南の「時のタマゴ」-日常・加入。
第19話 三の村への帰還。
[5日目]
僕は寝坊をしてしまったようで起きた時にはガミガミ爺さんもフィルさんも僕以外は全員起きていた。
寝ぼけながら「おはようございます」と言うとガミガミ爺さんがこっちにきて「小僧、本当にありがとうよ。フィルのあんなに元気な顔がまた見られるなんて思っていなかったぜ」と言ってガミガミ爺さんはまた泣く。
ベッドに置かれたムラサキさんが「キヨロス、昨日は迎えられないですみません」と申し訳なさそうに言ってくる。
ムラサキさんを見て「本当です。寝てしまうなんてだらしがない。そのまま捨てられてしまえばいいんですー」とトキタマが口を挟むとムラサキさんは苛ついた顔をしているが大人の余裕と言う雰囲気で無視をしている。
無視されたトキタマは苛立った顔で「聞いてんのかババア?耳まで遠くなったんですかー?」と挑発を続ける。
僕は見ていられなくて「トキタマ、やめるんだ」と言って止めるとトキタマは「えー」と不満を表しながら窓際に飛んで行った。
僕はガミガミ爺さんの方を向いて「ガミガミ爺さん、一個相談があります」と言う、泣いていたガミガミ爺さんは僕の方を向いて泣き止んで「おぅ、どうした?」と言う。
「僕は昨日毒竜を倒しましたが死骸を置いてきてしまいました。あのままだと数日で腐ると思うんです。腐って病気とか流行ると困るから早目に使えそうな素材は使って焼くものは焼いた方がいいと思うんです」
この話に納得をした表情のガミガミ爺さんが「ああ、そう言う事か…、それならムラサキとフィルと話をしていたんだ」と言っている所にフィルさんが外から帰ってきた。
今日のフィルさんはとても元気そうで「あ、キヨロス君。起きた?おはよう!よく眠れたかな?身体はどう?調子の悪いところとか無いかな?」ともう人の心配をしている。
そして「これ、ちゃんと乾いていたよ」と言って僕の服を畳んでから渡してくれる。
僕が「ありがとうフィルさん」と言って服を受け取るとガミガミ爺さんが「それでだな」と言って話を続ける。
「もうこの山にいる必要は無いからよ、これから下山しようと言う話になっていたんだよ。それで村に行って何人か連れてきて毒竜の死骸を村におろして選り分けをしようって話になったんだ」
確かに毒竜さえ居なければフィルさんもガミガミ爺さんも山にいる必要は無い。
僕も早く四の村にいきたいのでその意見には賛成だ。
「それに、ここにはもうロクな食い物も無いからよ。みんなで朝ごはんって訳にも行かねえしな」
ガミガミ爺さんが部屋中を指して何もないアピールをする。
それからみんなで荷造りをして山を降りた。
荷物らしい荷物はほとんどなくて、時間がかかったのはフィルさんが鎧を装備するくらいでガミガミ爺さんに至っては「混沌の槌」と空の袋だけだった。
ガミガミ爺さんは空の袋を逆さにして「この中の食いもんはもう食っちまったから空なんだよ」と言って切なげに笑う。本当にいろんな意味でこの数日がデッドラインだったようだ。
山小屋を後にする。
フィルさんは深々と山小屋に頭を下げていて育ちの良さを感じてしまう。
こう言ってはアレだが、とてもガミガミ爺さんの孫とは思えない。
そう言えばあの洞窟は塞がなかったけど大丈夫かな?
三の村の人に必要なら塞いでもらおう。
僕たちは足取り軽く山道をおりている。
昨日までの汚い空気が嘘のように山の空気は澄み渡っている。
フィルさんは鎧とムラサキさんを装備して槍をまで持っている。
病み上がりには重いんじゃないかな?
「重くない?槍を持とうか?」
僕がそう声をかけると「ありがとう。大丈夫よ。村までもうすぐだし。これからの事もあるしね」とフィルさんは言う。
これから?
何だろう?
まあ、1ヶ月間ずっと毒竜に関わっていたのだからやりたい事とかあるのだろう。
特に気にせずに歩き続けるとようやく三の村が見えてきた。
この時の僕はお腹が空いていた。
フィルさんとガミガミ爺さんは家に荷物を置きに帰ると言って村の入口で別れた。
僕に「ウチで休むか?」とガミガミ爺さんが聞いてくれたが、水入らずで話したい事もあるだろうし僕は遠慮をした。
ただ、ジチさんに会うにしてもどこに行っていいのかわからなかったので僕は昨日のおじさんの仕事場に向かう。
おじさんは今もビッグベアと格闘していた。
やはり補助の人が居ても1人だと解体に時間がかかる。
僕が「おじさん、帰ってきました」と声をかけるとおじさんは手を止めて「お?坊主!坊主が居るって事は…毒竜は?」と聞く。
僕が「はい!倒しました!」と言うと「本当かよ、まだ一晩しか経ってないぜ?」と言うので「本当ですよ」と行ったところで痩せたメガネの人が「女神様ー!!」と叫んだ。
僕が振り返ると声の先にはフィルさんが居た。
山小屋にいた時の服ではなく、村娘と言った感じのスカート姿だ。
鎧もそうだったが、ムラサキさんに合わせてかフィルさんは紫色の服を着ている。この服は若干明るくて赤い紫色だ。
フィルさんは痩せたメガネの人に「こんにちは」と挨拶をしてこちらに歩いてくる。
メガネの人は勝手に手伝いを止めてフィルさんに「帰ってきたんですね」と言いながら駆け寄る。
次の瞬間、フィルさんの後ろに居たガミガミ爺さんに「フィルに近寄るなーー!!」と怒鳴られて居た。
おじさんは手を止めて僕を見て「ガミガミ爺さんの帰還だな」と笑った。
僕が頷いているとメガネの人が「ひぃー、ガミガミ爺さんだ」と慌てている。
ガミガミ爺さんは「誰がガミガミ爺さんだ!!」と言った後で「いつもいつも…………ん?」と何かに気付いた顔をしてメガネの人を見るとメガネの人も何で見られたかわからずに「はぃい?」と言う。
直後ガミガミ爺さんが「小僧に俺のことをガミガミ爺さんと教えたのはお前かー!!」と怒鳴る。
メガネの人はガミガミ爺さんの圧に負けて「ヒエェェッ」と言いながら尻餅をついてしまった。
それを見ていた僕とフィルさんの目が合った。
フィルさんが僕に手を振ってきたので僕も振り返す。
その後、2人してガミガミ爺さんを見て笑ってしまう。
このやり取りを見たおじさんが「ほほぅ」と言って含みのある笑いをしながら僕を見る。
僕が「なんだ?」と思っていると怒鳴り終えたガミガミ爺さんがフィルさんとこっちに来た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
僕が「ガミガミ爺さん、どうしたの?」と聞くとガミガミ爺さんは「小僧、ここに居たか」と言うと「いや、朝話した毒竜の死骸の件で来たんだ」と言っておじさんの方を向く。
「小僧が倒した毒竜の死骸が山に残したままだ。これから夏だから放っておいて腐って変な病気が流行ったりしたら困るから、村に引き上げて選り分けをしたいから手伝ってくれ」
言われたおじさんは「あー、そう言うことか。わかったぜ。で?毒竜の大きさはどんなんだ?俺は飛んで頭の上を通り過ぎた所しか見てないんだ」と聞き返す。
僕が説明に話に入る。
「大きさは山小屋より小さい感じ、大の大人が詰めれば6人くらい乗れる背中、長い首と長い尻尾、それと同じくらいの大きな翼です」
この説明におじさんが「大きいな…」と言って困った顔をする。
安心させるべく「でも、左の翼と尻尾は切断してあるので別で運べますよ」と言うとおじさんは「本当かよ…」と言いながら驚いた顔で僕を見るので僕は「嘘じゃないですよ」としれっと答えた。
おじさんが「早速行くかい?」と言うのだが、僕はもう空腹でたまらなかった。
「おじさん、ご飯もらえませんか?。…お腹空いてて…まだ朝ごはん食べてないんです。あとジチさんはどこに居ますか?」
「おお、なんだそうなのか?あの姉ちゃんならうちの母ちゃんと意気投合して、楽しく話しているよ。ちょっと待っていな、荷物の用意をしがてら呼んできてやるよ」
そう言うとおじさんは裏手の家の方に行った。
僕が待っている間に「フィルさん達はお腹空かないの?」と聞くとフィルさんが申し訳なさそうに「私もお爺ちゃんも家にあった保存食を一口食べた」のと言っていた。
そっちに行けば良かった…
フィルさんがうなだれる僕の横に来てそっと手のひらに小さなパンを乗せてくれた。
「これが保存食のパンよ。後でご飯作るからひとまずこれを食べて我慢してね」
女神だ…空腹のあまり、フィルさんが女神に見えた。
「本当にキヨロスくんが帰ってきてる!お帰りー!」と言うジチさんの明るい声が聞こえてきた。
僕は声の方を見て「ジチさん、ただいま」と言う。
ジチさんは「はい、おかえりなさい。キヨロスくんが無事でお姉さんは嬉しいよ!」と言った後で「それでアレなんだって?ご飯食べていないんだって?」と言う。
「ええ…。あ、でも今フィルさんに保存食のパンを貰ったんだ」
「それはそれは、良かったね。でもまだお腹空いているんじゃないのかい?」
僕が「うん、それはね」と言うとジチさんが「ふっふっふっふっふ」と妙な含み笑いをしている。何だと言うんだろう?
「キヨロスくん。喜んでちょうだい!なんならお姉さんのことを好きになってもいいぞ!何と今ここのおかみさんに「愛のフライパン」を借りて昨日のお肉でハンバーグを焼こうとしていたのだよ」
この言葉に僕はそれは凄い!と思わずテンションが上がってしまった。
そんな時、フィルさんが呆気にとられながら僕に「キヨロス君、こちらの方は?」と聞いてくる。
「ジチさんです。昨日から成り行きで一緒にここまで来ました」と言ってフィルさんにジチさんを紹介する。
「ほほぅ、あなた物凄い美人ね。あなたが噂の女神様?私はジチーチェ。長い名前が嫌だからジチって呼んでね」
「え?あ、よろしくお願いします。私はフィルです。後…あまり女神って呼ばれるのはちょっと…」
「あー、そっか!そうだよね!!嫌だよねそんなに崇められたような呼び方をたされるのって!わかるわ。お姉さんはあなたの事はフィルって呼ぶから私の事もジチって呼んでね」
ジチさんの勢いに飲まれかけていたフィルさんだったが名前の話をしてからは笑顔で話している。
ガミガミ爺さんが「小僧、なんだこの賑やかな姉ちゃんは?」と僕に聞き、僕が答える前に「あ!あなたがガミガミ爺さんね!?私はジチ、よろしくね!!」と言って僕に説明の暇を与えないように怒涛の勢いでジチさんが止まらない。
ジチさんは随分ご機嫌で「キヨロスくん、お姉さんこの村気に入っちゃったよ!10人を連れて永住したいかもって話したらおじさんもここのおかみさんも「是非そうしな!」って言ってくれたんだよ。お姉さん嬉しくて嬉しくて、昨日の夜は泣きそうになっちゃってさ!今朝もおかみさんがお婆ちゃんの形見の愛のフライパンで料理もさせてくれるしさ!」そう言って小躍りするジチさんにガミガミ爺さんが「おう、姉ちゃんよお!!誰から聞いたか知らねぇが、俺の事をガミガミ爺さんなんて呼ぶんじゃねぇよ!」とちょっと強めに会話に割り込んでジチさんに文句を言っている。
しかし機嫌のいいジチさんは止まらない。ガミガミ爺さんを見て「あー!そのあだ名嫌なんだ!じゃあ爺さんの名前は何て言うの?」と聞く。爺さん呼びでも失礼なのにガミガミ爺さんは「あ?俺か?俺はドフって言うんだよ」と答える。
頷いたジチさんは「わかったよ、ドフ爺さん!これでいいでしょ?私の事は姉ちゃんでもいいけどちゃんとジチって名前で呼んでおくれよぉ」と言ってガミガミ爺さんの手を取る。
ガミガミ爺さんは勢いに飲まれているのだろうタジタジになって「お…おぅ」とか言っている。
ジチさん、凄いな…
そんなジチさんは僕とフィルさん、それにガミガミ爺さんを見てから「いやー、コブ付きかぁ…。今さっきのキヨロスくんとフィルの雰囲気が良かったから、お姉さんはちょっと嬉しくなってテンション上がっちゃったんだけど、コブが居たら今一つ盛り上がれないよね?」と言った。
フィルさんは顔を真っ赤にして「え?ジチさんそんな…」と言って困っている。
だがジチさんは意に介さずに「お姉さん、フィルには呼び捨てで呼んで欲しいなぁ」とか言っている。
その横で「誰がコブだ!誰が!!」とガミガミ爺さんがジチさんに文句を言うとジチさんは「えー、でも若い2人の間に居るなんて野暮じゃない?」とか言ってケラケラしている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジチさんはガミガミ爺さんをコブと呼んでケラケラ笑った後で僕を見て「キヨロスくんだってこんな美人なフィルと2人で居たいのに、お爺ちゃんが睨みをきかせていたら困るわよね?」とさらに言う。
僕はジト目で「ジチさん、どうしたんですか?酔っぱらっています?」と聞くとジチさんは「お姉さんは酔ってなんかいないわよ。ただね、無事にキヨロスくんが帰ってきてくれて、こうして一緒に居てくれる人まで連れてきたから嬉しいのよぉ」と言う。
ジチさんなりに僕の帰還を喜んでくれているみたいだ。
でもこれから三の村で過ごすジチさんが先住人のフィルさんとガミガミ爺さんに嫌われるのはダメなので「でもジチさん、僕だけじゃなくてフィルさんやガミガミ爺さんまでからかうのは駄目ですよ」と注意をする。
「はーい」と返事をしたジチさんが「で、キヨロスくんはハンバーグ食べたい?」と僕に聞く。
お腹の減った居る僕は「食べたいです。フィルさんが作ってくれるご飯も楽しみだけど、ジチさんのご飯も食べたいです」と即答をすると「お、素直でよろしい。フィルもドフ爺さんも食べるでしょ?今焼いてくるね!」と言ってジチさんは走って行ってしまった。
…まさに怒涛だった。
ガミガミ爺さんは口が開いたまま「小僧、すげぇ姉ちゃんだったな。どこで見つけたんだあんなの?」と言う。
僕は昨日、二の村の少し先で出会った話をした。
後、昨日のお弁当はジチさんの手作りだと言うと「あの飯は旨かったな。そうかあの姉ちゃんがあんな料理を…」とガミガミ爺さんが意外そうな顔でしみじみと言う。
この話を聞きながらフィルさんが「あ、…ごめんキヨロス君」と謝ってくる。
僕は何で謝られたのかわからなかったが何となくジチさんが悪いのかと思って「フィルさんどうしたの?ジチさんが嫌だった?」と聞く。
フィルさんは困った顔で「ううん、そうじゃないの。私ジチさん程料理が上手じゃないから、料理を作ってあげたいんだけど、そこまで美味しくないかも…」と言う。
女心と言う奴なのか?
フィルさんとジチさんの年が近いからか、ちょっと相手の事が気になってしまうみたいだ。
「そんな事を気にしてくれていたの?僕はフィルさんの料理も食べてみたいから楽しみにしているよ」
僕の答えにフィルさんが真剣な表情で「本当?無理してない?」と聞く。
僕が「うん。無理してないよ。楽しみにしているよ」と二度そう言うとフィルさんが笑顔になってくれた。
僕はその時、やっぱ美人は笑顔も美人なんだなと思った。
しばらくして美味しそうな匂いがしてきた。
匂いの先のジチさんがテンション高く「キヨロスくんが狩ったイノシシとクマで作ったハンバーグでーす!」と言ってハンバーグを3つ持ってきてくれた。
ジチさんは「さあさあ、食べてみてよ。お姉さん張り切って作ったんだからさ」と言って最初にガミガミ爺さんに勧める。
ガミガミ爺さんは「おう、あちちちち……お!こりゃあ美味い!」と熱い熱いと言いながらハンバーグを頬張る。その顔は本当に美味しそうなのがわかる。
それを察したジチさんはふふんと言う顔をしながら嬉しそうに僕のところにきた。
「さ、お待たせキヨロスくん。さあどうぞ!」
僕はガミガミ爺さんの喜ぶ姿から期待に胸を踊らせながらハンバーグを口に運ぶ。
やはりジチさんの料理は細かいところまで手が込んでいて美味しい。
空腹がプラスされているからか思わず涙ぐむ。
「ジチさん、美味しいよ」
「ありがとう。君が喜んで食べてくれたからお姉さんも嬉しいよ」
昨日の夜も思ったが、ジチさんは喜んで食べると本当に嬉しそうな顔をする。
「さ、最後はフィルだ!お口に合うといいんだけど…」
「いただきます」
そう言うとフィルさんはハンバーグを一口食べた。
「美味しい!」
そう言うとフィルさんはもう一口、口に運んで味わって食べている。
それを見てジチさんは「お姉さん、頑張りました!」と言って嬉しそうにしている。
「良かったねフィルさん。1回目は食欲なくてステーキも最後まで食べられてなかったのに今はハンバーグを美味しいって食べられているね」
僕がそう声をかけるとフィルさんは涙を浮かべながら「そうだね」と言っていた。
それを見ていたガミガミ爺さんもまた泣いた。
この後、経緯を聞いたジチさんも泣いて喜んでくれた。
残ったハンバーグを食べたフィルさんは「やっぱり敵わないな」と呟いた。
それを聞いていたジチさんが目を丸くしてフィルさんに詰め寄ると「ちょっと、何を言ってんの?悩み事?お姉さんに言いなよ」と言った。
「え?あの…別に…大したことではないの」
「大したことないなら言えるよね?ほら、お姉さんに話してみなよ」
ジチさんの圧に負けたフィルさんがぽそりと「料理…」と言うと、フィルさんは耳まで真っ赤にしながら自身の料理の腕がジチさんには遠く及ばない事を気にしていると打ち明けた。
「はぁ?何言ってんのフィル?」と言ったジチさんは「まさかそこ?」と驚いている。
「私、さっきキヨロス君に料理を作ってあげるって言ったのだけど、ジチさんの料理を知ってしまうととても出せないと思って…」と言ったところでジチさんは「呼び捨てー」とフィルさんをジーっと見ている。
フィルさんは少し困った顔で「私、普通になら作れるけどジチ…みたいには作れないから、キヨロス君に申し訳なくて…」と言うとジチさんが今度も最後まで言わさないで「あのねー…」と言ってやれやれと続けた。
「フィルみたいな綺麗な子が料理まで完璧に作れたら私はフィルに何1つ勝てる所がなくなるでしょ?」と少し迷惑そうに言った後で「それに普通には作れるんでしょ?」と聞く。
フィルさんは「うん…普通には作れるけど…」と言うと間髪入れずに「それならそれで良いじゃない?」と言った。
「別にドフ爺さんが毎日泡吹いて気絶するような料理じゃないんだし…、私は覚える機会があっただけ。私からしたら、美貌があって手足も長くてスタイルもいい、更に声も綺麗。特別なアーティファクトを授かって村まで守るっていうフィルの方が余程反則よ」
フィルさんは困った顔で「別に…そんな事…」と言うがジチさんが諭すように「あるの。度の過ぎた謙遜は嫌味なの。そういう事をドフ爺さんは教えてくれなかったの?」と言っている。
そうなのだ、ジチさんも決して美人ではないとか綺麗ではないとかではない。
間違いなく美人の枠組みの中にいる人なのだが、なんと言うか…ジチさんは村一番の美女でフィルさんが国一番の美女と言う感じなのだ。
「それにさフィル?いい、その部分はキヨロスくんが決めることよ。作る人の気持ちも大切だけど食べる人の気持ちだった同じくらい大切なの」
ジチさんが僕を見る。
そんな僕とガミガミ爺さんは何も出来ずに2人の会話を黙って見ている。
「キヨロスくんはお姉さんの料理だけじゃなくてフィルの料理も食べたいわよね?」
「それはもう!」
僕はフィルさんには悪いかもしれないが作ってくれると言うご飯が楽しみだ。
ジチさんは「ほら、まだ問題ある?」と言って今度はフィルさんを見る。
「え?…ないです」
「ほらね?解決!料理が上手になりたかったらお姉さんが教えてあげるからさ」
「本当ですか!」
フィルさんがパアッと笑顔になった。
「うっうっう…すまねえ。すまねえなぁフィル!」と聞こえたので横を見るとガミガミ爺さんが泣いている。
ガミガミ爺さんは最近、怒るか泣くかしかしていない気がしてきた。
「早くに両親を亡くして、俺が男手一つで育てたから料理の所まで手が回らなかった…。それでもお前は裁縫も料理も掃除も一通りやれたから満足してしまっていたが…、そうだよなぁ?すまねえ事をしてしまったな」
ガミガミ爺さんの涙にフィルさんが「ちょっとお爺ちゃん、恥ずかしい」と言って止めるとジチさんが「掃除も裁縫も普通にできるのなら十分よ。イヤミだわイヤミ。もうお姉さんは料理を教えるのやめようかしら?」と言う。
それを聞いたフィルさんが「え?そんな…」と言って顔が曇ると横に居たガミガミ爺さんが「おい姉ちゃん、それは無いぜ」と言って困った顔でジチさんを見る。
「嘘よ。後で一緒に料理をしましょ?キヨロスくんはお腹空かせて待っていてね」
ジチさんはそう言うと笑っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
準備の終わったおじさんが「そろそろいいかい?」と言って声をかけてきた。
どうやら僕達を待ってくれていたらしい。
ガミガミ爺さんが「待たせたな」と言っておじさんの前に立つ。
僕が「じゃあ行きましょうか」と声をかけるとガミガミ爺さんが「小僧は留守番だ」と僕に留守番と言う。
これにはおじさんも「え?そうなのか?」と言って驚いている。
おじさんの言葉に頷いたガミガミ爺さんは僕を見て「小僧は働き過ぎだ。今日は村でゆっくりしてろ」と言う。
僕としてはやる事を済ませたら四の村を目指したかったのでそのまま「でも、僕も手伝って夜には四の村を目指そうかと…」と言うのだが目を三角にしたガミガミ爺さんが「詰め込み過ぎだ馬鹿野郎。まだ城に行く期日まで8日もあるんだろ?普通に歩けば3日だ。5日も猶予があるんだ。1日くらいここで休め。もし8日後に足りなくなったら今日に戻って今すぐ出かけりゃあいいだろ?」そう言ったガミガミ爺さんは深呼吸をすると「俺だって恩返しくらいしたいんだから、素直に好意に甘えておけ!」とさらに大きな声で言う。
なんだか逆らえない圧を感じた僕は「…はい」と言って頷く。
満足そうに笑ったガミガミ爺さんは「よし、じゃあ俺たちは山に行く」と言って山の方角を向いた所で「お前は空でも眺めてぼーっとしているか、病みあがりのフィルが無茶しないか見張っていてくれればいいんだ」と言った。
僕はガミガミ爺さんの背中に向かって「それだと落ち着かないですけど…」と言うとおじさんが「それならさ」と名案とばかりに僕に詰め寄る。
おじさんは解体中のビッグベアを指さして「このビッグベアの解体を頼めないか?昨日の手際の良さなら後を任せられるし、退屈が嫌なら丁度いいだろ?」と言う。
僕はビッグベアを見ながら「それなら」と引き受けると、そのやり取りを見ながらガミガミ爺さんは「そう言うんじゃねえんだよ」と不満そうだった。
ガミガミ爺さんは「それじゃあなフィル。行ってくる」と言ってフィルさんに手を振るとフィルさんも「お爺ちゃん行ってらっしゃい」と言って手を振って見送る。
「お前は病みあがりなんだから無理すんじゃねえぞ?」
「わかってる。でもムラサキさんも今日の夜に最後の薬を飲めば大体治るって言ってくれているのよ?」
「それでもだよ」
そう言いながらガミガミ爺さんは男の人たちと山に登って行った。
僕は一応、小屋の裏にある洞窟について説明をして村の人たちに判断を任せることにした。
さて、手持ち無沙汰にならないようにビッグベアの解体を済ませてしまおう。
ビッグベアの解体をしている僕を見ていたフィルさんがしばらくすると口を開いた。
「キヨロス君は手際がいいのね。おじさんが認めて任す気持ちがよくわかるわ」と言って驚いていた。
ジチさんがフィルさんの後ろで「惚れましたかな?」とか変な事を言っている。
それを言われたフィルさんはまた耳まで真っ赤になった。
まったく…ジチさんはフィルさんを、からかって遊んでいるな。
「ジチさん、そう言うのはやめてあげてください。それでどうしたんですか?」
「お姉さん、さっきキヨロスくん達にハンバーグをあげてしまったのでお昼ご飯のお肉が足りなくなってね。ちょっとそこのお兄さん、お姉さんにお肉を分けてくださいなー。
ちゃんと美味しいところにしてよね」
ジチさんはお店屋さんで聞くような会話をしながらケラケラと楽しそうだ。
一の村は行商人が来るから行商人の行李を見ながら母さんが話していたのを思い出す。
ジチさんは僕が肉を切り出している間「いやー、それにしてもからかっている訳ではないけど、キヨロスくんはめっけもんよね?」とフィルさんに向かって言い出した。
「そこら辺の魔物より強くて狩りもできるし、こうやって解体も手際よくやれる。うん、男はこうでなくちゃね」そう言ったジチさんを見てフィルさんまで感化されて「ジチはキヨロス君の事…気になるの?」と変な事を聞き始めた。
「あははは、お姉さんは10も下の男の子と何かなろうって気はないよ。まあ、キヨロスくんがお姉さんにベタ惚れでどうしてもって3回くらい頼み込まれたら考えちゃうかもね」
笑いながらそう言うと少し真面目な顔で「ただ、キヨロスくんとならキヨロスくんが狩りをしてくれて、私がそれを料理するお店が出せるからねえ………そう言うのって良いわよね。お姉さん夢見ちゃうわ」と言った。
僕はジチさんが冗談でもそこまで考えている事を知って恐ろしくなった。
確かに、料理のお店の話は悪くないかも知れないが、あの10人の面倒までみるのは大変な事だ………おっと、僕もジチさんに感化されてしまいそうだ。
僕はさっさとジチさんにお肉を渡して作業に戻る。
しばらくしてフィルさんが「良かったら、私も手伝おうか?」と言ってくれたが、綺麗な服が汚れるのは嫌だろうし申し訳ない。
僕は「ありがとう。でもせっかくの綺麗な服が汚れちゃうと嫌だから大丈夫。それにフィルさんは病み上がりなんだからゆっくりしてて」と言う。
それを聞いたフィルさんは「もう、キヨロス君までお爺ちゃんみたいな事を言ってー」と言って綺麗な顔を膨らませてムッとしている。
僕はその顔を見て本当、綺麗な人はどんな表情をしても綺麗なんだなと思った。
確かに昨日からのガミガミ爺さんは凄くフィルさんの事を心配している。
なぜか下山の時には槍とかムラサキさんを持ってあげなかったけれど…ずっと心配をしている。
僕は作業の手を止めてフィルさんの方を向いて顔を見て「それ、僕のせいかも知れないんだ…。ごめんねフィルさん」と謝る。
フィルさんが驚いて「え?なんでキヨロス君が謝るの?」と聞き返してくる。
「僕が前の時間から跳ぶ時に、ガミガミ爺さんを連れてきたから…。前の時間では僕が倒した毒竜が最期に出した毒霧をフィルさんが浄化するために吸い込んで死んでしまってガミガミ爺さんは凄く悲しんで居たんだ…。
それを説明のこととかあったし喜ばせたくて僕は連れてきてしまったから…今はフィルさんを失いたくない気持ちで心配なんだと思うんだ。
だからガミガミ爺さんが今までより心配性になっていたら僕のせいだから…ごめんなさい」
僕はきちんとフィルさんに謝った。
命を助けられた事は良い事かも知れないけれど、やはり普通ではない事をしていたらどこかで今までと何かが変わるのかも知れない。
フィルさんは僕を見て「そんなに背追い込まないで」と優しく微笑みながら言ってくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フィルさんが「そんなに背追い込まないで」と優しく微笑みながら言ってくれて「お爺ちゃんは昔から心配性だったし、確かに昨日の夜からのお爺ちゃんはいつも以上に私を心配してくれているけど、それの全部がキヨロス君の所為なんかじゃないわ」と続けてくれた。
フィルさんは優しい。
今も不満気な事など無かったかのように優しい言葉をかけてくれる。
「でもね。私は確かに無理をしてしまうし、キヨロス君の言う前の時間では無理をしすぎて命を落としてしまっている。だから信用がないのもわかるのだけど、少しは頼ってね。
私の方がお姉さんなのになんだかキヨロス君の方が年上みたいに見えちゃうから少しは頼ってね」
フィルさんはフィルさんなりに何かをしたいのだろう。
昨日も僕の服を洗濯してくれたし、本当に命の恩人に何かをしたいと思ってくれているのかも知れない。
僕はその気持ちをありがたいと思おうと思い、フィルさんの気持ちに応えようと思った。
「うん。わかりました。それなら1つ頼んでも良いかな?」
フィルさんが眩しい笑顔で「うん!何?」と聞いてくる。
僕は自分の周りの汚れている場所を指さして「こっち側はせっかく似合っている綺麗な紫色の服が汚れると嫌だから頼めないけど、洗浄に使う水がもう濁ってしまっているんだ」と言って桶を指さして「水を汲んできて貰えるかな?」と頼む。
物凄い勢いで立ち上がったフィルさんが「お水ね!すぐ汲んでくるわ!」と言って桶を手に持つ。
僕は「走らなくていいからねー」と言うのだがフィルさんは「大丈夫ー!!」と言うと元気に走って行ってしまった。
勝手に美人はあんな顔で走らないと思っていたのだが、フィルさんはフィルさんなんだなと思った。
ジチさんが「おやおやおや〜。随分とお楽しみじゃないの〜?お姉さん妬けちゃうなぁ」と言って出てきた。
なんでもそっちに繋げるんだからと言う気持ちでジト目でジチさんを見ながら「ジチさん…。どうしたんですか?」と聞く。
「いやね、フィルが料理を教わりたいって言っていたから呼びに来たんだけど、2人が何やら話していたからお姉さんは気を利かせて待っていたのよ」
身振り手振りで言うジチさんに「何、僕の事までからかって居るんですか?フィルさんだってそろそろ迷惑に感じますからやめた方がいいですよ」と言うがジチさんは楽しそうに「いや、お姉さんは見たままに感想を述べただけで、別にからかってる訳じゃないのよ?」とシレッと言う。
「フィルさん、さっきも耳まで真っ赤にしていたし、あまりからかわないであげてくださいね」
そう言った僕の言葉にジチさんが「はぁ〜…」と大きなため息をついた。
「そうだったよ、お姉さん忘れてたよ。キヨロスくんが大人びているし、毒竜なんて魔物も倒しちゃうんだけどまだまだ15歳のお子様だって事をさ…」
間違っては居ないのだけど、お子様と言うのはなんかモヤモヤしてしまう。
「まだキヨロスくんにはわからないかも知れないけど、君はフィルの命の恩人で、彼女を無駄に女神扱いしない頼れる男の子だって事。だからフィルもキヨロスくんの側であれこれしたいって言っているんだからね。そこら辺、よく見てあげなさいよ」
なんか妙に説得力がある。
あの年上そうな痩せたメガネの人ですらフィルさんを女神様って呼んでいたし…
フィルさんは年の近い友達とか居ないのかもしれないな。
そう思った僕は「そうだね。ジチさんありがとう!」と言う。
「フィルさんは僕たちと友達になりたいのかもしれないね。変な距離を感じさせないように仲良く接してみるよ!」
「ふぇ?え?…はぁ〜…。まあ今はまだ一晩しか経ってないんだし、それで良いんじゃないかしらね?お姉さんはそう思う事にするよ」
ジチさんが肩を落として勝手に何かを理解したところでフィルさんが「お待たせー!」と息を切らせながら水を持ってきてくれた。
「おかえりなさい。ありがとうフィルさん」僕は桶を受け取ったところで言うとフィルさんが「次は何かある?」と嬉しそうにそう聞いてくれる。
だがジチさんがフィルさんの手を取って「フィルはこっち」と言う。
「え?ジチ?」
「お姉さんから料理を教わりたいんでしょ?今からハンバーグを仕込むから着いておいでよ。
後は元々作ろうとしていた料理も作っちゃいなよ。そっちは見てるだけにしてあげるからさ」
そう言われるとフィルさんは「でも」とか「キヨロス君のお手伝い…」と言っていたが。
「キヨロスくんがやる事終わってからご飯作っていたらお腹空かせて倒れちゃうでしょ?ほらほら、ご飯作るの!」
そう言うとジチさんはフィルさんを引っ張って行った。
「キヨロス君、ごめんね。行ってくるね」
「ううん、フィルさん。お水ありがとうね」
さて、僕も残りを終わらせてしまおう。
実はお水も残りのもので間に合ったのだが、フィルさんに何かを頼みたくて言ってしまったのだ。
僕自身、昨晩の戦いで力が付いたのか、刃物の扱いが少しうまくなったのか、今までよりも解体をスムーズにやれている。
この分ならお昼までに終われるだろう。
そうだ…1つ思い出した。
「トキタマ!」
「はーい、何ですかー?」
トキタマは無用な騒ぎを避けたいから村では話さないように言っているのを守っている。
今も木々の枝や屋根の上で自由気ままにしている。
「僕が跳んだ回数が67回と言っていたよね?」
「そうですー」
「聞いて居なかった60回目と65回目の変化を教えてくれる?」
「そうでしたね。お父さんは60回目で着地が上手になったので大体狙ったタイミングに跳べるようになりました。65回目で更にアイテムを持って跳べるようになったんです」
ん?
「え?それって、毒竜との戦いがなかったら角をあの時にフィルさんに飲ませることが出来なかったの?」
「そうですよー」
何となくやれる気がしていたからやっていたが、言われてみればアーティファクト以外のアイテムを持って跳ぶ事はした事が無かった…。
「お父さん、たくさん跳んでいて良かったですねー。僕がいつも跳ぶようにお話ししている意味が分かりましたかー?」
…今回に限ってはそうかもしれないが、個人的には朝のムラサキさんの発言が気になっていた。
ただ、ここで反論をしても何も好転しないこともわかっている。
僕が「そうだね」と認めるとトキタマは「お父さんが認めましたー!」と言って大喜びで飛んで行ってしまった。
まあ、聞きたいことは聞けたのでいいとする。
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