南の「時のタマゴ」-三の村・毒竜。

第15話 三の村の女神の噂。紫水晶の盾。

男の人と戻ったジチさんがニコニコと「お待たせー」と言って僕の足元にいる高速イノシシを見て「…ってあれ?それは何かな?お姉さん知らないぞ」と言っていて後ろの男の人たちもビッグベアだけじゃないのかと言っている。


ジチさんは「それで、お姉さんは2人じゃビッグベアを食べられないから村の人に手伝ってくれたらお肉を分けてあげるって約束したの」と言っている。


僕も元々そのつもりで、肉を材料に情報を貰うつもりだった。

僕はジチさんと男の人に待っている間に高速イノシシが現れた事を説明した。


2人のうち年上と思う男の人が「よく剣だけで高速イノシシを倒せたもんだな」と言って驚いている。もう1人の男の人は眉間に刺さった剣を見て驚いている。


僕が「近くに手頃な木と鋼鉄線があれば良かったんですが今はそのどちらも無かったですし、1人ではビッグベアも運べないのでこうするしか無くてギリギリでしたよ」と言うとこの返事に男の人は「その倒し方を知っているって事は、お前さん狩りができるのか?」と聞いてきた。


「はい、父が山で狩りをするので僕は子供の頃から手伝いでついて行っていました」

この回答に男の人は「そうか、じゃあ解体も手伝って貰えるか?」というので僕は「はい、勿論です」と言った。


「じゃあ、さっさと持って帰ろう!」と言ってビッグベアに向かう男の人。

僕は男の人たちと協力をしてビッグベアを運ぶ。


ジチさんがせっかく重い思いをしないで済むと思ったのにと言いながら「私がイノシシを運ぶわけ?」と言って嘆いている。

それでも高速イノシシはビッグベアよりは軽いので大目に見て欲しい。



歩きながら男の人たちと話をする。

「すみません、僕は用事があってここに来ました。ビッグベアと高速イノシシの肉と必要な情報を交換させて貰えませんか?」

「ああ、その話ならあの姉ちゃんから聞いているよ。南に住み着いた毒竜を何とかしてくれるって話だろ?別に肉無しでも話すさ」


ジチさんのコミュニケーション能力には本当に救われる。

ではもう一つのお願いもしてしまおう。


「後まだお願いをしたいのですが良いですか?」

「何だい?話にもよるが言ってみなよ!」


気持ちよく返事をしてくれる男の人に「僕には時間がないので夕飯を食べたらすぐにでも南に行こうと思っています。なので解体は最後まで出来なくて…」と言うと「別に構わんよ。必要な分だけ取ったら後は明日俺がやっておくさ。だが夜は危なくないかい?」と男の日とは言ってくれる。


「すみません。でも時間がないので…。もう一つなんですが僕は本来ひとり旅なのです。今は成り行きでお姉さんと一緒にいるだけで危険に巻き込むつもりはないので、僕が南に行っている間面倒を見て貰えませんか?」

「なんだそんな事かい?いいぜ!ウチの母ちゃんとも話が合いそうな姉ちゃんだから歓迎するよ!」


今まで聞き役だったもう1人の人も「ウチでも構わないですよ」と言ってくれたのだが「ダメだ、お前は独身だろう?あんな美人と一緒にいて抱きつきたくでもなったらどうする?」と言ったおじさん。


独身の人は注意されてシュンとなっている。




とりあえずこれで問題は無くなった。


村に着くなり僕たちはビッグベアと高速イノシシの解体を始める。

僕もおじさんも慣れたもので手際よく解体をする。

若い、メガネをかけた痩せ型の男の人もおじさんのサポートがとにかく上手くておじさんが言う前に必要な道具を用意していたりする。


僕とおじさんは手を止めずに話をする。

「いつから毒竜が住み着いたんですか?」

「大体1ヶ月くらいだな、ノースの方から飛んできて村の上を通って南の山に住み着きやがった。空を飛んでいる姿を見て周りに紫色の煙みたいなのを纏っていたから毒竜ってすぐにわかったよ」


「それで、どうしたんですか?」

「城にすぐさま報告して今は兵士がやって来るのを待っているのさ」


「もう1ヶ月になるんですよね?何故、無事なんですか?どうして三の村を放棄しないのですか?」

僕はジチさんの子分が言っていた「いずれ村ごと毒竜の巣になる」という言葉を思い出しながら聞く。


おじさんは「そりゃあお前、ウチの村には女神様が居るからだな」と言って自慢気な顔をする。


僕は意味が分からずに「女神様?」と聞き返すと「ああ」と答えるおじさんとメガネの人が「それとお付きのガミガミ爺さんですよね」と言って会話に割り込んできた。


僕が「女神様とガミガミ爺さん?」と聞き返すと「そうだよ、ウチの村には女神様が居て、それのお付きでガミガミ爺さんがいるんだよ」とおじさんが説明をする。


2人が交互に喋り出したので要点をまとめるとこうだ。

村には今年二十歳になる女性が居て、その人は器量好しで優しくて責任感が強くて村を愛している。

その人が授かったアーティファクトが物凄く珍しい盾で毒霧や砂埃などで汚れた空気を吸い込んで綺麗な空気に替えてくれるらしい。

毒霧で村がやられないように、山の中腹の小屋で今も毒霧を綺麗にしてくれていると言う。

何故山なのかと言うと、毒竜の毒霧は放出されて空気と混ざる事で毒性が強くなってしまうが徐々に毒性は弱まると言う。住み着いた場所が悪かったのだろう、一番毒性の強い距離がちょうど三の村に当たるそうだ。

山から吹く風のせいで余程の事がないと三の村の被害は免れないらしい。

わざわざそれを確かめにその人は三の村と山を行き来してアーティファクトを使い続けたそうだ。

本当なら一番毒性の弱い吐き出したタイミングで吸い込みたいのだが、毒竜は縄張りに入ると襲いかかってくるし、住み着いて数日の間に毒竜の周りが毒性の強い土地に変わってしまった為にそれ以上中に進むと毒の吸い込む量の限界を超えてしまうので今は中腹で兵士が来てくれるのを待っているらしい。


ガミガミ爺さんに関しては、その人のお爺さんで、可愛い孫娘が心配でついて行ったと言うこと、お爺さん自身もすごい人で金槌のアーティファクトを授かった人で武器や防具を沢山作ってきたそうだ。

ただ、孫娘を溺愛するあまり、周りに近づく男どもには年齢も関係なくガミガミと怒るのでガミガミ爺さんと陰で言われているらしい。


話は長かったが、ようやく三の村がどうして未だに滅んでいないかはわかった。

そして、どうして兵士が来ないのかもわかる。

放置しておけばいずれ王の言う命が回る状況になるし、アーティファクトはその後にでも回収してしまえばいいのだ。


話が分かったので僕は「おじさん、どうもありがとうございます」とお礼を言って「僕、ご飯を食べたら山に行ってみようと思います」と言うとおじさんは心配そうに「本当に行くのか?」と聞いてくる。


「はい、それが僕の目的ですから」

「そうか…それなら止めないが…ところでこの肉はどうしたいんだ?」


「今晩、僕とお姉さんが食べる分をください。後は僕が帰るまでのお姉さんの分、それと折角山に行くので2人の分もください」

「ああ、持っていくのか?それもいいかもな」と言ったおじさんは残ったビッグベアを指さして「後はどうすんだ?こんなに貰っては申し訳ない」と言う。

僕は「それでしたら、僕の次の目的地が四の村なのでそこまでの食料と交換してもらえませんか?」と言うと「四の村か、ここから一日の距離だな。わかった。お前さんとあの姉ちゃんの分の食料を用意しておくよ」と言ってくれたので僕は「助かります」と言って感謝を伝えた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



解体処理が終わった僕はジチさんと合流した。

ジチさんは村にあった「愛のフライパン」をみて感激しながら料理を作っていた。


イノシシ肉と野菜の炒め物と熊のステーキが出てきた。野菜は毒の影響であまり育たないようで貴重らしいのだが使わせてくれたそうだ。


ジチさんの料理は確かに美味しい。

愛のフライパンのおかげと言う事もあるとは思うが、何よりジチさんの人柄が伺える味でしっかりと下処理を行っていて一口食べるごとに細かい気づかいが伝わってくる。

これじゃあ、あの10人は従うしかないなと思った。


僕は食べ終わるとジチさんに「ご馳走さまでした。とても美味しかったです」と言う。

ジチさんは本当に嬉しそうに「あら、嬉しいこと言ってくれちゃって。お姉さんも貴方が残さずたべてくれてうれしいわ」と言った。

僕はジチさんに2人分のお弁当を用意してもらい山に行く準備をする。


「僕、今から山に行きますので、ジチさんはおじさんの家で待っているか、僕との旅はここまでにして1人で先に行くかを決めて行動してください」

この言葉にジチさんが「あら意地悪」と言うと「お姉さん、貴方のことを待っているわよ。だからキチンと帰ってきてね」と続けた。


不思議だ、そう言われると帰ってこなければならない気になる。

トキタマには話がこじれるからと言う事で僕の周りをつかず離れずの距離に居て貰っている。

鳥って夜がダメだと思うのだが、トキタマには関係ないようで器用に飛んでいる。



村を出てしばらく行くと山の入り口に着いた。

山は物凄く静かで虫の声も聞こえないのはおそらく毒の影響だろう。


この毒は長時間吸っていると倦怠感や頭痛、微熱に苦しめられると言った症状と、もう一つ別で疲労が回復しなくなると言う。

そうして体力の衰えた人は動けなくなって死んでしまうらしい。

今の少し空気が汚い程度の村では命にかかわる事はないそうだが山の入り口まで来ると多少濃いので何日も山に居るのは危険だと思う。

この山の中の2人には食べて元気になってくださいとは言えない。


これなら魔物や獣に遭う事もなく中腹に行けるだろう。

これだけは良かったことかも知れない。


僕は夜の山道を進むと静寂の中で僕だけしか存在していない気になってしまう。

しばらく進むと明かりが見えてきた。

これがおじさんの言っていた山小屋なのだろう。


僕は山小屋に近づき、扉をノックする。

中から「誰だ!?」というしわがれた声がする。

ガミガミ爺さんだろうか?


「僕は三の村から来ました」と言うと扉が開いて中から背の低いガッシリとしたお爺さんが出て来て僕を見て「なんだお前は、見ねえ顔だな。本当に三の村から来たのか?」と言う。


僕を警戒しているのかお爺さんが僕の足元から頭の先まで見ている。

そんな時、奥から女性の声で「中に入ってもらいましょうよ」と聞こえて来た。

きっと村の人の言う女神様なのだろう。


ガミガミ爺さんは女性の申し入れが気に入らなかったのか、不機嫌そうに「ちっ、入んな。まあお前みたいな小僧が1人で何が出来る訳でもないだろうしな。だが、おかしな真似をしたら叩き殺すからな!」と言って僕を小屋に入れてくれた。


小屋と言ってもそこそこ大きい。

6人くらいが十分に生活できそうなスペースはある。


そう言えば、この山は何なのだろう?

村のおじさんに聞いて来なかった。

案外、ジチさんは既に聞いていて知っているかも知れない。


中を見回すと奥のベッドで1人寝ている人がいる。

僕が来た事でその人が起き上がろうとしている。


その事に気付いたガミガミ爺さんが「おい、寝てろって!」と言って慌てて止めに行く。


「でも、お爺ちゃん、お客様よ?」

「そんなのはどうでもいい、寝てろって!」

ガミガミ爺さんは物凄く心配そうな声を出して女の人を止めている。


女の人が「じゃあ、寝ながらでもお話しはさせて?」と言うとガミガミ爺さんは頭をかきながら「まあ、それくらいならな」と言って僕を見て「おい小僧、こっち来て話しろ、そんで何の用で来たかも言え」と言う。


そこまで僕と孫娘で声色を変える必要は無いと思うのだが…物凄い差を感じて僕は呆れてしまう。



とりあえず僕は言われた通りにベッドに向かう。

ベッドには綺麗な金髪で絶世の美女と呼ぶのに相応しい女の人が横になっていた。


「はじめまして、私はフィル。こっちは私のお爺ちゃんのドフって言います。あなたは?」

遠くで聞いていると弱々しい声と言う印象だったが近くで聞くと絶世の美女は声も綺麗だとお思った。


「はじめまして、僕は一の村のキヨロスです。ここには毒竜退治で三の村から来ました。これは三の村で用意したお弁当です」


僕の言葉にガミガミ爺さんが「お前が毒竜退治だと!?笑わせる!」と言って僕を見て呆れているとフィルさんが「お爺ちゃん!」と言ってガミガミ爺さんを注意する。


ガミガミ爺さんはフィルさんに注意されてシュンとしながらも「だがよう、いくら待っても兵士は来ない、ようやっと来たらこんな小僧。呆れて何も言えないぜ…」と言って肩を落とす。


確かに同じ状況ならば僕も同じ気持ちになったと思うと苛立ちなんかは無い。


僕は「お話をしなければならない事がありますが、今はこれをどうぞ」と言ってジチさんのお弁当を2人に差し出した。


お弁当を手に取ったガミガミ爺さんが「何だこりゃ?」と聞くので「高速イノシシと野菜の炒め物にビッグベアのステーキです」と説明をする。


ガミガミ爺さんが驚いた顔で「こんな肉を何処で…」と聞くので僕は剣を見せながら「僕がこの剣で仕留めました」と言ってにこりと笑う。


ガミガミ爺さんが僕の剣を見て「こりゃあ「兵士の剣」だな、小僧…お前が授かったアーティファクトか?「兵士の剣」を授かったからって兵士になりたくて城に向かっているのか?」と聞く。


驚いた、本当にこの剣は「兵士の剣」だったんだ…と思ったが口には出さずに「話はおいおい、今は折角なのでお弁当を食べてください」と言って2人にお弁当を渡した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



ガミガミ爺さんが「それにしても随分と使い込んでいるな?斬った数は100を超えるか?」と言いながらステーキを頬張る。

剣を見ただけでわかるのだろうか?


フィルさんは起きてベッドの上でゆっくりと少しずつ食べている。

1か月近く毒竜の毒を処理しているから疲れているのかも知れない。



ガミガミ爺さんが「小僧…お前何者だ?」と聞いた後「だがそれ以前にだがな…」と言って僕をものすごい目で睨む。


何で睨まれたのだろうかと思った時「お前は剣の手入れも知らんのか!このバカタレが!!」と怒鳴られる。


僕は「え?…アーティファクトって使えば斬れ味が元に戻るんじゃ…」と言うと僕が言い切る前にガミガミ爺さんは「バカか!そんなもんはその能力を持ったアーティファクトだけで、それ以外は刃こぼれも摩耗も直らんわ!能力を使った瞬間だけ斬れ味は良くなるがそれ以外の時は斬れなくなっていく。何でそんな基本的な事も知らんのだ!?アーティファクトへの愛はないのか!?」と言って怒鳴ってくる。


ここに今まで黙っていたトキタマが「お父さんはちゃんと愛があります!」と言ってガミガミ爺さんの前に出てきて怒るとガミガミ爺さんがマジマジとトキタマを見て「鳥?こりゃあ…アーティファクトか?」と言っている。


「はい、これが僕の授かったアーティファクトです」と言ったところで聞こえてくる「「時のタマゴ」…」という声。


初めて聞く声が部屋の隅から聞こえてきた。

3人目が居たのか?

お弁当は2人分しか持って来なかった。

それにしても人の気配はしないのだが…声の方を見ても誰もいない。


僕の空耳か?それにしてはハッキリと聞こえたのだが…


そう思った時トキタマが声の方を向いて嫌そうな声で「げぇ、ババア…」と呟いた。


ババア?

僕には何も見えない。

置いてあるのは槍に盾に鎧、恐らくフィルさんの装備だろう。

槍は一般的な物だが、盾は珍しい綺麗な紫色をしている。

鎧は盾に近い紫色だが鉄の感じがする。

紫色はフィルさんの透き通った白い肌と金色の長い髪によく似合うと思った。


そんなことを思っていると…今度は「ババア?性悪タマゴが何を言いますか」とハッキリと聞こえた。

よく見ると紫色の盾に顔が浮かび上がり、その口が声を発している。


「はじめましてキヨロス。私はフィルのアーティファクト「紫水晶の盾」。フィルは私のことをムラサキさんと呼んでいます。どうぞよろしく」


トキタマ以外の初めて見るコミュニケーションの取れるアーティファクト。

トキタマはすごく嫌そうに「ババアは嫌だ」と言いながら辺りを飛んでいて随分とトキタマとは仲が悪そうなのが伺える。


僕はムラサキさんに「はじめまして。トキタマとはお知り合いですか?」と聞く。

ムラサキさんは「ええ、知り合いと言えば知り合いです。今後ともお付き合いが続けばその話は追々お話ししますね」と応えてくれる。


ムラサキさんは物腰の柔らかいお姉さんといった感じだ。


ガミガミ爺さんが「ムラサキ、お前さんが出てきて話すと言うことは、この小僧はお前の言う「見られてもいい者」なのか?」と聞くと「はい、ドフ。この少年はきっと私達を救ってくれます」とムラサキさんが答える。


この言葉にガミガミ爺さんは「本当か!良かった!フィル!聞いたか?本当に良かったな!!」と言って喜ぶとフィルさんも嬉しそうに「本当、お爺ちゃん。良かった」と言う。


この後もガミガミ爺さんがガミガミ爺さんとは思えない勢いで喜んでいる。

ムラサキさんが「キヨロス。この人達は信用が出来る人です。今あなたの身に起きている事の全てをお話しなさい」と言うので僕はムラサキさんの言う通り、今までの経緯を話しはじめた。


ムラサキさんの手前嘘をついてもバレると思ったので死ねない呪いについても話をした。


ガミガミ爺さんは僕を同情して「小僧、お前中々に大変なんだな…」と言ってくれる。

ガミガミ爺さんなりに優しい言葉をかけてくれている。


フィルさんが悲しそうな瞳で僕を見て「本当、まだ15歳なのに…」と言ってくれる。

その顔も美人だ。

フィルさんは小食なのか、あまり食が進んでいない。


ガミガミ爺さんは納得したように「兵士の剣」を見て「とりあえずこの剣がお前さんの正式なアーティファクトではない事がわかったし、切った人数が子供にしては多い理由もわかった」と言ってくれたので僕は「わかってもらえて良かったです。それでは僕は今から毒竜の所に行ってきますので剣を返してください」と言って剣を返してもらおうとする。


説明も済んだのでこれでようやく討伐に向かえる。

僕はそう思っていたのだが…


「ダメだ。小僧…お前さっきの話通りなら昨日の夜以来キチンと休んでいないだろう?一度キチンと寝て頭をスッキリさせてから毒竜の所に行け」とガミガミ爺さんが強く言う。


「でも、僕には時間が…」

今日、1日を使ってしまったので後9日しかない。

歩くだけなら城までは約2日。

四の村でも問題があって解決する事を求められる事を考えると、時間はいくらあっても足りない。


ガミガミ爺さんはそんな僕の焦りを吹き飛ばすように「いいから寝ろ、その間に俺がお前の剣を直しておいてやる。万全の状態で毒竜の所に行ってこい」と言うとガミガミ爺さんが金槌を取り出した。


「これが俺のアーティファクト「混沌の槌」よ。これで直せば朝までには直るから安心しておけ」


直してくれると言うのならば従うしかない。

そう言われた僕はガミガミ爺さんの言う通り「そこ使え」と言われたベッドで寝ることにした。


結局、フィルさんはお弁当を残していた。

相当疲れがたまっているのだと思う。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



[5日目]

翌朝トキタマの声で目を覚ます。

起きた僕は身体に違和感と言うか異変を感じた。

休んだのに身体の疲れが抜けないのだ。

これが毒竜の毒か…

この中であれだけガミガミ出来るガミガミ爺さんは体力オバケに違いない。


「お父さん、窓の外、窓の外を見てください!」

そう言うと窓際に飛ぶトキタマ。

僕は窓の外を見て愕然とした。

紫色の霧が立ち込めている。


これが毒霧か?


フィルさんが壁伝いに歩きながら「おはようキヨロス君。よく眠れたかしら?でも疲れは取れないわよね」と声をかけてくれた。


僕は慌ててフィルさんに駆け寄って「フィルさん、大丈夫ですか!?」と聞く。

一瞬、普段着と言うより肌着に近い格好のフィルさんに触るのは躊躇してしまったが、倒れられても困るので僕は肩を貸す。

フィルさんの身長は高めで、低すぎず高すぎず丁度いい高さで僕は肩を貸せて何かちょっと男として恥ずかしかった。


フィルさんは「ありがとう」と言って窓の外を見て「この霧は少しすると強い毒性を持ち始めるわ。そして山から吹く風に乗って三の村を襲うの。そして、今のキヨロス君みたいに寝ても休んでも、もちろん食べても疲労が抜けない身体になってしまう。弱い者から死んでしまうわ」と言った。


こんな中に一か月も居れば身体もおかしくなるだろう。


「わかりました。僕が今すぐに毒竜をやっつけてきます!」


そう言ったのだがフィルさんは「今はまだダメ」と言う。


「なんでですか?」

早く行かないとフィルさんはもう限界だ。

僕ははやる気持ちをフィルさんにぶつけてしまう。


フィルさんは首を横に振って「今外に出ればこの毒を一身に受けてしまう。そうしたらあっという間に疲労感で身動きが取れなくなってしまう。そしてそのまま死んでしまうわ。だから今はダメ」と言うと優しく微笑んで「キヨロス君、奥からムラサキさんを連れて来てくれるかしら?」と言う。


僕は言われた通りに奥に行く。

今はムラサキさんの顔が浮かび上がっていた。


「おはようキヨロス。もう朝なのですね。そして外には毒の霧。今はまだ普通の紫色ですが、これから徐々に灰色がかった色になり、その後黒がかった紫になります。黒は一番毒性が強い色。これから戦う際には気をつけてください。そしてもう一つ。もしも体力が足りなくなった時には毒竜のツノを砕いてカケラを飲み込みなさい。あのツノだけが毒竜の毒で弱った身体を癒します」

ムラサキさんが僕に有益な情報をくれた。


「では持ちますね」

「よろしくお願いします」

ムラサキさんは一般的な盾と同じかちょっと重い気がする。

フィルさんは今の体調でムラサキさんを持てるのだろうか?


僕はムラサキさんをフィルさんの所に届ける。

フィルさんの所にはガミガミ爺さんも居た。

ガミガミ爺さんは徹夜で作業をしてくれたみたいだ。

今のフィルさんの姿が痛々しいからか、ガミガミ爺さんは泣きそうな顔をしている。


僕が「フィルさん、ムラサキさんを連れてきましたよ」と言うとフィルさんは「ありがとうキヨロス君」と言う。僕はムラサキさんをフィルさんに手渡すとフィルさんは軽々とムラサキさんを持っている。


弱っていても随分と力があるんだな…と思うと「あ、私の事を力持ちって思ったでしょう?違うのよ。ムラサキさんの能力の一つで、常に重さを感じなくなるのよ」と言って笑うフィルさん。思っていたことを見透かされて僕はちょっと驚いてしまった。


ムラサキさんを持ったフィルさんが「キヨロス君、肩を貸してくれないかしら?」と言うので僕は「はい」と言いながら言われた通りに肩を貸す。


フィルさんは何をするのだろう?と思っていると「ありがとう。外に一緒に行ってくれる?」と言われる。


「外に?」

外には行ってはいけないと言われたのに今度は外に行こうと言う。

どういう事だろう?

僕は言われた通りにフィルさんと外に出た。


一面紫色の霧。

酷く幻想的な絵だがこれは毒の霧。人を殺す毒の霧なんだ。


フィルさんは「見ていてね。キヨロス君に見てもらいたくて頼んだの」と言うと、ムラサキさん…「紫水晶の盾」を前に構えた。


「私のアーティファクトはS級アーティファクト「紫水晶の盾」。盾として以外の能力は汚れた空気を綺麗な空気に変える事。毒に侵されたものを解毒する事」


そう言ったフィルさんが「見ていてね。【アーティファクト】!」と唱えるとフィルさんの声に反応するように「紫水晶の盾」にムラサキさんの顔が出てきて、思い切り空気を吸い込み始めた。辺りの毒霧を吸い込み始めるると盾の後ろから綺麗な空気が噴出してくるのがわかる。

しばらくすると山の空気は三の村並みに綺麗なものになった。



フィルさんが「これでよし」と言って僕を見て「後は…【アーティファクト】!!」と言って僕に向けてムラサキさんを向けてきた。

ムラサキさんの目が光ると僕の身体から紫色の霧が噴出してきた。

そしてそれをムラサキさんが吸い込んでしまった。


驚いている僕にフィルさんが「身体の調子はどうかしら?」と聞く。

聞かれた僕は「え?」と聞き返しながら身体の調子を気にしてみる。

確かに言われてみると疲労感がない。


僕は不思議そうに「疲労感が取れました」と言うと「そう、良かった。ごめんなさい。ちょっと立っていられない…」と言うとフィルさんが倒れこんでしまった。

丁度僕の方を向いていて僕に向かって倒れてくる形だったので僕はフィルさんを受け止めた。


フィルさんの体が熱い。

酷い熱だ。


これも毒竜の毒の影響なのか?

僕は急いでフィルさんをベッドに運んだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



ガミガミ爺さんが熱で苦しむフィルさんの額に濡れたタオルを置きながら「この一か月、フィルは村の為に毒霧を浄化し続けて、ついでだと言って俺の毒も取り除いてくれていたんだ」と話し始めた。


「最初は体力もあった、山を下りたり登ったりしていたこともあったから、そんなに消耗をしていなかったんだが、村に一番毒素の強い毒霧が届くことに気が付いてここに住み着いてからは流石のフィルも日に日に弱って行った。元々は色白だがここまでは白くなかった。食も細くなんかなくて、いつも沢山食べていた子が今や1人分も食べられねぇ…」


僕は肩を落とすガミガミ爺さんに「どうしてフィルさんは自身の毒を解毒しないんですか?」と質問をすると「できねぇんだよ…」と辛そうに言った。



出来ない言葉の意味を考えるとムラサキさんが現れて「私のせいです」と言った。


「S級のアーティファクトとなれば注意点も厳しいものになります。貴方で言えば不死の呪いのようなものです。私の注意点は「使用者には私の能力の効果が届かない」ことと「使用者の身体を通して空気を清浄にする」です」


何という事だ、ムラサキさんの吸い込んだ毒霧をフィルさんの身体で綺麗にして外に返すと言うのか。

愕然とする僕に「無論、私の恩恵として毒の効果が普通の人の2%くらいに抑えられるので、フィルはここまで無事でいられました」というとガミガミ爺さんが「何度止めてもあの子はムラサキを使う事を辞めなかった。もうすぐ兵隊が来るって信じていたんだよ」と言う。


危険を顧みないでムラサキさんを使って村の為に命をかけているフィルさんを僕は凄いと思った。


「以前、一度だけ俺とフィルで毒竜に挑んだ事がある。その時は手傷を負わす事が精一杯で結局逃げたんだ。

その時に俺は奴の毒を思い切り浴びちまってな…

フィルは俺を治す為に必要以上に力を使っちまってな…それが無かったらもう少し元気だったかもしれねえ」

ガミガミ爺さんは肩を落として意気消沈してしまっている。


ムラサキさんが「ドフ、あれは仕方なかった事です。今はキヨロスが居るのですから彼に任せましょう」と言うとガミガミ爺さんが「小僧、お前に渡す物がある」と言って剣と指輪が出てきた。


「お前が寝て居る間に「火の指輪」も拝借した。こっちは俺の「混沌の槌」で耐性を付けさせて貰った」


「混沌の槌」の能力は高速メンテナンスが可能になることと、アーティファクト限定だがアーティファクト毎に決められた回数だけ素材の追加が可能になると言うものだ。

C級は付けられる素材が限られていて追加回数も一度だけ。

B級は素材の限定はないが追加回数は一度だけ。

A級は素材の限定もないし追加回数は二度まで可能だと言う。

S級はそもそもメンテナンスの必要も無いし、素材の追加も不可能らしい。

「兵士の剣」と「火の指輪」はB級なので一度だけなのだが、「兵士の剣」は今のままだと毒竜に刃が通らないという事で、メンテナンスにプラスしてフィルさんとガミガミ爺さんが一度戦った時に入手した鱗を合わせて切れ味の向上を、「火の指輪」には毒への耐性を付けて、一度食らったら動けなくなるような毒に対しても3回までは耐えられるようになった。


ガミガミ爺さんは「本当はこの鱗をもっと集めて毒無効の兜を作ってフィルに装備させてやりたかったんだ」と言ってまた肩を落とした。僕は笑顔で「大丈夫。僕がガミガミ爺さんの作ってくれた、この装備で頑張りますから」と言ってガミガミ爺さんを励ました。



ガミガミ爺さんが「おうよ」と言った後で一瞬の間の後で「…誰がガミガミ爺さんだコラ!!」と言って怒る。


しまった。

怒らせてしまった。


「い…いえいえ、ドフさん」

ガミガミ爺さん…もといドフさんは怒って調子が戻った気がする。

この人は怒らないと生きていけないのだろう。


ムラサキさんが「キヨロス、全てはあなたにかかっています」と僕に語りかける。


僕は「はい。行ってきます」と言うと荷物をまとめて出掛ける用意をするとムラサキさんが

「こんな時に申し訳ないのだけど…」と話し始めた。


「日没までに毒竜を倒してください。今、フィルの命は尽きかけています。後一度私を使ってしまうとあの子は…」

この言葉にガミガミ爺さんがムラサキさんを持って「なんだとムラサキ!!?」と詰め寄る。


「多分、フィルは、あの子もその事を分かっています。それでも私を使って村を守る事をやめない。これが最後のチャンスなのですよドフ。キヨロスよ頼みます。日没までに毒竜を倒し、毒竜の角を持ってきてください」


僕は「わかりました!」と言って外に出る。


玄関までついてきたガミガミ爺さんが「毒竜はここと山頂の間、途中の開けた場所に住み着いて居る。ここ最近の奴の毒は1日に2回。夜明けと日没に決まって吹く。何とかよろしく頼む」と言うので僕は「はい」と返事をした。

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