
「じゃあ、これを被っても?」
「おかしくはならないが、誰が被るんだこんなもん?」
僕はガミガミ爺さんの疑問には「それは後の話」と言うとフィルさんに「フィルさん、兜と鎧を奥の部屋に持っていくの手伝って」と言う。
「え、うん…。いいけど。本当にどうするの?」
「いいからお願い。そう言って僕は兜と胴体。フィルさんが残りを持って奥の部屋に入った」
奥の部屋に入るとマリオンは樽のあるベッドに寝かされていた。
ペック爺さんが目の色を変えてカムカに詰め寄っている。
カムカもいつものカムカではない怖い表情でペック爺さんを睨みつけながら反論をしている。
僕が「状況は?」と聞くとペック爺さんは「おい!この男は何で僕の邪魔をするんだ?何でマリーを治すことがいけない事なんだ!」と言いながら僕にも詰め寄ってきた。
正直煩い。
多分、僕は連続で跳んだからだろう…気が立っている。
だから想っている事が素直に口から出てくる。
「煩いな。このまま見捨ててしまおうか?」
僕はそう言っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
僕が心のままに「煩いな。このまま見捨ててしまおうか?」と言うとペック爺さんが目を丸くして「な…?何を…」と言う。
「ガミガミ爺さんとフィルさんの…そしてマリオンの為にやっているんだ。あんまりうるさいと見捨てるよ。別に戦う前に跳んでマリオンを助けて逃げ出してもいい。このベッドとガミガミ爺さんが居ればマリオンだけなら三の村でも十分に生きていける」
僕の言葉にガミガミ爺さんが慌てて「おい小僧!」と言ってくる。
「だってそうだろガミガミ爺さん?確かにフードの男の条件は四の村に立ち寄る事だったが、こんなに話にならないんだ。見捨てても文句を言われないと思うんだ」
今度はフィルさんが言葉に困りながら「キョロくん…」と言う。
「フィルさん、ごめんね。僕さ…ずっとこの人の自分中心の話、マリオンを道具としてしか見ていない感じが嫌なんだ。道具扱いするなら意思なんか持たせるものじゃない」
僕の言葉にペック爺さんが「じゃあ僕はどうすればいい?唯一の家族はマリーだ、そのマリーを心配して何が悪い!!マリーを治したくてマリオンを使って何が悪い!!」と声を荒げるとカムカがペック人さんの肩を掴んで「だからこの子の骨はくっついているって言っただろ!!」と言い聞かせる。
だがペック爺さんは止まらずに「ならなぜマリーは動かない!!」と怒鳴る。
カムカが必死に「まだ寝ているだろ!起きてみなければわからないだろう!!」と言い返す中、僕は自分の想像に従って「多分、起きてもまだ駄目だけどね」と言う。
目の色を変えたペック爺さんが「何!?どういう事だ、君はマリーの何を知っている!!」と詰め寄ってくるが僕は「今のあなたには言わないよ。言っても気分が悪くなるだけだ」と言ってペック爺さんを無視すると、フィルさんを連れてマリーのベッドに近づく。
僕達がベッドに近づくと眠っているマリーは「あああぁぁあ…あああ…いやぁぁぁあああぁぁっ!!?」と叫んでじたばたと動き始める。
僕は想像通りだった事に「やっぱりだ」と言うとガミガミ爺さんが反応をして「小僧?それはどういう事だ!!?」と聞いてくる。
僕は「話は後でするよ」と言ってからペック爺さんを見て「ペック爺さん、マリーは今動いたよ。これで今は満足ですよね?」と聞く。
ペック爺さんは突然の事に「は…?何を…」と言うがそれを無視してジチさんとガミガミ爺さんを見て「ジチさん、ガミガミ爺さん、僕達行かなきゃいけないから。マリーとこの人の面倒を見ておいてください」と言う。
ジチさんは「んー、なんだかよくわかんないけど、お姉さんはわかったよ」と言ってくれてガミガミ爺さんは「小僧…お前の言う通りにすればうまく行くのか?」と聞いてきた。
「多分だけどね」と僕が返すと、多分という言葉にペック爺さんが反応をして怒り始める。
いい加減鬱陶しい。
「カムカ、殴って黙らせられる?」
「いいのか?」
「仕方ないかな、うるさいし」
僕の声にあわせてカムカが嬉しそうにペック爺さんを睨む。
カムカも相当頭にきていたようだ。
筋肉質のカムカに睨まれたペック爺さんは「ひっ!!?そんな…」と言って怯える。そこに僕は「嫌ならこの先僕たちが出かけるまで黙っていてくれます?」と言うとペック爺さんは弱弱しく頷いて下を向いた。
「フィルさん、手伝って」
「何を?」と言うフィルさんをマリオンのベッドに連れて行く。
「ガミガミ爺さん、マリオンはどのくらいで起きられる?」
「万一雷の力が空っぽでも後数分もすれば起きるさ。かえって空っぽの方が入りが良いってもんだ」
僕はガミガミ爺さんの言葉通り待つとマリオンが目を開けた。
そして僕の顔を見て「アンタ…、凄く怖い顔をしているよ」と言う。
僕が何も言わずにマリオンを見ているとマリオンは「お説教は終わったら聞くよ。私は今マリーを治さないと…」と言ってベッドから降りようとする。
そこにカムカが「もういいんだ!骨はくっついている!!」と横から口を挟んだ。
「でも、まだ動かないなら私がやるしかないよ」
マリオンは半ば自分の命を諦めた目をしている。
あの亡霊騎士を前にした時の晴れ晴れとした顔とは全く違う顔。
恐らく制作者であり信頼を寄せたペック爺さんから浴びせられた一言に傷ついている。
そして僕はその事に怒っている。
僕はマリオンに「マリーの身体を動かすためにも一緒に来てくれるかな?」と聞くとマリオンは「でも」と言いながらペック爺さんの方を見ようとする。
「見なくていい。話は付いている。それにマリーの骨はくっついているし動けたんだからマリオンに出来る事はないよ」
「え?そうなの?」
「だから、お願いできるかな」
「わかったよ。それで私は何をすればいいの?」
「これ、着てほしいんだ」
僕はそう言って亡霊騎士の鎧をマリオンに渡す。
「これ…を?」
「うん。多分着るとわかるんじゃないかな?」
鎧を着けたマリオンが「あ…。これ変だよ」と違和感を口にする。
僕は確信が得られたことに「そうだよね」と言うとガミガミ爺さんが「小僧?」と聞いてきた。
僕は鎧を指さして「ガミガミ爺さん、僕たちの制御球はこの時間の村長から奪い返したものじゃない。だから…」と言うとガミガミ爺さんは納得のいった顔で「そう言うことか!」と言う。
「うん。今から取り返すか破壊するかをしに行ってくるよ」
この言葉にガミガミ爺さんは「わかった」と言う。
「ガミガミ爺さん、マリオンは連れて行くよ。ここに置いておきたくない。後はカムカとフィルさんも一緒に行くから」
この言葉にカムカが嬉しそうに「そう言うことなら」と言い、フィルさんが「わかったわ」と言ってくれる。
「マリオン、申し訳ないけどその鎧を着て僕達と村長の家を目指そう」
「うん。いいよ。ついて行く」
善は急げとフィルさんも手伝ってくれてマリオンに鎧を着させてくれる。
出発時、マリオンが「お爺ちゃん、行ってきます」と声を掛けたがペック爺さんは下を見たまま返事をしなかった。
落ち込むマリオンにフィルさんが「マリオンちゃん、きっと解決すればペックお爺さんもまた元に戻るわ」とフォローをしたが、それが更に僕を苛立たせる。
僕は元に戻ったら優しくなると言うことがおかしいと思う。
カムカも同じ事を思っているようでマリオンに必死に優しい言葉をかけていた。
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