第21話 作戦会議、4人旅。
家族風呂と言って男湯と女湯の仕切りを外してコチラに来てしまったジチさんが「さあ、お姉さんが背中流してあげる!」と言うと僕の左腕を掴んで僕を湯船から引き揚げた。
僕は慌ててタオルで身体を隠す。
その慌てようを見たジチさんは「お姉さんなら大丈夫だから気にしないの」と言って笑う。
何を言って居るんだ?僕が気にする。
「さー、お姉さんが感謝の心を込めて洗うわ…やだ何これ!?」
途中までからかうような話し方だったジチさんが急に声をあげて驚いている。
どうしたと言うのだろう?
僕がジチさんの顔を見るとジチさんは「この腕、何ともないの?平気なの?」と言って必死になっている。
腕?
僕はジチさんの視線の先にある左腕を見る。
左腕、肩口から肘にかけて真っ黒になっていた。
何だこれは?
矢継ぎ早にジチさんが「まさか毒竜にやられたの?何で今まで黙っていたの?痛くない?」と聞いてくる。
その顔にはさっきまでの明るい雰囲気はない。
それに僕自身は痛くもなんともない。
ジチさんはその間にも「ちょっと、ドフ爺さん!何で黙っていたのよ!」と言ってガミガミ爺さんを怒るがガミガミ爺さんも目を丸くして僕の腕を見て「俺は今の今まで一緒に居たけどこんなの無かったぜ?」と言う。
ジチさんはまさかの返答に「え?」と言って驚いている。
なんか大変な空気になっているが当の僕には大変さが伝わらない。
なんか実感がないのだ。
僕はジチさんを落ち着かせたくて「大丈夫ですよ、ほら動くし、痛くないし。それより恥ずかしいです」と言って腕を動かしたり、手を握ったり開いたりをした。
それでも安心できないジチさんは「そんな、普通じゃないわよその腕?毒竜の攻撃とかじゃないのかい?」と聞いてくる。
毒竜の攻撃?
あれ?そんな攻撃を食らったかな?
確かに尻尾は何回か食らった気がする。
でも、それは跳ぶ前で今じゃない…
「大丈夫、確かに腕には何回か攻撃を食らったけど、今の時間じゃなくて前の時間…」
そう言った僕だったが、言っていて違和感に襲われる。
前の時間…今じゃない。
今じゃない。今じゃない。
前の時間。前の?前…今じゃない。
おかしい。考えがまとまらない。
頭が痛い。
僕の顔をみて余計心配になったジチさんが「ちょっと!?キヨロスくん!??ねえ?」と声をかけてくる。僕はジチさんの言葉に反応しないで「まえの…じかん…いまじゃ…。ちが…う」と答える。
ジチさんが必死な顔で「しっかりして!!」と言ってくる。
そのジチさんが揺れている。
ガミガミ爺さんが「大丈夫か!?」と言って駆け寄ってくる。
そのガミガミ爺さんも揺れている。
僕は揺れているみんなが心配で「ぼく…はだ…大丈夫…みんなこそ…大丈夫?」と聞く。
そこにフィルさんも「キヨロス君!!」と言って駆け寄ってくる。
フィルさんはあれだけ恥ずかしがっていたのにタオルで隠すこともしていない。
僕はこんなときに何を気にしているんだろう?
あれ?毒竜の攻撃のこと、左腕のことを考えていないと考えが纏まる。
左腕…なんだっけ?
そう思ったらフィルさんも揺れた。
フィルさんの…が揺れるのは毒竜のせい?
毒竜の攻撃?攻撃?そんな攻撃?あったかな?
僕はフィルさんが心配で「フィルさん…揺れ…てるよ…毒竜…毒?大丈夫?」と聞く。
必死な顔のフィルさんが「揺れてるのはキヨロス君よ!!」と言うが僕は言われた言葉の意味が分からない。
「え…?」と言ったのを最後に目の前が真っ暗になった。
目の前に天井が見える。
「僕は…?ここは?」と呟いた時自分が布団にいる事がわかった。
ここは布団だ…
僕はなんで寝てしまっていたのだろう?
覚えていることを思い出す。
風呂場でジチさんが壁を取り外して男性側に入ってきて身体を洗ってあげると言ったところまでは覚えている。
そこから先を思い出せない。どうやらそこで気を失ったようだ。
「恥ずかしい、のぼせたのかも知れない」と漏らした僕は起き上がってここが何処かを見てみる。
ここには見覚えがある。
昼間、僕が掃除を手伝ったガミガミ爺さんの家だ…
すると、僕はお風呂場でのぼせた後、ガミガミ爺さんにここまで運んでもらったのか?
申し訳ない…
しかも服も着せてもらっている。
ベッドルームを出て先程食事をした部屋に行く。
僕に気付いたフィルさんが「キヨロス君!大丈夫?」と心配そうに駆け寄ってくれる。
「小僧、寝てなくて平気か?」とガミガミ爺さんまで心配してくれている。
ガミガミ爺さんまで心配するなんて僕はそんなに酷い顔なのか?
先程、夕ご飯の時に僕が座っていた場所にはムラサキさんが居た。
トキタマは窓辺でこちらを見ている。
ムラサキさんは「キヨロス、大丈夫ですか?」と僕を心配してくれる。
僕は「大丈夫だけど恥ずかしいです。お風呂でのぼせてしまいました」と言って照れると悲しげなムラサキさんは「……そうですか」と言った。
僕は「ガミガミ爺さん、すみませんでした。まさかのぼせるなんて思ってなくて」と言うとガミガミ爺さんが「あーん?気にすんな。疲れてたんだろ?それにあの姉ちゃんが恥ずかしげもなく壁を取っ払ったのが原因なんだからよ」と言ってくれる。
あれ?そう言えばジチさんが居ない。
僕はこの時初めてジチさんが居ない事に気付くとフィルさんが「ジチならおじさんの所にキヨロス君がのぼせてウチにいるって言いに行ってくれたわ」と教えてくれる。
僕がお風呂で倒れたせいでみんなに悪い事をしてしまった。
「フィルさんもゴメンね。恥ずかしかったよね。僕、湯船から出ていた所しか見えてないけど嫌だったよね?」
僕の言葉にフィルさんは「え?ええ、恥ずかしかったわ。でもそれはジチがやった事だから気にしないで」と言ってくれるが表情は曇っている。
僕はフィルさんを見て「フィルさんは今悲しい顔しているよ?」と言ってから安心させたくて微笑んで「僕には跳ぶ事しか出来ないけど、もしフィルさんが恥ずかしくて無かったことにしたかったら、僕が跳んでジチさんとお風呂で会わないようにしてくるよ?そうすればフィルさんは恥ずかしくないよね?」と言う。
それを聞いたトキタマが窓辺から僕の肩に飛んできて「お父さん、それはいい考えですねー。お姉さんの為にも跳んであげましょう!」と言う。
その瞬間、「ダメ!!!」と言うフィルさんの叫び声で部屋がシーンとした。
フィルさんは下を向いて握りこぶしを作って力一杯叫んでいた。フィルさんがこんなに大きな声を出すなんて思わなかったから僕は思わず驚いてしまった。
僕がフィルさんを見て言葉に困っていると「小僧、あれは事故だ。フィルもそうだな?」とガミガミ爺さんが怖い声でフィルさんに聞いている。
フィルさんは俯いたまま頷いていて納得いっていないのかも知れない。僕はフィルさんの為にも「でも、ガミガミ爺さんも嫁入り前の娘が肌なんて晒すなって言っていたし、フィルさんも恥ずかしかったし、僕がちょっと跳べば…」と折衷案のように説明をしたのだがガミガミ爺さんは明らかに怒気を含んだ声で「そんな必要は無い!」と言った。
驚く僕にフィルさんが前に来て「あのね、キヨロス君はお風呂でのぼせるくらい疲れているんだから無理しちゃダメよ。私はこれ以上キヨロス君に無理して欲しくないの」と言う。
返事に困る僕にフィルさんは「明日には村を発つんでしょ?私なら大丈夫だから、ね?」と言って優しく微笑む。
それでもフィルさんが恥ずかしくてガミガミ爺さんが孫の肌を晒したくない気持ちがあるのなら僕が跳ぶべきなのではないかと思っているとトキタマが「お父さん、お父さんが跳びたければ跳べばいいんですよ?」と僕に話しかけてくる。
そこにムラサキさんがトキタマに「させません」と言う。
トキタマは口汚く「跳んじゃえばこっちのもんですー」と言って猛反発している。
ムラサキさんはトキタマに「私はフィルの記憶を守ります。それなら跳んだ先でもフィルは出来事を忘れずに居ます。そうしたらこの行動は無駄になりますね」と怖い声でそう言っている。
トキタマが驚いた表情でムラサキさんを睨んで「ババアにそんな事…」と言うと被せるように「出来ないとでも?」と言う。
そして「それ以前に貴方が自分以外のアーティファクトの事を全て知っているとでも?」と追い打ちをかけてくる。
もし、ムラサキさんの言う通りなら跳んでも無駄になる。
確かめるには跳ぶしか無いが、もしムラサキさんの言う通りなら跳んだ先で記憶の残っているフィルさんに怒られてしまうだろう。
僕は色々考えて「トキタマ、やめよう」と言うとトキタマは「えーーーーっ、残念ですー」と不満をあらわにした。
「それでいいのよキヨロス君。無理になんでも変える必要はないの。恥ずかしいけど私がキヨロス君に見られたのは運命みたいなものよ」
フィルさんが優しく諭してくる。
そう思ってくれるならこの話は解決だ。
「小僧、お前の力だけじゃどうにもならねえ事もあるんだ、無理になんでも抱え込むんじゃねえ。それよりもフィルに悪いって言うならお前がフィルを嫁にもらうか?」
フィルさんが真っ赤になって「お爺ちゃん!!」と言いながらガミガミ爺さんに何を言っているの?と詰め寄っている。
ガミガミ爺さんはため息をつくと「フィルもそれが嫌なら、これは事故で終わりにしろ」と言うとフィルさんは「わかってる」と言ってから僕にお茶を出してくれた。
このお茶を飲んだらおじさんの所に泊まりに行こう。
多分、僕のせいでガミガミ爺さんもフィルさんも…ムラサキさんも怒っている。
最後の夜がこんな形なのは勿体無いが仕方ない。
お茶を貰っているとガミガミ爺さんから「朝一番に鎧を受け取りに来いよ」と言われた。
怒っていても鎧はくれる辺りがガミガミ爺さんらしい。義理堅い人だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
僕がお茶を飲んでいると「ごめーん!遅くなったー」と言ってジチさんが入ってきた。
そして僕を見て「起きてる!大丈夫?」と聞いてきた。
僕は照れながら「のぼせてしまいました」と言うとジチさんはホッとした顔で「あれ、のぼせていたの?もう、お姉さん心配したのよ」と言う。
僕は一体どんな醜態を晒したんだろう?
「みんなで服を着せてあげてドフ爺さんに運んで貰ってそれにしても軽かったってドフ爺さんが言っていたけど若いんだからちゃんと食べなきゃダメよ〜」
ジチさんの説明を聞いていて僕は「みんなで服を着せてあげて」の部分に引っかかる。
みんなで服を着せた?
とても恥ずかしい事をサラッと言われたが、突っ込むとドロ沼のように抜け出せなくなるかも知れないから僕は聞き流すことにした。
そして「確かに申し訳ないですけど、ジチさんも壁を外すなんてやり過ぎですよ。僕だって男なんですから、恥ずかしいですからね」と言って僕はジチさんに釘を刺す。
「あら、お姉さん達の裸でのぼせちゃったの?若いわね〜って…ここ暗くない?」
ようやく一通り喋るとみんなの空気が重くなっている事にジチさんが気付く。
僕は申し訳なさそうに「僕のせいです」と言うとガミガミ爺さんが「小僧だけが悪いわけじゃない。壁を外した姉ちゃんも、止められなかった俺も、いつまでも恥ずかしがっているフィルも悪い」と言ってむくれる。
僕達を見たジチさんが「え?お姉さんが一番悪くなるのはわかるけど、なんでフィルとキヨロスくんも悪くなるの?」と言ってガミガミ爺さんに聞くと恥ずかしがるフィルさんの為に僕が跳ぶって話したこと、風呂でのぼせて気を失うような人がそんな事をする必要は無いとみんなで怒った事を説明した。
話を聞いて納得をしたジチさんは「あー、それはお姉さんの次にキヨロスくんが悪いわねー」と言うとフィルさんが困った顔で「ジチ!」と言う。
ジチさんは「フィルは黙っててね」と言うと僕を見て「だって跳んでおしまいじゃないんでしょ?私たちは忘れてもキヨロスくんは私の裸もフィルの裸も忘れないんでしょ?」と聞いてくる。
僕は返事に困りながら「それはそうだけど、跳べばフィルさんは恥ずかしくないかなって思って…」と説明をするとジチさんは「いやらしいな〜、キヨロスくんは」と言う。
まさかいやらしいと言われるとは思っていなかった僕は「え?」と聞き返すとジチさんは「それで私達が知らないのをいい事に1人で私達の事を見るたびに裸を思い出してニヤニヤするんでしょ?」と言う。
その事を聞いたフィルさんがその事に気付くと「あ…」と言って真っ赤になって僕を見る。
ジチさんと真っ赤になったフィルさんを見て僕は「そんな事はしないです!」とムキになって言う。
ムキになった僕を見てジチさんは優しく微笑むと「だから、そんな事をしないのなら今のままでいいの」と言って人差し指で僕の鼻をつついてきた。
僕は跳ぶ事はフェアではない時があるんだなと改めて気付かされた事もあって「はい」と素直に答える。
黙っていればすごくいい話だったのに「でー、お姉さんの裸はどうだった?綺麗だった?」とジチさんが聞いてくる。
…どうしてこの人は余計な事を言うのだろう?
ジチさんは止まらない。
「フィルの方が綺麗だったかな?やっぱりお姉さんもフィルには勝てないわよねー。フィル相手だと悔しいとすら思わないのよね」と言ってフィルさんを見てヤレヤレとポーズをすると、このやり取りにフィルさんは「ジチ、やめてよ!」と言って照れてガミガミ爺さんも「おい姉ちゃん…」と言って呆れている。
僕はフォローになるか分からないが「フィルさんはお湯の中に居たから肩から上しか見てないし、ジチさんは仁王立ちして居たところは見えたけど…」と説明をするとジチさんが「えー?フィルはそれで照れているの!?と言うかキヨロスくんはそこからのぼせて居たの?」と言って驚いた後、僕とフィルさんを見て「純情ねぇ」としみじみ言っている。
僕からすれば都から来た人はどれだけスレているんだ?と言う話になる。
話がまとまった所でガミガミ爺さんが「小僧、落ち着いたか?」と言ってきた。
空気を悪くした張本人は出て行けと言うのだろう。
「うん。ガミガミ爺さん、フィルさん、ムラサキさん、お邪魔しました。ジチさんもおじさんの所に行ったりしてくれてありがとう。3人ともお風呂ではのぼせてごめんなさい。じゃあ、お邪魔しました」
僕はみんなに挨拶をしてトキタマに行こうと声をかけて荷物を持った所でガミガミ爺さんに「必ず明日の朝には鎧を受け取りに来いよな」と言われる。
僕は「はい」と言うとガミガミ爺さんの家を離れておじさんの家に向かう。
おじさん達はお風呂でのぼせた事を心配してくれて水とかお茶とかが沢山出てきた。
ジチさんの事もそうだが、おじさん達は子供を病気で亡くしているらしく今も子供が居たらと言って色々してくれる。
病気で亡くした後も子供が欲しかったらしいが命の絶対数の影響なのか子供が授かれなかった事を悔やんでいる事を話していた。
この人達ならジチさんやあの10人が三の村に来ても良くしてくれそうだ。
良かったと思いながら僕は眠る事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
キヨロスの居なくなったガミガミ爺さんの家では3人がため息まじりに顔を見合わせている。
ガミガミ爺さんが「行ったか?」と聞くとフィルが窓から外を伺って「うん。戻ってくる感じはしないわ」と言う。
2人の後でジチが心配そうに「お姉さん、頑張って騒いだけどうまく行ったかなぁ?」と言っている。
ここでムラサキが「フィル、ドフ、ジチ。よくやってくれました。ありがとう」とまとめる。
フィルは心配そうな顔で「ムラサキさん、これで良いのかしら?」と心配をしてガミガミ爺さんが「はぁぁぁっ…、きっと小僧に悪く思われただろうなぁ。今になって冷静に考えると随分と変な事を言っていたしな…」と言って遠くを見ながら肩を落とす。
ムラサキは「仕方がありません。今はこうする他に手が無いのです」と言って2人を慰める。
ガミガミ爺さんは余程キヨロスを気に入っているのだろう。
理不尽に怒った事で嫌われたと思い込んで落ち込んでいる。
「山小屋でムラサキに言われた通り、なるべく戦闘やアーティファクトから遠ざけたけど倒れたな」
このガミガミ爺さんの言葉にジチが「何々、どういう事?お姉さんにも教えてよ」と聞くとガミガミ爺さんがジチに山小屋での夜の話をする。
1回目の戦闘で角を手に入れたキヨロスが2回目の時間に跳び、フィルに角を飲ませてキヨロスが再度毒竜の退治の為に山小屋を出た後、ガミガミ爺さんはムラサキとフィルに1回目の時間でムラサキと話した事、[キヨロスが戻った時に万一戦闘の記憶が曖昧だった時には「時のタマゴ」の介入で本人は無意識に戦わされている可能性がある]と言っていた事、案の定キヨロスがムラサキの言う通り記憶が曖昧だった事を伝えてどうすべきかの指示を仰いだ。
ムラサキは出来る限り戦闘などから遠ざけて心を落ち着かせることが大事だと言い、全員が起きて待っていて話をしている時にキヨロスが「跳んでやり直した方がいいかも知れない」と思わないように、フィルを残して寝てしまおうと言う事になった。
フィルはフィルの考えでキヨロスと話したりする事で気を紛らわせる事に成功した。
話を聞いたジチはしみじみと「そんな事があったんだねぇ、お姉さんもなるべく気にしないように努めてはいたんだけどねぇ、それでもお風呂場で倒れちゃったからねぇ」と話す。
この話にムラサキが「私はその場には居なかったので確かな事は言えませんが、おそらく跳ぶ事や跳んだ事に深く疑問を持つのもダメなのでしょう。今回は跳んで傷を負っていない事にしたのに怪我をした箇所がおかしくなっていたことに疑問を抱いてしまったのが原因だと思います」と反応をする。
この話にフィルが泣きそうな顔で「そんな、もしも戦っている時にそんな事になったら…」とムラサキに問う。
ムラサキは悲しげな声だが冷酷な言い方で「仮にそれで命を落としても、死ぬ前に勝手に跳ぶだけです。それこそ無我夢中で気付いたら命を落としたと言えば済みます」と言うとガミガミ爺さんが憎らしそうに「それじゃあ、あの鳥がいる限りどうする事も出来ないのかよ?」と呟く。
ここで重ねるようにジチが「それもあの鳥に都合のいい所まで記憶が抜け落ちているのよね」と言って、昨日の午後に起きた出来事を2人に伝える。
話を聞いてフィルが「もしかして、ジチが今晩泊まりに来たかった理由って…」とジチの目的に気付き、ジチも「そう。お姉さんもキヨロスくんの事を何とかしてあげたくてさ、でも1人だと難しくて2人とムラサキさんに相談したくてね…、そうしたらアレでしょ?」と言って困り顔でお手上げポーズを取る。
ガミガミ爺さんが「そうだムラサキ、小僧のあの腕…あれは何なんだ?」と言ってフィルも「そうよ!あの黒さは普通じゃない!」とムラサキに聞く。
「あれは、魂の傷が出てきてしまっている状態です」
「魂の傷?」
「そう、キヨロスは私達とは違って何回も跳ぶ事で物事をやり直せる。戦闘前に跳んだ時、肉体の傷は元に戻ります。ただ、キヨロスの魂には傷を負ったと言う事実は残る。それが治る際に身体に出てきたのがあの黒い状態です」この説明にフィルが食い気味に「身体に悪影響とかはあるの?」と聞く。
「いいえ、あれはむしろ良い事です。フィルやドフ、それにジチが1日かけてキヨロスを戦いやアーティファクトから遠ざけたから魂の傷は癒え、最後に黒い色になって身体に浮かんできたのです。あの色が取れれば魂の傷は元どおりです」
ムラサキがそう伝えると3人とも安堵の声で「良かった」と言ったのだが「ただ…」と言ってムラサキが続ける。
「ただ、15歳で授かるには少々無理のあるアーティファクト、それなのに持って一週間も経たずに67回も跳んだ事が問題なのです。
おそらく、思考に関しては根本の考え方は変わらないものの、表面上は変化していて、一の村でも人が変わったと言われていたのではないかと思います。
身体…と言うか魂は気付かない間にボロボロになっている。多分軽傷や一度や二度跳んだ際の傷は早く治ります。ですが連続して跳べば魂への負担は相当なものでしょう…
あとは記憶の改ざん、それに意識への介入も問題です」
この説明を聞くと救いの少ないないようにフィルは「そんな事に…」と言って泣いてしまった。
ガミガミ爺さんは「なんとかならねえのか?」と自分のことのように必死になってムラサキに聞く。
ここでジチが名案とばかりに「王様がアーティファクトを求めているならあげちゃえば!」と提案をする。
しかし「それは無理です」と即座にムラサキから否定される。
ジチが「どうしてだいムラサキさん」と質問をすると「多分、この国の王は私が思っているような存在ならば最早話し合いなどと言うものは通用しません。そして、アーティファクトを渡したとしても最後には殺されます」と言われた。
ガミガミ爺さんが「じゃあ、とりあえずは小僧がおかしくならないように見守る案で行くしかないってことだな」とまとめるとムラサキは「そうです。今はとりあえず他者がなるべく一緒に居る事で「時のタマゴ」の介入を防ぐことが今できる事でしょう。その中でどうしたらいいかを考えましょう」と言う。
フィルが「それなら…」と言い、ジチが「うん、お姉さん達に出来る事はそれしかないね」と言う。3人の中では答えが決まっている。
ガミガミ爺さんは「そうと決まれば俺は鎧を仕上げるとするか」と言ってさっさと部屋に戻って行った。
フィルは明日からの事があるので「私たちは先に寝ましょう」と言ってティーカップを片付けるとジチは「寝る前にー、お姉さんと楽しい話しようねー」と言ってニコニコとしている。
「ええ?何を話すの?」
「恋バナよ恋バナ」
フィルは「そんなのないわよ」と言いながら顔を真っ赤にするがジチは引き下がらずに「最新のやつがあるんじゃないの?年下男の子との恋の話とかー」と言ってニヤニヤするとフィルは「そんなモノはありません!」と言いながらベッドルームへ行ってしまった。
ジチはしまったという顔で後を追う。
ベッドルームに並んでいるベッドを見てジチが「あ、そう言えばキヨロスくんが寝てたベッドは誰のベッドだったの?」と聞く。フィルは真っ赤な顔で「私のベッド…お爺ちゃんのはお爺ちゃん臭くてキヨロス君に悪いし、お客様用はジチに悪いから…」と言う。
その説明にうんうんと頷いたジチが「ふんふんふん、それは仕方ないねぇ。お姉さんも納得だよ~」と言うとフィルが「もう、からかわないで」と言って恥ずかし気な顔をする。
ジチはまとめるように「ふふーん。さ、明日も早いから寝ましょう!」と言ってベッドに入るとフィルも「うん、おやすみなさい」と言ってベッドに入る。
これで終わると思ったのだがジチが「はい、おやすみなさい」と言った後で「…で、どう?お姉さんに教えてよ~キヨロスくんの匂いする?」と聞く。
フィルは放っておけばいいのに丁寧にベッドの匂いを嗅いで「え?…え?…わからないよそんなの」と言う。
ここでジチは更に「あら、そう?残念ね。お風呂に入っちゃったからかな?じゃあ、山小屋で2人で起きていた時に何をしてあげたの?」と聞くのだが流石に「もう、教えません」と言うフィル。
ジチは「残念、お姉さんには内緒の2人だけの秘密かー」と言って今度こそ終わるのかと思ったが、その後も少しだけジチがひやかしてフィルが顔を赤くして反論をする会話が続いた。
隣の部屋で鎧を作るガミガミ爺さんは「姉ちゃんはうるせえなぁ」と言いながら鎧づくりに励んでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
[6日目]
朝起きると、おばさんが朝ごはんを作ってくれていた。
本当に申し訳ない気持ちになったが、おじさんは肉のお礼だから気にすんなと笑ってくれた。
もし、気にするのなら全部が終わって帰る時にもう一度寄って、顔を見せてくれと言われた。
僕はお礼を言ってからガミガミ爺さんの家に行く。
トキタマは何故か上機嫌で「今日からまた旅ですねー、お父さん」と言っている。
ムラサキさんと離れられるからかもしれない。
ガミガミ爺さんの家に着くとガミガミ爺さん達も朝ごはんが終わっていて3人ともお茶を飲んでいた。
ガミガミ爺さんは僕を見て「小僧、来たか」と言う。
僕が「おはようガミガミ爺さん。フィルさん、ジチさん」と言うとジチさんとフィルさんの2人は「おはよう」と返してくれた。
その間に左の部屋に行ったガミガミ爺さんが紫色の鎧を持ってきた。
手に取った鎧は見た目より軽くて重さが気にならない。
ガミガミ爺さんは「調整してやるから着てみろ、あとこれもだ」と言うと手首から肘までの籠手をくれた。
「動きが盾を持つには向いてない感じだからな、無意識に腕で防いだ時のためだこれも着けとけ」
「ありがとう」と言って試着をしてみたが、昨日の採寸だけでここまで身体に合うとは思っていなかった。
「バッチリだよ」
そう言ってガミガミ爺さんの目の前に戻った僕に「バカヤロウ、そんなわけあるか」と言いながらガミガミ爺さんは調整をしてくれると先程よりも身体に馴染む。
「凄い!さっきよりもバッチリだよ」と喜ぶ僕にガミガミ爺さんは「だろ?」とフフンと返してきた。
ガミガミ爺さんが満足そうに「小僧の準備は終わったぜ」と言うとフィルさんの部屋から「ちょっと待って」と声がした。
何だろう?
僕は鎧を気にして居て気付かなかったがジチさんも居ない。
…扉が開いてジチさんが出てきて、フィルさんもその後ろから出てきた。
「え?」
僕は驚いた。
まさかフィルさんは鎧を身に纏い、昨日ガミガミ爺さんが作った兜、そして槍とムラサキさんを持っていた。
「おまたせ」
「いや〜、鎧って大変だね。お姉さんには無理だわ」
僕はこの展開の意味が分からないので「フィルさん、その格好は?」と聞くと僕の声は聞こえないかのようにガミガミ爺さんが「おう、用意終わったな。行こうぜ」とフィルとジチさんに言っている。
僕はわからないので「え?どこに?」と聞くとジチさんが「やあねぇ、お姉さんと四の村に行くんでしょ?」と当たり前と言う顔で言っている。
「俺も小僧に鎧を作った関係で四の村に行かなきゃいけなくなってよ」
「私はお爺ちゃん1人だと心配だからついて行くの」
フィルさんとガミガミ爺さんも四の村に行くと言う…。
僕が何を言えばいいかわからずに3人を見ているとガミガミ爺さんが「混沌の槌」を僕に見せて「俺のアーティファクトは高速メンテナンスや高速作成をやった後には槌に雷の力が溜まるんだ、これが溜まった状態で使おうとすると雷が弾けて大怪我するから放出する必要があるんだよ。そんで四の村の知り合いに雷を必要としてるのが居るから溜まると届けに行っていてよ。今回は山小屋でメンテナンスして、昨日鎧と兜を作ったらもうギリギリなんだ」と説明する。
…確かにそれは致し方ない気もするが別に僕と行く必要はない気もする。
僕はそう思っていたのだがフィルさんが「お爺ちゃんと2人よりキヨロス君とジチと一緒の方がきっと楽しいし」と言ってジチさんが「お姉さんがフィル達を誘ったのよ」と言った。
…あれ?
ジチさんって旅をするの?
僕は不思議に思って「え?でもジチさんは三の村に…」と聞くが最後まで言う前に「やあねぇ、まだ決まって居ないわよ」と言われる。
「この村は素敵だけど四の村も見てみないと決められないでしょ?まあ…おじさん達からはここの方が数倍素敵だって言われてるけど、それでもお姉さんは自分で見ないと納得出来ないのよね」
…何と言うことだ。
居なくなると思っていたのについてくるジチさんだけではなくフィルさんとガミガミ爺さんも増えた…。
これにトキタマはかなり不満気で「えーーー!」と言っている。
ここにフィルさんが「ごめんなさい。でも万一何かあった時にキヨロス君と居たら跳んで貰えるから…。ダメかな?」とトキタマに謝るとジチさんとガミガミ爺さんも「頼むぜ鳥よう」と言いジチさんも「良いだろ?何かあったら助けておくれよ」と口々に言う。
この展開にトキタマも満更ではない様子で「もう、仕方ないですねぇ。みんなお父さん頼みなんですから」とヤレヤレと言うと僕に「お父さん、仕方ないからみんな連れて行ってあげましょう」と言い始めた。
確かにここで議論しても時間が勿体無い。
みんな四の村までなのだからそれ以上の危険は無いだろう。
僕は「わかりました。行きましょう」と言ってガミガミ爺さんの家を出た。
ガミガミ爺さんの家の前から村の入り口までの間におじさんとおばさんがガミガミ爺さん達の見送りに来ていた。
話を聞いていると、昨日の夜には決まっていたらしく、ジチさんがおじさん達に伝えていたらしい。
「知らなかったのは僕だけか…」
知らない所で決まっている事が少し面白くなかったのだが、気を取り直して村の入り口に向かう。
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