第16話 毒竜戦。彼女の事情。

山小屋を出た僕は山道を進む。


山道は無駄に蛇行している。

道のない獣道を進むのも手だが、万一ルートを外れるとかえって時間がかかるかもしれない。

僕は焦らないように、だが出来る限り早く山道を進む。

木々の色が段々とおかしな事になってきて、至る所に奇妙な形のキノコが生えはじめた。


多分、毒の影響だろう。

という事は毒竜の住処が近いのだ。

僕はいつでも剣を抜けるように意識を集中しながら先に進む。


居た。


紫色の巨体。昨日の小屋より少し小さいくらいの大きさだと思う。

大人の男の人が詰めれば6人は乗れるくらいの広い背中。

高い木の上の実も食べられる長い首。

首と同じ長さの尻尾。

羽根は恐らく広げると頭の先から尻尾の先くらいまでの長さになる。


この戦いは途方も無い気がしてきた。

しかし、三の村で帰りを待っているジチさんや今まさに命の危機にいるフィルさんの事を考えて勇気を振り絞る。

そして僕は剣を手に取る。


先手必勝だ。

「【アーティファクト】!」


高速で毒竜に斬りかかる。

硬い肉の感触が僕の手に伝わってくる。

弾かれる事はなかった。

ガミガミ爺さんの話が本当ならば素材の追加による効果は出ているのだと思う。


切り口から血が出た。

僕は勝手に毒竜の血は紫色かと思っていたが血は赤かった。

火の指輪を見ると反応している感じはしない。

僕自身も変な感じはしない。

これでわかる事は恐らく毒竜の血には毒が無い。


ギャオオオォォォォン!!


痛みからか?怒りからか?

毒竜が咆哮をあげる。

物凄くうるさい。


僕は嫌な予感を感じて後ろに退がる。

その次の瞬間、左側から毒竜の尻尾が襲いかかってきた。

危ない所だった。

恐らく咆哮で耳を塞いでいたら尻尾で打ちのめされていたのだろう。


僕は剣に力を入れて再度振りかぶる。


「ガキッ」という音の後で剣が弾かれた…。

剣の心得のない僕の剣だとアーティファクトの一撃以外は届かないのか?


毒竜が左腕を振り上げて右斜め前から爪で攻撃をしてくる。

僕はそれをかわしながら考える。


火球を纏わせた剣ならどうだろうか?

「【アーティファクト】!」と唱えて火を纏わせた剣で斬りつける。

火の剣は多少の効果はあったが最初のように深く斬るのではなく弾かれずに肉に刃が当たると言うものであった。


火球の再発動までおよそ20秒。

剣撃の方は試していないので試すとして…

何回斬れば終わるのだろう?

果てしない…


僕は剣撃の再発動を信じて「【アーティファクト】!」と唱えながら剣撃を放つ。

こればかりは毒竜でも防ぎようがないので、前足に深い切り傷が出来る。


再発動までの数を数えないと…


123456…


剣に意識を向けるが使える気配はまだない。


…151617…


18秒まで数えた所で左側から「ブォン!」という風鳴りが聞こえる。


次の瞬間、僕の身体に激痛が走り空がグルグルと回る。

僕は尻尾で吹き飛ばされたようだ。


「ガッ」という鈍い音を立てて僕の身体は地面に横たわる。

痛い…何処がとかそういう次元ではない。


とにかく痛い。

ジーンとした痺れと痛みが同時に僕を襲う。


早く体制を立て直さないと…

手に足に力を入れなければ…


そうしていると辺りが紫色に変わる。


紫色?毒だ!


尻尾で吹き飛ばして弱った所に毒でとどめを刺す。これが毒竜の戦い方か…

そう思っていると「火の指輪」が光りだす。

これがガミガミ爺さんの言う毒耐性の効果か…光ってくれるのはわかりやすくてありがたい。


しかし毒に耐性がついてもこの怪我ではもう戦えない。


僕はトキタマ!を呼ぶとトキタマの「はいー」と言う返事が聞こえてきて時を跳んで一度撤退をする。

持って跳ぶのはリーンの記憶、毒竜が剣への恐怖心を持てるならと毒竜の心にした。



59回目の時間。

まずは攻撃が通るかからだ。

次に次弾までは回避に専念するか剣の斬れ味的には問題が無いと言う事なのだから斬り続けるかだ。


僕はガミガミ爺さんを信じて斬り続ける方を選ぶ。


まずは一撃目。

剣に火を纏わせて更にアーティファクトの攻撃をする事にした。


「【アーティファクト】!」と叫びながら斬りつけると毒竜の後ろ足にかなり深い一撃が入る。


ガアァアアッ!!と吠えた毒竜は振り向きざまに噛み付いてくる。

僕はその攻撃をかわす。


基本的に毒竜の攻撃は集中さえしていればかわせない速度ではない。

巨体がゆえの弊害だろう。

逆にこちらは決定打がないのが問題だ。


毒竜と目が合った。

怒気を含んだ眼差し…

目を逸らしたら襲い掛かられる気がする。

僕は毒竜に向かって行く。


毒竜の顔を見ると、鼻と頭に角が生えている。

目的の角はどちらだろうか?

どれも正解なら3つとも拝借しよう。


僕は斬るではなく突く事にしてみた。

「ドッ」っと言う音と共に鈍い感触が手に伝わる。


刺さる。

刺さった深さは人差し指くらいの長さだが、刺さった。

やはり剣の斬れ味はガミガミ爺さんのメンテナンスで増していて斬るために足りないのは僕の技術なんだ。


この先はとにかく毒竜の尻尾や爪、噛みつきに毒霧をかわしては斬って突いてを繰り返して時間が過ぎるとアーティファクトの一撃を放つ事の繰り返しだった。


慣れてくると直前の動きで大体の攻撃が予測できるようになった。

攻撃を食らいさえしなければ何とかなる。

長期戦でなんとか倒そう。

そう思っていたのだが、段々と毒竜の攻撃が速度を増してきた。


「火の指輪」の能力で牽制して距離を取ろうと思って指輪を見ると指輪が弱々しく光っている。


これってもしかして!!?


戦いに夢中で気づかなかったのだが、辺りには毒で出来た水たまりが何個もできていた。

紫色のものから中には黒くなっているものもできている。


毒竜が早くなったのではない。

僕が毒のせいで動きが悪くなっていたのだ。

愕然とした時目の前の毒竜がニタリと笑った気がした。


くそ、ここまでか?


毒竜がトドメと言わんばかりに毒霧を吐く動きを始める。


このまま跳ぶのは何か違う気がした。

せめて…せめて後一撃を食らわせたい。


あの鼻っ柱に火球をお見舞いしてやる。


そう思った僕は毒竜の顔面に火球を投げつける。

火球が当たる時に毒霧を放つ毒竜。

火球は後少しというところで届かなかった。


くそ、毒霧のせいで、火球が相殺された!



…相殺された?


そう、僕の投げた火球に対して、毒竜が毒の霧を放って相殺をした。

毒の霧を火球が相殺…

火球が毒の霧を相殺…


毒霧は発生後、広がる前のものなら火球で相殺できる!


この状況に喜んだ僕の左側から「ブォン!」という風鳴りが聞こえた。


マズい!

喜んだ事で気が散ってしまった僕はまた尻尾に飛ばされた。


「ガッ」と言う音で飛ばされた僕は戦闘開始時に毒竜の後ろにあった山肌に思い切り身体を打ち付けた。


打ち付けた?

痛くない。

痛いには痛いのだが、1度目ほどの痛みがない。


目の前が暗い。目は開いているが目の前が暗い。


僕はどうなった?

遠くでトキタマの声がする。

よくわからないが、ここは一度跳ぶべきだろう。



60回目の時間。

僕はさっきの時間で最後に目の前が暗かったことを気にしてトキタマに「トキタマ、僕には何が起きた?」と聞く。トキタマは「お父さんはさっき毒竜に吹き飛ばされました。飛んだ先の山は洞窟?穴?になっていてお父さんはその中に入ってしまいました」と説明をする。


「僕は穴の中に居たのか?」

「はい!穴に入っていて、お父さんの上には山の土が乗っかっていました」


それでトキタマの声が遠かったのか…

しかし山肌に洞窟?

ますますココが何なのかがわからなくなった。


とりあえず現状の整理だ。

毒霧は出してすぐの散る前なら火球で相殺できる。

僕の剣は今のところ10回に2回から3回は斬りつけられるようになった。


「お父さん、大分攻撃が届くようになりましたね。今は無理でももっと跳んで経験を積めば倒せるようになりますよ!!」


そう、トキタマの言う通り何回か跳べばそのうち全ての斬撃が毒竜に届くようになるだろう。


だが、この短期間に跳び続けてリーンは無事だろうか?

一の村で僕を待つリーンの事が気になる。僕はリーンのあの優しい笑顔を思い出して跳ぶ事を躊躇する。

なるべく跳ぶ回数を抑えて戦おう。


僕は「トキタマ、僕は村で待ってくれているリーンの為にも跳ぶ回数は最小限にする」とトキタマに言うとトキタマはつまらなそうに「えー」と言って「そんなの難しいですよ。いいじゃないですか、今に限ってはあのお姉さんの記憶を連れて行くのは止めにしましょうよ」と言う。


僕が「ダメだ」というと「お父さんも、戦いの時は連れて跳ばないって言っていました。きっとお姉さんもわかってくれますよ」と言ってくる。


僕は「まだその時じゃない」というとトキタマは「そうですか…僕は残念です」と言った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



彼女は「あっ!?」と言うと手に持っていた桶を川に落としてしまった。

少し下流に居た彼女の母が桶を受け取って声をかける。


「どうしたのリーン?」

「ううん、なんでもないの。ごめんなさい」

そう言うと彼女…リーンは母親から桶を受け取る。


またこの時間だ…。もう3回目だ…。

昨日は昼過ぎに2回ほど跳んで戻された。

その時たまたま彼女は部屋に1人で居たので誰にも気づかれなかったが、今は母親と一緒に川に水を汲みに来ている。


さっきも水を汲む直前に跳んできた。

その後、水を持って村の広場を抜けて家まであと少しと言う所でまたここに跳んできた。

時間にすれば十数分といったところだ。



リーンの母親が娘の異変に気付いて「リーン…顔色が良くないわよ。あなたもしかして?」と言った。


リーンは慌てるように「なんでもない。なんでもないの。大丈夫だから、お水汲んで早く帰りましょう?あまり長居をすると兵士が来ちゃう」と言って立ち上がるが母親が強い口調で「待ちなさい!」と言ってリーンを呼び止める。


リーンが「だから大丈夫…」と言ったのだがリーンの母親はリーンの言葉を聞かずに「キヨロス君が跳ぶ時にあなたも跳んでいるのね?あなた、今何回目なの?」と聞く。


リーンが目を逸らして「そんなんじゃ…」と言うが最後まで言うまでに「嘘は言わないで、お母さんはあなたの母親よ?おかしいのは見ればわかるわ。あなたからキヨロス君に頼んだのね?」と問い詰める。


目を逸らしいたままのリーンが「違うって…」と弱々しく言うと「誰にも言わないって約束でもしたの?それで一緒に跳ばしてもらっているのね?」とリーンの母が言う。


母親は鋭い。

最後の夜、一緒に散歩をした際も私はもっと長い時間をキョロと居たくて何回も跳んだ。

キョロは私の姿を気に入ってくれていて、何回も私の家の前で私の事を待ってくれた。

あの時もお母さんにはすぐにバレていたし、お父さんにもバレていた。


慌てたリーンは「ちが…」と言ったところでリーンの母親は「それならそれでもいいわ。そうやって約束を守り抜くのもいいの。でも何でそんな無茶な事を…一緒に村に居る時は跳ぶ事がわかるから身構えられるけど、今は遠く離れていていつ跳ぶか、なんで跳ぶかもわからないのよ?」と問い詰める感じから諭すように質問をする。


リーンは返事に困る。

隠し通せない。


段々とそんな気がしてきた所でリーンは「もし…、もし仮にそうだとしたらお母さんは私を責める?キョロを責める?」と聞いてしまう。

つい、弱った心が声を発してしまった。


リーンの母親は優しい笑顔で「いいえ、責めないわ」と言った。


驚いた。許さないわと言うかと思っていたのにお母さんは責めないと言ってくれた。

私はその言葉が嬉しくて泣いてしまった。


「ただ、ただね」と言ったリーンの母親は「「仮に」でいいから、リーンがそこまでする理由を聞かせて欲しいと思っているわ」と言った。


リーンは今ここで私がお母さんに打ち明けたらキョロは怒るだろうか?私の事を嫌いになるだろうか?お母さんとお父さんはキョロを嫌いになるだろうか?キョロのお父さんとお母さんは申し訳なくなるくらい謝ってくるだろうか?

様々な考えが頭の中でグルグルと回っている。


リーンの母親はそこまでわかっているのか「大丈夫、仮にそうだったとしても、私もお父さんも、キヨロス君のお父さんもお母さんも、勿論キヨロス君もリーンの決断を怒ったり、必要以上に謝ったりしないわ」と言った。


「キヨロス君の事も責めない。彼は皆の為、誰かの為に今も苦しい思いをして痛い思いをして戦ってくれているはず。だから私達…大人はあなた達の気持ちを尊重する。ただ、リーンが怪我をするといけないから、手伝いとかは休んでいいから安全な場所でキヨロスくんの為に無事を祈ってあげなさいと言うわ」


リーンの母親は更にリーンが欲しい言葉をくれた。


その時リーンはもうダメだと思って声を出して泣いた。

リーンの母親は、いつも以上に優しくリーンを抱きしめてくれて泣き止むのを待った。


「私は、私の記憶も連れて跳ぶ事でキョロが少しでもアーティファクトの力を使わなければいいなと思っているの」

泣き止んだリーンははリーンの母親にポツポツと話し始めた。

リーンの母親はバレるまでは誰にも言わないから大丈夫と優しく言ってくれた。


「前にね、一度目に村が襲われた時、キョロは私達の為に何回も何回も跳んだの。

途中から…今みたいに記憶を連れて跳べるようになった時に私が見たはキョロは怖かったの。

跳び続けて人が変わったみたいに…別人のようなキョロが、完全な目的…村の全員を無傷で助けると言う目的を達成するために、兵士を殺すのを何とも思わないような事を言ったり、戦えなくなったナックにとても怖いことを言ったりしたのを見てあまり連続して跳ばせてはいけない気がしたの…」


リーンの告白にリーンの母親は「だから一緒に跳ぶって言ったの?」と聞く。


「うん。そうすれば優しいままのキョロなら私の事を気遣って無駄に跳ぶ事はしないと思ったから…」


リーンの母親は優しく微笑んで「そう。わかったわ」と言ってくれた後で「私はリーンの頑張りを知っている。認めている。だから自信を持ちなさい」と言った。


1人で孤独の中キヨロスの帰りを待とうとしていたリーンには凄く嬉しい言葉だった。



リーンは泣きながら「ありがとうお母さん」と言うとリーンの母親は「さてと、じゃあ桶は二つともお母さんが持つからね!」と言って桶を二つ持ってしまう。


リーンが慌てて「え?そんな…なんで?」と言うと母親は「また跳んで水をこぼしたら嫌でしょ?」と言う。


「でも跳んだのは水を汲む前…」

「違うって、この先もいつどこに跳ぶかわからないんだから、リーンは危ないことをしちゃダメ。村のみんなにもバレたら嫌でしょ?」


この返答にリーンはそうか、そういう事かと思う。


「だから、リーンは水汲みで転んで手首を捻ったの。それで水を持てないの。わかった?」と言ったリーンの母親は「さあ、帰りましょう!」と言ってスタスタと歩いて行ってしまった。

リーンは慌てて母親の横まで歩いていく。


リーンが丁度横に来た時、リーンの母親が「頑張りなさい」と声をかけた。


リーンは「ありがとうお母さん」と呟く。

そして出発前夜にキヨロスから聞いたことを思い出していた。

「息遣いや歩いた数、踏みだした足、話した内容。そう言うものによって跳んでも全く同じにならずに違ってしまうんだ」

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