第18話 跳んで全てをやり直す。
フィルさんが死んだ結末を変えたかった僕は「フィルさん、少しだけ待っていて」とフィルさんに話しかけるとガミガミ爺さんの手を引っ張った。
手を引かれたガミガミ爺さんは「小僧!?」と言って僕を見る。
僕は「ガミガミ爺さん!ムラサキさんを持って!今すぐ着いてきて!!」と言って駆け出した。
ガミガミ爺さんがムラサキさんを連れながら「小僧!おい待てよ!!」と怒鳴り散らしている。僕は「いいから早くしてください!」と言って駆け出す。そして途中からガミガミ爺さんを後ろから押していた。
例の場所に着いた。
目の前には毒竜の死骸がある。
ガミガミ爺さんは周りを見ながら「小僧、こんな所に連れてきて何を考えている?」と聞く。僕は毒竜を見て「ガミガミ爺さん、ムラサキさん!毒竜が何処で毒を作るか教えてください。僕は何度も毒竜の血を浴びたけど毒にはならなかったんです。きっと何処かに毒を作る場所があると思うんです!」と言うとムラサキさんは僕の考えをわかってくれたようで「そういうことですか。キヨロス…わかりました」と言ってくれる。
ムラサキさんは「ドフ、私を持って毒竜の身体の隅々まで見せてください」と指示を出すとガミガミ爺さんが「お…おぅ」と言って毒竜の死骸に近づく。
ムラサキさんはガミガミ爺さんに「もっと左を、今度はそこを…」と指示している。指示通りに動くガミガミ爺さんは「それにしても随分と斬りつけてやがるな…」と引き気味に話している。
確かに僕も死骸を見て不思議だった。
まるで剣の練習台に使ったみたいだ。
無我夢中になって我を忘れた僕はどんな戦い方をしたのだろう?
そんな事を思っていた時、ガミガミ爺さんが「小僧!」と言って僕を呼びつける。
僕が横に行くと「あったぞ」と言って「ムラサキよ…これだな?」とムラサキさんに聞くとムラサキさんは「はい、そこから毒の気を強く感じます。毒竜はそこで毒を作って吐き出しているはずです」と言った。
ムラサキさんの言ったその場所は左翼の付け根の少し上側にあった。
深さは杭を刺した深さくらいの所だった。
僕は念入りに毒の器官を確かめる。
ガミガミ爺さんとムラサキさんに離れるように声をかけてから剣で切ったり刺したりしてみた。
死骸だからか元々の硬さなのか。問題なく刃は通った。
中から紫色の汁が出てきた事で毒の器官で間違いない事がわかった。
その時僕の肩にいたトキタマが「お父さん、跳べるよー!」と声をかけてきた。
そうだ…トキタマが完全に結末を変えられるとわかった時には跳べると声をかけてくれると言っていた。
トキタマに「ああ、僕は跳ぶ」と言った僕はガミガミ爺さんとムラサキさんに目を向ける。
ムラサキさんは僕の考えを理解して「キヨロス、よろしくお願いします」と言うがガミガミ爺さんは理解できずに「小僧?どうしたんだよ?ムラサキも…」と言う。
ガミガミ爺さんはまだわかっていないが説明は後回しだ。どうせすぐにわかる。
僕は「トキタマ!【アーティファクト】!」と声をかけるとトキタマは「はーいー跳ぶよー!!」と言って僕を羽根で包んだ。
[4日目]
67回目の時間。
僕が跳んだ時間、それは前の夜。
ガミガミ爺さんに剣を見せた時にした。
ガミガミ爺さんは「小僧…?お前…。ここは?」と言った後でフィルさんの顔を見て「…フィル!!」と驚きの声をあげて大泣きしている。
僕は今回、ガミガミ爺さんの記憶と毒竜の角を持って跳んだ。
勿論、リーンの記憶も持っている。
リーンには申し訳ないが、今回は我慢してもらおう。
ムラサキさんが異変に気付いて「キヨロス…。あなたは?」と話しかけてきた。
僕は「ムラサキさん、僕はあなたの記憶は持って跳べるかわからなかったから持ってきませんでした。大丈夫です。全て僕がうまく行かせます!」と言うと状況を理解したムラサキさんは「……そうですか、ありがとう」と言った。
状況が理解できないのはフィルさんも同じで目を丸くしている。
そんなフィルさんにガミガミ爺さんが抱きついて「フィル、フィルー!!」と言いながら大泣きしている。
フィルさんは僕の前で抱き着かれた事もあって「ちょっとお爺ちゃん!?どうしたの?何?恥ずかしいよ」と言っている。
死んでしまった孫娘が生きている時間に戻れたのだ、泣いて喜ぶだろう。
ガミガミ爺さんは「おっと…。へへっ、すまねえな…フィル」と言って耳まで赤くして照れているがまだ涙が止まっていない。
ガミガミ爺さんは全てを察してくれていて「小僧」と言ってくれた。
僕は「はい」と返事をして懐から毒竜の角を3本取り出してフィルさんとムラサキさんに見せた。
フィルさんが驚いた顔で「それは…、毒竜の角?」と聞く。僕は「そうだよフィルさん!僕が明日から持ってきたんだ。さあ!これを飲んで!」と言って微笑むと「本当…なの?」と言って目に涙を浮かべている。
この涙でもわかる。フィルさんは多分、この時から死を予感していたのだろう。
ガミガミ爺さんの手前、気丈には振舞っていたのだが、やはり誰だって死ぬのは嫌だ。
だが、それもこの角があれば回避が可能だ。
その事がフィルさんに涙を浮かべさせた。
あ…しまった。
トンカチを置いてきてしまった。
僕がガミガミ爺さんを見て「ガミガミ爺さん、トンカチを貸してください」と言うと「お…おぅ。待ってろ!」と言って部屋を出て行ってすぐに戻ってきたガミガミ爺さんが毒竜のツノを砕く。
僕は「どれくらい飲めば効きますかね?」とガミガミ爺さんに聞くとガミガミ爺さんも「俺も知らねえなぁ、3本あるんだからこの1番大きいのを1本くらい飲んでもいいんじゃねえのか?」と言う。
フィルさんが大ぶりの角を見て「え?ちょっと…」と言って困っているがガミガミ爺さんは「お前はずっと長いこと毒にやられていたからな、沢山飲んで治さないとな!」と言って止まりそうもない。
フィルさんがガミガミ爺さんの勢いに「え?え?」と言って困っている。
ここでムラサキさんが「葡萄の粒一粒くらいで十分効果が出ます。フィルの身体なら今と明日の朝と夜の三回も飲めば殆ど回復しますよ」と教えてくれるとガミガミ爺さんがキョトンとした顔で「そうなのか?」と言う。
フィルさんは助かったとばかりに「ほら、お爺ちゃん。ムラサキさんが言うなら間違いないわよ。お水取ってきて」と言う。
ガミガミ爺さんは「ほいきた!」と言ってすぐさま水を汲んでくる。
フィルさんはちょっと心配そうに角のかけらを手に取ると口に入れてゴクンと飲み込んでから水を一杯飲んだ。
ガミガミ爺さんは心配で堪らないらしくすぐさまフィルさんに「どうだ!?治ったか!!!」と聞いている。
フィルさんは呆れた顔で「そんなに…すぐに…は効かない…よ…。あれ?」と言うとパタリと眠ってしまった。
ガミガミ爺さんが真っ青な顔で「フィルーーーッ!?」と叫ぶとムラサキさんが「ドフ、フィルは寝ただけですよ。眠って身体は毒の排除に全力を尽くすのです。10分もすれば目が覚めますよ」と教えてくれる。
ムラサキさんの声に大きく息を吐いてホッとするガミガミ爺さんは「良かった〜…。小僧…本当にありがとうな」と言って目に涙を浮かべて感謝をしてくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
僕は「良かった〜…。小僧…本当にありがとうな」と言って目に涙を浮かべて感謝をしてくれたガミガミ爺さんに「まだですよ」と言うと「え?」と聞き返すガミガミ爺さんに僕は「ガミガミ爺さん、僕のお願い聞いてください」と言った。
ガミガミ爺さんは「なんだよ小僧?今はせっかくフィルが治ったって時なのによ?」と言って変な顔をする。
もう、ガミガミ爺さんと呼んでもガミガミ爺さんは怒らなくなっていた。
僕は「だからですよ。トンカチと杭とロープ、あとツルハシを今すぐに出してください。後はもう一度この剣のメンテナンスを頼みます」と言うと「おめえ…、まさか…」と言ってガミガミ爺さんが僕の顔を見る。
「ええ、そのまさかです。1回目と違って耐性付与は済んでいるのですから、剣の斬れ味さえ元に戻れば十分です。万一の為に僕もかけらを持っていきますけどね」
僕の言葉にガミガミ爺さんが「いや、明日になってからでも…」と言うのだが僕は「それだと朝の毒霧を、またフィルさんが吸う事になる。その前に僕が終わらせてきます。なので剣のメンテナンスをお願いします」と言う。
ガミガミ爺さんは僕の決心に理解をしてくれたようで「わかった」と言うと剣を持って部屋を出て行った。
恐らくメンテナンスの音でフィルさんを起こしたく無いのだろう。
フィルさんの眠る部屋でムラサキさんか「今から行くのですね?」と話しかけてきた。
頷く僕に「キヨロス、あなたは何回目なのですか?」とムラサキさんが聞いてくる。
もう、数はあまり数えていない。無我夢中で跳んだ回数もわからない。
トキタマに聞いてみよう。
僕が「トキタマ、今は何回目の時間?」と聞くとトキタマは「67回目です」と言う。
ムラサキさんが驚いた声で「67回目…そんなに?その若さで?「時のタマゴ」よ、何故そんな事を…」と言いながらトキタマを睨んでいる。
トキタマは「黙れババァ。お父さんはみんなの為に跳んでいるんです!余計な事は言うな!」と口汚くムラサキさんに文句を言う。
ため息をついたムラサキさんは「キヨロス、跳ぶ事はいいのです。ですが、「時のタマゴ」の容姿には騙されないでください。跳ぶ時は自分の意志で跳んでくださいね」と言ってくるので僕は「はい」と答える。
ムラサキさんは「本当はあなたがどうして今こうしているのかを聞きたいのですが…行くのですね?」と聞いてくる。
そうか、前回はこの後で経緯を説明したのか。
そうなるとフィルさんもムラサキさんも僕の事を詳しくは知らないのか…。
その事に気付いた僕は「今のガミガミ爺さんは前の時間から連れてきているから僕の事を知っています。聞きたいことがあればガミガミ爺さんに聞いてください」と伝えるとムラサキさんは「わかりました」と言った。
その時、「うぅ~ん」と言ってフィルさんが目を覚ました。
僕はフィルさんの顔を見て「フィルさん!」と声をかけるとフィルさんは薬が効いたのか「キヨロス君…私…身体が辛くないわ」と言って楽そうにベッドから起き上がる。
僕は元気になったフィルさんを見て「良かった!!」と喜ぶ。
フィルさんが笑顔で泣きながら「凄い…夢みたい。本当にありがとう」と感謝を伝えてくれている。
僕は首を横に振って「ううん、まだですよ」と言うとフィルさんが「え?」と驚きながら僕を見る。
僕は微笑みながら「今から、明日をちょっとだけ良くしに行ってきますね」と伝える。
フィルさんは不思議そうに「明日?それって…」と言うのだが僕は最後まで言わせないで「いいから、フィルさんは僕の持ってきたお弁当を食べてゆっくり休んでくださいね」と言ってフィルさんを布団に寝かしつけて横にお弁当を置いておく。
今触れたフィルさんは前より温かい気がした。気のせいでなければ体内の毒は消えて元気を取り戻しはじめているんだ。
その事に僕は嬉しくなった。
丁度ガミガミ爺さんが「小僧、準備出来たぜ」と言って剣と道具を持って戻ってきてくれた。
僕は「ありがとうございます」と言った後で「ガミガミ爺さん、フィルさん起きましたよ」と言う。
嬉しそうに「本当か!!?」と言ったガミガミ爺さんはベッドで横になるフィルさんが「お爺ちゃん。私、助かったみたい」と言うと「フィルー!!良かったなぁ」と言ってまた泣いている。
僕は「うん、良かった」と心からそう思った。
「ガミガミ爺さん、フィルさん、ムラサキさん。僕、今から行ってきます」
僕の言葉にフィルさんがガミガミ爺さんを見て「さっきからキヨロス君の言っている行く場所って…」と聞く。ガミガミ爺さんは頷いて「小僧は今から毒竜を退治しに行ってくるんだよ」と言った。
フィルさんが慌ててベッドから起きると「そんな、危ないわ!1人でなんて!!」と言うとムラサキさんが「フィル、キヨロスは一度1人で毒竜を倒しているのですよ。それだから今あなたは角のかけらを飲むことが出来たのです」とフィルさんに説明をしてくれている。
驚いて僕を見ているフィルさんに「フィルさん、もう明日の朝に毒霧を浄化しないでいいようにしてきますね」と言ってみんなを見て「じゃあ、ちょっと行ってきます!あ、ムラサキさんが今までの話を聞きたいって言っているので、ガミガミ爺さんから簡単に説明しておいてください!!」と言って僕は見送りもいらないからと山小屋を飛び出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
もう、手慣れたもので小屋の裏手の洞窟跡をツルハシで壊して洞窟に入る。
一番上の出口に行くまでに、腰と杭をロープで巻きつけてつなげる。
今回の狙いは翼と毒の器官だ。
位置と戦い方をもう一度イメージしておく。
僕は出口を塞ぐ壁をつるはしで壊して下を見ると毒竜は眠っていた。
前回は森の中を歩いたのであまり恩恵がなかったが、月明かりが丁度この場所を照らしてくれている。
リーンと月を見たのがもう何日も前に思える。
いま彼女は月を見ているだろうか?
そんな事を思ったが、僕はすぐに気持ちを切り替えて剣を握る。
今回も先手必勝で毒竜に切り込む。
「【アーティファクト】!」と唱えて振った僕の剣が毒竜の背中、狙い通りに左の翼の根元から少し上を切り裂く。
やはりあの時の僕は剣の練習でもしていたのか、無意識でも問題なく毒竜の背中を切り裂ける。深い位置に剣を刺してから杭を差し込んでトンカチで杭を打ち込む。
突然の激痛に毒竜がひるむ。
「火の指輪」で辺りを照らすと、毒竜の血は見えたが未だに紫色の体液は見えない。
月明かりがあるとはいえ、夜の暗がりでは正確な位置を狙うのは難しいか?
そうなればやる事は一つだ。
僕は剣を下に構えてひたすらめった刺しにする。
杭に当たらないように色々な個所を何回も刺す。
いちいち火の指輪で確認をするのも億劫なので僕は途中から剣に火を纏わせて明かり代わりにしている。
しばらくめった刺しにすると剣に紫色の液体が付着していた。
毒の器官を傷つけられたようだ。
僕は一度目的を変えるために左の翼に向かって「【アーティファクト】!」と唱えて剣を振るう。
次の瞬間、僕の剣劇で毒竜の左の翼が切断された。
あまりの激痛で毒竜が走ったり身もだえたりと忙しい。
これで飛ばれる事はまずなくなった。
この後は、尻尾の切断と毒竜が本当に毒を出せないかの確認だ。
僕は背中で毒竜が尻尾を振りやすい位置に身を置き、挑発するように背中に何回も剣を突き立てる。
すぐさま毒竜は尻尾で僕を薙ぎ払おうとしてきた。
いける。
今の僕には自分でもよくわからない自信がある。
タイミングを合わせて「【アーティファクト】!」と唱えた一撃。
「ガッ」という音ではなく「ドンッ!!」と言う音がする。
斬れた、アーティファクトの力を使ったとは言え、今まで骨で止まっていたものが一発で斬り飛ばせた。
また思わぬ激痛に毒竜が暴れる。
本来なら、ロープを切断して安全な場所に退避するのが正解なのだが、毒がどうなったかわからない以上は安易に切り離すことは出来ない。
毒竜が首を回して背中の僕を見てくる。
毒霧の動きになった。
僕は「火の指輪」の用意を始める。
毒竜の動きをよく見てタイミングを計る。
今だ!僕は火球を毒竜の顔に向けて放つ!!
「ガッ!」と言う音の後で毒竜の顔に火が付いた。
火が付いたと言う事は、毒霧を出せなかったと言う事だ。
これで準備が整った。
僕は腰のロープを切っていつでも降りられるように用意を始める。
未だ毒竜の口元で火が燃えている。
やるなら今しかない。
毒竜の首の付け根に剣を突き立てて僕は左の翼の付け根に向かって走る。
少し剣が引っかかるが何とかなる硬さだ。
そのまま尻尾の付け根に向けて走る。
一筆書きのように剣を走らせた僕は左足を斬りつけながら毒竜から降りた。
「満身創痍」そう形容するのが適切なくらい毒竜は弱っている。
後一撃、多分そんなところだろう。
僕は今毒竜と向かい合っている。
剣をもう一度構えて集中する。
この一撃で終わらせる。
「【アーティファクト】!」と唱えて僕は毒竜の胸に向かって剣を振り下ろすとしっかりと胸に剣が刺さる。
そのまま僕は思い切り剣を振り抜いた。
毒竜は想像を絶する程の断末魔を上げて動かなくなった。
一瞬ののち背中の切り口から噴水のように紫色の液体が噴き出てくる。
これが先ほど話に出た最後の行動だったのだろう。
だが、その器官は破壊させてもらった。
いくらそこに力をためてもたまるモノではなく全てその場で噴き出てくる。
僕は念のために出たばかりの紫色の液体で出来た水たまりに向けて火球を投げつける。
万一毒霧になられたり、この場所の毒まみれが悪化しても困る。
しばらくしたが、毒竜はピクリとも動かない。
立ったまま絶命していた。
僕はようやく納得のいく形で毒竜を倒すことが出来た。
死骸に関しては明日以降ガミガミ爺さんに相談をするとして今は山小屋に帰ろう。
今回は洞窟で帰る事にした。
暗い山道を下りるのはちょっとだけ怖い。
ここで怪我をしても勿体ないし…と自分に言い訳をしてしまう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
山小屋に着いた僕は「戻りました」と言いながら中に入る。
流石に何も言わないで入るのはどうにも抵抗がある。
夜も更けてきた事だし、みんな眠っているだろう。
そう思ったのだがフィルさんが「おかえりなさい」と言って僕を迎え入れてくれた。
先程までより更に血色の良い顔色。
色白ではあるが、健康的な色白とはこんな感じなのかと僕は思った。
だがそれよりもこんな急に起き上がっていいものだろうか?
僕は「フィルさん、寝ていなくて平気なの?」と素直に思った事を聞いてしまう。
フィルさんは「ええ、もう大丈夫よ。本当よ。今はとても調子が良いの」と言う。
本当に今までより調子が良く感じるのだろう。
今までの1ヶ月がどれだけ過酷だったかがわかってしまう話だ。
僕は「うん、良かった」と言った後で「でも病み上がりだから無理はしないでね」と言うとフィルさんは「ありがとう。キヨロス君」と言ってニコリと笑ってくれた。
僕は起きているのがフィルさんだけなのが気になって「そう言えばガミガミ爺さんは?」と聞くとフィルさんは少し嬉しそうに「お爺ちゃん?さっきまで起きていたんだけど…、私が治ってホッとしたからって弱いのに「祝杯だ!」ってお酒を飲んじゃって…。キヨロス君が帰ってくるまで頑張って起きているって言っていたのだけど、ダメだったみたい」と言う。
フィルさんの事が余程嬉しかったのだろう。
死んだと思った者に会える。
死ぬ未来を塗り替えてしまえる。
これ程嬉しい事はないのかも知れない。
フィルさんが「キヨロス君、お湯沸かしてあるのよ。ここにはお風呂が無いからお湯を沸かして体を拭くことしか出来ないのだけど…」と言う。
そう言われて僕は身体を見た。
毒竜の血で上半身が真っ赤に染まってしまっている。
自分の状況に驚いた僕を見てフィルさんが「服は良ければ私が洗っておくわ。毒竜が居なくなったから外に干せるし、山からの風で一晩もあれば乾くと思うから」と言ってくれる。
洗濯をして貰うのは申し訳ない気持ちになったのだが、フィルさんが「命の恩人になにかさせて」と言うので洗濯をお願いした。
出来る事なら寝て居てほしいのだが、身体が動く喜びには敵わないのだろう。
フィルさんは僕の身体なんかを見てもなんとも思わないだろうと思ったのだが、服を渡す時の僕はタオル一枚で、それを見たフィルさんは真っ赤になっていたのでこちらも照れた。
僕は先に下半身を拭いて予備の服に着替える。
半月も旅をするのだから着替えはキチンと用意してある。
だが、ポーチに入れていた非常食の干し肉とパンは毒竜の血でダメになっていた。
一瞬跳ぶ事も考えたが、パンの為に跳ぶのはやめにした。
明日、村で分けて貰おう。
僕が「すみませんでした。もう後は上半身だけなので…」と言うとフィルさんが「急がせてしまってごめんなさい」と言いながら僕の横で服を洗濯してくれた。
「キヨロス君の事、お爺ちゃんから大体聞いたわ。その年でこんな大変な事をやっているなんて、本当にすごいと思う」
フィルさんは屈んで僕の服を洗濯してくれている。
長い髪の毛はまとめ上げられていて、その髪型も良く似合う。
「いえ、死ねない身体ですし…。村の為には何かやらなきゃって思って、フィルさんこそ村の為に1ヶ月も辛い思いをして凄いと思います」
僕の言葉にフィルさんは「私の方は気づいたら引っ込みがつかなくなっただけよ」と言った。
「最初は兵士さんが来るまでの数日間だけだと思っていたし、ムラサキさんが居てくれれば毒の被害も最小限に抑えられるし、これでもキチンと考えていたのよ」
そんな話をしながら僕は身体中に着いた毒竜の血を洗い流した。
桶のお湯は4回ほど取り替えたがそれでも最後のお湯も赤くなった。
僕の身体が綺麗になるとフィルさんが「さあ、もう寝て。キヨロス君は跳び続けてわからなくなっているかも知れないけど、お爺ちゃんの話の通りならまだ一の村を出て1日しか経っていないのよ」と言った。
そうか…夢中になっていてわからなかった。
トキタマは僕に殻のベッドを出させてもう寝ている。
僕はフィルさんに手を引かれてベッドに連れて行かれた。
前回使わせて貰ったベッドにはガミガミ爺さんが寝てしまっていた。
もう1つもムラサキさんが置かれている。
「あれ?ムラサキさん?」
「お爺ちゃんがムラサキさんにもお酒付き合わせちゃって…」
フィルさんの呆れた顔に僕は「え?ムラサキさんてお酒飲めるの?」と聞く。
頷いたフィルさんが「たまたまムラサキさんの苦手なお酒だったのと、私が装備してないからアルコールが直接ムラサキさんに届いちゃって酔いつぶれているの…」と言う。
それで帰ってきた時はフィルさん1人だったのか…
4つあったベッドの2つはガミガミ爺さんとムラサキさんで埋まってしまって、僕にはフィルさんの横のベッドしかない。
こんな美人の横で僕は眠れるのだろうか?
緊張してしまうのではないか?
僕がそんな事を思っていたのだがフィルさんは「まだ気持ちが昂ぶっていて眠れないかな?」と僕の1日が過酷だった事が原因で眠れないのだと思ったようだ…
確かにそう考えるとこの1日は結構色々あった。
二の村を通過してジチさん達に殺されて、殺し返して、また跳んで…
ビッグベアと高速イノシシを狩って、三の村で解体して食事して…それから毒竜を退治してフィルさんを助けた。
1日としてはこれ以上ないくらいに濃密だ…
フィルさんは僕の手を取って「眠るまで手を握っていてあげるわ」と言った。
細くて柔らかい指の感触。
洗濯をしてくれていたからか、指先が冷たく感じる。
「昔ね、私が小さい頃に流行り病で死んじゃったお父さんとお母さんがね。私が眠れないとこうしてくれていたのよ」
流行り病…。
昔、父さん達から聞いたことがある。
一の村までは被害が無かったが、他の村では大人ばかりがかかる謎の高熱が出る病気が流行っという。その事だろう。
そんな事を思っている間もフィルさんは「返事はしないで、ただ聞いていてくれればいいの。寝たらおしまいにするし、また聞きたかったら言ってね。何度でも話すから」と言う。
何度でも?また?
考えがまとまらなくなってきた。
フィルさんはこの後も何かを話してくれていたみたいだが、手の感触と心地いい声に意識が向いてしまい聞き取れなかった。
僕はそのまま眠りに落ちた。
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