南の「時のタマゴ」-約束の夜。
第11話 月明かりの下で君の微笑みを。
夜、出発前に食べる最後のごはん。
母さんは僕の好物ばかりを出してくれた。
父さんと母さんはモメにモメたらしく、普段通りのごはんで僕を送り出すべきと言うお父さんと、好物ですぐに帰ってきたくなるように送り出すべきと言う母さんの話し合いは母さんの粘り勝ちと言うか「作るのは私です」と言う一言で決着がついたらしい。
メニューは卵とハムの炒め物、パン、サラダ、そしてイノシシのシチューだった。
イノシシのシチューは宴の時のものは他所の家庭の味だったので、美味しかったが今一つだった。やはり母さんの味は僕好みだ。
父さんが「日の出の時刻に出発だろ?早く寝て明日に備えなさい」と言う。
「ごめん、父さん。僕今からリーンと会う事になっているんだ」
これを聞いた母さんが「あら、家に呼ぶ?お茶でも用意するわよ?」と言ってくれた。
確かにこれが日常の延長で会う場合ならお茶があればリーンは喜ぶと思うのだがそうじゃない。
僕は少し困った顔で「リーンはまだ僕の出発を納得していないみたいだから。かなり言い残したことがあるんだと思うんだよね。場合によっては大泣きするかもしれないから、その姿を父さんと母さんに見せるのはリーンも嫌だと思うんだ。だから外で会うよ。もしリーンが落ち着いてくれたら家に連れてくるかも」と言うと母さんは1人で何か勝手に納得し始めて「うんうん、そうね。それもいいわね」と言っている。
父さんは「そうだな、幼い時からずっと一緒だったお前が1人で旅に出るんだ。不安にもなるだろうし言いたい事もあるだろう。男としてキチンと受け止めてあげなさい」と言う。それは少し殴られてこいと言っているのだろう。
「色々とやりにくいな…」と思った僕は思わず笑ってしまった。
父さんと母さんも一緒になって笑っている。
笑っていたはずなのに段々と母さんが泣き始めたので僕はいたたまれなくなってリーンを迎えに行く事にした。
家から東に向かうとリーンの家がある。
僕は歩きながら明日からの事を少し考えていた。
多分、日数的には三の村の南の山と四の村での出来事をこなすだろうから城まで7日~10日と言うことになるだろう。
それで決着を着けて帰ってくるまでを入れると大体15日か…
その間、僕は何回跳んでどれだけの時間を過ごすのだろう。
実際は15日だが、僕の中では100日くらいになってしまうのかもしれない。
そんな事を思っているとリーンの家の前に着いた。
夜にと言う約束以外、時間の指定は無かった。
昔から夜に会うのは食後となっていたのでいつもの癖で来てしまった。
「もしかすると早かったのかもしれない」と僕は思いながらリーンの家の扉をノックする。
「キヨロス君かい?」と中からリーンのお父さんの声が聞こえてきた。
僕が「はい」と返事をすると「もう少し待っていて」と奥からリーンのお母さんの声が聞こえるとリーンのお父さんは「待っていてほしいって言っている。すまないね」と謝ってくれる。
「いえ、僕が早く着すぎただけですから」
「いや、リーンからはそろそろ来ると聞いていたから君は悪くないよ」
扉越しでそんな事を話していると中からリーンの「お母さーん」と慌てた声が聞こえてくる。
リーンのお父さんが「キヨロス君を外で待たせるのはどうかと思うんだが、入れてあげてもいいかな?」と奥のお母さんとリーンに聞いたのだろう。
「「絶対にダメ!」」とハモられてしまった。
少し呆れるような感じでリーンのお父さんが「すまないね。妻たちは今頑張っているからもう少し待っていてくれるかい?」と言う。
頑張る?何の話だろう?
何もわからない僕は「はい」と返事をして僕は家の前で待つことにした。
まだ夜は更けていない、それなのに不思議なことに村の人たちは誰も通りかからなかった。
それから少しして扉が開いた。
リーンのお父さんとお母さんの声「行ってらっしゃい」「楽しんでおいで」と言う声がして「行ってきます」と言ってリーンが出てきた。
最初はリーンの家の光で良く見えなかったがリーンは随分と着飾った格好で出てきた。
リーンは着飾っていてもいつもの顔で「キョロ、お待たせ」と言う僕は「大丈夫。待ってないよ」と言いながらリーンを見ていると、「それでお風呂に入ったのか…」とつい口から言葉が出てしまった。
リーンが驚いた顔で「え?お風呂の事知っているの?」と聞いてくる。
しまった、僕だけしか知らない話だ。
ここでバレるとリーンの思い出作りが台無しになる。
僕は慌てて「いや、リーンが綺麗な服を着ていていい匂いがしたし、午後は一度帰っていたからお風呂に入ったのかと思ったんだ」と言うとリーンは「そっか、キョロは相変わらず勘が良いね」と言ってくれる。
何とか誤魔化せた事でホッとした僕は「何処に行く?」と聞くとリーンは「村を一緒に歩きましょう」と僕を誘った。
僕とリーンの会話は基本が昔話、思い出話だった。
今この場に居ないナックの話も出てきて、ちょっとナックを誘ってあげても良かった気がしたが、今はリーンに納得してもらう為の場だからこれでいいんだと言う事にした。
リーンの家に着いた辺りから雲が減ってくれたので今晩は月が随分と明るい。
先日の戦闘は曇りだったので、夜中にはまた雲が出てしまうのだろう。
今は時折雲に隠れるが十分に地面を明るく照らしてくれている。
先ほど、リーンの姿が月に照らされた時、僕はリーンを綺麗だと思ってしまった。
僕が言葉も出ない姿を見てリーンが「どうかな?」と聞いてきた。
僕は「凄く綺麗だね」と正直に答えた。
初めて見る服は村の裁縫上手の人たちに作ってもらっていたらしい。
成人の儀の後でリーンの両親からプレゼントされたそうだ。
「ありがとう。初めて着るから手間取っちゃって、キョロの事を待たせすぎちゃったね」と言いながら照れている。
つい見惚れてしまった僕に「恥ずかしいからあまりジロジロ見ないで」とリーンが顔を赤くして言う。
そのリーンの顔を見て一つの事に僕は気が付いた。
リーンはお化粧をしていた。普段と変わらないような気がしていたがよく見るとちゃんとお化粧をされていてこの時間ではないが昼間にナックを鞭で叩いていた姿とは思いもよらない。
僕が「お化粧しているの?」と聞くと「え?」と聞き返したリーンは「母さんが折角だからしなさいって言って夕方からずっと教えて貰ってて、この時間になっちゃったの」と言った。
僕は「夕方から?」と聞き返す。
あまりの手の込みように驚いてしまった。
リーンは僕の驚いた顔を見て「初めてだし、わからないことだらけでお母さんにつきっきりでやって貰っていたんだけど、随分と時間かかっちゃった」と言って照れる。
「じゃあ、夕ご飯とかは?」
「私はパンだけ、お父さんとお母さんは今から食べているんじゃないかな?」
自分だけお腹いっぱいでこの場に居る事が申し訳なかった僕は「お腹すくよ、僕が家から何か持ってこようか?それとも家に来る?今日は母さんがご馳走を沢山作ってくれたからまだ手を付けていないのがあるよ?」と言う。
リーンは首を横に振って「ううん、いいの。大丈夫だから。それに折角の洋服を汚しちゃうといけないから、この服では食べられないよ」とリーンが必死になって僕を止めるので僕はそれを受け入れることにした。
徐々に足は北の村はずれに向かっている。
なんとなく<降り立つ川>に着いた。
川の匂い、水の流れる音が平和な気持ちにさせてくれる。
リーンが「ここから色々あったね」と言い僕が「まだほんの数日前の事だね」と返す。
僕はその事よりも、どうしてもこの場に来ると思ってしまう事がある。
最初にリーンを助けられなかった事だ。
僕はまたリーンに謝った。
「もう、いいのに。どうしても気になるの?」
「うん、僕のせいでリーンには怖い思いをさせてしまったから」
少しの沈黙の後でリーンが「ここに来なければ良かった」と言うとそのまま「キョロに嫌な事とか明日の事とか考えさせないようにしていたのに…」と言って不貞腐れる。
そんな事を考えてくれていたのか…
僕は自分が責められることだけを考えてしまっていた。
でも、リーンに心残りがあってはいけない。
「リーン、僕は君に責められるかと思っていたよ。もし吐き出したい気持ちがあるなら今言ってくれないかな?僕は受け止めるから」
この言葉を聞いたリーンが「…っ」と言って泣きそうな顔をしている。
僕はリーンが口を開くまで待った。少ししてリーンが「酷いよ、キョロ」と言った。
まさかの酷いと言われたことに僕は驚いてしまう。
「行かないでとか一緒に連れて行ってと言ったら叶う?無理でしょ?行かなければ村は総攻撃で全滅するし、一緒に行けば約束を反故にしたことでやはり総攻撃に遭う。私がワガママを行ってキョロを困らせたくなかったから言わないようにしているの!」
一度あふれ出た気持ちはなかなか止められない。
リーンは泣きながら僕に思いをぶつけてくる。
「もう、折角お化粧したから泣きたくなかったの。綺麗なままで言いたいこともあったのに…。最悪だよ。もう」
僕の話でリーンの予定が崩れてしまったらしい。
僕が申し訳なさそうに「リーン…」と言うとリーンは僕の言いたいことを察してくれたのだろう。「うん、跳んで。もう一回、綺麗なままで私が言いたかったことを言わせて」と言ってくれた。
本当は女の子を泣かせたのに跳んでやり直すと言うのはルール違反なのかも知れない。
だが、僕は跳べるのだから跳んでもいいと思う。
不死にさせられてしまったのだから許されるだろう。
こうして一通りの言い訳を並べ立ててからリーンの方を向いた。
リーンは僕の目を見て「跳ぶときは、ちゃんと私も連れて行って」と言った。
リーンは何でもお見通しだな。
僕が「トキタマ!」と呼ぶと離れた所にいたトキタマが僕の前に来た。
アーティファクトのくせに気遣いが出来るあたりが憎らしい。
僕はその場で時を跳んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
41回目の時間。
僕が跳んだ先はリーンの家の前でリーンを待つところだった。
トキタマはこの時間に来ると同時にまた飛んで離れてくれた。
今回も少しして扉が開いた。
「行ってらっしゃい」「楽しんでおいで」というリーンのお父さんとお母さんの声がして今回も「行ってきます」と言ってリーンが出てきた。
リーンが笑いながら「お待たせ。お父さんたちに2回目だって気づかれないようにするの大変だったわよ」と言う。
僕はキチンと「リーン、綺麗だよ。似合っているよ」と言うと真っ赤になったリーンが「もう、恥ずかしいから何回も言わないでよ」と照れる。
僕は恥ずかしげもなく「ごめん、家から出てきたとき、最初は家明かりで見えないのだけど徐々に見えてくるリーンが凄く綺麗だったから、また見たくてこのタイミングに跳んだんだ。
僕は未熟だから着地の正確なタイミングがつかめなくて心配だったけど、無事にリーンが家から出てきてくれる所が見られて良かった」と照れるリーンに言ってしまった。
この言葉にリーンが「ありがとう」と言って泣きそうになる。
「ああ、ごめん。泣くとまたやり直しになっちゃうね」
「本当だよ。キョロも何回も跳ぶと疲れちゃうわよ」
普段の会話を楽しむようなリーンの言い方に僕は「僕は平気だし、トキタマも喜んで跳ぶから問題はないかな。リーンこそ疲れちゃうんじゃない?」と聞くとリーンは「私は平気、何度でも何度でも平気。今がずっと続いてもいいくらいよ」と笑顔で言う。
「お腹すいてるのに?」
「それはそれよ」
会話を楽しみながら今度は南の方に歩く、この時間なら誰かしら風呂に行っていて会うかと思ったが不思議と誰にも会わなかった。
リーンが「ねえ、キョロ」と聞く何の話かなと思った僕が「何?」と聞くと「私がお風呂に入っていたの知っていたでしょ?」と聞いてくる。
…マズい。さっきの話でバレていたか…。
僕が何か言わなければと思っている間に「顔に知ってますって書いてあるわよ。覗いたの?」と聞くリーン。
顔は普段通りだが変な事を言って気を悪くするのはよくない。
僕は覚悟を決めて夕方のやり取りを柔らかく伝えた。
リーンは怒るでも呆れるでもなく「そう、ナックがね。ナックも同じことを考えていたのか…」と言う。
僕が「同じこと?」と聞くとリーンは僕の方を見ないように「キョロが帰ってきたいと思えるように楽しい思い出を作るって事」と言う。
そうか、リーンがこの姿を僕に見せてくれたのはそういう意味があったのか。
「で、その時の私はキョロに何か言っていた?」
僕はあの時のリーンが「でも、ナックが言う通り、お風呂を覗くのが楽しくて、またバカしたくて帰ってきてくれるなら我慢する」と言ってくれたことを伝えた。
リーンが照れて顔を赤くしながら「私、そんなに恥ずかしいことを言っていたの?」と言うと続けるように「その後、きっと私なら「今の無し」って言ったでしょ?」と言う。
僕が「うん、そう言われたよ」と言うとリーンが泣き始めてしまった。
楽しさから寂しさを感じたのだろう「やっぱり行かないでほしい。3人で一緒に居たい」と言ってリーンがまた泣いてしまった。
リーンは僕にしがみついて胸に顔を埋めて泣いている。
僕は何が出来る訳でもなく、ただ、頭に手を添えてセットされた髪型が台無しにならないように泣き止むのを待った。
少しだけ泣き止んだリーンが「キョロ、もう一回跳んで。今度こそちゃんと私の目的を果たすから!」ともう一回跳ぶと言い出した。
…今晩は長くなりそうだ。
だが全部受け止めると決めたからリーンの気の済むまで跳ぼう。
僕が「トキタマ!」と言うと「はいはーい」と聞こえてくると同時に僕は跳んでいた。
42回目の時間。
「行ってらっしゃい」「楽しんでおいで」というリーンのお父さんとお母さんの声がして今回も「行ってきます」と言ってリーンが出てきた。
そして外に出るなり僕を見て「またここ?」とリーンが笑いながら言う。
僕は何回見ても綺麗なリーンに「やっぱり綺麗だよ。似合ってる」と言う。
リーンは「また泣かせる気?また泣くと跳んでやり直しにするわよ」と少し意地悪そうな顔で言う。
僕は頷いて「いいよ、何度でも跳ぶよ」と言うと「え?」と聞き返すリーン。
「それでリーンが納得してくれるならそれでいいよ」
「今は駄目、泣いちゃうから。泣いたらやり直しになっちゃうから」
リーンが必死になって涙を我慢している。
今回は僕が「じゃあ、歩こう」と言ってリーンを誘う。
僕はリーンに希望があるのかもと思い「何処に行きたい?」と聞くとリーンは「月が綺麗に見えて私たちの顔が良く見えるところかな」と言う。
「そうなると広場かな?」
「じゃあ広場に行きましょう」
一緒に広場まで向かう。
話題は広場で起きた思い出話だ。
高い所から飛び降りてみて足をすりむいた話。
ナックと競争をして水汲みをしていた人の邪魔をしてしまって怒られた話。
熱を出したリーンの為にナックと何往復も水を汲んで走った話。
そんな話をしていたらあっという間に広場に着く。
広場に着くと、リーンが月を背にして僕の方を向く。
リーンはいつもよりゆっくり目に「キョロ」と僕の名を呼ぶ。
僕が「なに?」と聞くと「私綺麗?」と聞いてきた。
僕は思ったままに「うん、凄く綺麗だよ。よく似合っている」と返事をした。
この返事にリーンも素直に「ありがとう」と言って喜んでくれている。
喜んだリーンはそのまま「ねえ、キョロ。私可愛い?」と聞く。
「え?」と聞き返す僕に重ねるように「どう?可愛い?」とリーンが聞いてくるので僕は頷いて「とても可愛いよ」と言う。
「本当?」
「本当だよ」
ラリーのように続く会話。
変な間もなくかわされる会話は気持ちが良かった。
「お化粧した顔はどう?」
「凄く綺麗だよ、大人の女の人みたいだ。いつものリーンと別人に見えて驚いてしまうよ」
リーンは少し心配そうに「似合ってないかな?」と聞いてくる。僕は「そんな事ないよ。特別な感じがして、月の光も相まって凄く似合っていて綺麗だよ」と答えるとリーンが黙り込んでしまった。
僕もリーンが黙ってしまうと何も言えない。
今回は泣く気配はないが、何かを考えこんでいる様子だ。
少ししてリーンが「キョロはこの格好の私ををまた見たい?」と聞いてくるので僕は「うん、とても綺麗だからまた見たいよ」と答える。
考えこんだリーンの質問は「また見たい」だった。これがリーンの目的。
確かに泣いて化粧が崩れてしまっていては出来ない質問だ。
「じゃあ、キョロが帰ってくるまで誰にも見せないから、ちゃんと帰ってきてくれる?」
「うん、帰ってくるよ」
「本当に?約束してくれる?」
「約束するよ」
「待っていていい?」
「大丈夫、15日くらいで帰ってくるよ」
「うん、それはわかっているの。でも帰ってきた後にキョロが居なくなりそうな気がするの」
この言葉には参った、リーンも十分に勘が鋭い気がする。
村長から何も聞いていないと思うので余計な事は言わずに「大丈夫だよ。僕の帰る村はここなんだからさ」と言うと「信じるからね」と言ったリーンが抱き着いてきた。
そしてまた泣いた。
僕が心配そうにした空気を察して「今回は言い切った後の涙だから大丈夫」と言う。
僕は「そう、良かった」と言った後で「ありがとう」と言う。
「え?」と聞き返すリーンに「準備してくれたこととか色々なことにありがとう」と説明をするとリーンも「ううん、どういたしまして。こちらこそありがとう」と言った後で広場の長椅子に2人で座る。
リーンが寂し気に寄りかかってくる。
そのまま話し始めるとリーンは「どの道順で城に向かうの?」「その道は安全なの?」「どうしてその道なの?」と心配していた事を僕に何べんも聞いてくる。
そうしているうちに夜も更けてきた。
夜の空気が冷たい。
もう帰るべき時間。僕が「さあ、そろそろ帰ろうか?」とリーンに言うとリーンは「やだ、もう一回」と言う。
そこに「はいはーい!」と言って呼んでも居ないのにトキタマが飛んできた。
僕は何も言わずに「トキタマ!」と言うと「はいはーい」と言って時を跳んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
43回目の時間。
「行ってらっしゃい」「楽しんでおいで」とおいうリーンのお父さんとお母さんの声がして今回も「行ってきます」と言ってリーンが出てきた。
僕も随分とこの時間が気に入ってしまったようだ。
リーンが微笑みながら「またここ?」と言う。
僕は今回も照れもせずに「本当、僕自身も驚いているよ。さっきも伝えたけれど気に入ってしまったみたいだ」と言うとリーンは「嬉しい。ありがとう」と言う。
僕達は一直線に広場に向かい長椅子に座る。
椅子に座って月を見た所でリーンが「キョロの力が片道だけじゃなくて往復も出来ればいいのにね」と言った。
僕が何の事かわからずに「往復?」と聞くとリーンは「そう、明日から城を目指すんだけど、夜になったり辛いことがあったらキョロはここに戻ってくるの。そして私と沢山話をするの。キョロは私の記憶を持って跳んでくれるから私は離れていてもずっと話が出来るの。そして一緒の時間が終わったらキョロは元居た時間に跳ぶの」と言った。
いつの日かトキタマならやれそうな気がするけど、今の僕にはその力はない。
僕は「そんな日が来たらいいね」と言って微笑む。
そう、そうすれば不死になってしまった僕でもいつでも皆に会えるのだから。きっと寂しくはない。
話すことも少なくなってきたのか、リーンはただ僕に寄りかかっている。
僕もリーンの温もりを感じながら時間を過ごしていた。
そしてまた夜が更けた所で「もう、いい時間だよ」と言うとリーンは「やだ、もう1回」と言う。
…何をすれば終わるんだ?
さっきの質問がリーンの目的じゃないのかな?
まだリーンは納得してくれていないのか?
だが終わらないのなら跳ぶしかない。
僕が「トキタマー」と言うと「はいはーい」と聞こえて僕は時を跳んだ。
44回目の時間。
僕もほとほとこの場面が好きなようで、他の場面は思いつかなかった。
もう何回も見ている光景の後で出てきたリーンが「そんなに気に入ってくれたの?」と聞く。
「うん、出てくる時の、家の眩しさで最初は見えないけど、徐々に見えてきて月明かりに光るリーンはとても綺麗だよ」
僕の返答にリーンは「ありがとう」と言うと僕達はまた広場に向けて歩き始める。
今回は広場に行く前にリーンが「ねえ?」と聞いてくる。僕が「何?」と聞くと「あと何回こうして歩いてくれる?」とリーンが聞いてきた。
リーンが後悔の無いように何回でもと伝えた。
リーンは嬉しそうな意地の悪そうな顔で「そうしたら明日は来ないね」と言う。
冗談だと思いたいが何回も跳んでいる以上、冗談にはとても思えない。
「どうしたらリーンは納得できるの?」
「納得は無理じゃないかな?」
「そうだね。ごめんね」
「私は割り切る事しか出来ないと思う」
僕はこの時間の中でリーンが割り切れる為の事を考えようと思った。
他愛のない昔話、変わらぬ村の景色、綺麗に着飾ったリーン。
僕の眼に映るものからリーンが割り切れる事は何だろう?
僕にはとても難しく思えていた。
今はまた広場の長椅子に2人で座っている。
しばらくするとリーンが時間切れと僕に言う。
もう一回跳ぶ事を伝えるとリーンが「次はもう少し前に跳べる?」と聞いてくる。
僕は「多分出来るよ」と言った後で「でもどのくらい?」と確認をするとリーンは「キョロが家を出るあたりかな?」と言った。
たったその時間で何が変わるのか僕にはわからなかったけど「わかった」と言う。
リーンが求めた時間に跳ぼう。
45回目の時間。
次に僕が跳べたのは僕が家を出て少しした所だった。
この時間でリーンは許してくれるかな?
トキタマが「お父さん、ちゃんとお姉さんに付き合ってあげてくださいね」と話しかけてくる。僕が「僕に力を使わせたいだけの癖に」と言うとトキタマが「ふふふ」と笑って飛んでいく。
さて…リーンの家の前だ。ノックからの流れは殆ど変わらないと思ったが違っていた。
リーンのお父さんが僕に家に入る?と言った流れが無くなっていて代わりに外に出てきた。
ここまで流れが変わるとは思っていなかった僕は面食らった。
リーンのお父さんが「キヨロス君。娘が待たせてしまっていて本当にすまないね。もう少しかかりそうだからその間、私と話をしてくれないかな?」と言ってくる。
ここまで言われて断る図太さを僕は持っていない。
それにリーンのお父さんは昔からよくしてくれている人だから断る理由はない。
僕は「はい」と返すとリーンのお父さんは「君の決意、君が私たちの為に選択してくれたことを1人の人間としても、リーンの父親としても本当に感謝しているよ。ありがとう」と言ってくれた。
僕は「いえ、僕と僕のアーティファクトはその為にありますから」と返す。
「君は強いな。そしてたった数日で大きくなったね」
「まだまだです」
「1つ、お願いをしたいのだが聞いてくれないかな?」
「何ですか?」
「娘を、リーンをあまり悲しませないで欲しい。いや、別に君が何かをしている訳ではないのは知っている。ただ、男の選択は時に女性には理解不能で悲しませてしまうと言うこと。そしてわかっている事やわかった事、わかってしまった事からは目を背けないで真摯に向き合ってあげてくれ」
この言葉に僕は「はい」としか言えなかった。
リーンのお父さんも不死の呪いは知らないのだ、単純に娘を思えばこう言う話にもなるのかもしれない。
リーンは僕に帰ってくるように促してくれている。
それに向き合ってきちんと帰ってくるべきなのだろう。
リーンのお父さんは僕の顔を見て少し困った顔をした後で笑顔になると「勿論、君も私の息子みたいなものだ、君の幸せも私は願っているんだよ」と言ってくれた。僕は素直に「はい」と返事をする。
ほんの少しの間の後で「それにしても済まないね。急に準備が増えたらしい」と言うリーンのお父さん。僕は「いえ」と返した後はまた間が広がる。
多分リーンのお父さんは言いたいことを言ったのだろう、口数が減った気がした。
そんな事を思っていた時、「所で、今は何回目だい?」とリーンのお父さんに聞かれた。
僕は驚いて「え!?」と言ってしまう。
もう、言いたいことは言ったと思っていたので油断した。
僕は慌ててしまいむせた。
むせた僕を見て笑ったリーンのお父さんは「君のアーティファクトの力はリーンから聞いているよ。それに今さっき、それまで泣きそうな顔で慌てて準備をしていたリーンが急に嬉しそうな顔をしていたらピンとくる。別にリーンは隠し事が苦手なのではない。私はリーンの親だからね。少しはわかるんだよ」と説明をしてくれた。
何度も跳んでいる事を知られていた僕は答えに困って「えっと…」と言っているとリーンのお父さんは「ああ、言わないでいいよ。この時間で起きていることは2人の秘密にしておきなさい。君が1人でこの時間をやり直しているのではなくて、リーンも一緒にこの時間を楽しんでいる。それが嬉しいんだよ」と言ってくれる。
そして付け足すように「ナック君には少しだけ申し訳ないけどね」と言って申し訳なさそうに笑う。
僕が「はい」と言うと「娘を…リーンをよろしく頼むよ」と言ったリーンのお父さんは「さて…もういいかな?」と言うと家に入っていった。
そして僕にも聞こえる声量で「おーい、もういいかな?父さんは頑張って時間稼いだよ」と言う。
リーンのお父さんはデリカシーの無い人ではない。
優しい面持ちのユニークな人でこれがわざとなのはすぐにわかった。
家の中からはリーンのお母さんの「もう、そう言うこと言わないの!」と言う声とリーンの「恥ずかしいからやめてよ!」と言う声が聞こえてくる。
リーンのお父さんは楽しそうに「父さんこれ以上一緒にいると、これからリーンを独り占めするキヨロス君にヤキモチ妬いちゃうから早くしてくれよ」と言うとまたハモったリーンとリーンのお母さんの「「やめて!」」と言う声が聞こえてきた。
そして、しばらくしたらリーンが出てきた。
リーンが「お待たせ」と言い僕が「こちらこそごめん。僕が跳んだタイミングが予定より少し後だった」と返す。
今回のリーンも綺麗だと思った。
何処が違うのだろう?
つい、僕は先程までのリーンとの違いを見たくて顔をジロジロと見てしまった、
顔を赤くして「だから恥ずかしいから」と言うリーンに「ごめんね」と僕が返す。
今回のリーンはお化粧が先程までとは変わっていて大人の化粧という感じだった。
濃くはないが幼くもない。
リーンには少し不向きに感じるが、決して悪くはない。
お化粧が変わった事に気付いた僕は「化粧を変えたんだね」と聞く。リーンは照れ臭そうに「どうかな?あまりジロジロ見ないで欲しいけど、似合っているかな?」と聞いてくる。
「さっきのも似合っていたけど今のも似合っているよ」
「良かった。跳んできてすぐさまお母さんにお化粧変える!って言ったから大変だったのだけど、キョロが褒めてくれたから報われたかな?」
ありがたいような申し訳ないような気持ちでリーンを見ると今回は赤い唇に目が行ってしまう。それをそのまま「特に口紅の赤が綺麗で目立つね」と伝えると「うん、お母さんにはまだ早いって言われたけど綺麗だったからつけさせてもらったの」と言ってリーンは恥ずかしそうに笑う。
そう言えば行商人がくると母さんも見に行っていたけれど、化粧品を買っていたのかも知れない。不死の呪いはあるが、二種類の化粧をしたリーンが見られた事は役得かも知れない。
そんな事を思っていると「どうしたの?」とリーンが聞いてきた。
僕が「いや、どっちのリーンも見られて良かったなと思ってさ」と言うとリーンが「もう、恥ずかしいなぁ」と言ってまた頬を染めた。
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