第23話 真の注意点と涙の抱擁。
しばらく食べているとカムカが僕の方を向いて真剣な顔をして「キヨロス」と僕の名を呼んだ。
「はい?どうしたの?」と返す僕に何か言いにくそうなカムカが「フィルさんから聞いたんだが…」と言うので僕は思わず身構えると一瞬の間の後で「トキタマってアーティファクトなのにご飯食べるって本当か!?」とカムカが言った。
…
……はい?
カムカは目じりを下げて「俺さあ、小鳥とか子猫とか好きなんだよ。俺があげたら食べてくれるかな!?」と言ってニヤニヤニコニコとしている。
思わず前に転んでしまうところだった。
僕は呆れながら「……そんなこと?」と聞くとカムカは「そんな事とはなんだ!そんな事とは!」と怒り口調で言う。
「食べなくても平気だけど食べますよ。トキタマは美味しいもの好きですから」
「本当か!じゃあ俺があげたら食べてくれるかな?」
僕は保証できない気持ちから「さあ…」と言うと木の上にいたトキタマが「別にいいですよー」と言うと僕の元に飛んできた。
カムカが自分の食事とトキタマを見て期待するような顔をしている。
トキタマは「仕方ないですねー、筋肉の人はー」と言うとカムカの肩に行く。
その直後トキタマは何かを言ったのかカムカが一瞬固まった。
気を取り直した表情のカムカが「よーし、トキタマ。ステーキはどうだ?」と言ってひと口サイズのかけらを食べさせるとトキタマは「美味しいですー」と言って喜ぶ。
嬉しそうにカムカが「じゃあサラダだ!」と言うと「これも美味しいですー」とトキタマが反応をする。
「スープは飲めるかな?」
「大丈夫ですー」
渡すたびに喜んで食べるトキタマに感動をしたカムカが「すげえ!凄いよキヨロス!トキタマが食べてくれたよ!!」と物凄い熱量で話しかけてきて僕は冷めた気持ちで「良かったですね」と言うとジチさんが「ムラサキさんも食べられるよね?」と話す。
それを聞いたカムカは「本当か!?」と大喜びしてフィルさんの横に行ってトキタマにしたようにあれこれ食べさせては喜んでいる。
ガミガミ爺さんがやれやれとした顔で「本当、うるせえなぁ」と言っている。
僕はガミガミ爺さんの横に座って「鎧、朝までかかったの聞きました。ありがとうございます」とお礼を言った。
ガミガミ爺さんは赤くなって「よせよ、プロの本気を見せてやっただけだぜ」と言ってそっぽを向く。
「ありがとうガミガミ爺さん。僕は爺さんに何も返せないかも知れないけど…」
「バカヤロウ。お前がフィルを助けてくれたからお礼をしたんだからお礼にお礼なんておかしいだろうが?」
「うん…。ありがとう」
「だからよ、死ぬなよ」
僕の不死の呪いは知っているはずなのにそんな事を言うなんてガミガミ爺さんはフィルさんの死以降、人が死ぬことが気になってしまっているのかも知れない。
しばらくしてあらかたご飯を食べ終わった頃、トキタマが「あれー…?なんか眠いです…。お父さん、僕のベッドを出してください」と言って急に眠気を訴え出した。
こんな事は初めてだったので僕は驚いているとジチさんが「トキタマくんも疲れが出たんじゃないかい?寝かせてあげなよ」と言うので僕はベッドを出してトキタマを寝かせてあげる。
その後全員の食事は終わり皆で片づけをする。
食器の片付けが終わる頃、神妙な顔をしたフィルさんに「やっと準備ができたわ。キヨロス君。ここに座って」と言われるがまま僕はフィルさんの前に座った。
僕の前にはフィルさんがいて、フィルさんはムラサキさんを僕に向けている。
そして僕を囲むようにガミガミ爺さん、ジチさん、カムカが座る。
なんだと言うのだろう?
何が始まるのだろう?
僕は何が何だかわからなくなっていたが、ムラサキさんが顔を出して「キヨロス。今の気分はどうですか?」と僕に語りかけてきた。
気分?
訳がわからなくて怖いくらいだ。
そのままその気持ちを伝えるとムラサキさんは困ったような笑顔で「聞き方が悪かったですね。頭痛などはありますか?」と聞いてきた。
僕が「いいえ」と答えると「それは良かった。では頭はどうですか?」と今度は聞かれた。
頭?
ムラサキさんは何かを探るように聞いてくる。
その事が気になったがそれ以上に頭がスッキリと晴れ晴れした感じになっていることに気付き、そのまま「頭は……、あれ?なんだろう。スッキリしている」と答えると「良かった。これで話がキチンと出来ます」とムラサキさんがそう言うとみんなも安堵の表情を浮かべてホッと一息ついてきた。
みんなに何があったと言うのだろう?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ムラサキさんは僕の顔をじっと見ている。
少し困ったような、それでも少し嬉しそうな…複雑な表情をしている。
ムラサキさんは「まず、何から話せば良いでしょう…。時間は限られています。落ち着いて聞いてください」と言うと、神の使いが教えてくれなかったトキタマの注意点を話してくれた。
・「時のタマゴ」を授かった者や手に入れた者は不死の呪いにかかる。不死と言うのは死ぬ度に時を跳ばされて死ぬ前に戻されるもので決して不老不死ではない。寿命が尽きた時は若い頃に強制的に跳ばされる。
・「時のタマゴ」は使う度に使用者の「人間性の欠如」が酷くなる。
・「時のタマゴ」はその場でのみ記憶の改ざんや意識操作、意思への介入が行える。
・跳ぶ度に使用者の魂はすり減っていく。
・跳ぶ距離や時間によって負担の内容は変わっていく。
・一緒に跳ばすものがあればあるだけ魂への負担が増えていく。
そういうことだった。
黙っている僕にフィルさんが「いきなりで考えが追いつかないよね?怖くなっちゃうよね?」と優しい声で僕を安心させようとしてくれている。
これで僕が昨日跳ぼうとした時に3人が怒った理由がわかった。
わかったからこそ僕は「ガミガミ爺さん達が昨日僕を怒ってくれた理由がわかったよ。ありがとう」と3人に言うとフィルさんは泣いてしまい、ガミガミ爺さんは「バカヤロウ!お前が一番大変なんだろうが!謝んな!」と言って大泣きしている。
泣かずに悲しげな顔で僕を見ていたジチさんが「キヨロスくん。お姉さんからもいいかな?」と言う。
僕が「何?」と聞くとジチさんが「キヨロスくんがお姉さんと会ってすぐに倒れて膝枕をされたの覚えている?」と聞く僕はその時の事を思い出して申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちになりながら「あ…うん。ごめんなさい」と謝る。
ジチさんは「謝らなくていいのよ。あの時お姉さんとキヨロスくんはある事について話していたの」と言うが僕はそのことを思いだせなかったので「それは何?」と聞く。
ジチさんは僕の問いには答えずに「キヨロスくんは一の村の為なら死んでもいいって思ってる?」と聞いてくる。僕は頷いて「それしかないのなら仕方ないとは思ってるよ。そうしないと父さんや母さんが死んでしまうし…」と言った。
ジチさんは「そう」と言ってため息をついた後で「でもキヨロスくんが死んじゃったらキヨロスくんのお父さんやお母さんはどう思うかしら?」と更に聞いてきた。
僕は父さんや母さん達を思いながら「それは悲しむよ。もう見ていられないほどに悲しむよ」と言うとジチさんは間髪入れずに「あの時のキヨロスくんはその話が出来なかったの」と言い切った。
僕が驚いて「え?」と聞き返すと「昨日の話だ」と言ってガミガミ爺さんが話し始めた。
「風呂場での事は覚えているな?」
「うん、のぼせて倒れてしまった奴だよね」
ガミガミ爺さんは僕の言葉に肩を落としながら「本当はそんなんじゃねえ」と言う。
また驚いた僕が「え?」と聞き返すとフィルさんが途中から話を引き継ぐ形で「昨日、キヨロス君の左腕が真っ黒になったの。覚えていないと思うし、気づくことも無かったと思うの」と言った。
僕の左腕が黒くなった?
そんな事を僕は知らない。
困惑する僕にフィルさんが「左腕、肩から肘にかけて大怪我した事ないかな?」と聞く。その言葉を聞いて思い起こして行くと、確かに毒竜との戦いで尻尾を何とかしたくて何回か左腕に尻尾の一撃を食らった覚えがある。
僕は呟くように「前の時間で毒竜の攻撃を受けた場所だ…」と言うとガミガミ爺さんが「そうだ。だがお前はその話ができなかった」とさっきのジチさんと同じで間髪入れずに言った。
僕は驚きから三度「え?」と聞き返す。
何だ?僕の知らない間に僕の知らない事が起きている?
どう言う事だ?
僕は愕然としていた。
フィルさんがそんな僕を見て「キヨロス君大丈夫?」と心配そうに聞いてくれる。
僕は頷いて「うん、僕は大丈夫。つづけて」と言うとムラサキさんが「「時のタマゴ」です。キヨロス、あなたが跳ぶ事を疑問に思ったり、跳びにくくなる話の流れの時には意識操作で倒れるように仕向けているのです。そして倒れている間に記憶の操作をしてしまい倒れる直前の出来事を曖昧にしてしまう」と言う。
続けるようにフィルさんが「仮に倒れて打ち所が悪かったり、戦闘中で命を落としてもその前に跳べば誤魔化せるんだって…」と言い、もう一度ムラサキさんが「そして「時のタマゴ」はあなたにこう言うでしょう「無我夢中だった」と…」と言った。
!!?
それはまさしく毒竜との戦闘中の事を指している。
「それじゃあ、毒竜との戦闘で僕が無我夢中になったのも…、倒した毒竜が剣の練習台にしたみたいに切り刻まれていたのも…」
僕が呟くように言った言葉にムラサキさんが「「時のタマゴ」が意識操作や意思への介入を行ったのでしょう」と言った。
僕は愕然としながら毒竜との戦闘、その後のことなんかを考えて……そして思い出してきた。
「段々と思い出してきた。毒竜と戦っていて、倒す事より戦う事を楽しいって思うようになって行って、そのうち思い通りの倒し方をしたくて何回もやり直したんだ。でも跳んでいる時に村の幼馴染の声が聞こえた気がして、それでこんな戦い方をやめようと思ったら、頭が痛くなって…気づいたら毒竜を倒していた」
そう言って話し終わったとき僕は気づいたら泣いていた。
僕は泣きながら「あの後、トキタマに聞いたんだ。村の幼馴染のことを…トキタマは大丈夫だと、トキタマが良いようにしたって言っていて、僕はそれを信じていた…」と誰にと言うわけでもなく話す。
僕の言葉にジチさんが「幼馴染って言うのは膝枕の時、倒れる直前に話していた子の事だね?」と聞き、僕は「はい」と答える。
「…僕が変わってしまった気がすると言って心配してくれていて、この旅にもついてきたいって言ってくれたけど、人質だから無理だって断ったんです。そうしたら旅の間跳ぶ時に一緒に跳ばして欲しいって頼まれて、僕は約束を守って跳ぶ時は全部一緒に跳んでいたんです」
今度はフィルさんが心配そうに「毒竜との戦いでも?」と聞いてくる。
僕は頷いて「最初は約束を守っていたけど、早いときには10分も間が空かないで跳ぶ羽目になるからそういう時は一緒に跳ばなくていいって約束をしたけど、それも跳んでいる時に思い出して…」と言ったところでたまらなく不安になった。
どうしよう。
リーンは無事だろうか?
僕は自分がとんでもない事をしてしまったのではないかとどうしようもない不安に駆られた。
涙が止まらない。
リーンが心配でたまらない。
「それでトキタマに聞いたら、トキタマの意志で無我夢中になっている間は跳ばさないようにしたって…。僕は今までトキタマを信じていたけど大丈夫かな?」
そういった僕は慌てながら「確認しないと…今から3日前に跳んで会ってこないと…」と言うとフィルさんが心配そうに「キヨロス君…」と言う。
僕は殻で寝ているトキタマの方を見た。
トキタマはまだ寝てしまっている。
なんとか起こして時を跳ばないといけないと思って「トキタマ!」と呼びかけるとムラサキさんが「落ち着きなさいキヨロス。「時のタマゴ」はまだ目覚めません」と言った。
僕が「え?」と言って驚いて振り返るとムラサキさんはフィルさんからガミガミ爺さんに手渡されていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フィルさんは泣いている僕の前まで来て僕の手を両手で握ると「キヨロスくん、今どうして私たちがこうして君と話せているかわかる?」と聞いてきた。
重ねるようにジチさんが「お姉さん達と話していても今までは倒れてしまっていたでしょ?」と言ってガミガミ爺さんが「最初はムラサキが俺に相談をしたんだよ」と言う。
僕はフィルさんに手を握られたまま「相談?」と聞き返す。
頷いたガミガミ爺さんが「もし毒竜と戦って帰ってきた小僧が無我夢中で何があったのか説明できないって言ったら、それはあの鳥が悪さをしている証拠だから何とかしてあげたいってな」と言って手に持ったムラサキさんを僕に見せる。
僕の手を握ったままのフィルさんが「それで、ムラサキさんの指示で戦いやアーティファクトから遠ざけるために三の村で一日ゆっくりして貰ったの」と昨日の説明をしてジチさんも「お姉さんも何とかしたくてフィルたちに相談をしたくて泊まらせて貰ったんだよ」と言う。
ガミガミ爺さんが眠っているトキタマを一瞬見て「姉ちゃんの話と風呂でのことをムラサキに言ったら、あの鳥が起きていると小僧とちゃんと話が出来ないって教えてくれてよ」と言うとフィルさんが「昨日の夜もあの後トキタマくんが起きていると、キヨロス君に本当の事が伝えられないからどうしたらいいかを私達で話し合ったの」と説明をしてくれる。
そうだったのか、みんなは僕の異変に気付いていて、僕の事を気にかけてくれていたのか…
フィルさんはそのまま「ごめんなさい。だから今日もジチと私だけで話せる温泉まで来たり、お爺ちゃんにキヨロスくんをお風呂で見て貰っている間にカムカさんにもキヨロス君の事を話したりしたの」と言う。そうして聞いていると半ば無理矢理だった今日の道のりも納得が行った。
「キヨロスとちゃんと話をするためには「時のタマゴ」には寝ていてもらう必要があったので、私がフィルとジチに頼んで「時のタマゴ」を寝かせるための野草とキノコを採ってもらいました。これは人間には勿論、私も平気な食べ物で、何故か「時のタマゴ」だけが合わせて食べると数時間程深く眠ってしまうのです」
僕はムラサキさんの説明でトキタマが眠っている理由を理解できた。
みんながこうして手を尽くしてくれたから僕は今ようやく聞けなかった事を聞けた。
ジチさんが「だからキヨロスくんは、今こうしてお姉さん達とこんな話をしていても倒れたりしないだろ?」と言ってガミガミ爺さんも「俺たちはよ、小僧に何も知らないままアーティファクトを乱用してもらいたくなかったんだよ。その…あの…なんだ。小僧は大事な家族だからよ」と耳まで赤くなりながらそう言ってくれた。
みんなには感謝しかない。僕の為にこうして手を尽くしてくれている。でも今僕の心の中を占めているのは違う事だった。
僕はみんなを見て「ありがとう…みんな。でも僕はどうしたらいいんだろう?」と言うとジチさんが「何がだい?」と効いてくれる。
「僕は今すぐにでも3日前に跳んで幼馴染の無事を確認したいし沢山跳んだことを謝りたいんだ」
そう、僕の中はリーンの事でいっぱいだった。
何回も何回も跳んだ事でリーンは不自由な思いを沢山したと思う。
怪我をしたかも知れない。
心配がどんどん膨らんでくる僕にジチさんが「落ち着きなさいって。今跳んでも後で跳んでも一緒だよ」と言う。
「ムラサキさんの言う跳ぶ距離が増えればキヨロスくんの魂は減ってしまうけどそれ以外は変わらない。それにその子はどんなに大変だったとしても、きっと本気で謝るキヨロスくんを許すよ。許してまた見送るんだよ?折角会えてもまた離れるんだよ?それで今日まで跳ばないで済むのかい?また毒竜と戦うんだろ?今日まで来る間に今までよりも回数は少ないけど何回も跳ぶよ?だったら、このまま城まで行って最短で片付けた方がその子の為にもなるんだよ。それに進み方を変えたら、お姉さんともフィルやドフ爺さんとも、カムカとも旅ができていないかもしれないんだよ」とジチさんが本気の顔で僕に言う。
確かにジチさんの言っている事は間違っていない。
でも僕はリーンに謝りたかった。
リーンの無事をこの目で見たかった。
リーンの口から「大丈夫だよ」と言って貰いたかった。
だからこそ僕は声を荒げてしまった。
この悲しさと不安と苛立ちが出てしまって「それでも!!」と言う。
本当は「それでも!!それでも僕は幼馴染の無事を見て謝りたい!」と言いたかったのだが僕は最後まで言葉が続けられなかった。
フィルさんが僕を抱きしめていた。
僕の頭を抱いて胸に押し付けている。
そのままの姿勢で「そんなに自分を責めないで」と言ったフィルさんは「そうやって追い込んで「どうしたらいい」なんて悲しい事ばかり言わないで。キヨロス君が頑張っているのはみんな知って居るから。まだ出会って数日の私たちも頑張っていることを知っている。
だから一の村に居るその子も、キヨロス君のご両親もみんな知っているから。誰もキヨロスくんを責めたりなんかしない。だからもう少し自分自身に優しくなって」と言ってくれた。
この時の僕は不謹慎だが、フィルさんの匂いや柔らかさ、それに優しい声に心が安らいだのを感じた。
そして僕の頭が冷たい。雨が降ってきたのかと思ったが、そうではない。フィルさんが泣いてくれているんだ。
フィルさんの胸に顔を押し付けられていて僕はとても話せる状況ではない。
僕はそのまま黙って話を聞くしかない。
今の僕は耳まで真っ赤だろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
焚火からパチパチと言う音が聞こえる。
フィルさんは僕の頭をなでながら「大丈夫だから落ち着いて」と何回も言ってくれている。
僕は何も言えないまま焚火のパチパチという音を聞いているとカムカが突然「キヨロス、ごめんな。俺さっきまでお前は特別なアーティファクトを授かって使命に燃えて調子に乗っている子供だと思っていたんだよ。それが違うってさっきボスさんとフィルさんに教えて貰ってさ、どんな顔をしていいのかわからなくなっちゃってよ」と話し始めた。
合わせるようにジチさんが「あの時にバレたら水の泡だからね、だからお姉さんが薪で頭をコツンとやったんだよ」と教えてくれる。
そうだったのか、あのカムカの暗い顔は僕の事を気にかけてくれていたのか。
「俺、お前に何かしてやりたくて空回りしそうだったけど、いつもの感じで場を盛り上げて何とかトキタマに飯を食わせる事が出来て良かったと思っている」
そう言ったカムカにガミガミ爺さんが「あれは良かったよな」と褒める。
カムカは「俺、こんなだけどお前の仲間とか兄貴みたいな感じで助けてやっからよ!一緒に城に行って二の村の皆の仇と一の村の皆の為に頑張ろうぜ!」と言ってくれる。
それはとても嬉しい申し出だけど僕は依然フィルさんの胸の中に居て口を開けられない。
ようやく状況に気付いたジチさんが「おやおやおや~。フィルってば随分と情熱的ね~。キヨロスくんが固まっちゃっているわよ?」と言ってくれた。
ジチさんの言葉で自分の行動を理解したフィルさんが「え?やだ!違う、そうじゃないの!!」と言うとガミガミ爺さんが「フィル!お前いつまで小僧をそうしてんだ!!嫁入り前の娘が何やってやがる!」と言った声でハッとなったフィルさんが僕を放す。
フィルさんの胸元は、確かに僕がそこに居たという証明のように僕の涙で濡れて居た。
ガミガミ爺さんが怒ろうとするのを無視してムラサキさんが「キヨロス、「時のタマゴ」が目覚めるまで後少しの時間がありますので、大事な事を先に伝えます。アーティファクトの同時装備の話です」と言う。
それは僕も気になっていた。
どうして僕は3つのアーティファクトを装備できるのか…
僕が頷くとムラサキさんが「人を器として説明をします」と言って説明を始める。
「ドフ…そのカップを空にして私の目の前に置いてください」
ガミガミ爺さんがムラサキさんと僕の前にカップを置く。
「このカップが人間だと思って見てください。そこに才能や能力に将来の可能性など色々なもの…魂を水だとします。ドフ、半分くらいまでカップに水を注いでください」
ガミガミ爺さんが言われた通りに半分くらいまで水を注ぐ。
ムラサキさんの「フィル、大きさの異なる小石を4つ用意してください」の声にフィルさんがガミガミ爺さんの前に小石を置く。
「この小石がアーティファクト」と言ったムラサキさんが「ドフ、1つカップに入れてください」と言うとガミガミ爺さんは下から2番目の大きさのものをカップに入れた。
カップにはまだ余裕があるが水かさは増した。
「どうでしょう?水が溢れる大きさのアーティファクトは授かれない事が何となくわかりますか?」
何となく概要は掴めた。
個人差があるのは人間、器の大きさによるのか。
中の水が魂や可能性…それに才能。
僕が理解している事を察してムラサキさんが「S級アーティファクトを授かれる人間は器の大きさが他の人間より大きいのです」と言った。
そうなると個人差は出るが、フィルさんもC級のアーティファクトを装備できるのか?
「ただ、キヨロス…あなたの場合は少し話が違います。ドフ…カップの水を減らして、そこに他の小石を入れてください」
ガミガミ爺さんが戸惑いながらカップの水を減らし、そこに他の小石を入れる。
水が減っているので当然小石を入れても溢れる事はない。
これを僕が見て頷くとムラサキさんは「これがあなたです。キヨロス」と言った。
何となくわかっていた。
跳ぶ度に魂をすり減らすと言っていた事とこのカップの話。
「今のあなたに水がどれほど残っているのかを私は知る事が出来ません。ですが、決して潤沢では無いという事は心しておいてください」
ムラサキさんの言葉に僕は頷いて「はい」と返事をする。
カムカが「俺が筋肉でなるべく跳ばないで済むようにするから安心しておけ!」と力こぶを見せて笑いかけてくれるとジチさんも「お姉さん達も頑張るからさ!」と言ってくれるので僕は心から感謝をして「みんな、ありがとう」と言う。
ここで話を終わらせる事も出来るのだが、僕は1つの事を気にしていた。
「ムラサキさん、もしカップの中の水が無くなったら人はどうなるの?」
「それは死です」
これも想像通りだった。
だからこそ僕は次の質問をする。
「僕の場合は?」
この質問にいくら待ってもムラサキさんは答えない。
待ち続けてもいいのだけどトキタマが起きては元も子もない。
僕は努めて明るく「知らない?それとも言えない?大丈夫。もう覚悟は出来ているから」と言って微笑む。
このやり取りを見ていたガミガミ爺さんが耐えきれずに「小僧…。だからよお、こんな時に笑う必要なんてねえんだよ!」と言ってまた泣く。
僕が待っていた事とトキタマが起きる事を考えてムラサキさんが諦めたように「…ただ「時のタマゴ」の思惑通りに跳ぶだけの存在に成り果てます」と言った。
大体想像通りだった。
そしてムラサキさんは続けた。
「しかし跳ぶ為には魂を使う。身体に残った最後の魂まで使い果たすと、あなたは他の人とは異なるのですが、ある種の死を迎えます」
僕はこれも予感が出来ていた。頷いて「人と違うというのはあの世にも行けなくなるという事ですね」と言うと聞いていたフィルさんが「そんな…」と言いながら悲しそうな顔で僕を見てくる。
しかしムラサキさんは止まらない。「そうです」と答えた後、「そしてあと2つ、話をさせてください。カップの限界を超えた水の話です」と言った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ムラサキさんは「カップの限界を超えた水の話です」と言った。
僕は「カップの限界…、分不相応のアーティファクトを装備した場合ですか?」と聞く。
そう聞きながら村でリーンの「万能の柄」を装備できなかったナックの姿を思い浮かべていた。
ムラサキさんは「ええ、後は複数のアーティファクトを無理矢理装備した状態の話です」と言う。
それは僕にも経験がある。ナックとリーンと試した時に弓を持てなかった経験。その事を思い出しながら「でも、それは電気が走って痛みと衝撃で持っていられない…」と言うとムラサキさんは最後まで話す前に「アーティファクトはそれすらも耐えれば持ててしまうのです」と言った。
驚く僕にムラサキさんが続ける。
「ただ持てれば限界を突破して全てを克服したと言う訳ではない。人の理を、人としての枠組みを超えてしまった存在になる。最早人ではなくなる。おそらく今の王がその存在。だから国中のアーティファクトを求めているのでしょう。元々、何のためにアーティファクトを求めたのかもわからないままに…」
そう言われて初めてこの国の王が何でアーティファクトを求めているのかわからなかったが聞いた時に感じた違和感の意味を理解した気がした。
そんなに集めても装備できないはずなのになんで「愛のフライパン」なんかのC級アーティファクトを求めたのだろうと思っていた。
ジチさんが「それで昨日お姉さんが、王様にアーティファクトをあげてしまおうって言った時にダメだって言ったのね」とムラサキさんに聞くとムラサキさんは「そうです」と返事をする。
今度はフィルさんが「でもそんな事を簡単に出来るの?」と聞くと「方法は無いわけではありません。ただどうやってその方法を手に入れたのかは想像もつきません」とムラサキさんが答えると王様との話し合いが難しい事がわかり、みんなの顔が暗くなる中「俺とキヨロス、それにフィルさんが居ればどうって事ないってばよ!」と言ってカムカが元気づけてくれる。
みんな難しいと思いながらも「そうだね」と口々に言った。
ムラサキさんは僕達が落ち着いたのを見計らって「さて、最後はこれから先の話をしましょう」と話しかけてくれた。
「今晩の出来事を「時のタマゴ」に悟られてはなりません。きっと、強制的にこの時より前に戻されて、更に意思介入をしてでもこの時間にならないようにされてしまいます」
ムラサキさんの話を聞きながら僕の中で時を跳ぶイメージをする。
確かに重ねて行動をすれば可能だ…
「今晩の事は、私しか知らないイタズラを「時のタマゴ」に仕掛けたことにします。おそらく明朝、何があったのかを聞かれます」とムラサキさんが言い「その時は…」と言ったところでジチさんが「お姉さん達がうまくやるから安心して、恋の話をしたことにするからさ!」と言う。
ムラサキさんは少し微笑むと「だそうです。良いですね」と聞いてくるので僕は「はい」と言うが安心出来ない事がある。
「ただ…トキタマは僕の考えを読むみたいだからバレてしまうんじゃないかと思うんです」
トキタマはこれまでも僕が口にしなくても理解していたし、時を跳ぶ時に言葉にしないでも心で言うと時を跳べていた。
ムラサキさんは「それなら大丈夫です」と言ってくれた。
そして僕が理由を聞く前に「私の力で今あった事を読み取られないようにしますから大丈夫ですよ」と言ってくれる。
「あ、昨日の夜に言っていた事、あれは本当だったんですね」
「はい。色々手の内は隠しておきたいので「時のタマゴ」には内緒にしておいてくださいね」
ムラサキさんの説明に僕が「わかりました」と言って頷くとムラサキさんは「フィル」と呼ぶとフィルさんが「はい」と言ってムラサキさんを手に取る。
「キヨロスの頭に私を向けてください」
「はい」
「記憶を守る防壁をイメージをして私を使ってください」
この言葉にフィルさんが「はい。【アーティファクト】!」と唱えるとムラサキさんが光る。
僕はあまりの眩しさに一瞬目がくらんだ。
僕の目が落ち着く頃ムラサキさんが「これで大丈夫です」と言ってくれる。
僕が「ありがとうムラサキさん、フィルさん」と言うとムラサキさんが「いいえ、邪魔のない中であなたと話ができて良かったです。キヨロス。フィルの事を助けてくれてありがとう。私はキチンとお礼も言いたかったのです」と言う。
僕はフィルさんを助けられて僕も良かったと言うとムラサキさんが嬉しそうに微笑んでくれた。
「さあ、話はおしまいです。これからも跳ぶ事は避けられないと思います。それでも、魂を削ってまで跳ぶ価値があるのかを意識しながら跳んでくださいね」
ムラサキさんの言葉に僕が「はい」と返事をするとムラサキさんは顔をしまった。
大事な話が終わったので後はアリバイ工作になる。
正直困るのだがトキタマに勘繰られる方が困るので黙っているとジチさんが悪い顔をして「それでは聞かれた時用の恋バナかな?」と言ってフィルさんと僕を見ている。
ジチさんは答えない僕達を無視してカムカに「あの情熱的な抱擁をどう思いますか?」と言って話を振る。
見ていられない状況にガミガミ爺さんが「おい、姉ちゃんよお」と言ってくれるのだけどジチさんは「おーっと、お邪魔虫禁止!明日の朝困るから禁止」と言ってガミガミ爺さんを黙らせると「カムカはどう思った?」ともう一度聞く。
カムカは僕とフィルさんを見て「…羨ましかった。キヨロスばかりズリいと思いました。筋肉量では俺のが勝っているのに負けた気がします!」と言う。
ジチさんは嬉しそうに「羨ましい宣言出ました!キヨロスくんはどうだった?」と言って聞いてくる。僕は顔を赤くして「言えないですよ!!」と言うとニヤニヤしたジチさんがフィルさんの前に行って「それは良かったーって事だね。良かったねフィルー」と言う。
フィルさんも真っ赤になって「あれこそ無我夢中だったから…恥ずかしいから言わないで」と言って照れると「良いねぇ、青春だね〜」と言ったジチさんがニヤリ…違う。ニタリと笑うと「あ、キヨロスくん。お姉さんは優しいから一の村で待っている子にはこの事は内緒にしておいてあげるからね!!」と言った。
まさかここでリーンの話題が出てくるとは思わなかった僕は言葉に詰まって「っ!!!?」としか言えなかった。
一の村の名前が出てからみんなが一の村の話をする。
ジチさんが「この旅が終わったらみんなで一の村に遊びに行くのも良いかもね!」と言うとカムカが「兄貴分としてはやはり挨拶とか行くのは大事だよな」と言ってガミガミ爺さんも「俺も小僧の親御さんにあいさつくらいはしたいな」と言うしフィルさんまで「私もキヨロス君の故郷を見てみたい」と言った。
確かにみんなが一の村に来るのは歓迎だがこの話の流れは良くない。
黙っている僕にジチさんが「あれ、何だったかな?キヨロスくん覚えてるかな?お姉さんには仲のいい子は「キョロ」って呼んでるって教えてくれたのよね」と言う。
…そう言えば倒れる前にそんな話をしていた気がする。
まさか今になって蒸し返されるとは思わなかった。
僕が返事をする前にニヤニヤジチさんが「もしその子がフィルとの事を知っちゃったら「キョロ、私跳ぶのは頑張って耐えたけど、そんな美人のお姉さんの胸に顔を埋めたなんて耐えられない!」とか言いそうじゃない?」と言い出す。
何故だろう、ジチさんにリーンが乗り移った風に見える程に口ぶりが似ていた。
僕は何も返せずに脂汗が流れ始めるとジチさんは更にノリノリで「キヨロスくんのお母さんの耳にも入っちゃったら「うちの子がそんな事をするなんて、お母さん信じられない」って泣いちゃうかもね」と言い始めるのだがこっちはそんなに似てない。
後は勝手に、友達だ友達の親だとジチさんが「国1番の美女と一の村のヒーローが…」と言うお題で盛り上がってカムカが合いの手を入れていた。
僕は反論をやめて半ば呆れながらそれを見守る。
僕の横でガミガミ爺さんがまとめと言わん感じで「まあ、頑張ろうぜ」と言ってくれた。
僕は頷いて「ガミガミ爺さん。色々ありがとう」と言うとガミガミ爺さんが「へへへ、よせよ」と言って照れる。
そこにフィルさんが「キヨロス君!」と言って近づいてくる。
今の呼び方がちょっと怖いものだったので僕はついつい身構えて「フィルさん?どうしたの?」と聞いてしまう。
ジチさんの冷やかしを放っておいたから怒っているのかもしれない。
そう思った僕が「ごめん、ジチさんを止めないのが嫌だったよね?やめるように言うね」と言うとフィルさんは「違うの…」と言う。何が違うのだろう?
何が違うのか考える僕にフィルさんが「…私も…親しい呼び方…してもいいかな?」と聞いてくると気恥ずかしさからか真っ赤になってしまった。
フィルさんは本当に友達が欲しいみたいだ。
別に遠慮なんてしなくていいのに…
そう思っていると待ちきれないフィルさんは真っ赤な顔で俯きながら僕の顔を見て「だめ?」と聞く、僕が答える前に「小僧は小僧だろう?どんな呼び方したってこの小僧は嫌がりやしねえよ…」と言って呆れるとフィルさんが怖い顔で「お爺ちゃんには聞いてないの!」と言うと、また俯きながらもう一度僕の方を向いて「だめ?」と聞いてくる。
僕は首を横に振って「別に、好きに呼んでくれていいよ」と答えるとフィルさんは「本当!!」と言って笑顔でジチさんのところに行ってしまった。
フィルさんの去った後はシーンとしてしまいそこに残された僕とガミガミ爺さん。
ガミガミ爺さんが笑いながら「ウチのフィルもなぁ…やれやれだぜ」と言うのだが僕はフィルさんの想いをガミガミ爺さんが理解していない事を察して「同年代の友達も居なくて、村では女神様なんて呼ばれていて特に友達もできにくかったんですよ。今は僕やジチさんにカムカが居るから、フィルさんは頑張っているんです。そう悪く言わないであげてくださいね」と説明をした。
ガミガミ爺さんは凄い顔で僕を見て「小僧…おめぇ…」と言うとポカーンと口を開けてしまった。そしてしばらくすると「はぁぁぁっ…、小僧もまだまだお子様だって事か…」と言ってから。
ガミガミ爺さんは僕に「まあ、これからも気長によろしく頼むわ」と言ってから立ち上がるとジチさんに「おい姉ちゃん、明日も早いんだから俺はもう寝るぜ?静かにしてくれや」と言って、この騒ぎをまとめてくれた。
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